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死霊魔術師Ⅴ


 目覚めると、銀髪の少女に馬乗られていた。

 一瞬、誰だコイツとか思ったが、そういえば、昨晩イクスとかいう少女を拾ったっけ、と思い出す。


「おはよう」


 暢気に挨拶してみたが、出会ったばかりの明らかに未成年者との朝チュンは不味い。

 しかもどういうわけか、イクスが着ているスウェットは無駄にはだけている。

 誰がどう見ても条例に引っかかって、即お縄頂戴なシチュエーション。

 そもそも昨日は深夜テンションで風呂に入れたりご飯食べさせたり寝かしつけたりしてしまったが、よくよく考えてみるとコイツ、俺を殺しに来た人物であることは自称したことから疑いないのだ。そんなやつの隣でよくもまあ眠れたもんだと俺は俺自身の壊滅的な生存本能を褒めたいと思う。


 って、アッパレしてる場合ではなかった。

 何してる?


「イクスは、やはり主様のお言いつけ通り、お前を、殺そうとしていたところ、です」


「ふうん。昨日も言ったけど、俺はまだ死にたくはない。面倒くさくなるからな……っていうか。さっさと俺の上から、どいてくれると俺も手荒な真似しなくてもいいし、寝覚めも悪くならないから嬉しいんですけど?」


 朝っぱらから、血なまぐさい展開はマジで困る。だいたい、この場面を知り合いに見られたら俺の身が一番危ういのだ。特に、無駄に毎朝うちに俺を叩き起こしに来てるどっかの元気溌剌JKとかね。たぶん秒で瞳からハイライトが消え失せ、次の瞬間には俺の心臓か脳みそを抉りにくるに違いない。なんてことを思いながらガクブルし始める俺とは裏腹に、腹の上に(腹だけに)載っていたイクスは予想外にも素直にうなずいて、ゆっくりと身体を動かして俺を解放した。


「…………」


 何がしたかいんだか。最近の若者の思考は測りかねるね。

 布団の上にペタンと女の子座りしている銀髪少女を眺める。その瞳は、どこを見ているのか見当もつかない。まるで裏世界の虚空でも眺めているかのようだ。マジで魂が器に入っているのか心配になるレベルである。


 右腕に引っ付いていた黒髪幼女を払って上体を起こすと、不機嫌そうな舌打ちが聴こえた。つーかコイツ、どうやら俺が眠っている間に噛んだり舐めたりしたらしい。妙にべとべとしたり、小さな歯型がついている自分の右腕を今すぐ取り外したい衝動にかられながらも、何とかゲンナリした心を持ち直して朝の空気を肺に取り入れる。


 今日も、俺は生きている。

 生き恥を曝している。


 さて。

 いつも通り思い知ったところで、そろそろかな。

 昨日、来るなと言っておいたものの、奴の事だ。来るに違いない。

 玄関の方を背にして、ベランダ付きの窓を開けて臨戦態勢もといクラウチングスタートの構え。


 ぴんぽーん。

 呼び鈴の音が鳴ったと同時に、位置について。

 ガチャっと、返事を待たず合鍵で玄関開けた音を聴いて、よーい。


「先輩、起きてますかー! 今日もいい天気ですよー! っていうか、こんな可愛いJKが毎朝起こしに来てくれるシアワセを噛みしめてくださいってもんですよぅ! あははっ、……って、は?」


 元気な声で入ってきたワンコチャンと、無駄に衣服のはだけているイクスがばっちり目があったのを感じる。そして、両者の首が、同時に傾げた(イクスはきょとんと、ワンコチャンはぎぎぎと)のを合図にして、どん!


 開けておいた窓から跳び出し、ベランダも突っ切って、アイキャンフラーイしようとした俺の肩に、時空を圧縮して瞬間移動してきたワンコチャンの片手が背後からポンと置かれた。


 振り返ると、見たこともない笑顔で固まっている我らがワンコチャン。おっかねー。


「センパイ、ユイゴン、アリマス?」


「誤解だ」


 ここが五階であることとは別にかけていなかったのだが、ワンコチャンには俺の単純明快な答えが気に入らないらしい。肩に置かれたワンコチャンの手に力が入り、俺の右肩は控えめに言って脱臼する。


「あー、もう一度言う。誤解だ」


「セツメイ、シテ」


「わかった。わかったから。とりあえず、俺の右腕が使い物にならなくなる前に、その手を放してくれると助かる」


 いつもの善性はどこにいったのか。空洞のように漆黒の闇に飲まれたワンコチャンの瞳が、まるで俺を塵屑か何かを見る感じだ。もう堪忍して。震えて涙を溜めて懇願する俺を見かねてか、ワンコチャンはロボットのようにぎこちない動きで俺の肩から手を放すと、ゆっくり部屋に戻り、首を傾げたままのイクスの目の前に座って彼女を眺める。


「…………?」


 反対側へ首を傾げたイクスの銀髪を触ってワンコチャンは一言。


「サラサラ……」


 決して俺の洗髪技術が褒められたわけではないということはわかる。脱臼した右肩を自分で戻した俺はベランダから自室へ戻る。


 「スワレ」


 はい。

 俺に命令したワンコチャンは続いて、イクスの顔を触って「かわいい」、腰回りを触って「つまめない」、お尻撫でて「小さい」、太ももさわって「細長い」とか何とかブツブツ言いながらセクハラし始める。されるがままのイクスが、俺の方を向いて再び首を傾げるが、安心しろ。俺もソイツが何をやっているのかわからないから。


 しばらくして、最後にワンコチャンは震える両手でイクスの胸を鷲掴みにして揉み始める。ホント、マジでコイツ、なにやってんの?


「…………ふふっ」


 胸を揉まれても無表情なイクスが瞬きを十回くらいした時だ。俯いていたワンコチャンが不気味に肩を震わせ始めた。


「ふはっ、はははっ、あっはっはっ! 勝った勝った! 私の方がおっぱいだけはおっきいし柔らかい!」


 ……知らんがな。

 ふんす、と胸を張って、いつもの暢気そうでおバカそうな善人丸出しの得意顔で復活したワンコチャンは、ビシッとイクスを指さして俺に向く。


「自尊心取り戻したところで聞きますけど! 先輩、この子、いったいどこの誰なんですか! 私と言うものがありながら、不倫ですよ不倫! 不倫、イズ、ビックギルティ、イコール、デス! ぶっころしますよ!?」


 ぶっ殺されるのは嫌だもの、誰だって。みつを。

 両手を広げてやれやれと首を振る。


「いつからお前は俺のカノジョになったんだ?」


「やだなあ、私のことお嫁さんだなんて。先輩、そんな」


 クネッてるところ悪いけど、俺は一言もそんなこと言っちゃいないのである。


「とにかく、お前が思っているようなことは一つもねえよ」


「うそつき! こんなえっちな身体してる子と一緒にいて何もなかっただなんて!」


 俺もびっくりだけど、本当に何もないんだもの。

 だから、そんなこと言ったってしょうがないじゃないか。えなり。


「わっ、私だってもう大人なんだからっ、赤ちゃんがコウノトリが運んできてくれるわけじゃないことくらいこの前キジちゃんとサッちゃんに教えてもらって知ってるんだからっ! どう、どうせっ! したんでしょっ! ほら、そのっ、せ、せ、せっくs……っ!」


「まあまあまあまあ。早まるな、ワンコチャン。お前の口からその言葉引き出しちゃったら俺、師匠に殺される。それになに。あの二人、せっかく現代では珍しい純培養なお前にそんなこと教えてるの? ちょっと保護者としては聞き捨てならないけどな」


「はぐらかさないでっ!」


 はぐらかせなかった俺は、ポカポカと叩いてくるワンコチャンの暴力を甘んじて受ける。こういう場合に全面的に非があるのはいつだって男の方だって、相場は決まっている。男はつらいよ。とらさん。



『もしもしやっほー、弟子くんいるー?』


「はい、もしもし」


『なーんだ、電話に出れるってことは、まだ生きてたのー? ちぇっ、しぶといなー』


「おいその字面だとまるで、可愛い弟子のことを早よ死ねとでも思ってるふうに聴こえるんだけど?」


『そんなわけないじゃない。まったくもー、被害妄想が強かったり勘が鋭かったりする男はモテないよ?』


「ああ、そう」


『ところで弟子くん、キミは松竹梅のどれが好き?』


「は? なんですか、いきなり」


『いいからいいから。選ばせてあげる』


「梅? お茶漬けで食えるし」


『おっけー。梅はスタンダードコースの規模を縮小してその分、祭壇とか料理とかがアップグレードしてあるコースみたい。それで、このお手頃価格か。いいんじゃない?』


「…………待て。待って師匠。あれ? なんか勝手に葬式の準備とかしてない?」


『ん? そんなわけないじゃん。さすがの私でも、まだ生きてる人間のお葬式を準備するほど暇じゃないよ?』


「ですよね」


『あっ、そうだ。写真は何か用意しといてね? さすがに遺影まで仏頂面ってのはどうかと思うし、ちゃんと写真屋さんに行ってキメ顔を撮ってもらいなよ?』


 遺影って言っちゃってるし。

 どうやら師匠は、まだ生きている人間の葬式の準備するほど暇してるらしい。


 さて、電話かかってきたのは、学校への皆勤賞を理由にギャーギャーわめいていたワンコチャンをようやく自室から追い出せた頃合いだった。基本的に俺と同様に機械音痴である彼女から、電話をかけてくるなんて珍しいことだった。そもそも午前中のこの時間はまだ惰眠を貪っている時間帯のはず。


「それで、なんでわざわざ電話かけてきたんです? 俺の死亡確認をするためだけに、かけてきたわけじゃないんでしょ」


 『あっ! 今なら予約したら二割引きでポイント二倍だって! しかもこれ今日の正午までじゃん! はやく予約しなきゃ!』とか電話口で叫んでる師匠に、電話をしてきた本当の用件を問いただす。こっちはあっちほど暇ではない。なんせ自室にはぼーっと正座してさっきから虚空を舞ってキラキラ輝く埃を眺めている銀髪の少女や、ちゃぶ台の上で仰向けになりながら手持ち無沙汰にアヤトリ始めている黒髪幼女の朝飯をチンするのに忙しいのだ。


『もちろん、本題は別にあるよ? でもその前に、キミの現状がどうなってるか少し把握しておきたいんだけど。まさか、自分を殺しにきた人間とか拾ってないよね?』


「あれ? 師匠、もしかして盗撮とか盗聴とかしてる?」


『はあ? キミの私生活を盗み見たって、私には何のメリットないじゃん。たまにやってるのは千里眼使ってキミが食べたものが排泄物になるまでの過程をぼーっと眺めるくらげふんげふん。っていうかなに。キミ、ほんとに誰か拾っちゃってるわけ?』


 かくかくしかじか。

 俺は師匠の台詞の前半部分には狂気を感じて深く突っ込まず、とりあえず昨日から今朝にかけてのあらかたを掻い摘んで話した。


『あのさー、弟子くんさー。キミって、美人局とか、トロイの木馬とかって言葉、知ってる?』


「知ってるけど」


『それならいいけどさ。とりあえず、キミの話を統合すると、今キミの目の前にいる彼女は誰かの手駒ってことになる。キミが私が未来視した未来を乗り切るには、その誰かを叩かないことにはどうしようもないってわけだね。で? その誰かに心当たりは?』


「あるわけないじゃん。師匠がその千里眼とやらを使って調べてくださいよ」


『むりでーす。千里眼はそんな些細なことにほいほい使えるほど簡単な魔術じゃありませーん』


「うそつけ。他人の消化過程眺めるくらいにほいほいと無駄遣いしてんじゃん」


『あのねー。キミにも調子良いときにしかできない特技ってあるだろ? 例えば外出するときに服を着るとかさ』


「まるで俺が調子良いときにしか服着て外を出歩いてないみたいな言い方やめてくれない? ……まあ、なるほどね。調子悪いから今は千里眼が使えないと、そういうわけですね?」


『そうそう。残念ながら私、どうやら今週は女の子の日が続いているので調子悪いみたいなんだよねー。だから今、そういう複雑な魔術はまったく使えないのさ。使えるのは、ほら。とにかく目に入ったものゼンブ壊しちゃえ系魔術とか、とりあえず半径十キロを蒸発させちゃえ系魔術とか。あとは使い慣れした固有魔術くらいかな。そーゆー直接的か短絡的か使い慣れした魔術しか使えないんだ。あっ、弟子くん、よかったじゃん。今なら私、めちゃめちゃ弱ってるし、襲いほうだいだよ? いやーん、おかされちゃうー!』


「行かねえよ? 誰がそんな自殺行為するかよ。だいたい、そんな薄っぺらいオコサマ体型に欲情できるとしたら、そいつはビョーキだビョーキ」


『あはは殺していい?」


 …………。

 さて、電話口で聴こえてきた声が、途中で急に背後から聴こえてきたら誰だってビビるだろう。かくいう俺はビビるのを通り越して、危うくチビるとこだった。とにかく首を回して後ろを確認する。するとどうだ。眼帯をして右眼を隠している金髪幼女が、バニーガール姿でニヤニヤしながら立っていた。周囲の空気は魔術行使の魔力余波でバチバチと静電気が迸っている。賃貸なのにフローリングが焦げてしまったのはこの際置いておく。


「おや? 弟子くん、顔色が悪いなあ」


 やべえ。電話だからって調子のりすぎた。

 頭に付けたうさ耳がぴこぴこ動いているのはご愛敬だが、俺にとってはそれはホラーでしかない。


「えーっと。あれ? 奇遇だな師匠。なんでここに? 今、女の子の日で調子悪いんじゃなかったっけ?」


「おいおい、調子悪くても愛すべき弟子くんの元へ愛のムチを叩きこむために空間跳躍くらいできて当たり前でしょ?」


 当たり前なわけあるものか。

 魔術を師匠の元で習い始めて、まだ数年と日の浅い俺だってわかる。瞬間移動なんて、この世界では並みの魔術師の家系が何代もかけて探求したって到底辿り着けない極地の一つだってことくらいは。


 ホント、この魔術師。

 規格外すぎて困る。


「それで? 弟子くん、何か私に言うことない? ほら見て見て、どう? この格好?」


「キャー師匠の身体はチョーイケてるナイスバデーひゅー」


 こうなってくると虎のご機嫌を必死で取りにかかるキツネになり下がる俺である。今なら足の裏でも舐めるぜ俺は。ほら、見ろ。この洗練された土下座のフォームを。数多の修羅場をこの土下座で潜り抜けてきたんだ、今回も生き抜いてみせるぜ、うぉー。


「よろしい。どんなときでも人間って身の程をわきまえとくべきだよね。キミもそう思うでしょ?」


「そーですね」


「こほんっ」


 土下座する俺の頭をグリグリ踏みつけて恍惚の表情を浮かべていた師匠は咳払いした。よかった。俺、まだ生きてる。生きてりゃ勝ちなのだ。だから人間って良いよな。


「じゃ、とりあえず、作戦会議する前に、朝ご飯にしよっか。私の分も、もちろんあるよね?」


「え? 三人分しかないけど?」


「え? ナニ言ってんの足りてるじゃん」


 そう言って、師匠は自分と黒髪幼女と銀髪少女を順番に指さしていく。

 はいはい。俺は朝ご飯ぬきですね。それくらいの罰なら甘んじて受けようではないか。


「……うん? って、ちょっと待って」


 胸を張って精一杯の体裁を取り繕っていた俺はここで頭上に疑問符が浮かぶ。


「なに、師匠。結局、助けてくれるの?」


 昨日はあれだけ助けるならカネカネうんぬんセコイこと言ってたのに。さっきだってそう。俺の頭を踏んづける足に乗せる体重もわりと軽かったし、それに捻りの強さも若干弱かった気がする。


 なんだなんだ。今日はやけに優しくて不気味だ。師匠が女の子の日だって嘯くのは置いといて、普段なら俺が死にそうになってると手を叩いて嬉々とする鬼畜ロリババアとしては異常事態だ。熱でもあんのかな? 俺がジト目で師匠の額に手を当ててると、彼女は腕を組んで再び快活に笑った。


「んー。まあ、事情が変わってねー。こっちに火の粉がかからない分にはゼンゼン放っておいたんだけどさー。キミの命が狙われてる原因が、どうやら私にあるってなると、さすがの私でもキミにちょっとは手を貸さないわけには寝覚めが悪くなっちゃうしねー。あっはっは」


 おいこのクソアマ。

 なんか今、聞き捨てならねえこと言いやがらなかった?



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