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死霊魔術師Ⅳ


 おいおい、ホントにまだいたよ。


 そう呆れつつ、膝を抱えて待っていた銀髪少女、すなわち俺を殺しにやってきたと自称するイクス嬢何某を回収してきて帰宅。女の子に言っちゃ悪いが控えめに言ってドブのような臭いのする彼女をすぐさま風呂場に追いやって、こっちはちゃちゃっとメシの準備に取り掛かる。それから、ちゃぶ台の上にコンビニで買い占めた食材をチンしたりして調理した料理がずらっと並び終わってから、時計の長針がゆうに三分の一周以上は動いていた。俺の隣では、さっきからずっとお箸を握って正座していた黒髪幼女が、自分の目の前に置かれた茶碗に盛られた山盛りの白米にじーっと目を向けている。そして、ついさっき白米から昇っていたホカホカの湯気が見えなくなったあたりで、いつもは不気味に輝いている瞳の黄金色をどす黒く濁らせて、若干、悲しそうな顔をしていることが伺える。


 まあ、それは置いといてだ。

 金髪幼女に虐められるブラックな職場でもせっせと労働している忍耐力が定評の俺でも、「長風呂すぎじゃね?」と思い始めてはいた。いや、身内には、他人ん家の風呂で五時間以上ビバノンしてのぼせ死にそうになったやつも知っているにはいるが(被告人の言い訳「だって先輩がゼンゼンのぞいてくれないんだもん!」)、さすがに見ず知らずの他人の風呂に普通何十分も誰が入る? いや、誰も入らねえよ。それに、ずっとシャワーが流れる音は聞こえてはいるのだが、身動きしている音はまったく聴こえていない。もしや水道光熱費を高くして、ただでさえ乾季である俺の貯蓄をさらに干上がらせたなら、手を下さずとも俺を簡単にかつ合法的に殺せると気付かれたのだろうか。


 …………。

 バキン、と言う箸を横真っ二つに割る音が、怒気を孕んだ魔力とともに隣から発せられた。

 我慢の限界といったところか。これ以上待っていると、何するかわかったもんじゃねえ。ここは、何かを口実にして脱衣所、ひいては浴室に這入って確認せねばなるまい。


「ちょっくら入りますよ」


 自分の家なのになぜか入室の許可をとらなきゃいけないことに若干違和感を覚えつつ脱衣所に侵入には簡単に成功した。狭いそこには、ボロ雑巾のような衣服が脱ぎ捨ててあることを視認。鼻をつまんで嗅覚を殺し、生生しいそれらを指でつまみ上げると、一つずつ脱衣所の隅へ放り投げる。そんでもってサイズが合うかどうかはわからないが箪笥の奥にしまってあった誰かさんのブラとパンツ(被告人の証言「先輩に誕生日プレゼント! じゃじゃーん! じぇーけーのぬぎたてしたぎぃ(のぶよ風)」)、さらに俺のスウェット上下を置いて、これで新しい服を届けに来たという口実は完璧だ。さて、問題はここからどうやって浴室の中を確認するか。


 ぽくぽくぽく、……ちーん。


「おっと急に持病の起立性低血圧が……」


 服を置いて立ち上がろうとした俺を突如として襲う、数秒前に創作された持病。クラっと倒れて身体のバランスを崩し、浴室の扉をやむなく開闢することとなる。


「ち、違うんだ! こ、これは事故で!」


 すかさずラッキースケベを装ってテンプレの台詞を吐き出す。ところがどっこい、ギョッとしたのは俺の方だった。


「お、お前……っ」


 俺が驚いたのは、ラッキースケベられたのに素っ裸でバスチェアに座ってじっと身動きせず滝のようなシャワーに頭から打たれていた銀髪少女のノーリアクション性ではない。


「何やってんだ……っ!」


 なんせ、彼女が頭から被っているそれが、まったくの冷水であったからだ。そんなもん、今時ダチョウクラブでもやらねえよ。風邪ひくどころか、下手すりゃそのまま凍死だ。


 すぐさまシャワーを止める。言わんこっちゃねえ、銀髪少女の身体は小刻みに震えており、薄い唇なんかはすでに青白く生気がまったくねえ。なぜこんなことを。


「……ひねると水がでる、この道具の使い方を、イクスはしり、ません」


 か細い声で今更そんなことを暴露されても困る。確かに、浴室内にある給湯器のスイッチをあらかじめONにしておかなかった俺が悪いのかもしれない。だが、だいたい浴室の構造なんてどのお国でも似たようなもんでフィーリングで何とかなるだろうが、このすっとこどっこい。そもそもシャワーから水しか出なかったら、何か言えって。お前はいったいいつの時代からやってきてるんだ、クソったれめ。


 あーもう! こうなりゃ自棄である。


 すぐさま給湯器を起動。シャワーヘッドを壁かけからぶんどり、ちょうどいい温度になったところでイクスの頭の上から流す。しばらく、彼女の肌の色が赤身を帯びてきたところで、シャワー停止。浴槽の蛇口をひねる。浴槽にお湯が溜まるその間に、まずはシャンプーハットを取り出してイクスの頭に装備。何かしらの花を模した化学物質的な良い匂いのする白濁した液体を長い銀髪にぶっかけ、洗髪。この辺は、いつも似たような長い黒髪を洗ってやっているので我ながら手慣れたもんである。頭上にバブリーなソフトクリーム造って遊んだりしながら、リンスも終了。続いてタオルにボディソープを泡立てた。


 その後は早かった。


 銀髪少女の身体の隅々まで泡だらけにして、ソープモンスターみたいなった彼女に浴槽に溜まったお湯をぶっかけ、浴槽に肩までつからせ百まで数えるまで出られない定番の浴室あるある拷問をやってみたり。


 そんでもって、風呂からあがって彼女に清潔な衣服を着させたのち、食卓囲んで手づかみで食い物を食べようとする彼女にお箸やスプーンを駆使してごはんを食べさせ、うとうとと船をこぎ始めた銀髪少女と黒髪幼女のために布団を敷いて、寝息立てるまで二人の背中を一定のリズムで叩いてやったりしながら、ふと俺は思ったもんである。


 …………うーん。

 俺は一体、何やってんだろう?


 敵に塩を送るどころの話ではない。辛くて食えたもんじゃねえ塩漬けにしちゃってるレベル。でもまあ、捨て猫を拾ってきたような気持ちになっているので悪い気はしない、ということにしておいて、おやすみ、あーめん。


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