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死霊魔術師Ⅰ


 そこは、地獄だった。

 神さまは、どんなに祈っても何もしちゃくれない。

 そこは、地獄だった。

 悪魔は、頼んでもないのに何度も囁きかけてくる。

 そこは、地獄だった。

 そこから這い出るには、どうしても人智を超える力が必要だった。


 だから魔術師は、その全てを悪魔に売ることにした。



「あれぇ?」


 空亡燈火は、右眼を眼帯で隠した金髪幼女である。

 この世界において、俺の魔術のなんちゃって師匠でもある、そんな彼女が、唐突に首を傾げて俺をじっと見上げてきたのは、ちょうど昼過ぎのこと。乱雑を極めし書庫室の整理を、せっせとしていた時だった。


「あちゃー。これは、うーん……」


 先週の土曜にやっていた地方ローカル番組の特番にて、おっぱいは衣服で締め付けると育たないなんていい加減な特集を見てから、やたらすぐ全裸になろうとするこのドグサレ貧乳ロリババアに、俺がどれだけ服を着ろと言ったことだろうか。渋顔で譲歩して今はマイクロビキニ姿になっているのはいいとして、サイズがまったく合ってないのはマジでアウト。上から見下ろすと色々と目障りなものがチラチラ見え隠れしているのは言うまでもない。その気もねえのに目のやり場に困るという苦行に曝される俺の身にもなれと言いたい。このセクハラ大魔神め。


 半眼になっていることしばらく、他人の気も知らないし、きっと考えることもしない師匠は、腰に手を当てて、俺をビシッと指摘した。


「おいおいおいおい。弟子くん、よく見たら、キミ。いつも死んだ魚のような目してるその仏頂面に、今日はバッチリ、シソーまで出ちゃっているじゃない?」


 シソー。シーソー。あ、死相のこと。


「って、は?」


「しかも九対一で死ぬ方が、どうやら優勢みたいだ。とりあえず今から明後日の夜明けにかけて、マジでどえらいことに巻き込まれると思うから頑張ってねー。あっはっは」


 あっはっは、じゃねーよ。他人の生死を手軽に予報するな。

 床に散らばっていた魔術関係の書籍類を本棚に片していたわけであるが、いつの間にか片したそれらを再び引っ張りだして「おっ、ここに置いてあったのかドレドレ」とか、わざとらしく読み始めていた師匠に気付いて怒髪冠を衝いたのはついさっき、まだ記憶に新しい。だというのに、急に死相がうんぬん言われても困るんですけど。とりあえず彼女の脳天に向かって振り上げていた紙の鉄槌(ヘブライ語で書かれた分厚いグリモワール推定重量十五キログラム)がだんだん重くなってきていたので、それをそっと元の書架に戻して一息ついた。


「死相って? いったい、どういうことですか?」


 死ぬのは誰だっていやだもの。早く詳細を話せゴルァ。それでお仕置きはチャラにしてやる。師匠はその辺に散らばった魔術書を積み上げて即席の椅子にすると、そこにペタンと腰を落として足を組む。そして素足の指先で再び俺をビシッと指摘する。


「死相って言ったら死相だよ、弟子くん。死ぬ未来。死亡フラグ。例えば、戦場で、この戦争が終わったら結婚するんだっていきなりカミングアウトする、あれみたいなものだよ」


「あ、俺それ知ってる。殺人事件がおこって殺人鬼と一緒に寝てられるかって一人で自室に閉じこもる人のことでしょ。でも俺、そういう露骨なフラグは建築してないと思うんですけど?」


「そうだね。でも忘れたのかい? 魔術師として才能ありまくる私は、未来予知ができちゃうスッゲーお師匠さまだってことを。私ってば、その本人がフラグ建ててなくたって、たまに視えちゃうんだよね。えへん」


「未来予知? なにそれ初耳なんですけど」


「言ってなかったっけ? まあ、気にするなよ。魔術師としては凡才な今のキミには、チートでも使わないかぎり一生できない芸当だから」


「ああそう。じゃあ、今度、宝くじ買うので当選番号教えてくださいよ。それで俺は億万長者になれる」


「キミは、すぐそうやって短絡的に頭悪くなるんだから。だいたい、そんなのできるわけないじゃん。視ようと思って視えるわけじゃないし、例え視えたとしても、たぶん私がわかるのはキミが宝くじ買って、それが当たりそうか当たらなさそうかってことだけだよ」


 意味ねー。


「ふうん。じゃあ、それで? 話戻すけど、俺がいつ死ぬって?」


「今夜から明後日未明にかけての、いつかだね。詳しい時間はわからない」


「どこで」


「さあ」


「誰に」


「さあ」


「どうやって」


「さあ」


「あやふやだなー」


「あやふやでーす」


 にやにや顔の師匠に口をへの字にする俺である。


「弟子くんさー。それだけ未来をあらかじめ知るってことは難しいことだって、わかってる? そもそも未来ってやつは流動的なわけだし。例えば川があるだろ。そこに一滴の水を流すとする。その一滴の水が十分後にどこにあるかなんて、わかるわけないじゃん? それをあそこらへんにあるって、あやふやでもだいたいわかるんだから、それがどれだけすごいことだか、わかるでしょ?」


「なるほど。師匠のたとえはいつもわかりやすくってありがたい。でもまあ、だとすると、やだなあ、俺。死ぬのは、まだ当分勘弁してもらいたいんですけど。何とかならないんですか?」


「何とかしようと思えばできるけど。そのための未来予知だしね。でもなあ、そうは言っても、私はキミが死んでも一向に構わない立場の人間だから、別に何とかしなくてもいいわけなんだなー、これが。キミが死んだって私は実際、痛くも痒くもないしね?」


「そりゃそうだ。俺も師匠が死んだところで悲しくないし」


「だろ? でも、キミが死に至るその過程で何かしらの面倒ごとに巻き込まれるのは必至なわけだよ。だってキミ、どんなに絶望しても自分で首くくるタマじゃないでしょ。ということは、死ぬには誰かに殺されなきゃならないわけ。面倒ごとに巻き込まれずして何に巻き込まれるんだって感じ?」


「交通事故とか?」


「交通事故で死ねるならキミも苦労しないでしょ」


「おっしゃる通りで」


「そう考えると、やっぱ、あれだよね。せっかく、こんな極東くんだりまでやってきて手に入れた私の平穏をぶち壊しにされるのは御免なわけ。…………フム。弟子くんよ。今日の仕事はもういいから、今日はさっさと帰ってヨシ!」


「何がフムでヨシなんですか」


「あと明日と明後日は有休消化しといてね。やったね、久しぶりの連休じゃん。どっかに行ってくるといいんじゃない? もちろん、一人で。何なら今からブラジル行きの航空チケット、とってあげようか? フラメンコでも踊ってきなよ。楽しいよ、ぜったい。私踊ったことないけど」


 なに他人を地球の裏側へ適当に送ろうとしているのか。つーか、フラメンコはスペインである。


「あのね。面倒ごとに巻き込まれたくないからって、可愛い弟子の死ぬ未来が見えてるっていうのに助けてくれないんですか?」


「なーに、心配しないでよ。言ったろ、未来は流動的だって。死ぬって言っても九死に一生を得るチャンスはまだ残されているわけだし? がんばれ弟子くん、負けるな未来に。努力できるなんて、弱者の特権じゃん。使えるうちに、うんと使っときなよ。それでも死んだら、まあ、骨くらいは拾ってあげるしさ」


「あんたそれ、ちゃっかり標本にするつもりだろう」


「ぎくり」


「はあ。だいたいね。努力したところで十回やって九回は死ぬんでしょ。やだよ。報われない努力って虚しいじゃん。それに知ってるでしょ。俺、人生楽できるところは楽して生きてこうっていう主義だし。努力はしたくないけど結果は欲しがるノビタくんに憧れてるわけだし。だから助けて、ソラえもん」


「えー? もしかしてボディガードとして私を雇うってことー? うーん。まあ可愛い弟子くんのためだから、対価は相談するよ? 通常のレートだと私を雇うには弟子くんが一生働いても桁が三つくらい足りないんだけれど、どうだい? その身体の隅々まで標本として私に提供してくれるっていうなら、資金面の方はタダで助けてあげなくもないけど?」


「それ俺、明々後日あたりに師匠にバラバラにされて殺されてない?」


「そうともいう。あったまいいなあ。引っかかると思ったのに」


「ははあん。それでイェスって言うほど、頭が悪くないんですみませんね。確かいま、財布に五千円ほどキャッシュあったんで、それで請け負ってくださいよ」


「ふう。残念ながら私、ユキチ以外はキャッシュじゃなくてティッシュとみなしてるんだ。というわけで、お金も身体も用意できないなら、キミはもう自分で何とかするしかないみたいだね」


「…………」


「ん? 何むすっとしてんのさ。お帰りは、あっちだよ?」


「……この鬼畜貧乳ブルジョワゴリラめ。貧乏人の足元みやがって。ノグチとヒグチに呪い殺されればいいのに」


 シッシと無情にも手を振る雇い主に悪態とタンを吐く。

 すると今度は師匠がムスッと不機嫌な表情になる番だ。


「私が? 貧乳だって? まだ成長してないだけだよナニ言ってんだよ殺しちゃうよ? だいたい、いつも牛乳飲んだりして頑張ってる人間に対して、ちょっとその発言ひどくない? 私の職場ではセクハラ禁止だよ禁止。わんこちゃんに言いつけちゃうよ?」


 同門の現役女子高生の名前を出されたって屁でもねえ。セクハラ禁止って、マイクロビキニを職場で着てるやつが何を言ってやがりますか。


「別に言いつけたければ、言いつければいいでしょ。あいつのことなんて怖くねえし。そんなことよりも、そろそろ無駄な努力は止めた方がいいと俺は思うけどね。さっきも言ったけど報われない努力は見てて虚しいし、とてもツライ気持ちになるからやめてくれおっと」


 瞬間的に飛んできた魔術をその辺にあった魔術書で防ぐ。魔術書はあっという間に火の粉になって崩れ落ちた。ゆっくり右眼の眼帯を、スッと元の位置に戻した師匠は細い眉を歪めて鼻を鳴らす。


「ふん。弟子くんじゃなかったら、今の消し炭案件な発言だよ? 久しぶりに、マジでむかってしちゃったよ。よかったね。私が、そういう弟子くんの命知らずなところをスッゴク気に入ってて大好きで。でも、いいかい。よく考えるんだ。私が面倒ごとに巻き込まれたくないから、今ここで私がキミをささっと殺しちゃうっていう、一番手っ取り早くてスッキリする解決方法もあるんだってことを。頭の悪いキミでも、少し考えたらわかることでしょ? ん? 私に勝てると思ってるの?」


 まあ、誰だって、消し炭にはなりたくはないし、面倒ごとに巻き込まれるとわかっているなら、あらかじめその原因を排除しておくことは理にかなっている。なので、俺はその場で服従の意思を示すしかない。すなわちジャパニーズ謝罪スタイルDOGEZAである。


「むっふっふー」


 俺の頭を素足でグリグリ踏みつけていた師匠は満足したようだ。


「よろしい! 主従関係ははっきりしとかないとね」


 嗜虐主義者め。


「それじゃ、今日はもう、とっとと帰っちゃって」


「……はいはいご主人サマ。帰ればいいんでしょ。帰れば」


 今に見てろクソアマ。ある程度お金を稼いだら退職願をその鼻面に叩きつけてやる。そう思いながら、退勤しようとしてふと確かめなければならないことに気付く。


「一応聞くけど、早退して浮いた分の今日の勤務時間、お給料はでるんでしょうね」


「もちろん。今日の日給は半分になります」


 うーん。いい笑顔。


「……………」


「どうしたの? 苦虫を嚙み潰したような顔して」


「念のため聞くけど、明日と明後日、有休とれって言うけどさ。さすがに給料でるんだよな?」


「よく考えたら仕事してないのに給料でるっておかしいよね。じゃ、ナシで。さっきキミが私の攻撃魔術をガードするために使った魔術書の弁償、という名目で天引きしてゼロにしておくよ」


 もし転職先が見つかったら、有給休暇の項目に蛍光ペンで印つけた広辞苑で、このアマのドタマかち割ってから転職しよ。そう心に誓った。


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