一歩の差
昔話をしよう。
ある年の3月、僕は卒業した。
平凡な高校を卒業して新たな一歩を踏み出そうとしている。
夢はあるかと問われると、
特に何もないのだが、それでも進まなければならないのが人生というもの。
時間は有限。時は止まらない。
待ってくれはしない。
夢を考える余裕のある時間も与えてはもらえない。
遊んでいる時間があるのならば、
少しでも夢を考える時間に費やせばよかったのではないか。
まったくもってその通りだと思う。
夏休みの宿題と同様。
後からやればいい、まぁどうにかなるだろう、そんな甘い考えが休み明けの平日を自らを襲う。
『後から考えればいい』
人生にとって後など存在しなかった。
思い立ったが吉日。
どうしよう、何になりたいのだろう、そう思った時こそ思考しなければならなかった。
結果、僕は進学という道を選んだ。
少し勉強すれば入れそうな大学。
大学に行けば何か見つかるだろう。
きっかけを与えてくれる何かがあるだろう。
そう思った。
1ヶ月後。
入学することができた。
今から始まるのは、夢を見つけるための大学生活。
大学は楽しい、そんな言葉をSNSで見かけたことがある。
少し楽しみにしていた。
どんな大学生活が待っているのだろう。
この時は夢と希望に満ち溢れていた。
しかし現実はそう甘くはなかった。
大学が『楽しい』というのは、
何か夢や目標を持ってここいるから『楽しい』と感じるということが分かった。
将来こう言う風になりたい、夢は〇〇、ここを糧としてまた何かを勉強したい。
そんな夢や希望に満ち溢れている人たちが周りには多くいた。
自分の夢と希望に満ち溢れるというベクトルとは違う。
もちろんそうでもない人もいた。
飲んで騒いでいたい、彼女を作りたい、サークルで遊んでいたい。
そんな馬鹿な考えを持っている人もいた。
しかしそれもまた目標や夢を持っている人と同じ、何か明確な目的があるということ。
罵ったものでさへ僕にとって眩しく見えた。
大学は将来の夢や目標を見つける場所ではない。
叶える為の前段階。準備期間。
夢も目標もない僕は周りから一歩遅れている。
その一歩は1からと0からの一歩の差。
誰でも超えられそうな歩幅くらいの崖。
しかし、僕は下を向いてしまった。
その崖は深く、暗く、闇のような崖。
その崖を怖いと感じてしまった。
そして超えることができなかった。
前を向いていれば気にならない。
そんな幅のない崖。
周りは余裕で超えていた。
向こう岸で笑っていた。
これが『一歩の差』。
マラソンのゴール直前。
均衡している状況での一歩の差は大きい。
その差で勝者が決まる。
そんな一歩に感じ取ってしまった。
そう、僕は敗者。
差の大きさを考えると大学に行くことが苦痛になる。
周りとのギャップについていけなくなる。
負の感情は収まらない。
こういう時に、気晴らしになる何かをするのだろうが、
それすら見つからない。
こうして大学を辞めた。
高い学費を出し通わせてもらった大学。
そして数ヶ月とはいえ時間を無駄にした。
後ろめたさがさらに追い討ちをかけてくる。
もう何も考えたくはない。
何も見たくない。何も感じたくない。
こうして部屋へと引き篭もった。
昔話はここまでにしよう。
あれから何年も経つ。
外からは明るい音が漏れ聞こえてくる。
楽しいのか、嬉しいのか。
もう何も分からない。
外の人と僕は何が違うのか。
どこでこうなったのか。
後1歩何が足りなかったのか。
そこで君に問いたい。
君は今何をしている?
何を考えている?
何を感じている?
君の1歩はどこから間違っているのかな。
ぜひ教えて欲しい。