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プロローグ〜独身貴族、女神を拾う〜

 

 疲れた。


 今日もいつも通りの仕事が終わり、オアシスへ向かうようにと嬉々として自宅に車を走らせる。


「?」


 ◇◇◇


 俺も働き始めて数年が経った。仕事も板についてきて、初めのころのような緊張感もなくなり毎日同じ業務を与えられた分だけこなす仕事人間にも慣れてきた。別に不満はない。給料は高くはないけれど低くもない。給料にも不満はないので、昇給とか昇格とか何それ、おいしいの?俺は責任とか無駄に背負いたくない。誰かの上に立つってことはそれだけ責任が強くなるから、そんな重しはいらない。ストレスになるだけだ。社畜で結構、上から垂れる蜜を吸うのほんと最高。異論は認める。けど、俺はこれでよかった。


 そんな俺も30手前。老いを感じずにはいられない。中学、高校時代のような若さはなくなってしまった。いや、高校からもう運動しなくなって老いを感じてた気がする。20も行かないやつが何言ってんだって今なら笑い種だ。


 もう30か。感慨深いわけではないけど、それを実感する。こんな風に年だけ重ねて、人生を謳歌して、独り満足に死んでいくんだろうな。

 え、独り寂しくの間違いじゃないかって?


 のんのん、なんで世間一般は独りであることを可哀そうとか、寂しいとかそんなことを言うのだろう。人によるだろ。確かに独りが寂しくて兎さんのように悲しくなって死んでいく人もいるかもしれない。けれど、俺は正反対だ。独り最高。誰のしがらみも感じないで、自分の自由に生きていける。


 まるで人生という長距離マラソンをみんなが全力疾走してる中、亀のような死ぬほど遅い歩幅で徒歩をしているようなもの。最高じゃん。兎さんたちはゴール手前で疲れて立ち止まって、亀の俺はたんたんとゴールする。そんなこともあるかもしれない。


 つまるところ、俺は独身貴族というやつだな。


 交際経験はない。


 生まれてこの方彼女ができたこともない。


 だからひねくれて一人でもいいとか思ってるんだろって?確かにそういう風にも取れる。けど、30という人生の半ばを歩んできていると思うのだ。


 30年も生きていれば色んな人の話を聞く。「旦那が~」とか「嫁が~」とか「子供たちが~~」とか「姑が~」とか、出てくるのは文句だらけ。そんなに文句を垂れるほどならそんな人間関係捨ててしまえ!まあ、もともと俺の人間関係なんてほぼ希薄なんだけど。言ってて悲しく...悲しく...ん?別に悲しくないぞ?独りでいいじゃん。そんな結論に至った。


 なんで配偶者とか欲しいと思うんだろう。


 そんなの決まってる。


 皆セックスしたいだけ。セックスセックス。やったね。みんなに言ってあげよう。思春期真っ盛りの中学生男子や、早熟な男子なら小学生くらいからこの言葉を聞いただけで笑い出すからね。ソースは俺。何度でも言ってやろう、セックスセックス。それかみんな恥ずかしがる。


 本当に近年の日本の性教育はおかしいと思うんだ。人間にはなくてはならないものだろうに。誰もしっかりとした知識を与えない。みんなむっつりすぎだろ。そういう俺はどうかというと返答に困るのだけれど、独り最高と言ってる時点で察してくれ。...別に悲しくないぞ?


 その快楽を求めてセックスをするんだ。前に中学の保健のの先生が言ってた。「なんで子作りをするの?」って思春期真っただ中の一人の男子生徒が質問する中、先生は答えた。


 気持ちいいからだろうね。って。草。確かに当時も教室は大爆笑で溢れかえっていた。何故か中学の保健体育は男女別で女子の目線などないから、そんなこと気にせず大いに盛り上がった。あれは良い思い出(笑)だ。


 そう、気持ちいいからセックスするんだよ。やったね。セックスセックス。きっと気持ちよくないと誰も子作りしないからなんだろう。確かに的を射た理由だ。


 もしかしてEDだからとか思ってんじゃないだろうな。失礼な。ちゃんと性欲くらいあるわ。十代のころは盛っていた性欲も年を経るにつれて失われてきた。相手がいない俺としては歓迎すべきことだった。独りで済ませてて悪かったな。


 童貞?そうだよ童貞だよ!

 童貞の何が悪いんだ。純潔って言葉は男に使っちゃいけない決まりでもあるんですかー?ほら俺って潔癖症だし(突然の告白)、潔癖なら純潔って言葉素晴らしいじゃん。悲報、いや吉報、潔癖は潔癖だったwww。なにわろてんねん、草を生やすな草を。


 おっと自分語りのつもりが下ネタに走りすぎてしまった。ゲフンゲフン。


 ━━だから、だから、


 俺は一つボタンを押して。お湯を張る。きっとシャワーを浴び終わった後には沸いているだろう。軽快な音楽が静寂な空間を支配した。


「とりあえず風呂入って、そんで脱いだ服は洗濯にかけて。乾燥機もやっとくから、上がるころにはきっと乾いてると思う。」

「ありがとう...ございます.....」

「...」

「あ、風呂はこっちね。」


 自宅の玄関に立ち尽くす女一人。その女の後ろに隠れている女児一人。そのどちらもが水で全身がずぶぬれになってる。そのせいで多少服が濡れていようとエロスを感じることはない。いや、本当に。


 ━━こうして子連れの女を家に入れたのに他意はないのだ。


 ◇◇◇


 そうあれは仕事の帰り道。


 そろそろ夏に差し掛かる手前の梅雨の日。


 毎日毎日鬱屈とするような雨が降り続く中、車を走らせていると変に目につく人影を見かけた。

 少し気になって、車を近くまで止めてよく見てみると、女一人に子一人が雨空の中周りに誰もいない公園で佇んでいた。なにやら子供は女に抱き着いて必死な様子。


 その二人は傘をさしていなかった。ただ自然の恵みを体いっぱいに受け取っている。すぐ近くに雨宿りになるような店やら、屋根やらあるのに入ろうとしない。このままでは風邪をひいてしまう。


 そして、その女は見知った奴だった。中学、高校と同級生だった奴。たしか名前は、暁紫音だったか。学生時代彼女は人気だったから嫌でも覚えていた。周りからは女神だ何だと持て囃され、荒野に咲いた一輪の花のように可憐で優しく、その優しさを皆に配って、加えて周りとは一線を引く容姿でさぞよく持てただろう。

 そんな優れた容姿も今は見る影もない。少しやつれたような、疲れ切ったような、はたまたこの世界に絶望したような、そんな雰囲気を感じさせた。その瞳には何が移っているのか。どんよりとした雲のように目に光はなかった。


 ...俺はこの瞳を知っている。


 そしてその同級生に抱き着いて、引っ張ろうとする娘と思われる子ども。いくらゆすっても母親の反応はない。必死に呼びかけても母親には届いていない。子どもの力では大人の母親を動かすことはできないだろう。


 俺にそんな義理はないし、面倒を見てやる理由もない。けど、医療従事者として見るからに今から風邪を引きそうな人を野放しにしていくわけにはいかない。病院からしたらいい迷惑だ。それに子どもはもっと危ない。俺はそんな二人を見過ごしておけるほど冷たいやつではなかったらしい。顔見知りってのもあっただろうけど。


「はぁ......」


 本当に嫌なものを見てしまった。


 見つけてしまったからには、そのまま立ち去るのは気分がよくないのは当然だ。俺は乱暴気味に車の扉を開けて閉めた。


 おもむろに母娘のところへ行く。


 いち早く気付いた娘が明らかに怯えるのがわかった。そんなに俺が怖いか。まあ、そっちからしたら知らん奴だからな当たり前か。すまんな、それはどうしようもない。


「おい...大丈夫か?」

「...」


 返事はない。娘が母親の後ろでびくびくしながらこちらを覗いている。


「おい、...!?」


 冷たい。その体はもう冷え切っていて。こっちが体を引くと、力なく俺の方に倒れてくる。踏ん張る気がそもそもないのか、踏ん張る力がないのか、それだけかなり冷え切っている。全身が冷たい。どのくらいここにいたのか。雨を浴びていたのか。

 すると上を見たまま、口を小さく開けて、かすかに動かしてかすれたような声で紡いでくる。ちょうど俺に聞こえるような声量。俺に向けていったのか、誰にでもない独白か。


「......ぃ」


 その言霊を木霊させることなく一瞬にして雨音にかき消される。


 .....................くそっ。

 つくづく気分が悪い。昔の自分を見ているようで尚更気分が悪い。俺もとっくに決別したはずなのに。


「ったく、こんなところにいたんじゃ風邪をひく。近くにあるから一旦俺の家に来い。」


 彼女の有無を言わさず暁の体を持ち上げる。体が冷えきってろくに力も出ない、出そうとしていない暁はされるがまま。世間一般で言うところのお姫様抱っことか言うやつ。感動も歓喜もくそも何もない、一番運びやすいだけ。強いて言うなら、雨で水を吸った服のせいで重...何でもない。


「お嬢ちゃん、君も一緒に来なさい。」

「...」


 女児は何も言わずに俺の後ろを付いてきた。

 急ぎ気味で車に駆けつけると、すぐさま助手席へと乗せる。暁はずぶ濡れで車がえらいこっちゃなるがなんとかなるだろ。


「お嬢ちゃん、君は後ろの席に....?」

「...か.....なで.......」


 娘に向き合っていると後方から前よりも少し大きな声で言葉を紡いだ。伸ばした両手は行方知れず。視線は淀みながらも揺れている。どこかを彷徨っている。


 かなで。人名かなにか。思い当たるとしたら一人しかいない。そうじゃなかったらもうお手上げだ。


「君、かなでちゃん?」


 うん、と頭を小さく縦に振って肯定する。ここで女児の名前が『かなで』ということがわかった。


 かなでちゃんの意志を聞いている暇はない。咄嗟に娘を両脇から持ち上げる。急な接触に娘っ子は少しの反抗を見せるも大の大人とただの子供では力は雲泥の差だ。有無を言わさず暁の座る席の上に乗せてあげる。


 暁が反応したのがわかる。ぎゅっと我が娘を抱きしめる。


「かな...で....」

「ママ....」


 母の抱擁と愛を受け止めるその娘。なかなか感動するシーン...って違う、今はそんな場合じゃない。後部座席やらに乱雑に置いてあるタオルやら毛布やらを何枚も持ってきて、何重にもして毛布を肩からかける。タオルは2枚、ひとつずつ母娘の頭に適当に被せてやる。適当に濡れた髪、顔に着いている水滴をわしゃわしゃと拭く。


 普通なら寒くなるはずがない今日この頃だが今はやむを得ん。車のエアコンを暖房MAXでかける。


 まじでなんでこんなことしてんだろ、俺。まあ乗りかかった船だ。最後まで面倒は見よう。


 最後に運転席に乗り込んでアクセルを踏み、再度自宅に向けて車を走らせる。


「「「................」」」


 めっっっっちゃ気まずいっ!!!!!


 そもそもおしゃべりな訳では無い俺。

 言葉を発する気配がない暁。

 何も言わずにただこちらを見つめてくるかなでちゃん。

 やめて!そんな純粋な瞳を俺に向けないで!心が荒みきってしまった俺には眩しいよ!こんな人見てはいけません。

 若い時は綺麗な物だけ見ていれば幸せだと思うんだ、うん。


 しかも暑い。俺がやったことなのだが俺は寒くは全然ないわけで体の内側から汗がびっしりと滲み出る。気まずさや緊張による背汗と熱を冷やす汗そのダブルコンボが襲いかかる。あー、シャワー浴びたいなぁ。


 そんなどうでもいいような(自分にとっては大事なことだが)ことを考えているうちに、灼熱と静寂という一見相容れない両者が両立する車内に酷く弱い声音がそれを切り飛ばす。


 いつまで経ってもこちらを見続ける娘っ子の声音。母親、暁は何とか生気というか熱(物理的に)取り戻しつつある状態。


「ねえ.....おじさんは悪い.....人?」

「...」


 純粋無垢な問いかけに言葉に詰まってしまった。子供相手に何を動揺しているのだか。張り合うのも馬鹿げている。

 どこまでも嫌な自分が嫌になって小さく嘆息する。


「....少なくとも君と君のお母さんに悪さはしないよ」

「....」


 以降娘っ子はだんまりしたままだった。


 なんだと言うのだ。もし俺が悪い人だと言ったらどうするのか。ただの幼女に俺がどうにか出来るわけないだろう。決死の覚悟で襲い掛かるのか?そんなもの無意味だ。


 つまり貴様らの生殺与奪の権利は常にこちら側にあるのだよ!それを努努忘れるな!


 嘘です、ごめんなさい。そんなことしません。そんなの現代日本では許されませんからね。


 僕は幸いというか当たり前だけどロリコン先生では無いからね、こんな何もかもが未成熟ないたいけな幼女に興奮する、性的嗜好は持ち合わせていない。


 え?母親?え?暁?

 まさか下心なんてあるわけないじゃないですか。伊達に俺も長年潔癖症という性格と付き合ってきたわけじゃないからね。誰彼構わず欲情はしない。

 俺は愛し合える人と結ばれたい、潔癖症でありロマンチスト思考の持ち主。まあ、それがいないと分かって、というか悟って嬉々として独身貴族になり余生を謳歌しようということなのだ。


 俺は元来誰かと結ばれたいとか、妻が欲しいとか、子どもが欲しいとか、みんなが往々にして夢見る幸せとか欲とは正反対に生きてきた人間だから、子孫繁栄に前向きなタイプじゃない。


 だから目の前にそんなものがあっても手を出したい欲はそんな無い。据え膳?俺、食事そんな好きじゃないんで、ごめんなさい。恥で結構、慎重と言ってもらいたいね。


 そんなくだらない自分語りをしていると、あっという間に家に着いた。


 ◇◇◇


 ━━そして、


「とりあえず風呂入って、そんで脱いだ服は洗濯にかけて。乾燥機もやっとくから、上がるころにはきっと乾いてると思う。」

「ありがとう...ございます.....」

「...」

「あ、風呂はこっちね。」


 自宅の玄関に立ち尽くす暁。我を忘れていたのか放心状態だったあの時とはうってかわり、確かに自我が戻り、掠れ気味だが動いて喋れるまでに回復した。更に暁の後ろに隠れているかなでちゃん一人。


 ━━今に至るというわけだ。



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