第6話 拡散
平穏な朝を迎えた。
どうやらY地区担当は、昨日の惨劇をこの世から消す事に成功したらしい。
テレビや新聞はいつも通りの日常を伝え、町では人が消えた事を誰も知らないようだった。
僕ですら"夢だったのかな"と思える程の状況だったものの、完全には落とし切れていない道路のシミが僕の記憶を肯定していた。
また彼から電話がかかってくる。
「実は昨日大変だったんだよ。
公表されていないんだけど、また喰い殺された遺体が見つかってね。
夜中のうちに現場検証やら後片付けやら色々してさ」
……知ってる。
ウチの前だ。
「君の家から遠いし夜中だったから連絡しなかったんだけど、した方が良かったかな?」
彼の勘違いか?
しかし改めて確認をすると、間違い無く僕の家から離れた場所。
しかも死亡推定時刻は僕の家の前での惨劇とほぼ同時刻。
「しかも歯形が3種類もあってさ」
ちょっと待て。
聞きたくもない情報を話し続ける彼を遮り、僕が見た事を報告すると流石の彼も絶句した。
なんせ最低7体、不死身の人喰い野郎がうろついている事が判明したのだ。
「じゃあ野犬対策って事で、夜間外出禁止を署長に提案してみるよ」
色々話した結果、とりあえずの方向性が決まった。
その日の午後、町には本当に夜間外出禁止令が出て、彼は普通に仕事をする事も出来るのだなと少し感心した。
夜になり、またあの胸騒ぎが始まる。
しかし2階のカーテンの隙間から外を見てみたが、何の気配も感じない。
昨日と変わらない程の大きな胸騒ぎではあるものの、あれは近くにはいない様に思えた。
ふと思う。
あいつらはスピードこそあるものの、ただ直線的に噛み付いて来るだけ。
実際1対1であれば、一昨日の様にどうとでもなるのだ。
1体ずつ徹底的に攻撃して動けない様にしていけば被害の拡大を防ぐ事も可能なのでは無いか。
あいつらの発生原因さえ突き止めてしまえば、こんな騒ぎすぐに終わってしまうのでは無いか。
決心した僕は厚手の全身つなぎを着て、更に革ジャンを重ね着する。
首には手拭いを巻き、フルフェイスヘルメットをしっかりかぶった。
滑り止めの軍手を付けて金属バットを握ると、何だか自分がとても強くなった気がして、様子を伺いながら外に出てみる。
思ったよりもヘルメットが邪魔にはならなかったのは嬉しい誤算だ。
素振りをしながらその時を待った。
ふと張り詰める空気。
見ると遠くにゆらゆらと動く黒い人影。
その黒い人影の、更に黒い二つの穴が僕を見た瞬間、それは凄まじいスピードでこちらに向かって走り出した。
緩急も無く、ただ直線的に向かってくるその顔に、僕は全力の一撃を叩き込む。
避けるつもりも、守るつもりも無いそいつの顔は、その一撃をまともに受けて、ひしゃげて弾けた。
衝撃にふらつくその膝目掛けて振り下ろされた金属バットはその膝を破壊し、僕は地面に倒れ込んだそいつに延々と金属バットを打ち込み続けた。
最初叩いた時に感じた硬い感触は、次第にビチャビチャとした濡れ雑巾の様な感触になり、原型を完全に失ったそれは、まともに動く事も出来ずにただヒクヒクと震えていた。
簡単な事だった。
ある程度の腕っぷしが有れば、誰でもできる事。
僕の今日の目標はあと6体。
また遠くにゆらゆらと動く黒い人影が見えた。
ただ何となく柱の影に身を隠した僕は、その人影の横にもう一つ人影を見つけた。
更にもう一つ。
更にもう一つ。
更にもう一つ。
黒い影は次々と姿を現し、その数はすでに100を越えた。
僕は見つからない様に裏口から家に入ると、鍵をかけてその姿のまま布団に潜り込んだ。
"今カーテンの隙間から覗いたら一体どれだけの数になっているのだろう"
頭から布団をかぶりながらそんな事を考えていると、また眠くなってきた気がした。
はるか遠くから聞こえるサイレンの音に邪魔をされながらも、ただこの現実から目をそらすために、僕はまた寝なくてはいけないのだ。
"明日になりさえすれば、少し安心できる"
結局一睡も出来ないまま明日が来て、少し安心した僕は、スズメの声に邪魔されながらすぐに眠りに落ちた。




