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第1話 Y地区


知ってたよ。


でも、


ガマン出来なかったんだ。


だって、


お腹が空いて、死にそうだったんだもの。


ゆるして。


お願いだから、家に帰らせて。


何でもするから。


お願い。


お願い。







この町は都会から少し離れたベッドタウン。

駅の近くには、次々に新しい家が建てられているものの、駅から少し離れれば平坦な土地に田んぼや畑が目立つ小さな町だ。


東西を流れる川は人の足では渡れない程深く、まるでこの町をぐるりと囲むように町の南で1つにつながり、さらに大きな川となっている。

そんな川の合流部分。

陰鬱とした林に囲まれる様に、Y地区と呼ばれる集落はあった。

以前、一度だけY地区に足を踏み入れる事があったのだが、その時の事は未だ鮮明に覚えている。


当時、高卒で隣町の会社に就職したばかりだった僕の仕事は、同じく高卒で一つ年上の先輩と営業の外回り。

若く怖いもの知らずだった先輩は、地方によくある業者同士のテリトリーみたいなものは気にもせず、上司に煙たがられながらもガンガン営業範囲を広げ、成績を伸ばしまくっていた。


Y地区が、何故か営業の空白地帯である事に先輩が気付いてしまうのは当然の事で、朝礼でY地区に行くことを先輩が伝えると、いつもは物静かな社長が凄まじい勢いで止めてきた。


なんでも社長が若い頃、同じ様に営業でY地区に入った者が死んだらしい。

その時社長が見た遺体は、まるで熊か野犬にでも食べられたかの様に損壊していて、社長は未だにその光景を夢に見る事があるそうだ。


「行ったらクビだ」


社長から念を押される様に言われたものの、昼前には僕と先輩を乗せた営業車はY地区の付近に到着。

Y地区に入るにはそこしか無い、と言われている道は本当は地元民でも凄まじく見つけづらいはずなのに、何故か僕はあっけなく見つけてしまった。


「俺がこの会社を大きくしてやる」


先輩は高校時代ヤンチャで、完全に道を踏み外しそうになっていたところを社長に救われていた。

口には出さないものの、何とか社長に恩返しをしたいと思っている様で、無理な営業も全てそのためだったのだろう。


分岐もない一本道を進んで行くとY地区との境界線があり、そこには小さな道祖神が祀られてあった。

僕は、その手前で一旦車を止めた。


「じゃあ、いっちょ行きますか!」


…アホみたいにデカい声で、先輩が言った様な気がした。

先輩がパチン!と手を打ち鳴らした気がした…


でも、その全てがが聞こえない程、僕の本能が叫んでいた。

戻れ!

戻れ!

戻れ!

……


先輩がY地区に行くと言った時。

見付けられないはずの道を、何かに導かれる様に見付けてしまった時。

この道祖神の前に来た時。

次第に大きくなっていったその叫びは、必死で僕をその場から遠ざけようとしている。

戻れ!

戻れ!

戻れ!

………

……


パァン!

不意に後頭部を叩かれた。

助手席を見ると、先輩がこちらを半ギレで睨んでいる。


「何ボーッとしてんだよ!」


我に返り周りを見ると、ありふれた片田舎の光景の様なものがそこにはあった。

あの叫びはもう聞こえない。

先輩に怒られ車を進め、境界線を越える。


その瞬間、空気が変わった。


今まで感じた事の無い重い空気。

軽い頭痛と吐き気を感じながら長い長い下り坂を進んで行く。

そしてしばらく進むと、やっと集落があった。


「ごめんくださーい」


先輩は手当たり次第に呼び鈴を鳴らし、声をかけていくが全く人の気配を感じない。

それは少し離れた家々も同じで、川の対岸から見えていたあの人々は一体何処に行ってしまったのだろうと思った。

そんな時、目に止まった看板。


……定食屋?


またあの叫びが聞こえ出す。

さっきから頭痛と吐き気はひどくなり続けている。

脂汗が滲み、もう言葉も出ない。

流石に先輩も僕の異変に気付いたのか、心配そうに僕を見た後、周囲を見渡し、言った。


「あそこに定食屋あるじゃん!やってたら休もうか」


駄目だ!

やめてくれ!

僕を連れて行かないでくれ!


もう言葉も出せない僕を引きずりながら、先輩は入口の引き戸に手を掛ける。

閉まっていてくれ!

という僕の願いも虚しく入口は簡単に開き、中に入ると笑顔の女将さんが僕らを迎える。

無理矢理僕を席に座らせた先輩がメニューを見ていると、笑顔の女将さんが水を持ってきた。


その水を見た瞬間、僕の頭痛と吐き気は限界に達した。


よろめきながらも店を飛び出し、草むらに嘔吐する。

僕を追い掛け店から出てきた先輩は、僕を車に乗せると店に戻って行った。

女将さんに謝ってきたようで、


「今日は帰ろうか」


と言うと来た道を自分で運転して走り始めた。


助手席でグッタリしながら、それでも改善しない頭痛と吐き気に朦朧としつつ、僕はただ安堵していた。




……僕は考えていた。

あの水は、絶対に口にしてはいけないものだ。

僕も先輩も飲まなくてよかった。

ここから出たら、もう絶対に来るものか。

先輩が行こうと言っても、必ず止めてやる。

それにしても、あれは一体何だったのだろう。

僕にはあれが人間だとは感じられなかった。

マスクと手拭いで分かりづらかったが、あの顔は絶対に"お面"だった。


運転席の先輩が、おにぎりを食べながら言った。


「お前、本当に大丈夫か?

とりあえず戻ったら病院連れてってやるよ。

俺の地元の病院なんだけど、スゲェ腕が良くってさぁ。

態度は悪いんだけど、すぐに何でも治るんだよ」







おにぎり?







「どうした?

あ、これか?

さっきの女将さんが持たせてくれてさぁ。

スゲェ良い女将さんだよな!」


今すぐ吐き出せ!と言う間も無く異変は起きた。


「ん?

何か聞こえるなぁ。

何だよ、逃さねえって!

うるせぇなぁ!」


車のスピードが上がる。


「追いかけてきた!

おい、後ろ見てくれ!

何かついてきてるだろ!」


更に車はスピードを上げ、ついに坂道に到達。

100キロ近いスピードで長い長い坂道を登って行く。

周りを見て気付く。

坂道?

おかしくないか?

僕の町は、それほど広くないし高台でもない。

つまり、長い長い下り坂など存在しようが無い。

僕らは一体、何処に行っていたのだろう。


ついにあの道祖神が見えた。


「どうだ!

ざまぁみやがれ!

逃げ切ってやっ


その瞬間先輩は潰れて弾けた。

境界線の見えない壁に時速100キロでぶつかり、更に座席に挟まれた先輩は厚さ10センチ程の肉塊になった。



飛び散った先輩の中身は、僕と車内を真っ赤に染め上げた。



僕は意識を失った。







和風ゾンビ物です。

よろしくお願いします。

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