第8話 レンくんの悩み
なんでこんなことになったんだろ?
それはちょっと前から尽きることのない頭の中の疑問だった。
灯り一つない鉄格子の中、後ろ手でランと繋がれたまま、外の喧騒を聞きながら自問する。
タルムさんはあの時、僕たちに感謝してくれてるように見えた。
壊れた村の様子を見て唖然としているように見えた。
そこに演技はない。
絶対になかった。
僕はそう思ったんだけど、なぁ。
なんでこんなことになったんだろ?
考えても考えても答えが出なかった。
モヤモヤした気分に陥る。
考え過ぎて、ちょっと気持ちが悪い。
喧騒が聞こえてくる方……鉄格子の方を見ると、僅かに灯りが差し込んでくる広間の方ではタルムさんが言っていた通りに宴会が行われているみたいで、楽しそうな声が絶えず聞こえてきていた。
「……はぁ」
なんでこんなことになったんだろ?
同じことを何回も何回も考える。
「すぅ……すぅ……んぅ、動くんじゃ、ないわよ、馬鹿レン……」
「あぁ、うん、はいはい……」
何か後ろから文句が聞こえてきたけど、起きてるわけじゃないみたいだった。
寝言だ。
微かな寝息が後ろから聞こえてくる。
密着した背中からも、普段よりちょっと温かい気がするランの体温が伝わってきて……悩みに悩んでる自分が何だか馬鹿らしく思えてきちゃった。
後ろ手で繋がれてるから、休むにはこれしかないんだけど。
よく、こんな状況で眠れるよね……
ランの図太さに感心しながらも呆れて、寄りかかってくる背中をそっと押して元の位置に戻す。
交互に休む。
理屈の上では分かってることだった。
捕まってる状況下、少しでも体力の回復に努めていざという時に動けるようにしておかなければならない。
先生の講義でそう習った。
でも、だからといって寝られるかどうかは別問題なわけで。
僕の番が来たらちゃんと寝られるかな?
正直、自信がない。
だって、こんな状況だし……気になることがたくさんあるし。
寝られないよ、こんなんじゃ。
この状況、先生が見たらなんて思うかな……
「がっかり、するかな……」
呟いてみる。けど、多分、それはないって確信は心の中に同時にあった。
だって先生は優しいから。
僕はこの状況、どうかと思うし知られたくないとも思うけど、先生はきっと僕たちを責めないと思う。
それできっと「仕方ありませんね」なんて穏やかに笑って、助けてくれて……
こんな状況に颯爽と駆けつけて、僕とランを助けてくれる先生、そんな状況を妄想して僕は軽く頭を振った。
もう卒業したってのに、そこまで迷惑かけられないよね?
自分たちで何とかしなきゃ。
先生は、僕たちがもう大丈夫だって思ったから送り出してくれたはずなんだから。
うん、ちょっと前向きになれた。
きっと、一人だったら……もっと落ち込んで、どうしようもなかったんだろうけどランも居るしね。
きっと何とかなる。
僕とランは二人でずっと先生のところで学んできたんだから。
『おお~、うぃっく、食料ぜ~んぶ食っちまっていいのかぁ~?明日から、どうすんだ~?』
『はっはっは~、ば~かっ、明日からはここからおさらばだから……いいんだよっ!』
『ひひひっ、それもそうだな~!』
向こうは何だか楽しそうだね……
聞こえる音だけでも伝わってくる。
飲めや歌えの大騒ぎだもの。
さっきから楽しそうな声がひっきりなしに聞こえてくる。
何かを食べる音、酒を飲む音、色々な声が混じり過ぎて何を離してるのかすら分からない騒ぎ声。
ご飯、か……僕もお腹空いたなぁ
グゥと鳴るお腹の音に小さく溜息を吐いてしまう。
食べ物……あの時に全部投げちゃったんだよね。
ここの入り口に入る時、ゴブリンの気を引くために盛大にばら撒いちゃったんだよ。
だから、ここで食べられないのはもう仕方ないとしても脱出できたとしても何もないんだよね。
どっかで食料の調達をしなきゃ……
でも、どうしたらいいのかな?
分からない。
買うにしても……村はもうあれだし。
じゃあ狩りとか?
やったことないな……
講義の中では聞いたし知識としては知っているんだけど、実際にどうすればいいのか分からない。
とりあえず保留にしよっか。
頭の片隅に追いやって、他に気になることに答えを出すことにする。
寝るまでにちょっとはスッキリしておきたいからね。
「……子供たち、か」
チラリと奥の方を見ると檻が見える。
そこには子供たちが居るのが見える。どこから連れてこられたのかも分からないし、何のために捕まえられてるのかもだ。
タルムさんは売るって言ってたけど……
僕とランもそうなるらしい。
アジトから逃げて、次の場所での資金にするための商品だって。
普通に考えれば……奴隷、ってことだろうと思うんだけど。
そういうことは一言も言わなかったよね……
タルムさんは僕たちを挑発するみたいに喋ってた。
なら、奴隷になるんだったらはっきりとそう言って恐怖を煽るのが普通だと思う。
売る、だなんて曖昧に言わずにそう言っちゃえば一番恐怖を植え付けられると思うんだよね。
なのに……タルムさんはそう言わなかった。
子供たちのことに関してもそうだ。
売る、金になる。
そんなことしか言わなかった。
といっても、売るっていうのにそんないい意味なんてあるとは思えないんだけど、ね。
確実なのは僕たちでお金を得る、ただそこだけだ。
「……うぅん」
多分、子供たちに話を聞くのが一番手っ取り早いとは思うんだけどね。
檻の方を見る。
檻の中の子たちは特に取り乱した様子もなく、普通に過ごしていた。
寝ている子も居れば、ただぼーと虚空を眺めてる子も居る。
共通してるのはまったく喋らないってことだけだ。
多分、山賊の人たちに無駄なことを喋るなってそんな感じのことをいつも言われてるんじゃないかなって思う。
とても静かだ。
『おおい、頭~?ゴブリンどもなんぞに逃げ回らなきゃなんねえなんてよ~……俺たちみっともなさすぎて泣けてくるぜ~!おおいおいおいおいおい、ひぐっ、うぐっ、おぐえっ、えぐっ』
『あ~あ~、誰だ?こいつに酒をたらふく飲ませたの?泣きじゃくって面倒くせえからやめろって言ってたろうがっ!』
『最後の晩餐だぜぇ?いいじゃね~かっ!堅いこといいっこなしっすよっ!頭ぁっ!』
向こうの方はとても騒がしいけど……流石にここで大声で話したら向こうに聞こえるよね?
そういうのはやっぱり避けた方がいいと思うんだ。
僕がここで大声で呼びかけて、ひどい目にあうのは僕だけじゃないかもしれない。
後ろで寝てるランだって危ないし、もしかしたら向こうの子供たちにも……そう思うと、とてもじゃないけど子供たちから情報を収集する気にはならなかった。
すごく、落ち着いてる感じなのがちょっと気になるけど……
襲撃があった割には取り乱してないんだよね。
それに山賊に捕まっているっていうのに、普通なんだ。
そう、普通……まるで何不自由なく生活をしてるかのように。
暗くてちょっと分かりにくいけど、やつれてる感じはしないし目に見えて分かるような酷い怪我なんかもないし……
どういうことなんだろ?
「すぅ、すぅ……んんっ」
「いたっ」
後ろで寝てるランの身体がガクッと揺れて僕の後頭部に頭がぶつかる。
変な体勢で寝てるせいかな?
頭がジンジンと痛む。
でも、ランの方はというと特に痛がる素振りもなくそのまま寝息を立てていて……本当、よく寝られるよね。こんな状況で。
痛む頭を摩りたいけど、繋がれてるからそれも出来ないまま、仕返しにランの指をちょっとだけキュッと握ってやった。
「ん……んぅ、すぅ、すぅ」
「……寄りかかってこないでよ」
小声で呟く。
向こうに聞こえないように配慮して、背中に感じる体温が増えて……微妙な気分になる。
まだ、起こすには早いもんね……
バランスが崩れないように背筋を伸ばして寄りかかってくるランの身体を支えて、一息吐く。
僕はこういうときにはこうするけど……同じこと僕がしたらどうなるかな?
寝相が悪くて、体勢を崩して体重を掛けて……そうなったときランはってそう考えると答えは考えるまでもないことだった。
多分、時間とか気にしないで叩き起こすよね……
そのことに理不尽さを感じながらも、僕は決して体勢を崩さず寝ようって心に決める。
鉄格子の向こうで、こっちを見つめる山賊の人が一人居た。
『ぐぇっへっへっへっへっ……なぁ?頭ぁ?』
『なんだよ?』
『今日で最後、なんだろう?ならよぉ~お?ちょっとくらい楽しんだっていいんじゃねえのかぁ?』
『何が言いたい?』
『決まってんだろうよっ!あの女、まだまだ子供だがい~い身体してるじゃねえかあ?なっ?いいだろ~?最後に一度くらいよぉ~』
『阿保、駄目に決まってんだろ』
『なんでだよっ!』
こっちを見てた目が遠ざかっていった。
こっち、っていうかランを見てたわけなんだけど。
声が大きくて向こうの会話がしっかりと聞こえてくる。
『そんなくだらねぇことしてる暇ねぇからに決まってんだろうがっ!明日にはここを捨てて出てかなきゃいけねえんだぞっ?そんなことで体力を消耗して寝不足にでもなりやがったら容赦なく置いてくからなっ!緊急事態だって分かってんのかっ!こんな時だから英気を養うために騒いじゃいるが、それも特別なことだって理解しろっ!この阿保がっ』
『でもよ~』
『でもじゃねぇっ!それにあいつらは大事な商品なんだぞっ?俺たちが持ち込むってのに商品価値を下げてどうすんだよっ!馬鹿がっ、信用も無くなるし俺のメンツがつぶれるだろうがっ!ああっ!?』
『う……うぐ、んな怒らなくてもいいじゃねえかよ~』
『けっ、怒るに決まってんだろうがよっ!せっかく騒いでんのにくだらねえことで水を差しやがって、そういうことは許さねえって前からずっと言ってんだろうがっ!』
乱雑に何かが置かれる音。
樽に入ってる酒がグビグビと注がれていくのが聞こえる。
剣呑な雰囲気はそれで一つの区切りがついたみたいだった。
『ばっか、お前よぉ……頭がそういうの嫌いだって分かってんだろうがよ。無茶なこと言いやがって、この場を白けさせた罰だっ!何か芸をしろっ』
『う、うぅ……めんもくねぇ』
『だいたいお前、あんな子供の何がいいんだよ?成熟した女の身体が一番、大人の色香が足りねえよ、色香がっ』
『ははっ、ちげえねぇ!この少女趣味がっ』
『なっ!いくら兄貴達でもそりゃ反論せざるを得ねぇ!大人の階段を昇り始めた少女のあどけなさと発育途上の大人の魅力が混ざり合った、あの妖しさが一番っ、男の身体を刺激してっ』
『るっせっ、気持ちわりいっ!語ってんじゃねぇぞっ変態がっ』
ははははっ、とじゃれあってるみたいな笑い声が聞こえてくる。
騒動は終わったみたいだった。
少女のあどけなさと大人の魅力が混ざり合った、あやしさ?
正直、何を言ってるのか欠片も意味が分からない。
そりゃ生きてれば成長するって思うけど。
「……」
ま、いっか。
どうでもいいし。
気にもならないことだから思考を放棄する。
それよりもちょっとした収穫の方が今はすごく大事だった。
タルムさんは子供たちに変なことをするのは許さないって前から言っていたそうなんだ。
つまり、捕まえた子供たちに変なことが起きないように守ってきたってことだよね?
さっきのも、ランを庇うような感じだった。
商品価値がどうとかは言ってたけど、でもそういうことだと思う。
タルムさんは子供たちに変なことが起きないようにしてた。
だから、子供たちはあんなふうにやつれてもいないし怪我も負っていなかったわけで。
そう考えると、僕にはちょっと分からなかった。
タルムさんは……悪い人、なのかな?
僕には、そうは思えなかった。
誤字報告により一部を修正しました。