009 噂の中心人物
予選会当日、ヤクル村中学校は一つの噂で持ちきりだった。
登校して席に着くなり、いつもは僕なんかの存在自体を無視しているリテルが側に寄ってくる。リテルはひょろりとした痩せ気味の男子だが、村長の孫で権力をかさに着るような鼻持ちならないやつだ。
今日に限ってやけに馴れなれしい。仲のいい友達みたいに僕の肩に手を回してくる。払いのけたいところが、予選会前の厄介ごとは避けたいので我慢する。
「なあ、タト。本当か」
リテル、顔が近過ぎなんだけど・・・。
「何が」
「聖女様がヤクル村中学校に転校してくるってことさ」
ドアップのリテルのにやけ顔が忌々しいが今はそれどころではない。ティア様が聖女であることが早くもバレている。昨日の晩の打ち合わせが無駄になった。
「だれがそんなことを・・・」
「ビフだよ。ビフ」
くっ、あのやろう、余計なことを・・・。
「でな、ビフの話では聖女様のナイトがキミで、今日の校内予選会でビフはキミを倒して聖女を奴隷にするらしい。キミ、聖女のナイトに選ばれる器じゃないよな」
くそっ。そんなことまで。もう隠すこともできない。
ヤクルの村のような小さな共同体では、遅かれ早かれ知れ渡ることは必然。やられっぱしの僕が聖女のナイトではつり合わない。せめて校内予選会で一勝してからであって欲しかった。
「事実だ。昨日、聖女ティア様のナイトに任命された」
僕の言葉に目を丸くして驚くリテル。当然の反応だけど少しは誇らしい。注目されるのなんて神童と呼ばれていた小学生の時以来だ。
「タト、マジかよ。それで、もちろん断ったんだよな」
「いやっ、謹んで受けた。誓いの儀も昨日の晩すました」
小心者の僕じゃない答えに絶句するリテル。リテルの鼻をあかすのはちょっと気持ちいいかも・・・。
「タト、お前、ビフに殺されるぞ」
「殺されるものか」
ビフの名前は出して欲しくなかった。僕は不貞腐れてリテルに答える。
「そうじゃなくても。クラスの男子全員を敵に回すぞ。トーナメントで運よくビフに当たらなくても最弱のお前を倒して聖女を手に入れようとするやつはいるんだから」
なるほど、ピンときた。いやに馴れなれしいはずだ。
「お前だろ、リテル」
「ふふっ。ご名答」
リテルは紫の長い前髪を耳にかける仕草をして、得意そうに答えた。
「金でトーナメントの順番を操作したな」
校内予選会を運営する実行委員の中にリテルの息のかかった取り巻きが何人かいたような気がする。
「ご察しの通り。それだけじゃない。僕の武器はトロルだ。僕、魔物使いだからね。キミがトロルに食われるのが楽しみだ」
リテルはフンと鼻で笑う。
「僕も楽しみだ、リテル」
僕は口角をくっと上げて返した。
「強がりばっかり。聖女のナイトになったってキミはキミだ。なにも変わっちゃいない。負けっ放しのやられっぱなし。キミに親父のトロルが負けるわけない」
強気の僕にイライラしだすリテル。
「キミこそ情けなくないか。自分で狩ったトロルじゃないなんてさ。それに魔法力じゃなくて、薬でゆう事聞かせてるだけだろ」
「くっ。ほざくな。僕にそれだけのことを言った罰は受けてもらうよ」
リテルは僕との会話を打ち切って去っていた。
悪知恵だけは働くリテルのことだ、トロル以外にもきっと何か罠を仕込んでくるに違いない。用心しなくちゃと僕は心に決めた。
教室の中を見回すと、嫉妬ややっかみなど敵意のある視線を僕に送っているやつらが少なからずいる。ビフのせいで転校してくるティアが聖女であることがクラス中に広まったみたいだ。
目立つのは好きじゃないけど噂の中心人物にされた以上仕方ない。僕が負ければ、僕を選んでくれた聖女ティア様の名が汚れてしまう。僕は静かに拳を握り気合を入れた。
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