04 ライオン式ブートキャンプ
前回のあらすじ
人類総オッサン化の呪いを受けているけど、コウノトリが子供サイズのオッサンを運んで来たりしてるらしい。
「司教様、将軍様、ありがとうございます。『呪い』についてはあらかた理解しましたので、魔王と魔族についてお聞かせください」
マコトの申し出に、グロリオとビクトールは再び顔を見合わせる。
「勇者どの。それについては詳しく話すことはできませんのじゃ」
「悪ぃな。なんでも魔王を退治したっていう勇者ヤマダの遺言でな、ざっくりしか話せないのよ。『勇者たるもの、その曇りなき眼で自ら進むべき道を選ぶべし』つってな」
「な、なるほど」
そういえば転生時にも詳しくは教えてもらえなかったな、とマコトは少し前の記憶を巡る。マコトの判断を信頼しているともとれるが、ある意味では放任、無責任ではなかろうか。
「そうなのですじゃ。ですから、百年前に人間と魔族が戦ったこと。その魔族を率いていたのが魔王だったということ。魔王の呪いにより、すべての人間がおっさんになってしまったこと。新たな魔王の誕生が近く、その魔王を封印、あるいは殺さぬ限り、先代魔王の呪いは解けないということ。ワシらから話せるのはこれぐらいですじゃ」
「俺や大司教どのが魔族に対して抱いている感情を、勇者どのに押し付けてはいけねぇってこった。まぁ相手のことは他人から聞くより、直接拳と拳を交えたほうがよく分かるってモンよ!がはははは!」
友情と努力で勝利しそうな脳筋理論だが、それが国の公式見解であるならこれ以上の問答は無用。納得できない気持ちを押さえつつ、マコトは小さく「分かりました」と告げる。
「よろしいかな? それではセントリオ国王に謁見し、魔王討伐へと旅立とうではありませんか」
こうして説明も中途半端なまま、マコトは王城へ案内され、セントリオ王との謁見に向かう。王城は優雅さとは無縁な武骨な造りであり、要塞と呼んだ方がよいのではないかと思える外観であった。道中も優雅な馬車などではなく、古代ローマの戦車のような武骨な何か、というかそれこそ本当に戦車であろう。いちいち男臭い世界である。
分厚い鉄の扉をいくつも通りすぎ、石造りの床が剥き出しの廊下を進むと、ようやく謁見の間にたどり着いた。まるでゲームに出てくる魔王城の最奥部だな、と思うが、口には出さないマコト。重厚な革張りの椅子に身を沈めるのが、このセントリオの国王、ニルスである。将軍ビクトールをも凌ぐ巨躯に、左目を通過して走る大きな向こう傷。生え際はやや後退しながらも、豊かになびくブラウンの髪と鬚は、獅子の如き王者の風格を漂わせている。
「勇者よ。よくぞ参られた」
ぶわ、とマントをはためかせ立ち上がるニルス王に対し、マコトは流れるような動作で片膝をつき、当然のよう臣下の礼をとる。が、横に立つ大司教も将軍も立ったままだ。
「戦乙女の導きにより馳せ参じました、マコトでござい・・・あれ?」
周りのざわめきに気が付くマコト。見上げると、ニルス王は笑いをこらえている。
「ぷくくく。うわっはっはっは。何をしておる勇者どの? そのような堅苦しい挨拶は無用だぞ。ここには格好をつけるべき女も子供もおらぬわ。さあ立て。男の挨拶はこうだ」
スッと右拳を突き出すニルス王。
「あ、はい」
慌てて立ち上がり、王の拳に自らのそれを突き合わせるマコト。マコトの肉体は転生時に作り変えられた特別製のものであり、その拳も通常の人類では考えられないほどの力を内包している。しかし、突き合わせたニルス王の拳は、堅く、節くれだっており、無数の傷跡に覆われていて、とても巨大きく見えた。
「・・・勇者どのの拳は力強いな」
「あ、ありがとうございます?」
「そして女子供のように綺麗な手よ」
孫を慈しむかの如き目でマコトの拳を見るニルス王。彼の傷だらけの拳は、民を守り導くためにどれほど握りしめられ、振るわれて来たのだろうか。
王の視線が拳からマコトの目へと移る。問うているのだ。自分と同じような、あるいはもっと傷にまみれた拳になるまで戦い続ける、その覚悟があるのか、と。
「王様、よろしければ、私の世界での挨拶もさせていただいても?」
「もちろん」
マコトは拳を開き、差し出す。ニルス王がそれに応じて開いた手を握り、ガッチリと掴む。
「王様、これは『握手』と言いまして、手の内に武器を持っていない友好の意志を示す挨拶です」
「ほう?」
「先ほどの拳で、王様がどれほど勇敢に戦ってこられたかは分かりました。こうやって握手をしていても、武器を握るために鍛えられたたこがはっきりわかります。ですが、それと一緒に、手の内の柔らかさや温かさも感じることができます」
「・・・そう言われるのは・・・存外恥ずかしいものだな」
「それは失礼を。ですが先ほど、大司教様と将軍閣下から、自分の目で世界を見極める様にと言われましたので、まずは王様から」
「なるほど。戦の経験はなくとも、十分に強かではあるか」
にぃと笑うニルス王。
「よかろう。では伝統に則り、セントリオ王国は勇者マコトに準備金として120Gを与え、以って旅立ちを見送るものとする!」
数分後、城門前で準備金の入った小袋を手に立ちすくむマコトがいた。
ちなみにセントリオ王家の家訓は、『可愛い子は千尋の谷に突き落とせ』である。
王家の家訓もだいたい勇者ヤマダのせい