01 サラッと導入だけ書くつもりだったんだ・・・信じてくれ
本編の遥か前の時代に相当する、ただの導入部分のはずだったのに。どうしてこうなった。
昔々のお話。死の砂漠と魔の樹海を超えた先、人の侵入を拒む魔界に、それはそれは恐ろしい魔王がいました。
あるとき、魔王は戯れに遠見の鏡に問いかけます。この世で最も美しいのは誰か、と。
鏡は魔王の特殊性癖を考慮した上で恭しく答えます。
お畏れながら陛下、それは遠い異国の姫、アリスにございましょう。
鏡の見立て通り、魔王はこの年若い、むしろ若すぎる姫に懸想をしたのです。
すぐに魔王は配下の暗黒飛龍を使いに出します。第一印象から決めていました。文通からおねがいします、と。
なんと恐ろしい要求でしょうか。人を人とも思わぬ魔王の過大な要求はすぐさま全人類国家に響き渡ります。
時を待たず、聖教の秘技、勇者召喚の儀式により、この悪辣極まりない魔王を排する全人類の希望が喚び出されます。
頑強な肉体に高潔な精神を併せ持つ勇者は、神盾の異名を持つ戦士、海母神の申し子と呼ばれる美貌の女僧侶、真理と評される妖艶な女魔導士を旅の供に、諸悪の根源たる魔王を討つ旅へと出たのです。
その栄光に満ちた道中、この温泉街の地にて、名産の勇者豆を目にし、郷愁に駆られた伝説の勇者ヤマダが作り出したのが、元祖勇者饅頭でございます。
ええ、よく似た本家だの本舗だのは所詮模倣ですからお間違えの無いように。
コホン。とにかく、勇者御一行は人類域のみならず、死の砂漠地帯も、魔の樹海も踏み越え、襲い来る魔族をまるで子ども扱いにして撃退し、道を阻む魔獣はその圧倒的カリスマで従え、味方どころか敵にもほとんど血を流させないままに魔王の居城へとたどり着きます。
まだ日の落ちる時間ではないのに、魔王城の周囲は暗く立ち込める厚い雲に閉ざされています。時折光る稲妻が、おどろおどろしい魔王城の姿を映し出します。苔むし、あちこちに戦闘の傷跡の残る外壁は、ここが血で血を洗う残忍な魔族の中心地であることを、静かに、しかし雄弁に物語ります。ついでに城の補修費用が足りないことも。
城内は不気味に静まり返っていました。半数の魔力灯が魔力切れで火炎蝿ほどの淡い光になる廊下を進み、手すりの外れかけた階段を昇り、玉座の間へとたどりつきます。
玉座の背もたれは高く高くそびえ、城の尖塔と一体化しています。魔王の意識の高さが窺える匠の逸品です。
時折、部屋を白く染め上げる稲妻は先ほどより近づいてきているようです。いわゆるゲリラ豪雨ですね。早く洗濯物を取り込まないと。
唯一残った、というか自力で移動できないので残るしかなかった哀れな遠見の鏡を従え、魔王は勇者に問いかけます。王者の威厳をもって、重々しく。
「何用か」と。
勇者は仲間を手で制すると、ひとり魔王の前に踏み出します。
「俺はお前を・・・止めに来た」
「止めに? 随分とお優しいことだ。国からは余を誅し、排せよと、殺せと言われておるのだろうに」
「お前をどうするかは俺が決める。誰にも文句は言わせねぇ」
「ならばどうする? 既に余の恋文は書き上がっておる。原稿用紙200枚の力作じゃ。あとはポストに投函するだけで愛しきアリスの許まで届くぞ?」
「いい加減にしろ! それで届いたとてどうなる? 幼女を困らせるだけだ。そんなことは魔界紳士のすることじゃあない!」
「なぜだ! 貴様ら人類は争いが無ければやれ愛だの平等だのと綺麗ごとを抜かすが、それは身内だけか? そもそも人間と魔族に本質的な違いなどないと貴様らも知っておろうに! なぜ余は許されぬのじゃ!」
「それは・・・」
勇者はわずかに逡巡し、奥歯をギリと噛みしめると、震える声で告げます。
「許されないんだよ。人間だとか、魔族だとか、そういう話じゃなくて。もっと高い、もっと深い、もっと根源的な話だ。幼女に直接関わるのは許されないんだよ! お前のような小汚いオッサンには!!!」
「・・・なん・・・だと・・・?」
勇者の言葉に魔王は立ち尽くします。まるで雷に打たれたように。
てかこれ、尖塔に落雷しましたね。光と音がすごいです。
建物に雷の大部分が流れたとはいえ、尖塔直結の玉座も電気ビリビリです。
「まさか知らなかったのか!? 自分自身の姿を!?」
「え・・・そういえば余、自分の顔とか見たことないけど、そんなにヤバい?」
「・・・うん、ヤバい」
魔王のそばでは遠見の鏡が存在感を消そうと必死に隠蔽魔法を連発しています。が、規格外の異世界勇者にそんな手が通用するはずもなく、
「てか、その鏡で見てみればいいじゃん」
「そだね」
あっさり見つかってしまいました。
「ままままま魔王様!? ワタクシのような矮小な存在が、至高の魔王様のお姿を映すだなどと不敬の極みでございまして! ですからこれは決して! 決して小汚いオッサンの姿を映すとワタクシのボディまで穢れるだなんてこれっぽっちも! ええ! スライムの脳味噌ほども考えたことなど!」
「うん。いいから。そういうのいいから。もうこれ、余の最後の命令だから。だから映して。余の姿。ちゃんと。ありのままに。余、怒らないから。」
「あ・・・はい。では」
ブゥン、と白濁した鏡面が震え、やがて魔王の姿を映し出します。
締まりのない目、へしゃげた鼻、厚ぼったい唇、毛虫がのたくったような眉、皮膚病の跡でボコボコの頬、中途半端な無精ひげ、たるんだ三重顎。しかも、それぞれのパーツを豚魔人が福笑いで並べたかのような絶妙に崩れたバランス。先ほどの落雷で寂しい状態の頭髪はチリチリと縮れて、醜悪さに強化魔法でもかかってるかの如し。遠見の鏡が映すのは、正面1カメ映像のみならず、側面2カメ、背面3カメ、あおりで4カメの複数視点。1カメだけでお腹いっぱいなのに、なぜ全力を尽くしたのか。あおり視点の破壊力は歴史に残るレベルでございます。
ともかく、なんということでしょう。まったりとしていて、それでいてしつこい、濃厚な小汚いオッサンの電気ロースト ~加齢臭を添えて~ がそこにあったのです。
「うわ~。我が姿ながら、これはひどいな」
「でしょ」
「うん。余、なんかスッと腑に落ちたわ。これは許されない」
身の程を知った小汚いオッサンが恥ずかしそうに、消え入りそうにこぼします。残念ながら小汚いオッサンなので可愛さのかけらもありません。玉座の裏に回り込んで、魔王杖で『の』の字を書いていじけるオッサン。え、魔王? 知らない子ですね。そんなのいました?
「俺もさ、わかるんだ。同じだったから」
オッサンの肩に手を置き、光の勇者ヤマダが語り掛けます。
「勇者召喚とかでこの世界に呼び出されたけどさ、その前は俺も小汚いオッサンだったんだ。
大した能力もないくせに、プライドばっかり高くて、俺がいるべき場所はここじゃない、俺には才能があるんだって、実績も根拠もなく思ってた。
そんな無駄なやる気とプライドも、毎晩自力でスッキリしちまえば何も行動する気にもならなくてさ。いつか俺が主人公になるターンが来るんだって何となく思ってた。
でもそんなことはなくて、正月休みにインフルエンザに罹ったら、誰も心配してくれる人もいないし、脱水と高熱で動けないし、充電器壊れてスマホも動かないし、誰にも愛されず、気にも留められず、このまま死ぬんだって分かったら、猛烈に後悔したんだ。
もしやり直せるなら、言い訳しない。やれることをやる。結果なんて気にしない。俺みたいに孤独に押しつぶされて、絶望して死んでいくヤツの存在なんて許さない、って・・・。そしたら『こう』だ」
異世界に渡る際、肉体の再構築が行われる。
異界からの戦士を呼び込む戦乙女のお眼鏡に適う、若く強靭で魔力に富み、容姿の整った肉体に作り替えられるのだ。
「結局、何もしてないのにこんなズルじみた身体をもらっちまったからな。お礼に、俺が救えるものは全部救うって決めたんだ」
「・・・同じなものか」
ゆらり、と立ち上がるオッサン。
初めて見た現実に打ちのめされ、勇者に慰められたはずのオッサンからは、触れられそうなほどに濃厚な殺気と、まるで魔王の如き威圧感が立ち込めていた。
「・・・納得、いかねぇか」
「そのような世迷い言、到底信じられぬ。・・・いや、信じたい気持ちも無いではない。
だがな、所詮は絵空事よ。
現にここにある、勇者と魔王という現実の前では、ただの幻影魔法に過ぎん。
夢で腹が膨らむか!? 理想で国を動かせるか!? 貴様が過去を語ったとて、それで余がモテるようになるとでも言うのかッ!?」
「そう・・・だな。たぶん、いや、絶体無理」
「ならば奪うまでよ。正攻法などとまだるっこしい! 筋力、魔力、権力、財力、軍事力! あらゆる力を使い、一気に深い仲に持ち込んでやろうではないか」
「いや、そこはコミュ力と魅力でなんとかしようよ」
「アーアーキコエナイ! 余にはキコエナイ! というわけで勇者よ! 我が大望のため、ここにその命を散らすが良い! そして余は愛しのアリスと!」
「ったく、そういうのは百年早いんだよ!」
小汚いオッサンから黒いオーラが、勇者からは金色のオーラが立ち上り、それぞれを中心に爆ぜるかの如く広がる。
魔力の質は違えど、発した魔法は同一。
時空魔法に属する上位魔法、【シリアス空間】である。
説明しよう!ひとたびこの魔法が発動すると、戦闘が終わるまでギャグ漫画補正が無効となり、描画タッチも劇画調に変更されるのだ。
ナイフで小さく切り裂いただけでも、場所によっては普通に失血死する危険が出てくるぞ。
親の仇レベルのガチでヌッコロしたい相手以外に使うと周囲にドン引きされるので注意が必要だ。
(民明書房刊『ビジネス魔法のマナー、応用編』より)
【シリアス空間】の影響か、両者とも輪郭線が太く逞しくなり、眉がハチマキを貫通する。
互いのオーラがバチバチと音を発するほどの密度の中、すぅ、と勇者が右手を引く。
腰に佩いた剣には手をかけない。
勇者の姿を見て推測する。狙いは魔法か投擲か。
異世界勇者であれば、【腹話術】や【無音詠唱】どころか【詠唱破棄】を駆使してもおかしくない。
オッs・・・魔王は魔王杖を手に、手早く【詠唱破棄】で強化魔法を7種重ね掛けし、【デジタル詠唱】で古代言語を光の明滅に変換。
この世の誰にも再現しえぬスピードで、回避不能、防御貫通の破壊の権化たる根源魔法、【滅び】を発動。
「さらばだ、勇者よ!」
勇者を標的に、街ひとつを灰燼に帰すほどの大魔法を解き放つ、その瞬間。
いや、それより遥かに短い、刹那にも満たない時の中、勇者が動く。
その踏み込みは玄武岩の床を瓦礫に変え、裂帛の気合さえも置き去りにする俊敏さで魔王の胸元に飛び込むと、その右こぶしを魔王の顔面に叩きつけた。
【シリアス空間】の支配下にあるため、ギャグ漫画補正のない、容赦のかけらもない一撃が魔王の顔面にめり込み、勢いそのまま、勇者の右こぶしで魔王を縫い付けるが如く、後頭部から床に打ち付ける。
あるいは魔王に言葉を発する余裕があれば、こうつぶやいていたことだろう。
「前が見えねぇ」と。
「・・・!!! ぉ・・・ごぉ・・・ふ」
本気の右ストレート一発でノックアウト。
【シリアス空間】も勝負ありと認め自然消滅するほどの一撃に、すわ試合終了かと思われたが、勇者はなおも魔王に馬乗りとなり、顔面を殴りつける。赤黒く腫れ上がり、もはや面影も分からぬほど。これはさすがにやりすぎ。勇者一行もドン引きである。
「・・・こんなモンか」
ヒクヒクと痙攣する魔王をしげしげと眺め、勇者は納得したとばかりに腕組みをしかぶりを振る。
「お・・・おの・・・れ・・・」
「お、まだ意識があったか。
悪いが、幼女のことは諦めるんだな。
別にあんたのことは殺したいほど嫌いでもないし、ちょっと封印させてもらうよ」
ドン引きするほど殴ってはいたのに、爽やかに言い放つ勇者。
「・・・!!! い、いや・・・だ。諦めるぐらい・・・失うぐらいなら・・・」
にこやかに【収納魔法】から電気釜を取り出す勇者。やはり魔王の封印と言えば信頼と実績の電気釜である。異論は認めない。
一方魔王は、【滅び】のために練り上げた魔力を核に、ボタボタと流れ落ちる血を魔法で操作し、QRコードのような【デジタル魔方陣】をその背の下に描き出す。
「・・・全部・・・ぶち壊して・・・くれる・・・!!!」
ドクン、と魔王の心臓が高鳴った。
魔界の主たる魔王が、その強靭な身を、強大な魔力を、強固な魂をも全て差しだし、死の間際に世界全てにかける【呪い】。
それは勇者が魔王を誅殺せず、封印しようとした理由の一つ。
魔王が死の間際に放つ【呪い】は、この世界の全てに及び、総てを蝕む。
それは永きにわたり人を苦しめ、百年の後に誕生する次世代の魔王を倒すまで解けることはない。
魔王が諸悪の根源と評される要因である。
「ふふ・・・ふはは・・・あーっはっはっは!!!
世界よ、瞠目せよ。そして絶望するがいい。
余と同じ絶望に沈むのだ!!!」
【呪い】に力の全てを注ぎ込み、もはや抜け殻にこびりついた残滓のような存在となった魔王は、それでも炯炯たる輝きを目に宿し、世界が自らの望んだカタチに歪められていくのを、それ以上に歪められた顔面を、更に歪めて眺めながら愉悦に浸った。
やった。
やってやった。
理不尽を体現したかのような勇者に、ひと泡ふかせてやった。
貴様の悔やむ貌を肴に、冥府魔道の毒酒を楽しむとしようではないか。
どれ、そのアホ面、最後に拝んでやろう、と。
・・・見上げると、【封印魔法】を中途半端に発動しながら、【回復魔法】を魔王に流し続ける勇者がいた。
今までただの空気でしかなかった女僧侶も【回復魔法】を魔王にかけている。
なんだ、その貌は。
おかしい。
絶望と後悔に満ちた貌を笑ってやろうと思ったのに、何かがおかしい。
後悔・・・はしているのだろう。
魔王の【呪い】を発動させてしまったのだ。
守るべき人々に害が及ぶのだ。
だから後悔していてもおかしくないし、むしろしているべきだ。
ではなぜ、
なぜ守るべき世界ではなく、死にゆく魔王のことばかり気にしているのか。
五感も魔力も薄れていく中、胸の痛みだけが最期まで残った。
ああ、飼い猫が死んだとき、アリスもあんな顔をしていたっけ。
魔王の意識はそこで途絶えた。
間もなく【呪い】が世界を覆う。
それは世の全てを、魔王が愛したアリスさえも変えてしまうだろう。
もう誰にも止められないのだ。
目標は9月中に完結させること。
ツッコミどころしかないようなクオリティスマソ。




