初めての友達
俺は呆然と話を聞いていた。咲の口から語られた話の全てが想像の範疇を超えていて、どお声をかけたらいいかわからなかったからだ。
「つ、つまり」
やっとの思いで俺は声を発する。
そんな俺を見ながら咲は小さく頷いた。
「そう、私が死ぬ理由は、自分の臓器を妹にあげるためなの」
俺はゆっくり目をつむり、顔に手を当てた。
正直、聞かなければ良かったと思った。
だってそうだろ!、俺はただの高校生で、こいつみたいに壮絶な生い立ちもない。そんな普通の人間が、こんな話を聞いたところでどうすることもできないんだ!
ここで、よくある漫画やアニメみたいに、"そんなことをしても君の妹は、きっと喜ばない!"なんて、俺には到底言えない。
こいつの決意は俺の言葉ひとつで揺らぐようなものじゃないし、そもそもこれはこいつの問題だ、他人の俺が踏み込んでいい領域をはるかに超えてしまっている。
そんな情けない言葉が頭の中をぐるぐるわまり続け、挙句の果てにでた言葉は
「そうか......」
これ、たった一言だった。
そんな俺の様子を見て、咲は俺に言葉をかけてくる。
「本当ならあんたと最初に出会った日、私はあの日死んでいた。
けど私は、あんたと偶然に助けられ、生き残ってしまった。
目覚めた時、私は絶望したわ、ああ、なんで私は生きているのだろうって。けどね、文句を言いに行こうとあんたの部屋に行った時、あんた、部屋で大いびきをかいててね、全身包帯だらけで見るからに悲惨な大怪我なのに、馬鹿みたいにいびきをかくあんたを見てたら、何だか笑えて来て、まあ、最後にこいつの面倒を見てから死ぬのでもいいかと思えたの」
そこで咲は少しだけ言葉をくぎり、突然俺の手を、大切なものでも守るように、両手で包んだ。
俺は突然のことで少し戸惑ったが、その手を抵抗せずに受け入れた。
その様子を見た咲はまた話し始める。
「あんたと過ごしたこの一ヶ月は悔しいけど、凄く楽しかった。
あんたと喧嘩するのも、馬鹿な話するのも、バカ騒ぎして看護婦さんに怒られるのも、虐めのせいで、ぜんぜん友達がいなかった私には新鮮で、初めて友達と呼べる人ができたと思った。
この一ヶ月で、私の苦しかった十数年間を取り戻せた気さえした」
「咲......」
そして咲は俺の手を握りしめ、笑顔でこう言った。
「私の人生は報われた、だからもう満足、なんの心残りも無いわ」
死ぬ
言葉にするのは簡単だが、実際に行動をおこせるやつは多分少ない。死への恐怖と言うやつは、そう簡単に消せるものではないからだ。
ましてや、誰かのために死ぬなんて、そうそうできることではない。
だけど、咲の言葉に迷いは無かった。
むしろ、一種の清々しささえ感じる。
「後悔はないんですか」
俺は咲の目を真っ直ぐ見た。
なんの迷いもない真っ直ぐな目を。
「無いわけじゃないよ、友達とゲームをしたり、サッカーしたり、お泊まり会したり、そんな普通の友達みたいなことはしてみたかった。
でもね、もおいいの。
私は十分幸せなんだって気づけたから」
"なにが幸せなものか!"
俺は思わずそう叫びそうになった。
虐められ、友達もできず、あまつさえ自分が死ぬ以外の選択肢を奪われる人生など、なにが幸せなものかと。
けど違うのだ。
幸せの基準なんて人によって違う。
友達ができた、それだけで彼女にとってはじゅうぶんに幸せなのだろう。
だけど、それでは、あまりにも、あまりのも......
「可哀想だとか思わないでよね」
咲の言葉に俺ははっとする。
「私は妹のために死ぬけど、それは自分のためでもあるの、それを誰かに可哀想とか不憫だとか思われたくない」
強いな
俺は咲の言葉を聞いてそう思った。
本当なら、泣き叫んでもおかしくないような状況で、凛として、俺の目を見すえている。
「これが私のぜんぶ、付け加えるなら、私がお見舞いに来る時間がバラバラだったのは、妹の入院を理由にずっと学校を休んでたから、時間が自由に使えただけ」
咲の事実の重さに俺はどうすれば良いのかわからなくなっていた。
そして結局俺は、最後まで咲にどう声をかければいいかわからなかった。