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「ブルルルッ」
呆然としていた俺の視界の端からガサガサと茂みを掻き分けて出てきたのは、二足歩行の豚だった。出っ張った大きな鼻。口からはみ出た2本の牙。二メートル程の身長に、太い四肢。何より、圧倒的存在感を放つ肥えきった胴体。
オークだ。
オークはこっちの姿を確認すると、真っ直ぐ走ってきた。すぐにスピードは突進と呼べる速さになった。
「《反射乃結界》!」
「グブッ!?」
突っ込んできたオークが額をおさえて声を上げる。口の端から血が出ている。ぶつかった時に口の中を切ったのだろうか。でも、衝撃をそのまま返したのに、思ったほどダメージを負ったように見えない。
〔オークは耐久力が高い種族だ。質量があるから突進なんかだとかなりの威力とスピードが出るが、本来は高いHPとスタミナでの長期戦が得意なんだ〕
質量……納得した。そりゃ重いものがぶつかったら痛いわな。
オークは今、結界から距離を取ってじっとこちらを見ている。
〔警戒くらいするよなぁ。で、どうすんだよ〕
どうするもなにも、また向こうが突っ込んで来るのを待つだけだ。今度は耐久力を下げて大ダメージを負わせてやる。
と意気込んでいると、オークはゆっくりと後退り、そのまま茂みの中に消えていった。
「え、なんで? モンスターって永遠に襲ってくるんじゃないの?」
〔なんだそれ。どっから仕入れたデマだよ。あいつらだって生命体だ。人間を襲うのは餌として見ているからだし、敵わないと思ったら逃げる。ましてやお前は襲ってこないんだ、逃げるに決まってるだろ〕
それじゃどうすればいいんだよ。俺攻撃できないじゃないか。
〔安心しろ、俺に考えがある〕
「やっと見つけた、路」
オークが逃げていってから俺は、人が通る道を探すことにした。
〔路を探すなら、探索乃結界は張り続けておけ。策敵にもなるし、路を見つけたらすぐに気付くだろう〕
どうして魔力に反応する探索乃結界が道に反応するのか、それは結界内に道が入ったことでわかった。
「これは……路だな」
「ああ。路には魔物避けとして魔物が嫌がる結界があるんだ。その魔力がお前の結界に反応してるんだよ」
その魔力を頼りに探したが、見つけるには時間がかかった。路の場所はわかっている。だが、地形により回り道せざるを得なかったのだ。倒木等は風化で崩したが、崖や川はどうしようもない。お陰で水分は補給できたし、木の実なんかも口にできた。
そうやって見つけた路なのだが、なんと言うか、思ったよりも道ではなかった。例えるなら田舎の田んぼ道だろうか。苔が覆っている地面に、そこだけぽっかりと土が露出している。
〔路の基になっているのは魔物避けの性質を持った特殊な液体だ。それを好きな場所に撒くことでその周辺に結界が張られる。それを繋げたのが路なわけだ〕
それから路の上を歩き続けたが……
……特に何も無かった。
当然といえば当然だ。そもそも魔物が出てこない上に一本道なのだから。迷いようがない。
そして俺は、もしかしてこの辺り巨人とか出るの? と言いたくなるくらい高い壁を見上げた。なんと言うか、凄いファンタジー感がある。角切りにした石を積んであるようなのだが、よくこんなに高く積んだものだ。多分日本みたいな工事で作ったわけではないだろうに。
今いる場所から壁沿いに少しいったところに人が並んでいるところがある。荷物を持った人や剣、盾、弓といった武器を背負った人たちが。その奥には馬車が並んでいる。中に入ろうとしているのだろうけど、人と馬車は別々なんだな。
俺も壁の中に入るために列に並ぶ。俺の前では剣を持った人、盾を持った人、弓を持った人が話していて……あ、盾の人の影に杖を持った小さい人がいた。
「やっぱりオークが増えていたな」
「かなり若い個体もいたし、餌が足りないんでしょうね」
「このまま食料不足で数が減ればいいんだが……」
なんとなく不穏なことを話していた。この人達はやっぱり、冒険者とかそんな感じなのだろうか。
「次、……おーい次お前だよ」
おっと俺か。考えている間に俺の番になったらしい。
「はい、住民証かギルド証出して」
住民証? ギルド証? そんなものが必要なのか?
「えっと……、俺その住民証とかギルド証とか持ってないんですけど……」
「……そうか。それならこっちの珠に触れてくれ」
見せられたのは水色の、半透明なバスケットボールサイズの玉だった。言われるままに玉に手を乗せるが、別に何も起きなかった。
「どうやら取得してないのは本当らしいな。それならこれを首から下げてくれ」
そう言って手渡されたのは、手のひら大の木の板だった。これ、首から下げるにはかなり大きいの思うのだが……。
「これは仮証と言って身分を証明する物がない者が掛ける物だ。常に周りから見える所に出しておけ。服の下に入れたりして隠すのは、その気がなくとも罪になるからな。ギルドの場所を教えるから、ギルド証を取得しだい、ギルドの受付に仮証を返してくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
「もうそろそろ見えるはずなんだけど……」
〔いやさっきから思ってたけどお前、軽く迷ってないか?〕
「聞いたときは簡単そうな道だったから、わからなくなんてならないって思ったんだけど」
俺は今、極々軽くだが迷っている。ギルドの場所は門からそう離れていないらしいから、本当ならもう着いているはずなのだ。思えばこっちの世界でまともに町を見たのも初めてじゃないか。これまではお城の窓からか馬車でちらっと目にする程度だったから。




