虹の船の日常
黒々とした一隻の船が、悠々と進んでいく。
大きさは旅客船ほどであるが、ところどころに目立たないよう火器が装備されている。 それが、実にゆっくりと、波しぶきを最小限に進んでいく。
そんな、端から見たら、実に荘厳な船、セーミ・リュミエール・アイリス号、通称セリュス号の船内は、全くもって正反対だった。
一人の女性が、矢継ぎ早に大量の器にパン粥を注いでいく。片っ端から、それらは取られて、男達の胃袋に吸い込まれた後、器が返され、また彼女が注ぐと、突き出される。 数十度やりとりを繰り返して、一段落着いたところで、彼女はテーブルの横に座る。
本日は、晩飯のシチューにパンを浸したパン粥と、香辛料で味付けた干し肉、チーズ。 湯気をたてているシチューに干し肉をちぎって入れ、チーズを手にとって、彼女は目を見開く。
そして、近くにあった椅子に足を乗せ、叫んだ。
「おい!! 私のチーズ、一かけ食ったやつは手ェ挙げな!! バラシの練習台にしてやる!!」
「まぁまぁ、フランソワ。 私のをあげるから、 怒らないの。そろそろ、着くかな?」
「サンキュ、アリス。 でもいいよ。 あんたのはあんたのだ。
食うべきときに食いな。
商会からの依頼、レンカに向かって、ScF鉱石を受けとる。今回は日数かかったな。 天候がすごいアルテラに行くのは、その後なんだが」
上げていた拳をおろし、苦笑混じりで言ったのは、茶髪の女性。髪は肩につくかつかないかという長さで、乱雑に切られている。フランソワという名も相まって、 一見、 背の低い男性にも思える。
アリスと呼ばれた女性は、輝く稲穂を思わせるブロンドの髪に、目は紅茶色。背は、フランソワより少し高い。
食事場の中央に座った彼女達を、他の船員達は、楽しげに見ていた。そんな彼らを見渡して、彼女は問いかける。
「ねぇ、グレースさん、どれくらいかかる? 」
その声に、20代半ばと思われる女性が答える。
「はい、お嬢。 そうねぇ…… 今日中には一度連絡港には着きたいから、レンカまでは、あと二、三日。 全くもう、 一つ前の港で、もう少し燃料を貰えると思ったら、量に規制をかけられるなんて!!」
「了解。 まぁ、そうカリカリするな、グレース。 交渉粘って、あれでもオマケ貰ったんだ。 ロビン、倉庫の方は?」
「今は倉庫の液体ScFは25.8L。 これで進めるのが 17マイル。 港まで、 15マイル。 この前みたいなトラブルが起きたら厄介だ。 再起動で無駄な燃料を使いたくない。鉱石用は空けてる」
「わーった。 自分も着きたいって訳。 あんた、その口べた直せ。 さて、それでは…… 」
観測手であるグレースは、フランソワの言葉に苦笑しつつ席について食事を再開した。 倉庫番の大男、ロビンは少し眉間にシワを寄せて、頷く。
もう一度、フランソワが口を開く。
「んじゃ、腹ごなししてから、本格的な航界と行こう。
目的地、レンカ本港の前にあるレーグ港!! そこで補給して、すぐに向かうよ。 今は6時だから、海流から考えて、9時には着くはずさ!! そこから本港までは、5時間!!今晩には仕事を終えて、パーッとしようじゃないか!!」
景気づけに、と声をはりあげて、ふと自分の大切な言葉を思い出した。
こんな言葉だった。誰から、いつ聞いたかも定かではないというのに、なぜだか忘れられない言葉。
『自らが行ってから、他人にも行わせろ。 行動なき言葉は、響くわけがない』