実力テスト
進学校では、誰が何と言おうと学力がものを言う。
それを計る指標の一つに、校内実力テストがある。
テスト範囲などない。
英単語などは、習っていない単語が容赦なく出る。
噂では、差が顕著に出るように、平均点が満点の4割になるように教師たちが作っているらしい。
なので、超難しい。
しかも、国、数、英とも200点満点で120分の試験なのだ。
俺は最初の60分で勝負が終わるので、残りの60分は自由時間になってしまう。
多くの進学校では、夏休みは休みではなく、「補習」とは名ばかりの、きっちりと教科書を進める授業期間がある。
本当の休みは、お盆の期間と夏休み最後の5日ほどだ。
その5日ほどで、宿題をヒーヒー言いながらする俺には、実質、夏休みなどないのだ。
その補習の最終日を飾るように行われた実力テストの結果が、2学期の始業式である今日、短冊で渡された。
点数、平均点、偏差値、順位、見るものはたくさんあるが、親が一番の重きを置くのは順位だ。
いや、順位以外はどうでもいい。
偏差値なんて、おそらく何のことかわかっていないだろう。
勝つか負けるかは順位が決める。
8クラス320人中の順位が全てなのである。
そして、今回の俺の3教科総合の順位は132番。
俺としては真ん中より上で十分満足なのだが、親に見せたら何ていわれるだろう。
いつも「100番以内には入れ」だからだ。
中学校までは楽に10番以内には入っていたが、高校では勉強する内容が難しいし、頭のいいやつがいっぱいいるんで、そう簡単に100番以内に入れるものじゃない。
でも、いくら言っても両親にはわかってもらえない。
「ムーア、これどう思う?」
ムーアに個票を見せる。
ムーアはチラ見さえすることなく「極楽、極楽」と言わんばかりに、なでられて目を閉じている。
あーあ、どう言い訳しようか・・・。
気が重すぎる。
「ただいまー」と、今の俺にとってはうっとうしいとしか言いようのない元気な女子が帰ってきた。
そう言えば、今日は始業式で午前中で終わるので、メイがうちに寄って昼ご飯を食べて帰るって、昨日母ちゃんが言ってたっけ。
俺のそばで長く伸びているムーアを見つけると、四つん這いになって近づいてくる。
ムーア目当てなのはわかっているが、それにはドキッとしてしまう。
ムーアはメイの匂いを感じて、鼻をヒクヒクと動かして、むくっと起き上がると、大きなあくび一発。
そして、メイの方にピョンピョンと跳ねていく。
やはり、ムーアも男なんだなと変に納得する俺。
メイはムーアの顔を手で包み込むようにしながら、ムーアの額に頬ずりをする。
「ムーア、あんたは何でこんなにかわいいんでちゅか。お姉さんは、もうメロメロでちゅよ。
可愛すぎでちゅ~。」
と、毎回飽きもせず、ほぼ同じセリフででムーアをかわいがる。
ムーアも目を細めてうれしそうだ。
俺は、こんなメイのムーアへの寵愛が終わるのをだまっていつまでも待つ。
今日は10分くらいで第一ラウンドが終った。
この後、休憩をはさんで第何ラウンドまであるのかな。
メイが座卓に就いたので、話を聞いてもらった。
もちろん実力テストの話である。
俺は、親の順位への執着の話をしながら、個票を座卓の上に置いた。
メイは個票をしばらく見た後
「うーん、数学が平均点までいったら100番以内に入いれるるんじゃない?」
と、ありがたいご助言をのたまった。
そんなことはとうにわかっている。
それができないから困っているんだよ。
「メイ、お前の短冊を見せろよ!」
俺は、八つ当たりとわかっていながらメイに乱暴に言った。
メイはカバンの中からクリアファイルを取り出し
「はい」と俺に個票を差し出した。
まずは順位。
順位は・・・ん、7番?えっ、7番ですか!?
ひえ~。
一桁の人がこの世にいると聞いたことがあるが、こんなに近くにいるなんて。
中学校ではいつも1番2番を争っていたが、高校でも一桁かよ。
数学、181点!!200点満点で!!
俺の倍以上じゃん。
で、数学の順位は3番!!
メイが数学が得意なのは知っていたが、ここまでとは。
俺の視線が宙をさまよっているところに、グッドタイミングで母がアイスコーヒーを運んできた。
いや、これはバッドタイミングなんてもんじゃない。
「何、それ。」
と2枚の短冊を手に取ってまじまじと見る。
目が右に左にと忙しく動く。
目が止まると同時に両目を伏せてと、「ふーっ」と深い溜息を吐き、無言で店に帰って行った。
この後、父にこと細かかに報告するんだろうな。
よりによって、メイの成績と比べられるとは。
今夜は覚悟しておかないと。
しばらくして、勢いよく厨房側の戸が開き
「美樹、何食べたい!」
と嬉しそうなオヤジの声が響く。
「おじいちゃん、エビフライ!」
とお決まりの返事が返る。
もはやこれは儀式のようなもので、いいかげんやめて欲しいのだが、オヤジには楽しくてしょうがないみたいだ。
メイがエビフライ以外のものを頼んだことがあるか?
「よっしゃー!」
とオヤジのテンションがマックスになる。
俺には少しテンション低く
「真は?」
と、一応聞いてくれる。
「カツカレー。」
これも儀式のようなものだ。
聞いてもらえるときは、必ずカツカレーだ。
ひょっとしたら、メイもそれいい加減にやめて、と思っているかも。
作ってもらっている間、メイが長く伸びているムーアの大きな背中に顔を埋める。
「気持ちいいー。」
ムーアは目を閉じたまま、メイに体を預けている。
やさしいウサギ。
いつまでもこんな日が続いて欲しいな。
ムーアとメイをただただ見守る。
と、厨房の戸が開き
「できたよ。」
と母の声が。
各自で受けとりに行く。
メイは赤だし付のエビフライ定食、俺は生野菜のサラダ付きのカツカレー。
店で注文して出てくる料理そのままだが、大きな違いが一つある。
メイのエビフライ定食のエビフライの数は、ノーマルのそれよりも一匹多い。
これがおじいちゃんから孫への愛らしい。
息子への愛も何か欲しいものだけど。
座卓で向き合って食べる。
「昨日、お母さんがね、・・・」
話好きのメイは、食べながら話し続ける。
それでも普通に料理が減るもんだから不思議だ。
俺は、話のほとんどが真面目に聞いてもしょうがないことを経験上わかっているので、適当に聞き流しながら食べる。
少し間が空いたのでメイを見ると、
いいこと思いついたと言わんばかりのメイ。
「数学わからないんでしょ。それなのにほったらかしにして全然時間を取ろうともしてないんじゃない?時間を掛けないといつまでたっても数学はできるようにならないよ。始めたら、最低でも1時間は掛けないと。」
と、思い出したくない話題に、唐突に戻る。
だが、その続きがあった。
「明日から部活がないときには毎日寄るから、宿題や復習をいっしょにやろうよ。おじさん暇なんだからたっぷり時間があるんだし。わからないことは聞いて。私が教えてあげるから。明日から、勉強会ね。」
それにしても傷心の俺に気遣いのかけらもないないお言葉。
高校に入って、クラスの子に対しての言葉の選び方が、中学の時とは違うようになってきたなと思って、メイの成長を嬉しく思っていたのに。
身内とはいえ、今の俺はもう少しやさしい言葉が欲しい。
それに、確かにメイの言う通りだが、俺にだってプライドというものがある。
少し腹が立ったが、メイなりに俺のために何とかしてくれようとしているのがよくわかる。
言葉はひどいが、優しい子だ。
冷静になると、すーっと気持ちが落ち着き、素直に甘えたくなった。
もちろん、お言葉にだ。
断る理由がないのとメイへのありがとうを込めて「うん」とはっきりと返事をした。
メイが嬉しそうに、「じゃ、約束よ。」と言った。
ん!
メイの部活の家庭科部は水曜日だけが活動日ではないか。
ということは、月、火、木、金、うちに来るのか?
まさかな。
その時の俺は本気にしていなかった。