クラスと部活
突然だが、時系列は、俺の高校入学時に戻らせてもらう。
俺が通う高校は、県立のいわゆる普通科進学校である。
政令指定都市とはいえ、ばりばりの地方都市なので、私立よりも県立の方が進学には強い。
同じような進学校が市内に点在しているので、多くの中学生は、家から近い学校を選ぶ。
俺の通っていた中学校は、市内でも群を抜いて生徒数が多かったので、どのクラスにも1割以上はその中学校からの生徒がいる。
我が3組では2割に迫る数である。
男女を問わず、仲の良かった友だちが同じクラスに何人もいる。
その分、新たに始まった高校生活は新鮮味にやや欠けるものがあった。
中でも、幼稚園からずっといっしょの高坂と、またもや同じクラスになった。
ヤツとは、小学校のソフトボールチームでは二遊間を組んでいた。
俊足はだれもが認めるが、強肩ゆえか暴投が多い困った2塁守だった。
中学校では何も示し合わせたわけではないが、俺たちは柔道部に入った。
クラスも、2年と3年で同じクラスだった。
高坂は、俺のことを「真ちゃん」と呼ぶ。
俺は高坂を隆から「タカ」と呼ぶ。
趣味や何やと気が合う親友だ。
好きな女の子の話もよくした。
好みのタイプはかなり違うけど。
中学校の卒業が近づいたころ、その子にどうする、という話にもなって盛り上がったが、結局、どちらも告白できずで終わった。
高校に入学した日、タカから「俺、高校では後悔したくない。最初からいく」と聞いたときには、正直驚いた。
いつまでも同じ仲間と思っていただけに、ちょっと寂しく思うが、うらやましいとも思った。
俺もそうしたいけど、こればかりは相手がいないとだし、俺、どうしよう、などと思ってしまうと、一皮むけたらしい高坂が、今までと違って見えた。
同じ中学校から同じクラスになった子の中でも、特筆すべきは村下加奈子だ。
かわいいし、頭もいいし、陸上一筋のスポーツ万能少女である。
俺は小学校からずっと思いを寄せている。
高坂に話した好きな子とはこの子のことである。
高校で同じクラスになれるとは、よっぽど日頃の行いがよかったのろう。
神様からのご褒美に違いない。
とは言え、告白しようとは微塵も思っていない。
俺は初めから負けるとわかっている戦はしないことにしているので。
高校での新たな出会いに期待だ。
高校に入学したら、早々に決めなければならないことがある。
それは、部活動である。
部に入らなければならないという決まりはないが、ほとんどの生徒は何らかの部に所属している。
ほとんど活動のない部に入っていたり、入っていても幽霊部員であったりすることも含めて。
運動部では、顧問から声が掛かっている生徒は、中学校卒業後から「体験」という名目で練習に参加している。
俺の学校は進学校で、7時間目まで授業があったり、活動の終わりの時間が厳しく決められていたりで、部活動には時間的な制限がある。
生徒も勉強第一で、そこの部分はよくわかっているので、特に強い部があるわけではないが、そこそこ頑張っているといった感じだ。
だが、やはり運動部となると上下関係も厳しく、どの部も練習はハードらしい。
高坂は、サッカー部に入った。
中学卒業後、二人で遊びに出かけたときに言っていた通りに。
柔道では活かせなかったアイツの俊足が行かせそうだ。
何かにつけて、高坂に置いて行かれている感じ。
メイは家庭科部に入ると言っていたっけ。
もっぱら何かを調理して食べる部のようだけど。
他の友達にも聞いてみたが、野球、バスケ、テニス、ダンス、吹奏、美術、漫研・・・と、みんな、何らかの部や同好会に入ったと言う。
俺は、運動部に入るなら柔道部しかないと思っているが、それほど執着はない。
でも、入部するなら早く入部届を提出しないと、遅れて入っても気まずい。
でも、高校でも土日の休みもなく、毎日もっときつい練習をする覚悟はあるのか?
それほど俺って柔道が好きなのか?
柔道で汗を流すのもいいが、ゆるい文化部で高校生活を楽しむのもいいんじゃないか?
いっそのこと、帰宅部でもいいのでは?
自問自答し、答えが出ないまま入学して5日過ぎてしまった。
一年生のために特別に設定された見学期間は1週間だが、運動部に入るなら今はもう遅いな。
ほとんどの運動部の入部希望者は、高坂のように入学式の日に入部届を提出して練習に参加しているから。
放課後、いつものように、何のきっかけもつかめず、何の行動も起こせずに悶々としながら、これからどうしようと、自分の席に座って思案だけをしていた。
入るとしたら、もう文化部になるな。なら、写真部?文芸部?漫研?メイの家庭科部?男子部員もいるようだし。趣味と実益も兼ねて。
あー、どうしよう。
行動しないと答えが出ないことはわかっているのに、一歩が踏み出せない。
教室には俺だけ。
俺の唸り声だけが空しく教室に響く。
と、前の扉が開き、一人の女子が教室に入って来た。
そして、俺の隣の席にかばんを掛けて座ると、何かを書き始めた。
彼女とは隣の席とはいえ、接点がなくてまだ話したことがない。
「村木久美子」という名前だけは知っている。
眼鏡とポニーテールが似合う聡明そうな子だ。
彼女が掛けたかばんに、かなり大きなウサギのマスコットが付いていた。
どう見ても、手作り感満載だ。
ひょっとしてウサギを飼っているのか、はたまたウサギが好きなのか。
せっかく隣の席になった縁もあるし、ウサギだけに気になったが、話しかけるにはマスコットでは弱い。
う~んと、方向性は変わりながらも、心の中で唸っていると、何と、書き終えた彼女の方から話しかけてきた。
「福嶋君、いつも放課後そうやってしばらく腕組みしてるよね。違ってたらゴメンだけど、ひょっとして部活のこと考えてる?」
予想だにしない展開にかなり動揺したが
「えっ、わかるの?そう、まだ決まらなくって。入るならもう決めなきゃってわかってるけど、全然決まらなくて困ってるんだよな。」
自分でも意外なほど落ち着いて答えていた。
久美子は少しうれしそうな笑顔を浮かべ
「私もなの~。だからそうかなって思って。ほんと、焦るよね。」
と言った後、少し間を開けて
「私、中学では吹奏してたんだけど、高校で吹奏となったらかなり覚悟がいるって聞いて。見学に行ったんだけど、やっぱり練習がかなりきつそうで、土日もやるって。勉強についていけるかも心配だし、それを考えたら、他の部にした方がいいかなって思ってるんだけど、他の部のことよくわからなくて。見学に行きたいんだけど、知ってる子はもうみんな決めちゃって、一人じゃちょっと・・・。でも・・・まだ見学ってできるのかな?」
しゃべるにつれて、彼女の顔が曇っていく。
自分の都合のいいように解釈するのが得意な俺は、彼女が俺に相談を持ち掛けていると勝手に判断し
「まだできるんじゃない。見学期間はあさってまでだし。俺も見て回らないとわからないなって思ってはいたんだ。全然行ってないけど。なんなら、一緒に行く?」
などと、あまりにもあつかましいことを言ってしまったものだから、自分でも驚いた。
「えっ!いいの?私、かるた部見たいの。一緒に行ってくれる?」
思いもよらないイエスが帰って来た。
畳み掛けねば。
「じゃ、今から行こうか。」
「うん、行こう。ありがとう。」
すごい展開。
俺って、やるときはやる男じゃん、と自分で自分を褒めてやった。
久美子と肩を並べて廊下を歩く。
こんなシチュエーション、メイ以外の子とは初めてかも。
俺たち付き合ってるって思われないかな、彼女の方は周りの目を気にしていないかな、などと思っていたら
「福嶋君は何部が見たいの?」
と、俺の方を向いて、ごく自然に尋ねてきた。
どきっとしたが、気取られないように
「写真部かな。あと、文芸部。」
「文芸部?」
「うん。前から小説書いてみたいって思ってて。それに文芸部って、ゆるそうじゃない。行きたい時だけ行けばいいって感じがして。別に、部に行かなくても小説は書けるし。」
「まぁ、そうだけど。それじゃあ部に入っている意味あるのかあなぁ。」
「ん~そう言われてみたらその通りかもな。結局、最後まで会うことのない部員もいたりして。」
俺が笑いだすと
「それ、文芸部あるあるだったりして。」
と久美子もつられるように笑い始め、しばらく俺たちは笑いながら歩いた。
いい雰囲気。
前からくる生徒の中には、すれ違うまで俺たちを見ているのもいて、少し恥ずかしかった。
ほどなく俺たちは、学生会館に着いた。
ここは、三階建てで、美術部や書道部、吹奏楽部といった特別教室で活動できる部以外の文化部の活動場所になっている。
茶道部、華道部、競技かるた部など、畳の上で活動する部のために、和室が数部屋ある。
畳と言えば柔道部だが、柔道部は武道場だ。
久美子に頼まれ、入口をノックする。
開けてくれた先輩らしき女子に、見学したいという旨を告げると、どうぞどうぞと中に入れてくれた。
「失礼しまーす」と愛想を振りまきながら入ったが、その瞬間に、ピーンと張った緊張感に思わず足が止まった。
さすが畳の上の格闘技だ。
やるかやられるかといった気迫のぶつかり合い。
上の句が読まれるや否や、尋常でない速さで札が払われる。
俺たちは、部屋のすみに正座し、張り詰めた空気に圧倒されながら、ただただ見ているだけだった。
さっきの先輩が近づいてきて向かいに座った。
「体験期間中の最初の3日ほどはね、たくさんの一年生が来てくれるんで、競技かるたの説明をしたり体験もしてもらったんだけど。今はほとんど見学の子が来ないんで、通常の練習に戻ってるの。見学期間中なのにごめんね。」
まさか、謝られるとは思ってもいなかったので、こんなに遅い時期にこちらこそすみませんとお詫びし、
対応してもらったお礼も言って退室した。
学生会館を出たところで久美子に目をやると、興奮で顔が上気しているのがわかる。
「他に見たい部はある?」
と久美子に尋ねると
「実は演劇部も見ようかなって思ってたけど、もういいわ。私、かるた部に決めた!『ちはやふる』や『成瀬』でいいなって思っていたけど、今日実際に見て感動したよ!私もあんなになりたい!今日、絶対この後、届を出すよ!」
目がキラキラと輝いている。
「じゃ、次は福嶋君の見たい部に行こうか。」
「ん~、俺のはいいわ。」
「何で?」
「写真はそんなに本気じゃなかったし、小説も部に入らなくても書けるだろ。先生や部員に読んでもらって手直ししてもらうなんて、恥ずかしくって絶対しないし。それなら、部に入る意味ないしな。」
久美子は、そう?と言った表情を向けた後、何も言わずに頷いた。
「よし、帰宅部に決めた!おれは自由に生きる!」
「うん、それもありよね。どうするかは本人の自由だから。」
久美子が微笑んでくれた。
とりあえず、教室に戻ろう。
久美子は入部届のことで頭がいっぱいだろうし。
また、俺たちは肩を並べて歩き出す。
行きと違うのは、久美子がひっきりなしにしゃべり続けること。
自分のこと、かるたのこと、その他いろいろ。
推しの話になったときは、おれの推しを聞いてきたりもした。
へ~、この子、こんなに話好きだったんだ、意外だな。
昨日まで口をきいたこともなかったのに、今日で一気に近い関係になった感じ。
教室に入って椅子に座ると、あのウサギのマスコットが目に入った。
尋ねたいが、これはまた今度のお楽しみにしよう。
長くなるかもしれないし。
それに、久美子はこの後の予定がある。
放課後の予定が全くない学校生活が確定した俺とは違って。
気を遣わせて邪魔をしてはいけないので、「じゃあ」と久美子に右手を挙た。
「福嶋君帰るの?今日はありがとう。あのまま見学に行けなかったら、かるた部に入る決心ができなかったよ。本当にありがとう。」
軽く頭を下げた。
律儀な子だ。
「いやいや、そんなことはないよ。かるた部、頑張ってな。俺の分まで。」
最後のは、笑いを取るつもりだったのに
「うん、ありがとう。福嶋君の分も頑張る。」
と、真顔で言われてしまった。
「じゃ」とまた右手を挙げた。
「バイバイ」と久美子は顔の横で手を振ってくれた。
俺も「バイバイ」と返し、教室を出た。
一歩一歩、歩くたびに嬉しささがこみ上げてくる。
今日は、なんていい日なんだろう。
明日も話せるかな。
入部したよって言ってくれるかな。
あ~、今日あったこと、誰かに聞いて欲しい。
そうだ、急いで帰ってムーアに聞いてもらおう。