表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/37

おこパ

一夜明けたら時の人になっていた。

昨日メイが言っていたあれ。

自転車で校門から学校に入ったあたりから、周りの視線を感じる。

気のせいだろう。

ではないようだ。

昇降口でスリッパに履き替えていたら、後ろから女子の話し声が聞こえてくる。

「あの人、昨日の柔道の。」

「ほんとだ、あの・・・鼻血の。」

「そうそう、えっと・・・真ちゃん?」

鼻血のことと蒼のこと、みんなが知っているのか?

それにしても、「鼻血の真ちゃん」はやめて欲しい。

教室までの廊下でもなんだか見られている気がする。

教室に入る。

蒼はまだ来ていない。

俺に気づいたクラスの友達が、「昨日はお疲れ」、「お疲れ様」、「すごかったな」などと、たくさんのねぎらいの声を掛けてくれる。

嬉しい、頑張った甲斐があった。

最後はボロボロだったけど。

そんな声の中

「あれ、蒼ちゃんは?」

わざとらしく林田が言う。

「知らねえよ。」

「一緒に来ないのか。」

「ああ。」

「何で。」

「別に。」

そそくさと自分の席に座る。

隣の久美子がぶつぶつ言う俺を見て笑っている。

「あざになってるね。だいじょうぶ?」

「うん、まだちょっと痛い。」

「名誉の負傷だね。」

古いことを言うなぁ。

「そんないいもんじゃないよ。」

牧野が入って来た。

太田と一緒に。

いきなりやってくれる。

「おーっ。」

林田が冷やかす。

こいつは馬に蹴られて死んじまうタイプだな。

しかし、あいつらもう「ケンちゃん」「ユカ」と呼び合っている。

何てことだ。

俺が蒼と呼べるまでにどれだけ頑張ったか・・・許せん!

やっと蒼が入って来た。

「真ちゃん、おはよう。」

「おはよう、蒼。」

林田が何か言いたそうに少し離れた席から俺達を興味津々で見ている。

蹴られろ。

「あざになっちゃったね、痛くない?」

心配そうに俺の鼻のあたりを見ている。

「ちょっと痛いけど、だいじょうぶ。」

メイが寄って来た。

「名誉の負傷だね。」

久美子と同じことを言う。

お前ら、JKじゃないのか?


柔道大会の一件から、俺達を取り巻くものがいろいろと大きく変わった。

男子はもちろん、話したことのない女子まで気さくに話しかけてくれる。

「真ちゃん」と呼んでくれる友達も増えた。

そして、何より、いままで俺とメイ以外からは「川島さん」と呼ばれていた蒼が「蒼ちゃん」と呼ばれるようになった。

蒼もうれしそうに返事している。

そして蒼もそれまで名字で呼んでいた子に、みんなと同じように下の名前やあだ名で呼ぶようになった。

俺も蒼も一気に周りとつながった感じ。

高坂の方もそう、牧野ももちろん。

隠れカップルも一組発覚した。

もちろん、みんな大人だから優しく見守ってあげる。

クラスの雰囲気がとってもいい。


昼休み。

3人でおこぱの計画を進める。

「来週あたりどうかな?」

とメイ。

「私はいいよ。土でも日でも。」

「俺も。」

「どっちにする?」

「じゃ、土曜日。」

と俺。

「うん、私も土曜日がいい。」

と蒼。

たまたま横を通った高橋が話に入ってくる。

「何の話?」

「次の土曜日におこパしようって話。」

「いいなー、おこパ。」

それを聞いたメイが鬼の首でも取ったみたいに

「ね、通じるでしょ、おこパ。日本全国の共通語だよ。彩音ちゃん、この二人おこパって言ってもわからなかったのよ。まったく非常識。」

そこまで言われるほどのことか?

「そうだ、彩音ちゃんもおいでよ。」

高橋は書道部で学校のない日は部活もない。

「いいの?」

とメイに聞いたのだが

「うん、うん。おいでよ。」

と蒼が嬉しそうに答える。

おれの家なんだけど。

蒼がだんだんメイ化してきてないか。

「誰の家でやるの?」

と高橋。

「おじさんち。・・・そうだ、タカ君も呼ぼうよ。」

「それいいね。呼ぼう呼ぼう。」

蒼が完全にメイ化してしまっている。

「タカ君は部活があるから。」

高橋が残念そうに答える。

「そうだな。」

タカがいればもっと盛り上がりそうだけど、仕方がない。

その後、買い出しのことや会費のことをざっくりと決めた。

こうして、おこパの話がまとまった。


土曜日。

俺とメイで座卓や座布団などの準備をしていたら、先に高橋が来た。

居間に通す。

それまで寝息をたてて寝ていたムーアの鼻が忙しく動き出す。

新しい獲物の匂いだ。

起き上がって高橋をロックオン。

いつもながら、別人いや別兎のような軽快なジャンプで高橋に跳ね寄る。

「えーウサギ?」

驚く高橋。

ふつう驚くわな。

しかもこんな大きいのがすごい勢いでやって来たら。

「ウサギがいたのー。知らなかったよ。」

「言ったことなかったっけ。」

メイの不思議そうな顔。

ムーアが高橋の脚の前で鼻を突き出すように頭を伸ばす。

「彩音ちゃん、その子ムーアっていうんだ。なでて欲しがってるよ。」

と俺が教えてあげる。

「ほんと?」

と高橋がしゃがんでムーアをなで始めた。

「あなたムーアっていうんですね。私、高橋彩音っていいます。真ちゃんやメイちゃんや蒼ちゃんの友達です。」

あれ以来、みんな、自然に名前で呼ぶようになった。

高坂も「川島さん」が「蒼ちゃん」になって、なんだか嬉しい。

気持ちよさそうに伸びていくムーア。

そこに蒼が登場。

「おはよう。」

蒼の私服を初めてみた。

とてもというほどではないが、意外にスカートが短くて、ついガン見してしまった。

制服のは、きっちりひざ丈だから。

気付かれなくてよかった。

危ない危ない。

にこやかに入ってきたのだが

恍惚のウサギとなったムーアを見るやいなや豹変。

「ムーア、何それ、私という女がありながら。」

ムーアに詰め寄り責める。

「いつからなの、その人とは。」

目は笑っている。

「ごめんなさい。3分ほど前からです。つい出来心で。」

と俺がムーアの代わりに答えるとみんなが爆笑。

それにしても、蒼はいつからムーアの女になったんだ?

俺の彼女だろうが。

蒼も変わったな。

とってもいい。


みんなで手分けをして用意をする。

食材の人、食器の人、そして俺はホットプレートの人。

いつもの大きい方に加えて、普段は使わなくなった一回り小さい方も出す。

家の方の台所は広くないので、女子3人でいっぱいだ。

俺がいても邪魔になるだけ。

3人が楽しそうにキャッキャ言いながら準備する間、ムーアをなでながらしばらく待機。

やがて準備が整って、さあ、というところで厨房側の戸が開いた。

「いいね、お好み焼き。」

母ちゃんが、いつものクリームソーダを持っている。

高橋が立ち上がって

「おじゃましてます。私、高橋彩音といいます。みんなと同じクラスです。」

と挨拶した。

「いらっしゃい、ゆっくりしていってね。」

と母ちゃん。

すかさずメイが

「彩音ちゃんはね、タカ君の彼女。」

と情報を付け足す。

「メイちゃん!もー。」

高橋の顔が赤くなる

「そう、タカちゃんの。いいね。」

と母ちゃん。

何のいいねなのだろう?

「で、蒼ちゃんはオジサンの彼女。」

いよいよ余計なことを言う。

母ちゃんは一瞬「ん?」という顔をしたが

「またまた、もう美樹は・・・。」

と呆れたように顔の前で手を振る。

そして、「ないない」とつぶやきながら戻っていった。

しばらく間が空いて

「知らないの?言ってないの?」

と高橋。

「うん。いつかは言おうと思ってるけど、あれじゃなかなか信じてくれそうにないな。」

「でも、早い方がいいと思うよ。」

「そうだよな。わかってるんだけどな。」

その話はそこで切り上げて、おこパを始める。

高橋は、関西風しか知らず、お好み焼きはそれだけだと思っていたらしい。

順番的に、まずは広島風から。

2つのホットプレートでメイと蒼が焼く。

蒼もなかなか上手く焼く。

「はい。」

と、焼き上がった広島風を俺の前に置いてくれた。

俺はコテというかテコというかヘラというかあの金属のアレでお好み焼きを真ん中で切り、半分を別の皿にとって、蒼に渡した。

「蒼もお腹すいてるだろ。一緒に食べよう。」

「ありがとう。」

それを見たメイが

「そうか、そうすればいいんだ。」

と、同じように切った半分を高橋に。

「ん?」

メイが何か思い出したようだ。

「おじさん。」

俺に文句があるようだ。

「この前泊まったとき、私が焼いたの先に全部食べたよね。私だってお腹すいてたのに!」

しゃべりながら、どんどん怒りが増しているのがわかる。

そんなことに腹を立てているのか?

ずいぶん前のことだろうに。

それに先に食べろと言ったのはお前じゃないか。

げに食い物の恨みは恐ろしい。

「それは」と適当にごまかそうとしたとき

「泊まったって!」

と高橋の大きな声が響いた。

「本当なの?」

かなり動揺している。

誤解を解かないと。

そもそも誤解ではないのだけど。

「いや、葬式で俺の親もメイの母ちゃんも、泊まりがけで行ったから、メイがうちには来ただけだよ。」

「二人だけで!」

もっと驚く。

そんなに驚かなくても。

俺たち、安全な叔父と姪なのに。

それを忘れてない?

「俺とメイは親戚だから。」

少しの間考える高橋。

あっ、という顔をする。

「そ、そうだね。言われてみれば。」

高橋がやっと落ち着いてくれた。

俺たちの関係を忘れて慌てた自分が恥ずかしいのだろう、顔が赤い。

あの日にさんざんメイにエロ攻撃をされた蒼がここぞとばかりに復讐をする。

「そう、美樹ちゃんね、親戚だから、私たち何してもいいんだって言ってたよ。今晩、何しようかな〜って。」

「えっ!」

また高橋の目が大きくなる。

「もー蒼ちゃん。それは言わない約束でしょ。」

あのメイが恥ずかしそうだ。

高橋がもっと赤くなった。


では、改めまして心していただきます。

「美味い!」

と思わず口に出る。

「そりゃ美味しいでしょうに。なんてったって隠し味が違うもんね。」

とメイが意味深なことを言う。

「何か入ってるの?」

と蒼に聞くが、怪訝な顔で首をふるだけ。

「あーもーわからないかなー。愛だよ、あ、い。」

はぁー?

聞いているこっちが恥ずかしい。

よくもまあ、そんな恥ずかしいことが言えるもんだ。

高橋も蒼もどう反応してよいやら、困り顔だ。


食べたら、今度は俺が焼く。

次のは小さい方がいいかな?

あのサンドウィッチからして、普通サイズを焼いたら蒼が関西風を食べられなくなってしまうかも。

などと思いながら、練習の成果を遺憾なく発揮する。

「へー真ちゃん、上手。」

蒼が感心しながら見ている。

3回ほど練習しておいてよかった。

また半分を皿に乗せて蒼に渡す。

「美味しい。」

本当に美味しそうに食べてくれる。

「やっぱ、愛が入ると違うよね。」

まだ言っているヤツがいるが相手にしない。

高橋も、メイに教わりながら初広島風を焼いた。

「彩音ちゃん、美味しい。」

メイも美味しそうに食べる。

「愛が入ってるからな。」

と俺がからかうと

「その愛はタカ君へのだから、私のには入ってないよ。」

とメイが笑った。

また高橋の顔が赤くなった。

その後は、関西風。

小さいサイズをたくさん焼いて、焼けたらみんなで一緒に食べる。

その後は、誰ともなく焼き、話しながら食べ、また誰かが焼く。

こんなときは、関西風がいい。

ただ流して焼くだけでいいから。

食べながら、いろいろな話をする。

この前の柔道大会のこと、クラスのこと、勉強のこと、テストのこと、部活のこと・・・。

女三人寄れば姦しいというが、まさにそれ。

俺は口を挟めず、たまに聞かれて「うん」とか「いいや」とか言うだけ。

手持ち無沙汰なので、途中からもっぱら俺が焼く係に徹し、みんなに食べてもらった。 

それにしても、この子たちはよく食べる。

いったいどこに入っていくのだろう。

話は尽きないが、いい時間になった。

また、みんなで分担して片づける。

やはり俺はホットプレートの人。

片づけ終わったら、女子軍団がムーアを取り囲む。

「覚悟はいい、ムーア。」

メイが怖い。

「どうしてやろうかな。」

高橋、キャラが違うぞ。

「浮気は許さないんだから。」

ヒエー、絶対にしません。

蒼が一番怖い。

三位一体の攻撃が始まる。

高橋が頭、蒼が背中、メイがお尻。

今にもあの世に行きそうなムーア。

いいなー、ムーア。

少しは代わって欲しいな。


こうして、第一回お好み焼きパーティーは無事に終了した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ