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クラス対抗武道大会【後編】

大将戦。

俺の出番が来た。

ものすごいプレッシャー。

勝つか負けるかではない。

アイツらが皆一本勝ちで勝ちやがったものだから、大将の俺が優勢勝ちで終わるわけにはいかない。

勝つことが前提なのが厚かましいが、最低でも一本勝ちだ。


「真ちゃん、楽に。」

と、高坂がプレッシャーに弱い俺を気遣ってくれている。

そうだな、変な気負いで体が動かなくなるのは馬鹿らしいな。

そう、俺の柔道をするだけ。

結果は自ずと付いてくる、はず。

試合場に向かう間、言っていた通りに蒼からの声はなかった。

蒼にこんな雰囲気の中で『付き合ってます宣言』は無理だよな。

いい、全然いい。

心の中で大きな声で応援してくれ。


相手は俺とほぼ同じ体格。

大将だけに何かありそうだ。

でも、責めるだけ。

「始め!」

審判の声で始まるやいなや

「おじさーん、頑張れー!」 

誰かのどでかい声援が背中に飛んできた。

会場全体が笑いに包まれる。

相手も笑いを隠せないでいる。

審判までも。

すんません、真剣勝負なのにうちのバカな姪っ子が。

みんなの笑いが収まって、仕切り直し。

二度目の「始め!」。

クラスの子たちの声援に混じってあの子の声も聞こえる。

「福嶋君、頑張って!」

らしくない大声で応援してくれている。

ほんと、応援って背中を押してくれるんだな。

組むと同時に足払い、支えつり込み足で崩して体落とし。

いけたと思ったが「有効」。

受けが強い。

そういうことか、この大将。

ならばと、技を変えて何度も仕掛けるが、有効しか奪えない。

掛からないながらも、相手も適度に仕掛けてくる。

というより、掛け逃げっぽい。

「あとひとーつ。」

高坂が教えてくれる。

もう1分しかない

焦る。

一本を取りたい。

大内刈りをし掛ける。

いい感じで掛かってる。

そのまま強引に押す。

相手が後ろに倒れる。

「技あり。」

技ありかよ思いながら、そのまま抑えに行く。

と、上がってきた相手の膝と勢いよく被さろうとする俺の顔がぶつかった。

痛いがそんなこと言っていられない。

脚を割って入ろうとしたとき、「待て」が掛かる。

いい流れだったのになぜ?

気がつけば、会場が静かだ。

ん、大量の鼻血が俺の胴着と畳に付いている。

さらに落ち続ける。

「真ちゃん!」

蒼が叫んだ。

はっと、蒼を見る。

泣きそうだ。

大丈夫だと言う代わりに手を前に出してうなずく。

口だけ「あおい」と動いてしまった。

メイの隣にいた高橋が「えーっ!」と驚きの声を上げてメイを見る。

そうだよ、と言わんばかりの目を高橋に返すメイ。

高橋と高坂の時以上に会場がざわつく。

やっちまったな、蒼。

俺もだけど。

応急処置でしばらく中断。

その間、「付き合ってたのか」や「知ってた?」といった声が随所から聞こえてきた。

メイが蒼の手をぎゅっと握る。

蒼は大丈夫か、針の筵ではないのか?

処置されながら蒼を見る。

蒼はいつもとなんら変わりない蒼で俺を見ていた。

少し笑みさえ浮かべているように見える。

「私は大丈夫。試合のことだけを考えて。」 

蒼はきっとそう言ってくれている。

俺にはわかる。

だって蒼は俺の『彼女』だから。

こんなときは、女の子の方が強いな。

とてもかなわない。

何もかも吹っ切れた。


3回目の「始め!」

試合が再開される。

体が軽い。

不思議なくらい力みがなくて、持っている以上の力が出せそうだ。

そう、全部を出し切るだけ。

だが時間がない。

すぐに組みにいく。

いいところがとれた。

「あと半分!」

高坂が教えてくれる。

30秒か。

おそらくこれが最後のチャンスになるな。

俺のほとんどの技がこいつにはきれいに決まらない。

同じ技を掛けても、同じことになることがわかっている。

なら一か八かでやってみるか、払い腰。

だが、いつぶりだろう。

やっぱり⋯。

ためらう。

そのとき、みんなの声援に混じって、あの子の声が。

「真ちゃん、いっけー!最後よ!」

大きな声を出しすぎて喉がかれたのか?

大きくはない、だが力強い声がはっきりと俺の耳に届いた。

ありがとう、蒼。

もうためらわない。

お前がためらわなかったように。

ここでいかずして、どこでいく。

全力を込めて相手を引き付ける。

相手が腕を伸ばして抵抗する。

なら、このままいくだけ。

袖を思いっきり上に引き上げ胸をぶつけて体に乗せる。

いける。

投げる瞬間、蒼の顔が浮かんで「ドーン!」と声が出た。

ずっと「ウォー」だったのに。

ダーンと勢いよく相手の体が畳に落ちる。

「一本!」

審判の手が高々と上がるとともに大歓声があがる。

その中で、俺は、フーと大きな息を吐いた。

なんだかんだといってもプレッシャーはあった。

何とか大将の面目も保てた。

礼が終わると、相手が寄ってきた。

「ごめんな、大丈夫か。」

申し訳なさそうな顔に、顔をぶつけにいった俺の方が申し訳なくなる。

「ああ全然だ。よくあることだから気にするな。」

無意識に背中を叩いてしまった。 

互いに本気で戦った。 

今日、初めて会ったのに、もう長い付き合いがあるように思えてしまう。 

だから柔道は面白い。

さあ、チームの元に戻ろう。

歩き出す。

パチパチパチパチ・・・。

自然発生的に拍手が起こった。

やがて会場全体からも。

応援してくれた女子たちが、ひと際大きな拍手をくれる。 

あいつらはガッツポーズ。

メイがブイサイン。

蒼は泣きながら拍手。

ほんと泣き虫だな、こいつ。

高橋が蒼に向けて拍手している。

祝福してくれているのか。

でも恥ずかしいな、鼻血を出しただけなのに。


次の8組は強かった。

柔道部員がいるし、他に黒帯が2人。

中学のとき、見たことがあるヤツがいる。

一人は桑野中のレギュラーだったヤツだ。

結果は惨敗。

先鋒の高坂が相手の黒帯の一人に引き分け。

次鋒の林田は抑え込みで一本勝ち。

中堅の牧野は有効を奪いながらも、終了まぎわに投げられて技ありを奪われた。

副将の相沢ももう一人の黒帯に投げられて一本負け。

そして、大将の俺はと言うと、柔道部員とやることとなり、一方的にに攻められるわ、まったく技が通用しないわで、わや。

結局投げられて抑えられて一本負け。

いいとこなし。

後で聞いたが決勝戦も圧倒的な強さで8組が勝って優勝したらしい。


終わった。

皆で更衣室に入る。

「負けたなー。」

俺が隣で着替えている高坂に言う。

「うん。でも楽しかったよ。もう一回こんなに本気で柔道できて。」

高坂の顔がさわやかだ。

「そうだなー。最後はコテンパンにされたけど、楽しかったな。」

おそらく俺の顔もそうだろうと思う。

林田が嬉しそうに

「真ちゃん、ありがとうな、締めを教えてくれて。俺、2回も勝てたよ。」

「そういえば、2回勝ったのってハヤシーだけだよなー。」

牧野がいいなーと、林田を見る。

「俺も2勝するはずだったんだけどなー。おかしいよなー。」

相沢が、本当に何でかなーというふうに言うので

「あんなにきれいに投げられて、おかしくねーよ。」

と牧野がつっこむ。

皆で笑う。

最高の仲間だったな。

短い間だったが、一緒に戦った仲間。

これからもクラスでよろしく。

ときれいに終わりたかったのだが

相沢が

「俺、ほんとびっくりしたわ。タカと高橋が付き合ってたなんて。」

と口火を切ると、皆が口々に

「そうそう、全然わからなかったよ。」

「そんなそぶり1ミリも見せないで。」

「上手いことやりやがって。いいなー。俺も彼女欲しー。」

などと、羨望やらひやかしやらの声を浴びせる。

だよな、知っていたのは俺とメイだけだしなぁ、などと他人事のように着替えていると

「真ちゃんは知ってたの?」

相沢が聞いてきた。

俺はもう時効だろうと思って

「知ってたよ。高橋と映画館でデートしてたの見たし。」

と答えた。

「えーっ。」

皆の反応を面白そうに見ている高坂が

「お前もあのときメイちゃんとデートしてたくせに。」

と、とんでもないことを言った。

「デートじゃないし。あいつがどうしてもってついてきたんだよ。」

取り繕う必要などないのに、慌ててしまった。

「そうだよな、真ちゃんには可愛い彼女がいるんだもんな。」

と、ここぞとばかりに相沢が話をそっちに向ける。

「ほんと、わからないもんだな、タカのもだけど。みんな、どうやってるんだろう。」

林田が不思議そうに言う。

「ほんと、それ。」

と相沢。

高坂がお返しとばかりに

「一番上手くうまくやってたのが、真ちゃんってことだな。ほんと、今日はびっくりした。メイちゃんは知ってるのか。」

「うん。あいつだけは。」

だが牧野は皆と違ってテンションが低めだ。

俺の方を向いて

「俺、たまにお前たちの話を聞くともなく聞いて、ひょっとしたらって思ってたんだよな。」

と意外なことを言う。

そういえば牧野の席は蒼の横だ。

「どういうこと?」

と高坂が尋ねる。

「お前さ、普段は川島さんって呼んでるけど、まれに蒼ちゃんって呼ぶことがあるだろ?だから。」

うっ、つい2回ほど呼んでしまった自覚はある。

こういう気のゆるみが事故の元なんだな。

「へー、蒼ちゃんかー。二人の時はそう呼んでるんだな。」

林田がはやし立てるように言うが、それには答えない。

違ってるし、恥ずかしいから。

牧野への仕返しではないが、俺も話を向ける。

「で、牧野、太田とはどうなんだ?」

「うん全然、俺、びっくりした。」

と全く普通に答えるから拍子抜けする。

少しは慌てろよ、可愛げがない。

高坂が続ける。

「で、どういう関係なんだよ。」

牧野は少し考えて

「朝に挨拶するくらいかな。たまに話もするけど。」

「それだけ?」

高坂が念を押す。

「うん、それだけ。」

それにしても、恋バナなのにこいつは嬉しい顔も恥ずかしい顔もしないな。

柔道の時も感情を表に出すのも見たことないし。

そういうヤツなんだろうな。

何を聞いても盛り上がらないので、話の流れで

「で、お前はどう思ってるんだよ。」

と、軽く聞いてしまった。

だが、これは、その場の誰もが聞きたいけど聞けない核心だった。

「いい子だと思ってる。かわいいし。」

始めて牧野の顔がほころんだ。

それならそうと先に言えよ。

「この後、行くんだろ。」

高坂が返事を待っている。

「う、うん。行く。」

すぐに行けと、皆で送り出す。

こんなに恥ずかしそうで嬉しそうな牧野を見るのは初めてだ。

上手くやれよ。


牧野が更衣室を出た後、相沢が

「クラスの人間関係マップが変わっちゃったな。クラス内のカップルが今日だけでプラス3。まだまだ隠れカップルがいそうだな。」

と、さも面白そうに言う。

「メイちゃんにいるとか?」

高坂が言う。

俺が即座に、弱弱しく首を振りながら

「それはない。」

「外には?」

「それもない。」

それを聞いた林田が

「よかったー。」

「お前、メイちゃんが好きなの?」

高坂がつっこむと

「悪いか?」

と開き直る林田。

「いいよな、真ちゃんは。メイちゃんとあんなに・・・・・。」

もうそうゆうの聞き飽きた。

皆がとっくに着替え終わっていたので

「じゃあ、帰るか。」

と誰かが言う。

武道場を出ると少し先にメイと蒼、そして高橋が俺と高坂を待っていた。

寂しい二人は、ニヤっとして「じゃ」と別方向に消えていった。

「お疲れ様。」

三人を代表するように、高橋が俺と高坂に優しい声を掛けてくれた。

「タカ君、何か言われた?」

高橋が少し恥ずかしそうに高坂に尋ねる。

蒼も俺を見る。

「少しだけ。まぁ、あんなもんだろ。」

と何でもないように答える。

「な、真ちゃん。」

と俺に振る。

「そうだな。」

とだけ答える。

5人でまっすぐ歩いていると、それじゃあと、高橋と高坂の二人が右に曲がっていった。

3人になった。

今日はもともと勉強会はしないことにしていた。

「疲れたな。私、何もしてないけど。」

メイが誰に言うともなく独り言のように言う。

そして

「おじさん、もっと疲れたでしょ。試合やって、鼻血が出て、時の人にもなって。」

鼻血では疲れてない。

それより時の人って何だよ。

蒼がすまなさそうに

「ごめんね。私が・・・。言わないって決めてたのに・・・。」

「いいって。俺もだし。こんなのって遅かれ早かれわかるもんだから。牧野が気付いてたって。」

「え、何で?」

「俺が蒼ちゃんって呼ぶのを聞いたって。これは俺が悪い。」

「そう。」

少し黙って歩く。

蒼が突然空を見上げる。

そしてすっきりした顔で言う。

「もういいんじゃないかな。いい機会だと思おうよ。私決めた。」

「何を?」

「うちのクラス、付き合っている人何人かいるでしょ。みんなオープンに名前で呼び合ってるじゃない。だから私も真ちゃんって呼ぶ。」

そういうことか。

ほんと、蒼は強いな。

「今さら何?今日、みんなの前で、真ちゃんって呼んだじゃない。2回も。」

メイがからかい気味に言う。

「それは別。それに最初のは呼んだんじゃないし、2回目のも応援だし。」

照れるかと思ったが、意外に普通に答える。

本当に変わったな、初めて会ったときとは大違いだ。

俺も変わらないと、そして強くならないと。

蒼に負けていられない。

「バレてるのにこそこそしてたら感じ悪いよな。俺はどうしよう。蒼ちゃんがいいかな、蒼でもいいかな。」

「どっちでもいいよ。でも結局は蒼になるんじゃない?今みたいに。」

「そうだな。じゃ、蒼にする。」

そこにメイが入ってきた。

「ねぇおじさん、蒼ちゃんに今度おこパしようって誘った?」

「まだ。」

「何でまだなの。」

「美樹ちゃん、おこパって?」

「やっぱり通じないだろ。」

「何でかな。市民権を得てるはずなんだけど。お好み焼きパーティーのこと。この前おじさんちに泊まった時に、夕ご飯にお好み焼きを焼いて食べたの。美味しかったし楽しかったよ。近いうちにおじさんちでおこパしようよ。」

「蒼がお好み焼きが好きかどうか聞いてからだろ。」

「私、お好み焼き大好き。特に広島風が。」

「みんな大好きに決まってるよ。国民食だよ。」

入っているんだろうか?

俺達の恋人デビューもおこパ開催も決まって、明日からまた頑張れそうだ。

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