クラス対抗武道大会【前編】
学校行事の中には、各学年独自のものがある。
俺たち一年生にとっては男女ともに一大イベントと言ってもいい行事がある。
それは、クラス対抗形式で行われる武道大会である。
一年生の男子には、体育の時間の中に週に1時間だけ武道の時間がある。
柔道か剣道のどちらかを選択し、それを習うのである。
その集大成として、毎年秋に柔道と剣道のそれぞれで大会が行われる。
先に柔道大会が、その一週間後に剣道大会が行われる。
各クラスで選手5名と補欠1名を選出し、トーナメント形式で戦うことになっている。
柔道部員や剣道部員がたくさんいるチームが有利だし、そもそも柔剣道部員が1名いる時点で1勝しているようなものなので、各クラス柔剣道部員は選手で1名までと決められている。
俺は中学で柔道部だったので、当然柔道を選択した。
同じく柔道部だった高坂も。
俺のクラスには柔道部員がいない。
なので、黒帯の俺と高坂がポイントゲッターになる。
残りは初心者の白帯だ。
チームを組む時から、俺と高坂が中心になって選手を選んだ。
もちろん、民主的に。
どうしても出たくないヤツを無理に出させるわけにはいかないから。
ひと悶着あるのは覚悟していたが、本当にみんないいヤツばかりで、推薦したヤツは快く受けてくれたし、控えに入らないものも納得してくれた。
そして、皆の推薦で俺がキャプテンを務めることとなった。
大会一週間前から柔道場が解放され、自由に練習ができるようになる。
そして、どの部に入っていても、その練習を希望する者はそっちに参加してよいという暗黙の了解がある。
タカも残りのメンバーも本来の部活を休んで、柔道の練習に参加してくれた。
俺とタカは時には厳しく、時には乗せながらチームメイトの実力の底上げに努めた。
俺たちの合言葉は「悔いを残さずとにかく前へ」。
1つ得意技を身に付け、返されてもいいからガンガン技をかけていこうと皆で練習に励んだ。
ところで、この大会にはもう一つの顔がある。
冒頭で男だけでなく女子にとっても一大イベントと紹介させてもらったが、当然、女子は参加できない。
ではなぜ女子にとってもなのか。
それは、これから試合に臨む男に声をかけていいのは、そいつの彼女か、そいつに思いを寄せている女子だけという決まりが、生徒たちの間で伝統として受け継がれているからである。
もちろん、試合が始まったら、男女問わず、自由に応援していい。
声を掛けた子が、そいつの彼女である場合は「私たち付き合ってます宣言」だ。
たいがい、いつも呼び合うときの呼び方で呼ぶのでそっちだとわかる。
そして、そいつのことが好きな子が声をかけるときは「私と付き合ってください宣言」である。
男の方が驚くことが多く、呼び方も○○君だからそっちだなとわかる。
その場合、試合後、男はその子のもとへ行って話をしなければならない。
半分以上が付き合うことになるらしい。
そして、今日は当日。
この日は女子も部活を休んで応援してもいいことになっている。
終礼で先生が
「今日は放課後、柔道大会だな。男子もだが特に女子、応援に行ってやれよ。黄色い声援飛ばしてやれ。男は馬鹿だから、それだけで頑張れるからな。」
ちょっと表現が古いし、先生がそんなこと言っていいのか?と思うが嬉しい。
「キャプテン、一言。」
先生が俺を指名する。
聞いてない。
先に言ってくれてたら考えておいたのに。
とりあえず立つ。
皆が俺の方を向く。
「今日の試合では、僕たちは全力で最後まで頑張ります。クラスの皆さんの声援は僕たちの背中を強く押してくれます。ぜひ、応援に来てください。」
自分でも不思議なくらい言葉が出てきた。
実は夏の甲子園で選手が言っていた言葉をだいぶパクっているけど。
大きな拍手。
蒼の目が潤んでいた。
放課後になる。
各クラスで選手の控えの場所が決められていて、応援の生徒もその周りに集まる。
胴着に着替えた俺たちが控え場所に着くと、応援に来てくれた女子の中から
「福嶋君、黒帯なんだ。」
「かっこいいね。」
などと声が掛かる。
こういうの悪くないな。
「そ、そうかな。」
なんてつい顔がほころんでしまう。
蒼もメイも何も言ってくれない。
目が怒ってる?
やがて開会式が始まり、終わるとすぐに第一試合が始まる。
1学年8クラスなので、3回勝ったクラスが優勝だ。
試合場は2か所とられている。
第一試合は2組対8組と4組対5組。
対戦はくじによる抽選で決まったものだ。
俺たちが一回戦を勝てば、次は2組と8組の勝者と当たる。
よく見ておかないと。
特に俺と試合をする大将を。
試合が始まり、いよいよ5人目の大将まで試合が進んだ。
8組は強い。
すでに4人が勝っているので8組の勝ちは決まっている。
大将戦が始まるとほぼ同時に、高坂が
「キャプテン、声掛け。」
「それはもういいだろ。」
本当は、そんな柄ではないから恥ずかしい。
そう言ったのだが、他のヤツらも
「キャプテン!」
と俺を立ててくれる。
応援の子らも、俺達を見守ってくれている。
仕方がないな。
車座に座る。
「とにかく、悔いのない試合をしよう。練習した技をどんどん出して、前に出よう。まずは初戦突破だ。」
「オー!」
みんなの返事が返ってくる。
いいな、こういうのって。
大将戦が終わった。
しまった、俺の戦う相手を見損ねた。
礼が終わって前の試合の選手が下がる。
いよいよ出陣だ。
俺達の相手は7組。
全員が白帯だ。
並ぶ。
たがいに礼、正面を向いて礼。
みんながはけて、先鋒の高坂だけが残る。
まず高坂が勝って勢いに乗る作戦だ。
「タカ君、頑張ってー!」
高橋の大きな声援が高坂の背中に飛ぶ。
背を向けたまま、高坂が右手を軽く上げて答える。
「えーっ。」
クラス内からもクラス外からもどよめきが起こる。
多くの視線が集まる中、高橋は凛として高坂を見つめている。
やっぱすごいや、高橋は。
これがあるから、武道大会は面白い。
意外なカップルのお披露目会だ。
審判の始め!の声で試合が始まった。
試合時間は3分。
高坂の持ち前のスピードと積極性でどんどん攻める。
相手は防戦一方。
腰を引くなと審判から注意を受ける。
教育的指導はないんだな。
腰を引けなくなった相手を、足払いでくずす。
そして得意の体落とし。
相手の体がくるっと回って、きれいに背中から落ちる。
「一本!」
審判の手が真上に上がる。
クラス中が大歓声。
飛び上がって喜ぶ子も。
高橋も手を叩いてうれしそう。
さっきまで不安そうだったメンバーも「よし、いけるぞ」なんてこぶしを突き上げてる。
いいぞ、いい雰囲気だ。
戻ってきた高坂とグータッチ。
次鋒は林田。
こいつは力が強くて、なぜか寝技が上手い。
俺や高坂も寝技になると抑えられてしまうことがよくあった。
締め技を練習させてみると、すぐに自分のものにした。
始まった。
立ち技は上手いとは言えず、どんどん掛けるが決まらない。
相手の背負い投げからの大内刈りの連続技でドンと後ろに倒される。
「技あり!」
あー、俺達から悲壮な声が漏れる。
そのとき、背中側から伸びた林田の手が相手の襟の上の方へと持ち替える。
そのまま、巻き付くように手首がしなる。
送り襟締めだ。
ここまで決まった林田の締めから逃れられるヤツなんていない。
さらに両脚で挟んで、エグいほどのエビ反り。
相手の手がバンバンバンバンと畳を叩き続ける。
普通は2回でいいのだが、命の危険を感じたか?
「一本!」
大歓声が響く。
やってやったぜとドヤ顔で戻ってくる林田。
さては狙ってたな。
次は中堅の牧野。
バランスがとれたいい選手だ。
もう少し練習期間があったら確実にもっとうまくなっていたはず。
牧野が歩き出す。
「牧野君、頑張って!」
えっ!と牧野も反射的に振り向く。
蒼の横で応援をしていた太田由香からだ。
一呼吸おいて、会場全体が
「ホーッ。」
こういう場合に決まって発せられる恒例の掛け声。
練習したわけではないのに、ほぼハモった。
太田は顔を真っ赤にしながらも、牧野を見る目はぶれない。
始まった。
積極的にいいところを取りに行く。
相手が嫌がって切るばかりする。
「取ったらすぐ、取ったらすぐ!」
とアドバイスを飛ばす。
うん、と牧野が頷く。
よし、落ち着いているぞ。
試合中も太田の声援は一時たりとも止まない。
アドバイス通り、襟を取った瞬間に小外刈り。
タイミングばっちり、うまい。
相手が尻もちをついた後、背中も少し着いた。
「技あり!」
技あり?ちょっと甘いのでは?でもラッキー。
「いけいけー!」
皆の声援が大きくなる。
「いっけー!」
太田もヒートアップしてきた。
うなずく牧野。
「あとひとーつ」
試合時間があと1分であることを教える。
牧野の動きが激しくなる。
崩して、引いて、押して。
焦った相手ががむしゃらに押してきた。
そこに牧野が潜る。
そして背負い投げ。
かなり崩れている。
だが、牧野はあきらめない。
相手の体が浮く。
なんとか前に投げた。
相手は一本を逃れようとして、半身になって落ちた。
「技あり 合わせて一本。」
すごいぞ、背負いで技あり。
これが愛の力か。
ドーンとひときわ大きな歓声が上がる。
みんなわかっている。
これで3連勝。
俺達の勝ちが決まった。
しかもオール1本勝ち。
牧野が戻ってくる。
太田に「ありがとう」と口だけ動かして礼を言う。
うなずく太田。
歓声冷めやらぬ中、やっと俺の出番かと、副将の相沢が立ち上がる。
こいつは体が大きいし、小学校の4年まで道場で柔道を習っていたとかで基本ができているので試合も上手い。
乗ると実力以上のものが出る男だ。
始まった。
果敢に脚を飛ばす。
相手が嫌がっているのがわかる。
捕まえて、強引に脚を伸ばして相手の脚に掛ける。
どんどんと深く掛かっていく。
さらに引き付けて大外刈り。
「技あり!」
相手が審判を見て判定を聞いている。
本当の素人だ。
相沢も、これ抑えていいのか?と迷っている。
「抑えろ!」
高坂の声に二人が我に返る。
逃げようとする相手より、相沢の方が一瞬早かった。
そのまま袈裟固め。
決まっている。
「技あり 合わせて一本。」
何と、また一本勝ち。
ラッキーもあったができ過ぎだ。
これで4人連続で一本勝ち。
もう勝ちが決まっていた分、歓声が大きくないことに相沢は不満げだった。
ついに大将戦。
俺の出番となった。