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お泊り

夜の11時を少し回ったころ、突然電話が鳴った。

我が家では、こんな時間に電話が掛かってくることなんてことはめったにない。

母が出る。

「えっ!」

驚きのあまり大きな声が出る。

その後、日時や場所を母が復唱しながら書きとっている。

場所は全国展開している葬儀場だ。

その後、少し話をして電話が切られた。

だいたいのことは察しがついている。


「紗代ちゃんが亡くなった。」

ぽつんと母が言った。

紗代さんは、俺のいとこだ。

今治で実家を継いだ母の妹の娘。

だが、俺は会ったのは2回ほどで、それも小さかったのでほとんど記憶にない。

姉と年が近いので、俺とは20歳ほど離れている。

姉が小学生のころまで、母が姉を連れてよく実家の今治に帰省していた。

お盆や正月など、毎年のように。

なので、姉は紗代さんと一緒に遊んでいたからよく知っている。

引っ越す前の家にも、今治からおばさんと紗代さんとで遊びに来たこともあるらしい。

だが、姉や紗代さんが中学生になって部活に入ってから、休みがあまりとれなくなり、行き来がなくなっていったらしい。

うちが店を始めると、世間が休みのときにはうちは忙しくなるので、叔母さんも気を遣って余計に疎遠になっていったとか。

そして、3年前、紗代さんにガンが見つかった。

今年の夏過ぎ、紗代さんが余命半年と診断されたと母から聞かされた。

それが、突然のことだった。


明日の夕方に通夜、明後日に葬儀。

叔母夫婦を手伝いたいので、明日の朝早に電車に乗ると言う。

母ちゃんが慌ただしく着替えなどをカバンに詰め込み始める。

父ちゃんが店の臨時休業のお知らせを書いた紙を店の入り口と窓に貼った。


翌日の早朝、姉が車でうちに来た。

目が真っ赤だった。

メイは寝ていたから起こさなかったとのこと。

学校に行く前に荷物をもってうちに寄ると聞いた。

そして、両親と姉の三人でタクシーで駅に向かった。


いとこなので何もなければ俺も行くべきかもしれないが、俺には学校がある。

それに、俺が行ったらメイが一人っきりになってしまう。

メイにとっては会ったこともない母のいとこ。

葬儀に行く理由がない。

かくして、残されたメイを俺が預かる形で、我が家にメイが来ることになった。

何のことはない、二日間の合宿みたいなもの。


朝ご飯を食べてメイを待っていると、ほどなく、大きな荷物をもってメイがやってきた。

1週間でも泊まるのか?というくらいの。

毎日洗濯できるのだから、そんなにいらないだろうに。

今日からメイが過ごす部屋に運び込むと、そのまま一緒に学校に向かった。

途中のコンビニで昼食の弁当を買った。

その日の学校でのメイは一日中上機嫌で、誰かに泊まりのことをポロッと言ったりしないか、冷や冷やしながら放課後を迎えた。


授業が終わり、勉強会。

メイが嬉しそうに

「今日と明日、ここに泊まるの。」

蒼に事情を説明する。

蒼にはいいだろう。

クラスの誰にも言わなかったことだけでもよくできましただ。

メイも成長したもんだ。

「えっ、いいな。お泊り。」

蒼がさも羨ましそうに言う。

「蒼ちゃんも泊まる?」

と意味深に、そしてからかうように言う。

「無理無理。私は美樹ちゃんと違って他人だし。」

蒼が手を振って本気で答えている。

それが余計にメイのスイッチを入れてしまう。

メイの目がエロくなる。

「そうだよねー。他人の高校生の男女が二人っきりで一緒に過ごすなんてダメだよねー。でも私たちは親戚だからいいんだよねー何しても。」

蒼の顔が赤くなっていく。

何を言い出すんだ、お前は。

親戚だから何してもいいなんて誰が決めた?

そもそもお前に何もする気ないし。

今のメイ、かなりヤバい。

「今晩、おじさんと何しようかなー。晩ご飯食べて、お風呂に入ったら。」

やめてくれよ。

蒼には下ネタ厳禁なんだから。

「はい、そこまで。じゃあ、宿題始めようか。」

と俺が切り上げようとすると

「うん。」

と蒼がことさら大きな声で返事をする。

強引に勉強会に引き込んで、事なきを得た。

メイは物足りなさそうだったが。


勉強会が終わると、蒼はムーアにも目もくれず、そそくさと帰っていった。

長居しては面倒なことになるといいたげに。

「蒼ちゃん、純情過ぎじゃない?」

「お前がひどすぎるんだよ。」

「そうかなー、普通だよ。」

「どう見たって普通じゃないだろ。蒼はそういうの嫌いなんだから。」

「少しずつ教えたあげなよ。」

「ダメだって。」

「大切にしてるんだね、あのおじさんが。」

あのって何だ?

俺はメイの中では悪いヤツなのか?

答えに困っていると、メイは、ムーアのもとに行ってしまった。

「ねぇムーア、今日から二晩一緒だね。あんたとは他人だけどいいよ。お姉さんがいっぱい教えてあ、げ、る。」

はー、ため息しか出ない。

姉ちゃん、あなたの娘は期待通りに立派に育っています。


意外にメイは家事をしてくれた。

実は勉強会の前に着替えをさせられ、勉強会が始まると、合間に自分と俺の制服を洗濯して干してくれていた。

基本、学校に持って行く昼の弁当はコンビニ弁当、晩御飯はスーパーの弁当なり総菜なり自由。

母からメイの分もと、たんまりお金をもらっている。

晩御飯に、俺はスーパーでカツカレーをメイはエビフライ弁当を。

当然それを温めて食べるだけと思っていたら、メイがそれでは栄養がないと、冷蔵庫の豆腐や野菜を使って具だくさんの味噌汁と生野菜のサラダを作ってくれた。

いつもはワカメとネギだけの店の味噌汁なので、メイの作る味噌汁はことのほか美味かった。

食べ終わったら、弁当の容器や汁椀などもさっと洗ってくれた。


俺の家の二階には六畳の間が3つ並んでいる。

階段に一番近い部屋は両親の寝室で、真ん中の部屋は元姉の部屋、その隣が俺の部屋。

元姉の部屋と言っても、俺が生まれたときには姉は嫁に行っていてこの家にはいなかったので、その部屋も俺の部屋のようなものだ。

とはいえ、少し荷物を置いているくらいだが。

今日から2日間その部屋がメイの部屋になる。

晩御飯を食べ終わり、各自、自分の部屋に入る。

メイは、宿題なり、予習なり、復習なりをしているのだろう。

静かだ。

俺も、英語の予習をすることにした。

夕食後にすぐ勉強に取り掛かることなどまずないので、予習を終えて時計を見てびっくり。

まだこんな時間。

やることを探せば山のようにあるのだが、なにぶんそのような習慣がないので、その先は自由時間にする。

あ、そうだ、風呂をしなきゃ。

まぁ、ちょっとネットしてからでいいか。

いつも通りついつい夢中になっていると、メイが階段を上がってきて俺の部屋をノックする。

「お風呂沸いたよー。先に入って。」

いつの間に。

洗濯にご飯に風呂に。

家事を全部やってくれている。

俺の家は店をしているから、両親が店から上がるまでに、風呂をはじめ俺のする手伝いはいろいろとあるのだが、先に先にとメイが全部してくれた。

これはいい嫁さんになるわなどと思ってしまう。

お言葉に甘えて先に風呂に入る。

風呂から出たことを伝えると、メイも風呂に入りに降りて行った。

メイが長~い風呂から上がって部屋に入ったが、すぐに

「おじさん、そっちに行ってもいい?」

俺の部屋とメイがいる部屋は、ふすまだけで仕切られているので声はよく届く。

「いいよ。」

と答えると、すぐにメイが俺の部屋に入って来た。

俺のベッドの端に座る。

「何か、小さい頃のこと思い出すね。」

「小さい頃のこと?」

「うん、よく泊まったじゃない、ここに。」

「そんなに泊まりに来たっけ?」

「多いときは月に2回くらい泊ったよ。」

「そんなにあった?」

「あったよ、覚えてないの?」

「あんまり覚えていない。」

「このベッドで一緒に寝たじゃない。」

「そんな気もする。」

「お風呂に一緒に入ったのは?」

「それははっきりと覚えてる。」

「エッチ。」

「お前も。」

メイは背伸びをしながら

「あーでも二人だけって初めてね。」

と後ろに倒れる。

そのまま起き上がらない。

「蒼ちゃんとはうまくいってる?」

結局その話か。

「ああ。」

とだけ答える。

「おじさんって」と言ったメイの言葉に、遠くから聞こえるゴロゴロと低い音が重なる。

「えっ!うそ。」

とメイの顔がこわばる。

メイは小さいころ、雷が怖い子だった。

母ちゃんが俺とメイを近くの公園に遊びに連れていってくれたとき、雷が鳴ると、メイは足がすくんで歩けなくなり、ワーワーと泣き出す始末だった。

仕方がないので、母ちゃんが泣きじゃくるメイを抱っこするなり小脇に抱えるなりして急いで家に帰ったものだ。

俺も走ってその後を追った記憶がある。

2、3度あったかな。

でも、まさかな。

もうメイは16だ。

おれより1つ上。

「ダメ、私ダメなの、雷。」

「昔はそうだったけど、もう高校生だろ。」

「でもダメなの。怖いの。」

ベッドの奥の左の隅で縮こまってしまった。

「このまま一緒にいてよ、ね。」

「え?」

「いつもお母さんに一緒にいてもらうの。鳴りやまなかったら、一緒に寝てもらう。」

何てことだ。

こどものころと変わっていない。

いや、ひどくなっている。

子どもの頃、雷で泣いて帰ってきても、家に帰ったらゴロゴロ鳴っていても普通に遊んでいたのに。

そのうち、ゴロゴロが大きくなり、間隔も短くなってくる。

「お、おじさん。」

「何?」

「こっち来て。」

「えっ。」

そのときドーンと大きな音がして、窓ガラスが振動した。

落ちたか?

「わー!」

と耳をふさいで悲鳴を上げるメイ。

「私、体が動かない。お願い、こっち来て。」

子どものようにビービー泣いている。

マジか?

あのタカビーでくそエロいヤツが、雷ごときで?

言われるままに、そばに行くしかないな。

ベッドに上がって、四つん這いでメイに近づく。

メイの隣で背中を壁に付け、メイと肩を密着させる。

「どう、落ち着いた?」

メイは答えない。

ずっと大きなゴロゴロが鳴っているからか。

突然、ピカッと光った。

そして、ズドーンという腹に響いてくる音が。

「あ゛ー!!」

日本語では表現できない悲鳴。

その瞬間に俺に抱き着いてきた。

抱き着いてきたというより、しがみついてきた。

まるで怯えた幼子が親にかきつくように。

全身が大きく震えている。

激しい心臓の鼓動が伝わってくる。

俺はメイを安心させたいあまり、そっと抱きしめた。

安心してくれたのか、メイが体を預けてくる。

不安定な体制だったから、受け止めきれない。

メイを抱きしめたまま仰向けに倒れてしまう。

俺の上になったメイも俺を離さない。

そのまましばらく時間が過ぎる。

でも、まだゴロゴロはやまない。

「どうする、メイ?」

「もう少しこのままでもいい?まだちょっと怖い。もう少しだけ。」

何でわかりきったことを聞いてしまったんだろう。

俺に気を遣っている。

もう少しで何とかなるわけないだろ。

まだこんなに震えているのに。

またピカッと光る。

「ひぁーっ!」

少し緩んでいた腕がまたぎゅっと俺を締める。

痛いほどに。

これは、朝までコースかな。

俺は雷なんてどうでもいいから、途中で寝てしまうかも。

俺が寝たら、寝るや否やメイが起こすだろうな。


意外に早くゴロゴロは小さく遠ざかっていった。

でもしばらくは離せない。

メイが離すのを待って俺も離した。

「ごめんね。」

体を起こして、そう言うのが精いっぱいなのがわかる。

「いいってこんなの。謝るなよ。お前いつも謝りすぎ。」

「そうかな。ごめん。」

「また謝る。」

メイは黙った。

時計を見ると、いつもの寝る時間をとっくに過ぎていた。

「寝ようか。」

とメイに。

「このままおじさんの横ってだめかな?小さい頃の話しながら寝たいな。もうこんなのないと思うから。」

もうこんなのない、絶対に。

「そうだな。そんなら朝まで話そうか。お前の悪行の数々を。お前、赤ん坊の俺にひどいことしてたらしいから。」

俺がベッドの壁側で肘枕をする。

「えーっ、そんなの覚えてないよー。」

そりゃそうでしょう。

一つや二つのころのことだから。

「ちょっと待ってて」と隣の部屋に行ったメイが枕を抱えて戻って来た。

俺の枕の横に並べて

「いつもこうだったね。」

「うん、そうだったなー。」

蛍光灯を消して小さなナツメ球だけにする。

あんなことあったな、こんなことあったなと話は尽きない。

次のエピソードを探していたら、思いのほか間が空いてしまった。

スースーと隣から寝息が聞こえる。

えっと思ってメイの顔を覗き込むが何の反応もない。

寝ている。

気持ちよさそうに。

まるで安心しきったムーアみたいに。

いろいろあって疲れたんだろうな。

おじさん・・・か。

メイの頭をなでていたら、俺も意識が遠のいていった。

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