蒼と真ちゃん
中間考査が終わって、普通の勉強会に戻るはずだったが、得意教科を教え合うというのが俺と蒼にはとてもよくて、基本の数学の宿題が終わったら、もっぱら俺が蒼に英語を教えてもらうというスタイルに変わった。
俺が化学を教えることもあるが、化学は週に1時間しかないので、それはまれだ。
数学が終わったら、メイは気を利かせて帰っていく。
始めはなんだかんだと理由を付けていたが、今は「じゃ」で帰る。
英語は毎日あるので、毎日わからないことがでてくる。
蒼に長い時間を取らせてはいけないので、何がわからないかをはっきりさせておく必要がある。
そのためには、予め勉強しておかないといけない。
その結果、なんと、俺は毎日予習するという習慣を身に付けてしまった。
愛の力はすごい。
数学のメイに英語の蒼。
最強のタッグが俺を支えてくれる。
俺は、本当に幸せ者だと思う。
例のコードネームだが、呼び合っていたのは2日ほどで、すぐに元に戻ってしまった。
だが、最初はあれほど恥ずかしがっていた蒼が俺を「真ちゃん」と呼ぶのが気に入ったらしく、コードネームで呼んでくれることがある。
それは、メイが帰った後から。
皆がやめてしまったコードネームを自分だけ使うのが、メイの前ですら恥ずかしいらしい。
メイも知らない二人だけの秘密。
秘密結社「蒼ちゃん」と「真ちゃん」。
それなら別のコードネームがいる。
「ねえ、なら俺も二人だけの時には特別な呼び方していい?コードネームみたいに。」
蒼に許可を求める。
実はその後の展開は考えてある。
ちょっと苦しいところもあるが強引に行くんだ。
「いいよ。おもしろそう」
と蒼も乗ってくれた。
「ブルーじゃなくて?」
と蒼が聞く。
「うん。ブルーを元に戻して『青い』はどう?」
「それって『青い』?『蒼』?」
「どっちも。いいかな?」
「うん、いいよ。でも蒼って呼ばれることになるから、絶対に二人だけの時だけよ。」
「絶対」と「だけ」が2回。
限定中の限定か。
ついうっかりがよくある俺だけに、強く釘を刺された。
「わかった。絶対。」
約束する。
ついに蒼のことを蒼と呼べる日が来た。
胸がキューっとなる。
「蒼」と「真ちゃん」。
メイも知らない二人だけの秘密が増えてしまった。
中間考査が終わると2週間ほどで第2回実力考査がやってくる。
歓迎されざるお客。
これは、テスト範囲がないので、対策のしようがない。
それに、毎日の宿題と英語の予習とで、とてもそれ以外の勉強をする余裕なんてないし。
皆、何かやっているんだろうか。
勉強会の時に、メイと蒼に聞いてみた。
メイは、ネットなどをしていた時間の分だけ、数学の1学期の復習をするらしい。
蒼は特別なことはできないが、毎日、でる単で単語を覚えているとのこと。
やはりできる人は影で努力をしているんだな。
何もしないと何も変わらないな。
よし、今日は勉強会が終わったら、でる単を買いに行こう。
そして、テストの日までは、ネットは我慢だ。
あっという間に、テストの日が来た。
1時間目は国語。
1問目の文章が抽象的過ぎて拒否反応がでそうだ。
漢字の読み書きでちまちま点を取る。
2問目の小説は面白い。
読むだけなら面白いで済むのだが、テストだから問題を解かないといけない。
とりあえず、解答欄は埋めた。
3問目の古文はダメだった。
4問目の漢文。一番できたかも。
1時間目が終わっただけなのに、どっと疲れた。
試験の時は出席番号順にすわるので、メイも蒼も遠い。
次の数学に備えて、教科書を読む。
隣の席のヤツは「実力テストは実力で受ける」などと豪語し、何もしない。
少し前の俺もそうだった。
でも、少しの時間でも勉強をしようとすることも実力だと今の俺は思う。
ずいぶん変わったものだ。
2時間目の数学が始まった。
解けない問題は解けない。
1学期にわからなかったことをわからないままにしているから。
だが、前回と大きく違うのは、解ける問題は解けるのだ。
不思議なくらいに。
定期考査ではないので、差がつくように難しく作られている。
だが、歯が立たないわけではない。
途中で行き詰るが、あきらめない。
少ない手持ちの武器で頭をフル回転させる。
そういえば、メイが言ってたっけ。
グラフを嫌がるなって。
グラフを使ってみよう。
ん、いけるかも。
いける、これはいける。
最後まで突っ走る。
答えが出た。
こんなの初めてだ。
俺としてはすごいことに、4問中2問が答えまでいきついた。
残りの2問もわからないながらも、あがいた跡を残しておいたので、部分点をいくらかもらえるはず。
昼食をはさんで、最後の英語。
いつも通りだな。
単語がわからないので、長文の1行目でもう何を言いいたいのやらわからなくなる。
「世界中にはよいハビットと悪いハビットがある」で始まっている。
うんうん、そうだな、いいウサギがいれば悪いウサギもいるな。
みんなムーアのようにいいウサギならいいのに。
チャイムが鳴る。
やっと終わった。
そして、終礼、解散。
もうへとへとだ。
前の時とは比べ物にならないほど長い時間頭を使った。
いや、使うことができたと言ったほうが正しいかも。
怖いが、結果待ちだ。
1日中テストだったので勉強会はいらないのだが、放課後は俺の家に集まるということが皆の習慣になってしまっている。
俺としては嬉しい習慣だ。
そうそう、英語の問題にあったハビットって習慣と言う意味だったんだな。
これがわかっていたら、続きも少しはわかったかも。
今日からもでる単は続けよう。
今日は勉強会ではなく休憩と雑談の会。
ゆっくり休んで、明日への英気を養う。
「今日の英語の長文、難しかったな。」
と俺が話を振る。
ネタはある。
「おじさん、わかった?」
「あったりまえだろ。たしかに、この世にはいいウサギもいれば悪いウサギもいるわな。」
しばらく間が空く。
二人の頭に?が浮かんでいる。
やがて、堰を切ったように二人が爆笑し始める。
メイは、それこそ転げ回って喜んでいる。
脚をバタバタさせて。
短いスカートでそれはやめてくれ。
蒼は笑い過ぎて息が苦しそうだ。
さすがウサギ同盟。
ウサギネタはうける。
メイが、ごろんごろんと転がりながらムーアに寄っていく。
「ねえ、ムーア。あんたはいいラビットよね。」
蒼も四つん這いで歩きながら、ムーアのそばに行く。
「そうそう。とってもいラビット。」
二人でムーアを撫で始める。
何のことかわからないだろうが、ムーアはいつものように目を細めていた。
「お疲れ様。」
と、母ちゃんが厨房側の戸を開ける。
手にはクリームソーダが3つ乗ったトレー。
「母ちゃん。」
と俺が言ったが
「今日は特別。もうないよ。」
と笑う。
「わーおばあちゃん、ありがとう。」
「ありがとうございます。」
ありがたい。
脳が大量に糖分を消費したせいか、甘いジュースがなおさら美味い。
「数学、どうだった?」
アイスをスプーンですくいながらメイが尋ねる。
「半分ほどは解けた。」
「ほんと?大躍進じゃない。今回は100番以内いけるんじゃない。」
「うん、いけそうな気がする。」
本当にそんな気がしてきた。
「蒼ちゃんは、前は何番だったの?」
俺よりいいのがわかっているから、聞いてもいいだろう。
「87番。数学が足を引っ張って。」
「そう、いいな。俺の親、とにかく100番以内に入れだから。」
「今回はいけそうね。」
「うん。」
蒼も数学がパワーアップして、50番以内が狙えるんじゃないか。
「早く結果をもらえないかなー。」
メイが待ち遠しそうに言う。
そうだな、今回は俺も早くもらいたいな。