ウサギ同盟
待ちに待った数学の答案の返却。
受け取っても、すぐには見ない。
席に戻って、座って、深呼吸して、そして見る!
95点。
「うわぁ!」思ず大きな声を出してしまった。
周りの席の子たちが俺を見る。
申し訳ない、つい。
俺の声に振り向いた蒼はその理由がわかっているみたいだ。
やがて名前を呼ばれて、答案を受け取った蒼が帰ってきた。
蒼は嬉しいような、微妙な顔。
クラス中がワーワーとなっているので俺たちが話していても目立たない。
「どうだった?よかったの?」
と蒼が体も後ろを向けて聞いてきた。
「蒼ちゃん、なんか、すごいことになってる。」
ささやくように小さな声で答える。
『蒼ちゃん』もあるが、周りに聞かれたくない。
俺が普通でないことを察して
「どーん。」と蒼が先に自分の答案を俺の机の上に広げた。
83点。
これでも十分に褒められていい点だ。
俺も「どーん。」。
自分でも信じられない点数を見せる。
「えーっ!」
今度は蒼が大きな声を出して、周りの注目を集めてしまった。
スミマセンといわんばかりに身をすくめて前を向く蒼。
やがて答案の返却が終わると、先生のテストの解説が始まった。
テストの解説がこんなに退屈なのは初めてだ。
解説が終わったら、平均点が低かったためにご機嫌斜めの先生からのお小言。
以上で今日の数学の時間は終わった。
その日の勉強会。
今日は新しいことを教わっていないので宿題は出されていない。
なら、勉強会はしなくてもいいのだが、今日は特別な日だ。
俺の家に着くまで、テストのことには誰も触れない。
楽しみは後にとっておくってことだな。
居間の座卓に座るなり、蒼が
「美樹ちゃん、すごいんだよ、福嶋君。数学95点!」
自分のことのように喜んでくれているのが嬉しい。
「えーっ。マジでー。」
メイが驚く。
その後、みんなで答案の公開。
「それじゃー。」
の蒼の声でみんなが用意をする。
「ドーン。」
と蒼と俺の掛け声で、一斉に答案が並ぶ。
蒼の点は知っているが、メイのは?
えっ、91点?
かなり残念そうなメイ。
「何でだか、ケアレスミスが重なっちゃった。」
「あぁ、そういうこともあるわな。」
と慰めるが、何も変わらないことはわかっている。
かくして、勉強会発足後の初代のチャンピオンは俺になってしまった。
でも次の第2回実力考査ではダブルスコアでの惨敗はわかっているけど。
「こんな点が取れるなんて、15年生きてきた中で、一番幸せだ。」
と14歳でオリンピックの金メダルを取った競泳の選手をまねて、みんなに感謝を込めて言った。
これは本当の気持ちだ。
感動してくれることはないにしても、せめて俺の気持ちを受け止めて欲しかったのだが、メイからは思いもよらない返事が返って来た。
「そっか。おじさん、まだ15だったんだ。私もう16だよ。」
そっちか~。
8月生まれのメイは夏休みの間に16歳になっていた。
メイの誕生日の少し前に、俺の両親の主催で、俺の家族とメイの家族とで誕生日のお祝いをしたっけ。
「おじさんは、来年の2月まで15だね。だいぶ先だね。そっかそっか。私のこと、お姉さんって呼んでもいいよ。」
俺が1つ年を取ってメイに追いついたら、その半年後にメイが1つ年上になる。
永遠に追い越せない追いかけっこ。
生まれてからずっとそうで、こんなメイの言葉にも慣れているので、そのことについては別に何とも思わない。
だが、そこに目を輝かせて蒼が入ってきた。
「福嶋君、2月生まれ?」
「うん、14日。」
「えっ、それってバレンタインデーじゃない、すごいね。私、1月生まれ。」
「へー、同じ早生まれじゃない。干支も同じ。」
蒼は嬉しそうに首を横に振る。
そして明らかに上から目線で
「私、高校に入ってから、自分より誕生日が遅い人がいなかったんだけど、やっと出会えたよ。私、1月6日が誕生日。だから、福嶋君より1月以上お姉さん。」
はん?そんなことどうでもよくない?
「私が16になったら、私のことお姉さんって呼んでもいいよ。」
と蒼が悪戯っぽく笑う。
メイも、「二人目のお姉さんができてよかったね。」と笑う。
メイはともかく、こんな小さくてかわいいお姉さんは困る。
それに、俺が蒼に求めているのはお姉さんじゃないし。
その後、キョンキョンも俺と同い年の2月4日の生まれといった話で盛り上がった。
ふと、ムーアに目が行く。
そういえば、今日は女子軍団がムーアにかまっていないな。
テストの結果で皆のテンションが上がっていて、ムーアが置き去りになっていた。
この後は何もないし、自然な流れなら解散だ。
女子たちで最後にムーアのところに行くのかなと思っていたら、メイが突拍子もないことを言い始めた。
「私たち3人がこんな関係だって、クラスの誰も知らないよね。」
「こんな関係って?」
と蒼が尋ねる。
「放課後、ここに集まって、ムーアをかわいがって、勉強会をする。」
確かにそうだ。
誰も知らない俺たちだけの秘密。
「何か、秘密結社みたいじゃない?」
あー始まった。
メイの妄想劇場。
とりあったら大変なことになるので、この場はそうだねって流して終わって欲しかったのだが、何とそれに蒼が食いついてきた。
「うんうん、そうだよね!誰も知らない私たちの放課後の秘密。ムーアを中心に私たちが放つ魔のトライアングル!」
目がキラキラしている。
蒼のことをだいぶわかってきたと思っていたのに、また知らない蒼が現れた。
何を言っているんだ?意味がわからない。
そもそも何が魔なのかがわからない。
「美樹ちゃんが言う通り、私たちは秘密結社だよ!」
すごく嬉しそうだ。
こういうのが好きなのか?
俺には理解できないけど。
すっと俺の方に向き直った蒼はついさっきまでの蒼ではなかった。
無表情で俺の目を見据え、静かに言う。
「福嶋君、あなたも立ち会ってしまった以上、望もうと望むまいともうすでに同志よ。」
なんか、なりきってない?
俺は、ただただ、普通にメイや蒼と一緒に勉強できたらいいだけなのに。
こわいことになっていないか?
「秘密結社なら名前がいるね。」
言わなくてもいいのにメイが蒼を煽る。
「そうだね。名前がないと始まらないね。じゃ、皆で考えよう。しばらく考えて。」
完全に主導権は蒼に移っている。
俺は、いつまでこんなのが続くんだ?早く終わってくれよと願うだけで、そんなことを考える余裕がない。
しばらく経って、蒼が皆に尋ねる。
「まず美樹ちゃん、どう?」
「ムーアと愉快な仲間たち。」
これしかないだろと言わんばかりに自信満々だ。
「うーん。」
否定はしないが、蒼の顔がかなり険しい。
「福嶋君は?」
考えてもいない。
だが、そうは言えない。
どうしよう・・・。
とっさに「うさぎ同盟」と口走っていた。
しばらく二人がそれぞれの頭の中で、判定しているようだ。
なかなか判定結果が出ない。
間がもたないので
「蒼ちゃんは?」
と俺が尋ねる。
「私も考えてたのがあるけど、さっきの福嶋君のうさぎ同盟がいいね。かわいいし、秘密結社っぽい。美樹ちゃんどう?」
「私のも捨てがたいけど、同盟っていうのが、なんか、隠れて悪いことしているみたいで気に入ったよ。それで行こう!」
いやいや、同盟は隠れてもないし、悪いことをする集団でもありません。
それに、俺たちも何も悪いことをしていないし。
「秘密結社のメンバーなら私たちコードネームがいるんじゃない?ウサギ同盟のメンバーの間でしかわからない呼び名。」
いったん終わったのに、またもや、メイがことをややこしくする。
もうやめろよ。
そんなものいらねーよ。
そこに、またもや蒼が乗ってくる。
「確かにそうよね。本名で呼びあってたら、敵に正体がバレちゃう。」
なんなんだよそれ、敵って誰?正体って何?
「じゃあ、各自で自分のコードネームを考えて。」
また、蒼が仕切り始めた。
まいったな。
どうでもいいことに頭や時間を使いたくない。
でも、白けたことを言うと、メイに怒られるし、ノリノリの蒼が悲しむだろうし。
メイはスマホを使って何かを調べている。
しばらくのシンキングタイムの後
「じゃ、福嶋君から。」
と蒼に指名される。
考えさえしていなかったが、とりあえず
「まだ決まらない。」と言っておいた。
それを聞いた蒼の眉間にわずかにしわが寄る。
「う~ん、『福嶋君』じゃやばいからね。すぐに捕まっちゃうよ。本気で考えてよ!」
蒼が厳しい。
絶対何かが降りてきている。
「美樹ちゃんは?」
「ニース。」
「何、それ?」
英語が得意な蒼が知らない単語。
「姪って意味。」
きっとさっき、スマホで調べたやつだ。
さも、もともと知っていたげに。
「へーいいじゃない。それっぽい。」
蒼が満足そうだ。
「蒼ちゃんは?」
「ブルー。蒼だから青いでブルー。」
「ほー、いいじゃん、それも。」
互いに褒め合っている。
いっそのこと、二人だけでやってくれないかな。
「で、福嶋君は?」
ブルーが再び振って来た。
「う~ん。」
俺は考えるふりをする。
そもそも、コードネームって、どうやって決めるんだよ。
紅のサソリとか気まぐれなジョーカーとか?
「ダメなようだね。」
ニースが切り捨てるように言う。
「仕方がないな。私たちで考えてあげようか?」
「それしかないね。」
ブルーもあきらめたように言う。
俺の評価、ダダ下がり?
こんなことで?
まずはニースから。
「福嶋の福で『ハッピー』とかどう?」
「それ、何か馬鹿っぽくない?」
ブルーが秒殺で却下する。
次はブルーの番。
「名前の真から『トゥルース』はどうかな?」
「うーん、悪くはないけど、何か、かっこよすぎない?」とニース。
「確かに。イメージが違うね。」とブルー。
あの、俺の名前で遊ばないでもらえませんか。
その後、互いに2つずつほど出し合ったが、同意に至らない。
面倒になったニースが
「結局、おじさんって、友達から何て呼ばれてるの?」
「もっぱら『真ちゃん』。」
「もうそれでよくない?」
よくないだろ、俺たちメンバーの間でしかわからない名前でないといけないんだろ。
「いいんじゃない。」
ブルーも投げやりになっている。
いいのかよ。
かくして、俺のコードネームは「真ちゃん」に決まった。
これじゃ、すぐに敵に正体がバレて捕まるな。
二人の希望で、これから先、ウサギ同盟で集まるときはコードネームで呼び合うということになった。
てことは、この後からってことだよな。
さっそくニースが
「あのねブルー、この前の部活の時なんだけど・・・・。」
「そうそう、ニースが言ってた通りだったよ。・・・。」
実に適応するのが早い。
女の子ってそうなのと感心していると
「ねえ、福島君、じゃない、・・・」
言い掛けて蒼が黙ってしまった。
顔が赤い。
「ブルー、おじさんのコードネームは『真ちゃん』よ。」
ニースが教えてあげているが、ブルーが忘れたから詰まったと思っているのか?
やっぱ、メイだな。
ブルーは俺の横に来て座り、メイを気にしながら、俺の耳元でささやいた。
「真ちゃん、また化学がわからなくなってきたんだけど、いつか教えてもらえる?」。
何と、コードネームとは言え、蒼が「真ちゃん」って呼んでくれた。
ってことは、これからの勉強会でもずっと「真ちゃん」?
「いいよ、ブルー。時間があるときはいつでも言って。」
いやーメイちゃん、あんた、いい仕事するわ。
秘密結社にはコードネームがいるなんて。
そして「真ちゃん」なんてコードネームを付けてくれちゃって。
ブルーとかニースとか言うのは恥ずかしいが、蒼も恥ずかしいながら頑張ってくれているので、俺も頑張らないと。
それに、何度も呼び合ってたら、互いにすぐに慣れるだろうし。
かくして、俺たちはコードネームで呼び合うウサギ同盟の同志となった。
とは言え、そうなる前の関係性とは何も変わらないけど。
その後、やっとムーアがウサギ同盟の女子部にたっぷりと愛してもらえた。