中間考査
この前2学期が始まったと思ったら、もう中間考査だ。
10月の11日から5日間。
考えてみると、1年中テストに追われているような気がする。
2学期だけでもまず休み明けに課題考査。
次の中間考査。
10月末には第2回実力テスト
11月の中ほどで校外模試。
12月に入ったらすぐに期末考査。
終業式の翌日には小論文模試。
なんなんだ?
2年生になったら校外模試がもっと増える。
途中から5教科になると土日を使う。
いよいよなんなんだ。
休みがないじゃないか。
文句を言っても何も変わらないが、言わずにはいられない。
中間考査に関しては、俺は密かに野心を抱いている。
もちろん数学にだ。
1学期の定期考査は2回とも50点前後だったが、今回の俺は違う。
なんてったって、勉強会でパワーアップしたスーパー俺だから。
数学で90点を取ること。
それが今回の俺の目標。
いきなりは無理っぽいが、目標は高く設定しないと。
他の教科は、生物と化学以外は取り組みが何も変わっていないから、点も変わらないだろう。
でも、数学は違う。
十分に狙える。
メイは100点か、ケアレスミスで98点くらいだろうが、蒼に負けたくない。
ライバルと言うより、期待に応えたい。
本音を言うと、いいとこ見せたいだけど。
勉強会にも熱が入り、少しでも釈然としないことがあったら、すぐにメイに聞いて教えてもらった。
そして迎え撃つ当日が来た。
中間考査の3日目。
準備は万端だ。
1時間目の古文と2時間目の日本史は見事なまでに撃沈したが、そんなことはどうでもいい。
今日は3時間目の数学だけを受けにきているようなものだから。
テスト中でもテスト勉強のために行われていた勉強会で、メイがヤマをはってくれて、出そうな問題を絞ってくれた。
俺はメイを信じて、特にそれらは完璧に解けるようにしておいた。
ゴングが、いやチャイムが鳴り、いよいよ始まった。
問題用紙が配られる。
数学だけは解答用紙が別に配られが、それまでにざっと問題に目を通す。
いける!
ほとんどメイが予想した問題だ。
意外なものもあったが、解けない問題ではない。
解答用紙が配られる。
名前を書く。
不思議なくらい落ち着いている。
問題を読む。
数字が違うくらいで、問題としてはほとんど同じ。
解ける、解けるぞ!
頭と手が動き続ける。
そして一気に最後の問題まで解き終わる。
残り時間は15分ほど。
ケアレスミスがあったら馬鹿らしい。
今までは見直しなどしたこともないが、今回は初心に戻って見直す。
うん、大丈夫だ。
終わりを告げるチャイムが鳴る。
一番後ろの席の生徒が回収していく。
終わった。
後は結果を待つだけだ。
消化試合はあと2日あるけど・・・。
その後の勉強会で
「どうだった?」と最初に聞いてきたのはメイ。
俺は、「できたと思う。」と自信をもって答えた。
「ほとんど美樹ちゃんが出るって言ってた問題だったね。やっぱすごいね、美樹ちゃんは。」
蒼も嬉しそうだ。
蒼も手応えありか。
いい勝負になりそうだ。
テスト中の勉強会ではテスト勉強をするので、基本は明日の実施科目を勉強する。
ただ、テスト期間中の勉強会には、いくつか問題点があるので、自由参加ということにしている。
数学がないなら自分の家に帰ってやればいいが、集まってやれば、それぞれ得意科目が違うので教えあうことができる。
数学と言えば、メイの独壇場であるが、蒼は英語が得意。
前の実力テストでは、英語はメイより高得点だったとか。
ちなみに、俺が得意なのは生物と化学。
まだ完全に決めているわけではないが、2年生からは理系を選んで、将来的には大学の理学部か農学部で生物学関係を勉強したいと思っている。
明日のテストは英語のリーダー、生物と化学、漢文だ。
生物と化学は週に1時間ずつなので、1時間の試験時間の中で2つをやる。
どう時間配分をしてもいい。
俺はテスト勉強を化学から始めることにした。
化学の勉強の仕方としては、問題を解くのが一番効率がいい。
そして、最後の方の問題がそれまでの要素をすべて含んでいる。
俺は、テスト範囲に含まれている問題集の最後の問題を解くことにした。
問題番号の横に難という文字が記されている。
それが俺をより燃えさせる。
俺が化学から始めたのを見て、蒼も「じゃあ、私も化学からやろう。私、わかってないから、教えてね。」と頼ってくれるのが嬉しい。
化学は、1学期は原子の構造や電子配置からの分子やイオンのでき方などがメインだったが、2学期になって、原子量や分子量、物質量と急に難しくなった。
特にモルが登場してから化学がわからなくなったという声をよく聞く。
俺に言わせると、モルはそんなに難しいものではない。
数学の問題の方が何倍も難しい。
化学の同じ問題集を睨んで、「う~ん」と蒼が唸っている。
俺は、難をやっつけたところだ。
「蒼ちゃん、何がわからないの?」
「全部。」
それは困る。
「うそうそ、モル。」
「じゃあ、一緒に問題解いてみようか。」
「ありがとう。でも、ごめんね、勉強の邪魔して。少しだけ教えて。」
と蒼が俺の横に座る。
メイが「いい感じだね」と俺に目配せする。
やめろよ。
俺は純粋にだな、蒼に化学を・・・と誰に言ってるんだ?
俺は、モルの概念を具体的に説明する。
まずは、苦手意識を取り除かないと。
「結局は、6.0掛ける10の23乗個の粒子の集団を1モルって言うだけなんだよ。粒子っていったら難しく聞こえるけど、もしもムーアが6.0掛ける10の23乗羽いたら、ムーアが1モルいるってこと。」
「それってどれくらい?」蒼がそちらに食いつく。
「よくわからないけど、兆やその上の京をはるかに超えた数。おそらくその塊って、地球より大きいはず。」
「えー!」
蒼が驚いて大きな声を上げた。
おそらく蒼のことだから、ムーアがどんどん集まってきて地球よりも大きな塊になっていくのを想像したのだろう。
変な入り方をしたが、つかみはOKだ。
「じゃあ、ムーアが12掛ける10の23乗羽いたら、ムーアは何モル?」
本当はこんな表現を化学でしたら減点なんだが、今はいい。
「倍だから2モル?」とすぐに答えが返ってきた。
「そう、正解。じゃ、ムーアが3.0掛ける10の23羽いたら何モル?」
「0.5モル。」
さっきと違ってはっきりと答える。
「正解。わかってるじゃない。」
ことさら、大げさに蒼を褒めてやる。
「そ、そう?」
蒼が子どものように照れて嬉しそうな顔をする。
この子は褒められて伸びるタイプだな。
「これが、物質量と個数の関係の全部なんだよ。全然難しくないだろ。結局、6.0掛ける10の23乗が1だから、それで割ったら何モルかわかるってだけの話。」
「へー、そうだったんだー。」
感動してくれている。
嬉しい。
メイが「やったね」と言わんばかりに俺をチラ見する。
だから、もう。
「でね、何でそんな無茶苦茶に大きな数字を扱うかと言うとね、・・・。」
と原子の軽さにさらっと触れて、それだけ集まったら1グラムとか10グラムとか自分たちでも量れる重さになると説明する。
そして、原子量や分子量、式量と1モルの質量の関係を説明して、問題集をやってみる。
蒼はすらすらと答えを書いていく。
全部正解。
「でも、原子量がわからないと答えられないよ。」と不安そう。
知らないのか?と思いながら
「原子量ってね、無限に続く数字だから、この数字を使ってくれって与えないといけない決まりがあるんだよ。だから問題用紙の最初の上の欄外に、これを使うことと書いてあるでしょ。」
「えっ、そうなの。知らなかった。覚えなくていいんだね、ラッキー!」
本当にラッキーって顔をするから、俺までラッキーってなる。
メイは、いや、敢えてもう見ない。
どんな顔をしてるかわかっているから。
その後、モルと気体の体積との関係を説明したら
「どんな気体でも同じって、何でかはわからないけど、助かるよ。」
と簡単に理解した。
問題集をやらせたら、スイスイと解いていく。
「これで全部だよ。蒼ちゃん、本当にわからなかったの?」
「うん、さっぱりで、明日どうしようって半泣きだったよ。でも福嶋君が教えてくれて、かなりわかったよ。ありがとう。」
最初のときの不安とは打って変わった自身に満ちた笑顔。
化学は好きだからっていうのもあるけど、コツコツとやっててよかった。
芸は身を助ける?やっぱ違うか。
その後は各自で勉強。
蒼は、何かあったら教えて欲しいからと、俺の隣でやることにした。
化学の問題集の続きをやっていたが、その後も順調で二度と俺に何か尋ねることはなかった。
きっと地頭がいい子で、きっかけをつかんだら理解が早いんだろうな。
お腹がすいてきたので時計を見ると、時間にしてだいたい昼休みの終わる時間。
きりがいいところで昼食にしないかと皆に声を掛ける。
この昼食がテスト期間中の勉強会の問題点でもある。
各自で準備しなければならない。
今日で3日目になるが、蒼は決まって家で作ってきたサンドウィッチ。
そんなので足りるの?と思うほど1個が小さいが、いつも食べ終わったら「お腹いっぱい」と言う。
余計なお世話だが、こんなだからいつまでたっても大きくならないんだとつい思ってしまう。
メイは弁当持参。
姉ちゃんが仕事に弁当を持っていくので、平日と同様にいっしょに作ってもらえるらしい。
結局、困っているのは俺だけ。
オヤジに作ってもらうのが一番早いが、それはな・・・。
両親に、勉強会の俺たちには構わないでくれと言ってあるし。
しょうがないのでなので、昼食は自腹だ。
スーパーで弁当を買ったり、カップ麺を食べたり。
俺にとってはどちらも滅多にないことなので楽しんでいるのだが、この出費は痛いといえば痛い。
食後はインスタントでよければ、セルフサービスでコーヒーを飲んでもらう。
いつまでが休憩時間なんて決めていないので、しばらくコーヒーを飲みながら話をしたり、ゆっくりと過ごしたり。
そして、適度な時間に勉強を始めたくなったら始める。
俺は、午後は、生物をザーッと復習して、その後は、漢文をやることにした。
生物は趣味のようなものだから、漫画を読む感覚で教科書を読んでいるので、だいたいもう頭に入っている。
それ以上のことも知っている。
教科書の全範囲を斜め読みして終了。
漢文は、孔子の論語がテスト範囲のほとんど。
論語は面白い。
古文も漢文も嫌いだが、論語だけは興味を持って授業を聞いた。
どれも深い味わいがある。
さすが孔子だ、いいことを言う。
会ったことも話したこともないが。
漢文がひととおり終わったが、まだ時間がある。
これもまた問題の一つなのだが、始まりが早いから、いつもの平日の終わりの時間までやると、かなり長時間になる。
もちろん、いつ帰ってもいいのだが、皆、最後までいる。
人の家で長時間勉強し続けるって、疲れないのかな?
途中で寝そべったりネットしたりもできないし。
たまにメイは、
「疲れた~。」
と言いながら背伸びをして、そのまま後ろに倒れることがあるけど。
当然スマホは自由だが、みな黙々と勉強する。
みんな勉強会が好きなのかな?
俺は好きだけど。
俺は、残り時間は、夜にやろうと思っていた英語を少しやることにした。
とりあえず訳していくが、どうも合っている気がしない。
何か、ニュアンスで訳している感じ。
文法がわかっていないからだろう。
ここは、蒼に甘えてもいかな。
もちろん、変な意味ではない。
「蒼ちゃん、英語、教えてもらえないかな。」
「いいよ。そっちに行くね。」
いや、俺がそっちに、と言う前に、いそいそと辞書や教科書、ノートなどをセットにして立ち上がる。
そして、俺の隣に座る。
気のせいかな、さっきの化学のときより近い。
心がざわつく。
無意識にメイを見てしまう。
メイは、自分の勉強に集中している。
ふりをしている。
俺にはわかる。
「この訳、これで合ってる?」
「うん、あってるよ。でも、細かいことをことを言うとね、・・・・」
「そうか・・・難しいな。俺、過去分詞っていまだにわかっていないんだよ。恥ずかしいけど。現在分詞も怪しいし。英語って、ほんと難しいよな。」
それを聞いた蒼は
「英語っていいうけど、結局は人が話す言語だよ。モルほど難しくないよ。」
とにっこりと笑う。
俺の苦手意識を取り除こうとしてくれているのかな。
いい子だな。
そのとき、メイが
「ごめん、私、今日はそろそろ帰らないといけないの。」
と言った。
えっ!聞いてないよ、と思った瞬間、嘘だとわかった。
メイを見る。
「あとは二人で」と蒼にわからないように目が半分笑ってる。
ちょっと待てって。
そんなことされたら困るんだけど。
「ごめんね。」
と本当に申し訳なさそうに、謝ってメイが帰る。
なかなかの役者だ。
その後は、地頭の悪い俺に手こずりながらも、根気強く蒼が教えてくれた。
俺も、わからないことがあれば、どんどん質問した。
いくつも例を挙げて蒼が説明してくれる。
まさに手を変え品を変えと言った感じ。
そのおかげで、だんだんわかってきた。
なるほど、そういうことだったのか。
わかったことが素直に嬉しい。
蒼のモルのときも、きっとこうだったんだろうな。
いいな、勉強会って。
教えて、教えられて。
教えることも勉強になるし。
時間はいつもの解散の時間に近づいていた。
蒼の時間をかなり奪って、申し訳なく思った。
「蒼ちゃん、ごめんな。教えてもらうばっかりで。もうこんな時間になっちゃって。」
蒼は微笑みながら
「ううん、全然。私もいっぱい教えてもらったから。モルがわかって、とっても嬉しいよ。」
と答えてくれた。
帰る準備ができたら
「ちょっとだけ。」
と、ムーアのところへ行き、「甘~」をする蒼。
あっと思いついたことがあるが、いいかな、ダメかな。
帰り際に
「蒼ちゃん、・・・嫌だったら嫌だって言ってくれたらいいんだけど・・・」
歯切れの悪い俺に蒼が「何?」と合いの手をいれてくれる。
「・・・LINE交換してくれないかな。」
少し間を開けて、ふっと蒼が笑う。
「そんなこと?いいよ。何かって思ったよ。福嶋君って、私に気を遣いすぎ。私は、よっぽどのことじゃなかったら、基本OKだよ。」
と、拍子抜けするくらいにさらっとOKしてくれた。
交換が終わったら、蒼がたまに見せる悪戯っぽい目で
「これって、大変なことになるかもよ。」
「大変なことって?」
「うざいほど、私からメッセージが入るよ。朝、昼、晩。」
「そうなったら嬉しいかも。」
頑張って気持ちを伝えたが、中途半端ではダメみたいだ。
「うそうそ。何かあったら送るね。・・・でも何もなくてもいいかな?」
いいにきまってるでしょ。
「うん、バンバンちょうだい。俺も送っていい?」
「うん!」
と、いい返事をくれて、蒼が帰っていった。
その夜、英語の勉強の続きをしていたら、LINEが入って来た。
「あのあとどうだった?」
「嘘つきメイさん?」
「でどうだったの?」
「すごいことになってすごいことしちゃった」
「えっ何っしたの!」
「バーカ んなわけねえだろ」
「もーびっくりしたじゃない」
「普通に勉強しただけ」
「それだけ?」
「それだけ」
「せっかく気を利かせてあげたのに」
「もうそういうのいいからな」
「ほんとに何もなし?」
「ないこともない」
「ほんとでしょうね」
「ほんとにほんと」
「何したの」
「お前が想像してるようなことじゃないよ」
「やめてよ で何したの?」
「LINEの交換した」
しばらく間が空く。
「まだしてなかったの」
「うん」
「そう」
そうの文字が呆れて俺を見ているように見える。
「よかったね」
なんだ、それ。
絶対に馬鹿にしてるな。
「ああ じゃあな」
「まってよ もう送った?来た?」
「まだ どっちも」
「何やってんのよ せっかく交換しといて この後送りなさいよ」
何でお姉さん口調で命令?
「わかってる」
「絶対よ」
もうメッセージは来なかった。
明日、朝一で確認されそうだ。
何て送ろうかな。
悩むなー。
唸ってしまう。
そのとき、蒼からLINEが入った。