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席替え

2学期に入っての最初のLHRの時間を使って、今日、念願の席替えが行われる。

全校で一斉に行われる一大イベントである。

長い1学期の間、席が固定されていたので、席が遠いクラスメートで何の接点もない人とは話す機会が少ない、または全くない。

特に女子には口をきいたことのない子が少なからずいる。

新しい出会いに期待が膨らむ。

朝からほとんどの生徒が浮かれていて「一番後ろがいいな」、「また近くの席になれたらいいね」などの声に交じって、こそこそと「○○さんの隣の席をゲットできたらな」、「俺は△△さん」などの声も聞こえる。

長い6時間の授業が終わり、やっと7時間目のLHRがやってきた。

先生の指示で、教室の一番右の列の一番前の生徒と一番左の列の一番後ろの生徒がじゃんけんをする。

勝ったのは後ろの方。

後ろから順にくじが回されることとなった。

期待と不安で、クラスがワーワーとなっている中で、40本の線が引かれたくじが回ってきた。

もうすでに半分ほどが埋まっている。

どれにしようか、迷いに迷うが、早く次に回さないと。

運を天に任せて空いている一番右端に名前を書いた。

最後の生徒が書き終わると(そこしか空いてないのだけど)運命の発表だ。

黒板には、教室の机の配置が書かれ、1から40までの数字が入っている。

これを見て、次の自分の席を確認するのだ。

発表するのはクラスの庶務係の一人で、もう一人がリアルタイムで手元の座席表に名前を書き入れていく。

いよいよ始まる。

教室が静まり返る。

「ではーこれから運命の発表でーす。」

なかなかノリのいいやつだ。

トップを切ってくじの一番左端、「清水君、22番」。

皆の目が黒板の22を探す。左から2番目の真ん中あたりの微妙な席に、「ホー」という小さなざわめきが起こる。

何がホーだかわからないが、みんなのテンションが高い。

続いて、「三宅さん、7番」

右端の列の一番後ろ。

「いいなー」の声がたくさんあがる。

そして、次々に発表が進んでいく中

「高田君、13番」

13番は・・・真ん中の列の一番前。

今の高田の席だ。

間髪を入れず「えーっ!またー!!」と高田が叫んだ。

教室がドッと沸く。

「何でー!」と頭を抱える高田に「おめでとう」と、野球部仲間たちから祝福の声が掛かる。

悲喜こもごものドラマを経て、最後の一人、一番右端の俺の番が来た。

最後だから残った席は一つだが、どこが空いているのかなど、升目を埋めている庶務係の子以外にはわからない。

「いよいよ最後です。福嶋君、40番」

一番左端の列の一番後の席。

いいかげん反応するのに飽きて適当になっていたクラスだが、「オー」と羨望の声がわずかに上がった。

俺はここはというときに、なぜかくじ運が強い。

一番左の列の一番後ろ。

最高の席を引き当てた。

後は周りのメンツだな。

こればかりは移動してみないとわからない。

机とイスは今のを一年間使うので、机とイスごと移動することになっている。

俺のクラスが移動を始める直前に、上の教室からギーギーガーガーと大きな騒音が聞こえてきた。

移動が始まったようだ。

となりで普通に話していても相手の声が聞き取れないほどの騒音。

そう、こうなるから全校で一斉に席替えをするのである。

我がクラスでも移動が始まった。

喜び勇んで足取り軽く動いているもの、悲惨な顔で引きずるように運ぶもの。

顔を見れば、どのような席に行くのかがだいたいわかる。

ただ一人移動のない高田は、すっかりふてくされて、机に片肘をついて肘枕をしている。

俺も背中に生えた羽のおかげですっと自分の場所に移動し、机を置いた。

で、左隣を見てびっくり。

久美子だ。

久美子もおれを見て、にっこりと低い位置で小さく手を振ってくれた。

前の席は女子。

話したこともない子だ。

後ろと右は、そもそも席がない。

ざっと周りを見たが、よく知っている生徒はほとんどいない。

まぁ、これから仲良くなっていったらいいんだ。

全体を見渡すと、メイは右から2番目の前から3番目。

高坂は、一番右の列の前から2番目。

高橋は、一番左の列の前から4番目。

右と左に泣き別れか。

こればかりは仕方がないわな。

知らないとはいえ、選んだのは自分なんだから。

LHRが終わり、すぐに終礼、解散になった。

俺は久美子の方を向き「また隣になったね。よろしく。」と声を掛けた。

笑みがこらえきれない。

「すごい偶然ね。こちらこそよろしくね。」

うれしい返事が返ってきた。

だが久美子は、手際よく荷物をかばんに収めると、すぐに「じゃ、部活行くね。」。

つれないなとは思いながらも、今の彼女はかるたが彼氏かな、などと納得したりする。

「うん、頑張って。」と彼女を送り出す。

やる気に満ちた彼女が輝いて見えた。

まぁ、久美子とはよくて仲のいい友達までかな。

次々と、生徒が部活へと教室を出ていく。

慣れてきたら幽霊部員になるヤツも、最初は真面目にやるんだろうな。

最後には、教室には俺と俺の前の席の女子だけになった。

俺は勉強会をする日以外は急いで帰宅する必要もないので、少しゆっくりしてから帰ることが多い。

今日は、メイの都合で勉強会は休みだ。

彼女は本を読んでいる。

何で教室で読んでいるのだろう?

ずっと読み続けるのかな?

何か部に入っているのかな?

ひょっとして文芸部?

俺と同じ帰宅部かな?

いろいろと思いを巡らせていると、メイが息を切らして教室に入って来た。

「アオイちゃんごめん、待たせちゃって。ケイちゃんに頼まれてたことが思ったより長引いて。」

と謝っている。

「いいよ、ぜんぜん。」。

「アオイ」と呼ばれた子は、本をぱたんと閉じてカバンに入れる。

メイはアオイの後ろの席の俺を見て

「おじさん、いい席引いたね。やっぱ、くじ運強いわ。」。

そして前の子を指さして、「この子知ってる?」。

アオイが振り向いて俺を見る。

人を指さしてはいけません。

それに、知ってるとは失礼だろ、同じクラスで一学期を過ごしたんだから。

まだまだ教えないといけないことがいっぱいあるが、今は流そう。

その子の手前もあるし。

その子については名前だけは知っているが、それって知っているうちに入るのか?

何て答えたらいいのか迷っていると

「この子は川島蒼ちゃん。家庭科部でいっしょなの。」

俺は慌てて「前から名前は知ってたよ」と取り繕った。

次に蒼に向かって

「この人知ってる?」

と俺を指さす。

さすがに二度目には腹が立って

「だから、人を指さすな!」と言ってしまった。

あっ、最初に指さしたときに何も言わなかった。

気まずい雰囲気になる。

それを和ませるような柔らかな声で

「福嶋くんでしょ。美樹ちゃんのおじさんの。」

なぜか俺に答えてくれた気になってしまい

「うん。」

と思わずメイより先に返事してしまったら、蒼が俺を見てくすっと笑った。

なんとも屈託のないかわいい笑顔。

胸がきゅっとなった。

1学期は席が遠くて、たまにすれ違うことがある程度で、蒼を近くでじっくり見るのは初めて。

今日が実質のファーストコンタクトだ。

印象は、小柄で童顔で、まるで中学生がそのまま高校の制服を着ているみたいといった感じ。

短めのボブも、彼女をより幼く見せているように思えた。

かわいいな。

きっかけが欲しい。

俺はやるときはやる男だ。

「川島さんは家庭科部なんだね。じゃあ、今日は部活はお休みだね。」

実にどうでもいいことなのだが、ドキドキしながらも、必死で自然を装って蒼に話しかけた。

二人の共通の話題と言えば、メイを挟んでの家庭科部のことしかない。

いいぞ、俺。

「今日はじゃなくて今日も。」と蒼が自虐ネタで面白く答えたので、つい三人で笑ってしまう。

おとなしい子かと思っていたが、なかなかお笑いのセンスも持っているようだ。

「福嶋君は?」

蒼に聞かれた。

期待した以上の展開。

「俺?帰宅部。だから、今日は、貴重なお休み。」

と答えたら、蒼がぷっと吹き出した。

俺のギャグが通じるみたいだ。

受けない人には寒いほどに受けないのだが。

気をよくした俺が「川島さんって」と言い掛けたところにメイが

「蒼ちゃんでいいよ。」

と割って入って来た。

嬉しい誘いだが、突然のことに当の蒼は目をパチパチさせている。

「お前がいいとか言えることじゃないだろ。」と言おうとしたのだが、またもやメイに先を越される。

「ね、いいよね、蒼ちゃんも。せっかく仲良しになったんだから。」

いつも通りの場の空気を全く読まない強引な展開。

蒼は少し戸惑いながら

「いいけど。でも、それは福嶋君が・・・」

蒼が言い終わる前に

「じゃ、それで決まりね。で、この人のことは、おじさんでいいよ。」。

おい、それは勧めることじゃない。

いや、それだけはやめてくれ。

クラスでは「おじさん」と「メイ」が一大勢力だが、まだ「福嶋君」と「美樹」で呼んでくれる良識ある人もわずかに残っている。

そんな絶滅危惧種は大切に保護しないといけないのに。

「川島さん、それはないよね。」強めに推す。

「もう、蒼ちゃんでしょ!」

メイがじれったそうに言う。

仕方がない。

本当は嬉しいけど。

「蒼ちゃん、そんな呼び方嫌だよね。」

蒼の顔がみるみる赤くなっていく。

やがて、耳まで真っ赤になる。

それを見たメイが慌てる。

「えっ、どうしたの蒼ちゃん。顔が赤いよ。大丈夫?」

この展開で女の子が顔を赤らめたら何でかくらいは、中学生でも、いや小学生でもわかりそうだが、メイにはやはりわからない。

蒼の額に手を当てて

「熱いよ、保健室行く?」

なんて言っている。

「なんでもない。」

蒼がプルプルッと頭を振る。

まるで子どものようなしぐさ。

「それより、そろそろ買いに行こうよ。」

何とかこのピンチを切り抜けようとする蒼。

「あっ、そうだった。すっかり忘れてたよ~。明日の部活の用意を買いに行くんだったね。」

それがあるから、今日の勉強会はお休みって自分から言っておいて。

調理で使う食材でも買いに行くのかな。

「じゃ、おじさん、私たち帰るね。」

メイが手を振る。

俺は、ちょっと意地悪がしたくなって、蒼に言った。

「うん。メイ、蒼ちゃん、バイバイ。」

かわいい子にはちょっかい出したくなるっていう、あれだ。

蒼はうつむき気味に目を合わさないまま、でもはっきりと「バイバイ。」と答えてくれた。

よかった、返事をもらえた上におじさんが付かなくて。

今日は教室に三人しかいなかったけど、明日から皆がいるときに「蒼ちゃん」はさすがにまずいよな。

それこそ、付き合っていると思われるよ。

でも、呼びたいな。

二人だけのときやメイと三人のときはいいかな。

本当のところ、蒼は嫌なのかな、嫌じゃないのかな、どっちだろう。

メイが言ってくれたように、もっと蒼と仲良くなりたい。

さっき初めて口をきいたばかりなのに、俺はすっかり蒼を好きになってしまった。

しかし・・・久美子に振られたらすぐに蒼か。

恋多き男だな俺って。

いや、そんなんじゃない。

これこそが、運命の出会いなんだ。

おれはずっと蒼を待っていたんだ。

とドラマのセリフのような言葉で自分を正当化する。

好きに理屈はない。

高坂に負けていられない。

アイツの言うように、悔いのないようにしないと。

とりあえず、明日は俺から挨拶してみよう。

できれば、その後、家庭科部の調理のことなんかも聞いてみようかな。

もっともっと共通の話題が欲しいな。

あ~、明日が来るのが待ち遠しいなんて、いつぶりだろう。

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