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プロローグ

 生きるってなんだろう。俺はこの頃よく考える。


 美味しいものを食べること。旅行に行くこと。スポーツで賞を取ること。恋をすること。


 そのどれを取っても自分自身が「生きてる!」って思えば、それは確かに生きてることになるんだと思う。


 じゃあ仮に、そういうものがない人はどうなのか。


 俺のようにやりたいことが見つからない人間は、死んでいるのだろうか。


 きっとそうではないだろう。


 そうでないことはわかるが、じゃあそれは、本当に生きていると言えるのか。


 俺の親友は言った。


「そんなものは、生きているうちに見つければいい。そのうちきっと見つかるさ」


 俺の幼馴染は言った。


「わかんないよ、そんなの。でも、死んじゃったらそういうことも考えられなくなっちゃうんじゃない?」


 そして、あの人は言った。


「なければ作ればいいのよ。キミが欲しいものは、キミにしか作り出せない」


 いつか、俺にも見つけられるだろうか。


 キラキラして、ワクワクして、大人になって、おじいちゃんになって、死ぬ間際になっても手放したくないと思えるような、そんな───生きる意味を。


♢ ♢ ♢


───キーンコーンカーンコーン。


「起立、礼!」

 日直当番の生徒が妙に気合を入れた声で起立を求めると、それに合わせて周囲の人達も頭を下げて同じ言葉を口にする。

 そんな見飽きた光景と号令に辟易しながら、俺も同じように頭を下げて言う。

「さようなら」

 馬鹿馬鹿しいとは思わないし、礼に始まり礼に終わる現代社会においては基本的な行動だ。むしろ俺としては好意的にさえ思うところだが、如何せん何か楽しいかと問われればそういうものでもない。にも関わらず皆一様に頭を下げて担任の教師が教職員室へと戻るのを見送るのは、どこか滑稽に思えることがある。

「ねぇ、奏多。いつまで頭下げてるの?」

「……なんだよ、瑠璃」

 奏多───神楽坂(かぐらざか)奏多(かなた)は俺の名前だ。

 そして顔を上げるまでもなく誰だかすぐにわかるこの声は、俺の幼馴染───菊川(きくかわ)瑠璃(るり)のもの。

 彼女は生まれた頃からのお隣さんで、小中高と同じ学校に通い続けてきた所謂腐れ縁の仲だったりして。

 俺はそんな彼女に幾分ぶっきらぼうな態度を見せつつ向き直る。

「ねぇ、奏多。今日は生徒会室行くの?」

「仕事が溜まってるからな。行かないわけにはいかないだろ」

「じゃあさ、私先生からちょっと仕事頼まれちゃったから少し遅れますって会長に伝えてもらえる?」

「そうか、わかった。伝えとく」

「うん、ありがと」

 そうして俺は足早に教室を後にする彼女の背中を眺めながら、机の横に掛けてあったスクールバッグを手に取って。

「慎二は……部活か」

 いつの間にか姿の見えなくなった友人を目だけで探していたが、やがて興味を失くした俺は一人教室を出て生徒会室へ足を向けた。

 俺はわいわいがやがやと喧しい新校舎から旧校舎への渡り廊下を抜け、部活動に勤しむ連中の喧騒から取り残された旧校舎の一室へと辿り着く。扉の上には"生徒会室"と書かれたプレートが見えて。

「失礼しまーす」

 念の為軽くノックをしてから入室した俺は、部屋の一番奥に座る一人の少女と目が合った。

 彼女が他の候補者を全く寄せつけずに圧倒的大差で生徒会長の座を手にした女王様───もとい生徒会長、霧島(きりしま)(みお)

 名家として有名な霧島家のご令嬢であり、誰もが思わず恋に落ちてしまいそうな圧倒的な美貌と完璧なまでのプロポーション、そして大人顔負けの頭脳と知略を持っていながらどうしてこんな普通の公立高校に通っているかと言えば、彼女曰く『近いから』らしい。世の中には奇特な人もいるもんだなと聞かされた当初は思ったものの、今となっては彼女の性格を考えるとわからないでもない。

 しかし彼女はそんな俺に何か声をかけるわけでもなく、手元のパソコンの画面を睨みながらカタカタとキーボードを打ち続けている。

「会長。今日瑠璃の奴、遅れてくるってよ」

「そう」

 驚くほど簡素な言葉だったが何も機嫌が悪いというわけでなく、仕事中はいつもこんな調子なので俺も気にも留めずに近くのパイプ椅子に腰を下ろした。

「……ふぅ」

 俺が生徒会室に入室して自分の仕事に手をつけ始めてから数十分後。ようやく一段落したのか大きく伸びをしながら俺にこう声をかけてきて。

「……あら、いたの?」

「……一応さっき声はかけたんですけどね」

「というか、キミは誰かしら?」

「まずそっから説明せにゃならんですかねぇ……?」

 間違いなくわざとなのだろうが、あまりに自然な顔をしてそう問いかけてくるので本当に忘れてしまったのではと信じそうになるほどだった。

「そういや会長、昨日頼まれてた資料作ってきたけど」

「あら、早いのね。さすがだわ」

「昨日あんだけ脅しといてよく言うぜ……」

 昨日の夕方下校間際に突然託された資料作成に対して『申し訳ないけどそれ、明日までによろしくね。出来なかった場合は仕方ないけど、もう二度と仕事は頼まないようにするわ』とかなんとか過剰なまでの脅しを付け加えるような女に権力なぞ渡してはならないと、俺は昨日改めて感じたところだったのだが。

「一応チェックさせてもらうわね」

 俺が徹夜で仕上げた資料を受け取った彼女は一言も発することなく最後まで読み終えると、やはり無言のままその資料を机の上に置いた。

「何か問題あったのか?」

「そうね。細かい言葉遣いや言い回しで訂正してもらいたいところはあるけれど……大きな問題が一点あるわ」

 妙に真剣な顔をして、頭を抱えている彼女。俺は彼女がそんなにも顔を強ばらせる要因は何だったのかと必死に頭を巡らせながら彼女の言葉を待った。

「いい、奏多。この資料は校長先生を含む先生方やPTAの方々の手にも渡る大事な資料なの」

「それは聞いてる」

 だから慎重に作って欲しいと昨日念を押して彼女に頼まれていたこともあり、なるべく丁寧且つ簡潔で誤解のない言い回しで文章を構成したつもりだったのだが。

「じゃあ今すぐここを変えてもらえる?」

「ここって?」

 彼女が指差したのは俺が予想していたよりもずっと上の一文。

「この資料作成者の名前よ」

「……は?」

「この"神楽坂奏多"って言葉、正直私からすると物凄く不快な文字の羅列だから今すぐ書き換えてもらえる?」

 なおも真面目な顔をしてそんなことを宣う会長だが、どうやら俺はまた会長に一杯食わされたらしい。

「アンタなぁ……」

「やっぱりからかうと面白いわね、キミは」

 人の気も知らないでくすくすと含み笑いを漏らす彼女に、俺はとびっきりのため息で応えることにした。手を変え品を変え、ありとあらゆる方法を用いて俺をからかいたがる彼女だが。

「……ふふっ。やっぱり、キミをからかっている時が一番楽しいわ」

「はぁ……そうかい」

 彼女の後を早足でついて行くだけの俺をこんな風に可愛がってくれて、そんなことを言いながら俺にしか見せない笑顔を向けてくれる彼女と居られるならからかわれ続けるのも悪くはないんじゃないか、なんて日に日に調教されつつある俺がいて。

「はぁ……もう、笑い疲れたわ。次はどんな手を使ってからかおうかしら」

「……もう好きにしてくれ」

 それでもたまには手を抜いてくれてもいいんじゃないかな、なんてそんな贅沢なことも思う俺なのであった。


※こちらの作品はリレー小説となっております。



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