外伝・大和(贖罪)編
私は仮設治療院に来ていた。彼女の黒い霧の侵食は顔の左側と左腕にかけて広がっていた。彼女のために開けてもらった場所に彼女を寝かせ、処置のために鎧を脱がした。左肩も真っ黒になっていた彼女の状態はよくなさそうだった。
「こいつは…『屍毒』だ。」
ついてきた少年がそう言った。
「知っているの?」
「禁忌事項で詳しくは知らないが、全く知識がないわけじゃない。」
「治療法は?」
「第6階位の浄化回復魔法。できるか?」
私はうなずいた。ここは出し惜しみしている暇はない。
「『生きとし生きるものに再生の息吹を!『リーンカーネーション』』!!」
私を中心に半径1キロまで範囲を広げる。この場所に集められた負傷者は全員対象だ。その範囲にいるものを再生、追った傷を元に戻すこの魔法で彼女を侵していた黒い霧を浄化した。しかし、その魔法が効いた瞬間、彼女の左目から黒い液体が出てきたのだ。私は最悪の状況、彼女の左目が毒に侵されすぎたために『死んでいる状態』となり、魔法の効果で形を保てなくなってしまったという可能性が頭をよぎった。
「…やっぱり、間に合わなかったんだな。」
「なんで、そんなに冷静なの?あなたの知り合いでしょ?」
「左目も回復できるかもしれないと思っていたけど、それが間に合わなかっただけだ。彼女は生きている。そんな目ん玉ぐらいなら、錬成できるからな。」
「…『魔女の血』だったわね。一つだけ教えて。魔女は「マスターアルケミスト」だったから処刑された。その魔女は『古代遺物』を自作できる存在だったのにもかかわらずね。本当に全員死んだのかしら?」
「入念に調べたみたいだな。その懐疑は間違いじゃない。当然だろう?王族がいなくなり、政治を好き放題にできる存在がこの力を欲しないはずがない。ヘワード卿が『魔女の血』だったんだ。今日、そいつも殺したから気にしなくていい。ほんとうにもう『魔女の血』は残ってないよ。『古代遺物』クラスのクラフトができるのは…生き残っているけどな。」
「それは…あなたのお義父さんかしら?」
「…無駄話はもう少し後にしよう。彼女の眼になる『古代遺物』はあるんだ。」
そう言って彼は翡翠のような輝きを帯びた義眼を取り出した。
それはあのヘワード卿の目にそっくりなモノだった。
「それは?」
「『天啓の翡翠眼』っていう『古代遺物』だ。もちろん、あんたが予想しているようにあいつを殺害して奪った代物だ。こいつは魔法を発動する際に『マナ』ってものを集めるんだけど、それが見えるようになるんだ。」
「…後遺症は?」
「特にない。魔法が使えない子どもの時期に使用されることが多いんだ。これで『マナ』の流れがわかるから、魔法を操作しやすくなるんだ。それぐらいポピュラーな『古代遺物』なんだ。」
「…つまり、自作できるようなものなのね?」
「価値的には魔剣と同じくらいさ。それに…魔剣を凌駕する武器はあるからな。彼女、野々村京子だっけ?彼女を殺すのはまだ早かっただろうな。」
彼はその義眼を彼女の左目に入れた。彼女の左目は入れた瞬間に魔法陣が浮かび上がり、次第に彼女に取り込まれていった。
「…どういうことかしら?」
「お義父さん、あんたらが探している八神直樹は魔法で魔剣レベルの武器を作り出している。お義母さんに関してはあの人自体が『古代遺物』そのものだ。あんたらには万が一にも勝ち目はないんだよ。そんな化け物があの人を助けられないと思うか?」
「そう…そっか。してやられちゃったわね。大和君、あなたたちの居場所を知ってたんだ。それでこんなにタイミングがいいんだね。納得しちゃった。」
「おれはギルドから国民を逃がすため…なんでギルドはこの日程で反乱がおきるってわかったんだ?まさか…あの男は国民を逃がすためにこんな大規模な反乱を起こしたのか?」
「そっか。あなたも騙されたんだね?…だとしたら、あの約束は守らないつもりなんだろうなぁ。ねえ。あなた、私の計画に賛同してくれない?」
「…義理の兄を殺した張本人に手を貸すと思うか?」
「知っているなら、なおさら教えてあげる。大和はこの国から貴族を排除したら、自殺、もしくは処刑されるつもりよ。放火やこの国を破壊したのは全部自分だって言って。」
「…で?」
「死に場所は…たぶん王宮。あなたのお義兄さんを殺した奴が死んじゃっていいの?」
「…ふん。食えない奴だな。なら、同じことを俺も約束させてもらう。こいつを持って西側に向え。そこで有力貴族のベスタ卿と一緒に逃げろ。そして、俺があの男を自殺させなかったらでいい。奴がその逃げた先で何をしているかを逐一報告するんだ。『屍族』が復活した時点でもうこの世界に安全な場所なんかない。遅かれ早かれあいつらとの全面戦争が待っているからな。」
「なんで私に命令するのかしら?」
「決まっている。あいつらがもし『屍族』と手を組んだら、平穏じゃなくなる。そうなれば、この国にいるあの男も死んじまう確率が増えるだろう?約束とやらが何なのかはsらないし、知りたくもないが、このやり取りは互いに利があると思うぞ?」
私は考えた。発言から考えるに、こいつの利はおそらく「『屍族』の行動を予測しやすくなること」であり、私の利は「大和君の死亡率を下げること」ということになる。しかし、それが本当にこいつの目的なのだろうか?違うだろう。こいつの目的は「『大和』という怨敵が死なない限り、私が裏切らないと分かっているから、それを利用し、都合のいい諜報を用意すること」だ。そう考えると私のメリットはそんなに大きくない。この男は何らかの方法で大和を殺せる。そうなったときに私はこいつのウソひとつで好き勝手にできる傀儡になってしまうだろう。だったら、私にしかできないことでこいつを縛る必要がある。
「…『禁忌目録』って本はご存じかしら?」
「ああ。それがどうした?」
「『隷呪縛』であなたに約束してほしいことがある。それができるなら、乗ってあげる。」
「…内容によるな。」
「簡単なことよ。『大和君を殺さない。殺させない。』それだけ。」
「簡単じゃないな。俺が想定できないことであいつが死んだ場合、俺も道連れになる。」
「約束事項は『あなたが起こした行動によって大和君を殺さない、殺させないこと』ならいいかしら?今の状態だとあなたのウソひとつで私はあなたの奴隷になるからね。」
それを聞いた彼は少し驚いた表情になった。
「そいつは申し訳ないな。そこまでは考えてなかったよ。さすが、この国の裏事情に通じてるだけあるな。わかった。結ぼう。『我、彼の者、和宮大和を殺す、もしくは誰かに殺させるような行為はしない。隷呪を持ってわが身を縛ろう。』」
「感謝するわ。『この契りは我、大塚朱里がこの呪を解くまで有効とする。』」
彼はその呪いが刻まれた腕をさすり、こう言った。
「…いまいち理解できないな。あんたやお義父さんたちみたいにキレ者で能力がある連中がこの世界に召喚されたそうだが、なんで最初から協力しないんだ?」
「そうね…疑問に思うわよね。でも、私たちの世界にもあるのよ。見栄の張り合いみたいなのが。今、歳をこの世界で重ねちゃって馬鹿らしかったと思うけど…それをバカみたいだと思わない連中もまだいるからね。」
「…だが、あんたはあいつと一緒に行動するのをやめただろ?お前さんも…」
「同じにしないで。人…亜人を殺すことに快楽を覚える連中と一緒にされるのはいや。」
「そうか…あんたも約束は破るなよ?」
それだけ言うと彼はまだ横になっている彼女を観察し始めた。
こいつに言われるのは癪だが、私は私しかできないことをするため、自分の家に戻った。




