2話 騎士団とお出掛け
翌朝、日が昇る頃に鐘が鳴った。体感的に5時半位だろうか、町の中央にある教会の鐘を毎朝修道者が鳴らす。
別に何かを熱心に崇めていたりするものでもないらしい。結婚も自由だし、聖職者から一般の仕事への転向も出来るみたい。もちろんその逆も可能なのだそうだ。
しかし、時計が無いため適当なのか、日が昇って大分経つ頃に鐘が鳴ったりもする。
別に時間を知らせる鐘ではないのかも。
姉は眠ってしまって、木板に突っ伏している。町長の所へ行くのに顔中に痕を残して行くと、私まで笑われそうなので無理矢理起こす。
「お姉ちゃん、朝になったよ。起きて」
「むー…また今度ね…」
「今度っていつ?!早く起きないとお母さんの朝食を食べることになるよ」
「母さんの…ご飯?」
姉の寝息は止まり、体をプルプルさせて勢いよく体を起こした。
「起きる、起きたよ!ラナ、ボサッとしてないで準備するよ!」
(そんなに嫌か…)
母の料理は別に不味くはない、寧ろ何でも美味しくしようとするのだが、大体見た目がグロテスク。
八本脚の蛙に野菜詰めたものや、トナカイの角を生やした兎を目の前で捌かれるのを見させられる。
「食べるからにはちゃんと感謝の気持ちを伝えながら捌く、当然でしょ?」
と、椅子に縛り付けられ泣いている姉に、笑顔で凄む母はトラウマものだろう。
姉はそれから自分の御飯は出来るだけ自分で用意しようと思っているみたい。
私も正直気持ち悪いとは思っていたけど、精肉されるまでを社会見学していた前世の記憶があるため、今は平気になった。
「おはよう、ミル、ラナ」
「おはようお母さん、お父さんは狩り?」
「え?…あ、あぁそうね、お酒の在庫が無くなりそうだったから」
「そっか…」
慌てて理由を考えてるなぁ。
何かしているのは分かっているが、何をしているのかは興味は無い。
「ラナー、ご飯できたよー」
「分かった-」
姉は段々料理上手になってきたみたい。何処の嫁入りしても大丈夫かな?
「最近ミルはいつも朝ご飯自分で用意するけど、この店継ぐつもりかしら?」
「さ、さぁ?」
「ラナ、ミルといい感じな子いないの?」
「いないと思うけど、そういうのは余り口出さない方がいいと思うよ?」
まだ十歳の娘に何を言うのだろうか。
この世界ではそういうもんなのかな?私が知らないだけで前世もそうだったかもだけど。
でも姉の婿になる人なら料理と狩り以外出来る人がいいか。
武力を重んじていそうなこの世界では余りいなさそう。居たとしても文官とか?よく知らないけど。
町長のやる学校は町から少し離れた森の小屋に移った。
実技授業するのに町から移動するのが面倒だからだそうだ。
小屋と言っても案外広い。大体50坪の広さはあり、ここに通う子供達総勢20人には有り余りすぎる。
普段は訓練兵の遠征用で、寧ろ手狭になるそうだ。
私は座学は全て終えているので、町長と一緒に座学を教えている。
これは私が優秀と言うことではなく、私の他にもそういう子は科目毎にいる。
姉は実技の担当を任されているし、狩りの獲物を調理するのは姉しかいない。
「では、今から座学試験を行う。ミル、君はこの試験に合格すれば晴れて一人前と認めらる。その後親の仕事を継ぐも良し、王都へ技術を求めに行くも良し、そして…」
「あの、町長さん?そういう説明は受かってからの方が良いのでは?」
「ちょっとラナ!私が受からないとでも?」
「え、えっとぉ……」
言い淀んでいると、生徒達がざわざわと呟きだした。
「まあミルだし」
「ミルだもんな」
「ミルだからな」
「座学だけなら負けるやつの方が珍しいし」
「ミルはアホの娘」
「ラナの全身の垢を煎じて飲ませてもなぁ…」
「その垢は俺が美味しく頂きます」
「そこは『俺達』だろ?」
そんなに姉を馬鹿にしなくてもいいと思う。
ってか最後の方誰が言った?
「私は(一応)信じてるよ」
「ありがとうラナ~。何か間があったのが少し気になるけど」
「ソンナコトナイヨー、徹夜してまでも勉強したんだし、余裕だよ。お父さんもお母さんも合格の報告楽しみに待ってるだからしっかり!」
「父さんはともかく母さんに不合格でしたなんて伝えるのは……」
青い顔しながらあわあわしているようだけど、そんな余裕無いと思うけどなぁ。
問題チラッとみたけど、付け焼き刃だし五分五分といったところか。
試験は今までの総復習が行われる。個人的に歴史学や神学とか個人的にどうでもいい(苦手)な科目がなくてほっとしている。
前世では社会科全般が駄目駄目で、世界史以外は赤点スレスレと残念な頭をしていたし、宗教なんて関わった時点で人生終了すると教えられていたし。
勉学はこの世界では余り重要視されていないのか?
試験は問題の書かれた羊皮紙を科目毎にそれぞれ配られる。
紙は木でできた物はなく羊皮紙のみで、量産が難しいことからかなり高価な物らしい。
紙の造り方なんて特に必要性を感じなかったので無くても問題無いが、気軽にメモや資料をまとめられないのは少し面倒か。
私は採点もやるため先に全科目をやらされた。
内容は小学生程度、……馬鹿にしているとしか思えない。
採点結果だが、残念ながら全員合格してしまった。
残念というのは私の意見ではなく、ここにいる町長や生徒達の意見だ。
こいつら姉が合格点に届くか否かで賭をしてやがった。
勿論私は合格に賭けて町長からお金を巻き上げておいた。
「子供がそんな大金どうするんだ?」
「……これは姉のお金にするつもりなので、町長さんの知るところではありませんよ」
私の中の町長株は下がり続けている。
「はぁ……。えー本来例年通りならこれから実技試験を行う予定だったが、ここにいる卒業予定者は既に試験を終えている者のみだ。国から遠征に来ている騎士団の計らいで、直接指導して下さるそうだ」
ん?何だか嫌な予感。
「例外的にラナも卒業生の一人として数えているので、逃げずに参加すること。以上解散!」
また危険性のあるイベントを用意しやがって……。
それに例外なら私は別に参加する必要は無いと思うんだけど。
遠征に来た騎士団は、去年配属されたばかりの若い人ばかりだ。
初めての遠征なのか、どことなくピリピリとした緊張感が漂う
この国の兵は徴兵制ではなく志願すれば誰でもなれる。にもかかわらず人数がいるのは待遇の良さだそうだ。
言葉は悪いが、貧民層は子供を身売りする形で無理矢理騎士団に入れさせられる。
生まれたての赤ん坊も、対象となるのでイメージとしてはとても酷く感じる。
私としては孤児院みたいな所だと認識している。
ただ、扱いはしっかりしているようで、孤児だからという差別や年功序列ではなく完全な実力主義。
代々の国王は血統ではなく、幹部から選ばれていたそうだ。
無能な権力者が国民を苦しませるのは実に愚かなことで、生産性にも欠けるとか何とか。
だが、今までの国王は未だに血筋の者しか継承していないそうで、中々のし上がるのは難しいみたい。
DNA的な問題なのか……、やはり血には勝てないらしい。
騎士団が私たちの前に整列すると、中央から身体全体をプルプルさせたお爺ちゃん兵が現れた。
……年功序列は無いと言っても、ご老体は労ってあげて!
「初めて若人達よ!ワシはイースカレオ国のクリム・クライだ!」
見かけとは裏腹に、よく響く威厳のある大きな声で、まだ幼い子供は少し涙目になっている。
「今回、若い衆が訓練のためこちらに身を置かせてもらうわけだが、どうか偏見の目で見ず、一人の人間として扱って欲しい。また、対人訓練は行っているが、未だに野生の動物や魔物を相手したことがない。そなた達は普段の狩猟方や、町の住人がどのように過ごしているのかを教えてやって欲しい。宜しく頼む」
そう言ってクリムさんは頭を下げる。階級を言わなかったのは何でだろ?
まぁ聞いてもよく分からないと思うから別に良いけど。
男の子達は普段見ている町の駐屯兵ではなく、若くても騎士という事でとても興奮している様子。
「では、各員子供達に付き、より一層の技術を……」
(ん?)
バタッ!
「ク、クリム様!?」
「クリム様?!」
(え、え?倒れちゃったよ?)
しかし、騎士達は何事もなかったかのように担架で小屋に運び出す。
「あ、あのう、クリム様は大丈夫なのですか?」
「ええ、いつものことなので心配は要りませんよ。張り切りすぎるとああなるので……。私達も最初はオロオロするしかありませんでしたよ、ハッハッハッ」
笑って説明しているが、とても笑い事では済まされないはず。
「早速ではありますが、狩猟に赴きたいと思いますがよろしいですか?」
「あ、はい」
町長はまだ事態を飲み込めていないのか騎士と小屋交互に見ている。
私と一緒に行くのは三人の騎士、見た目年齢は大体高校生位に見えるから、15~18歳かな?
着ている鎧が同じだから何だか間違えそうだ。
「初めまして、今回ラナ殿と御一緒させて頂く私ザナカンダと右手アーバーン、左手がファイです。ラナ殿は狩猟が苦手だと聞いていますので、主に採集の御願い致します」
「よろしくな」
「よろしくね、ラナちゃん」
「は、はい!宜しく御願い致します」
「おいお前達、こちらは教えてもらう立場なのだぞ?相手が年下とは言え少しは敬意を払え」
「は?何で俺がそんなこと……」
「あ、いえ、畏まらなくても大丈夫です、寧ろそうして頂いた方が気が楽です」
ザナカンダはかなり几帳面というか生真面目な性格なのか?こういうの苦手だなぁ……。
それにいくら年齢を気にしないと言っても、7歳の幼女相手にそういう態度はやり過ぎなのではないのか。
「ほら、こいつもこう言ってんだしいいだろ?さっさと行こうぜ」
「あ、おい……」
干渉しないでくれるのなら助かるからいいけど、これから行動を共にすると思うとうんざりする相手だな。
「ラナちゃん、あいつとあんまり関わらない方が良いよ?」
「え、何でですか?」
「んー、プライドが高いやつだからね、面倒かもしれないけど、絡んできたら適当に持ち上げて逃げてね」
ファイは声を聞くまで男だと思っていた。フルフェイスの兜被って、手もガントレット付けているし見た目じゃ判断しにくい。ごめんなさい……。
女性が騎士になるなんて珍しいからこんな格好しているのかな?
前世では余りいいイメージがない「女騎士」という単語だが、それがどうしてなのか思い出せない。
寿退社とかそんな幸せな話ではなかったような……。
「ではラナ殿、アーバーンを見失う前に追い掛けましょう。道中の魔物や獣はお任せ下さい」
「は、はぁ」
仮にも騎士団の一人なのに集団行動取れないってかなり問題なのでは?
採集が基本なので、籠とお鍋を背負って急いで準備を済ませる。
森の中へ進み道中に生えている野草やキノコを採取していく。ザナカンダ達は周囲を警戒して魔物の奇襲に備えてもらう。
昔の猪みたいな事もあるので非常に助かる。
アーバーンとファイには聞こえないように、ザナカンダに対して疑問に思っていたことを聞いてみる。
「ザナカンダさん達は狩猟の経験がお有りなのですか?」
「ええ、私達は場所は違いますがそれぞれ経験済みです。私は村の出身なので二人よりも得意なのですよ」
「それにしてはとても言葉遣いがしっかりしていますが、それは村特有なんですか?」
「いえ、村特有の訛り方が酷かったようで、国に行くには治した方が良いと言われたので。今ではどんな訛り方だったのか覚えていませんよ」
「方言ですか……」
「ホーゲン?」
「あ、何でも無いです」
ある程度の言葉は通じるのにたまに通じない言葉があるのは難儀だ。
ある程度採取してからザナカンダ達を集める。
「えっと、この辺りに生えていて使えるのはこの種類になります。これ以外は基本食べられなかったり毒があったり、毒があるか不明の物が多いので極力手を付けないようにお願いします」
「はい、分かりました」
「あ?何で手を付けちゃ駄目なんだよ?」
(え?)
毒キノコを不用意に触らないのは普通のことじゃないのか?
こちらにあるのか知らないが、もしカエンタケのような触れただけで皮膚がただれたり、クリタケとニガクリタケが一緒に群生していると見た目だけでは判断付かなかったりと、不具合多そう。
マツタケも結局毒としている場合もあるから食べられるイコール毒無しとは限らないけど。
「それは触っただけで毒を受けたり、稀に至近距離に近づくと毒粉を噴き出す物や魔物化して襲ってくることがあるので」
「何それ気持ち悪い……」
「キノコの魔物化ですか……王都では聞かない話ですね」
何でザナカンダは目を輝かせているんだろ?普通気持ち悪くない?私とファイの方がおかしいのか?
「今分かっている物で、魔物化するキノコの見た目や特徴として毒キノコのみなです、なので今私が持っているキノコ以外は採らないよう注意して下さい」
「……分かった」
気のない返事だな、一回ベニテングタケでも食べてみろ!
「この先に川があるので、そこを拠点としましょう。皆さんが採集している間に魚を獲ってちょっとした料理を作りますので」
「そういえば御飯まだだったねー」
「ではファイはラナ殿に付いてやってくれ。私とアーバーンで採集をしよう、頃合いを見て信号弾を打ち上げてくれ」
「緊急用を打ち上げるなよ?」
「そんな事しませんー」
ぷりぷり怒っているファイを尻目に奥へと進んでいく二人を見送り、私達は川に向かう。
川は透明で、日本にある主要な川と大違いだ。川に不法投棄する者もいないし、荒らす人がいないから当然と言えば当然か。
「おおー、魚がいっぱいだね!」
泳いでいる魚を見てとても大喜びしているファイは一体いくつなのだろう?
年相応に見えることのない私に言われたくないだろうが。
ファイに竈を作ってもらうように指示し、私は腰に差しているナイフに糸を巻き付け、投擲で魚を刺して獲っていく。
木々の陰に入る警戒心のない魚は、水面下をゆったりと泳いでいるのでやりやすい。ナイフの片刃を予め削っておいたので、抜けることはない。
「ラ、ラナちゃん、釣らないの?」
「獲るとは言いましたが釣るなんて一言も言ってないですよ」
「そうだけどさ、何か思ってたやり方が違うというか、もう少し穏便にと言うか……」
「釣り用の針を持ってくるのを忘れてしまったので仕方ないのですよ」
「だからってナイフ投げて突き刺すのは……」
「食べる分だけしか殺さないのでご安心を」
「いや、違くてね?」
何かぶつぶつ言い出したがそんな事は気にしない。
私も稚魚の時があったけど、食べるために殺されるのではなくて、卵から出るところを人間の指で潰されるという意味の分からない殺され方をしたのだし、別に良いよね?
遊びじゃないんだよ!
一人二匹、私は一匹でいいので計七匹獲った。
魚は頭と尻尾を切り落として、骨も丁寧に獲って草の葉に置いておく。丸囓り出来るように棒に刺して置こうと思っていたのだが……。
「アーバーンは魚の骨があると怒るのよ」
(子供か!)
お前が子供だろと言われたくないので胸中で突っ込んでおく。
「そういえば火はどうするの?」
「あ、竈出来たんですね。火打ち石持ってきたので今から付けます」
「魔法で付けないの?」
(まほう?)
首を傾げて少し考え込む。
(まほう……麻保?人の名前か……マーホウ豆、嫌違う……何て言った?)
「あ、あの、何て仰いました?」
「魔法って言ったの。知らない?」
「そ、それはその……火とか水とか風とか起こすとかそんな感じの?」
「なんだ、知ってるじゃない」
私は完全に思考停止した。
大分投稿に空きが出ましたが、何とか投稿です。手洗いうがいって大事なんだなぁ(´×`;)