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1話 物凄く生温い不幸

「ラナ、お客さん案内してあげて。お母さんこれから駐在所にご飯届けてくるから」

「…分かった」


 私は母『メリア・ダンスク』に返事をすると、今入店してきた無精髭を生やし、革の鎧や薄手のマントを着た男達を、空いているテーブルへ足元に注意を促しつつ案内する。

 テーブルの側には私の踏み台が設置されているので、分かっていても結構それで躓いたりするお客も多いからだ。







 ここはイースカレオ国南東に位置する町で、その名も『イースカレオ南東部』。


 …正直私がこの世界の言語や文字を覚えて町や国々ついて色々調べてみたが、安直を通り過ぎて思考停止の町名に思わず二度聞きしたほどである。


 他の国の町や村でさえちゃんとした名前があるにも関わらず、何故かこの国にはそういう名前が一切無い。町はここ以外に七つあるが、『イースカレオ北部、北東部、東部…』と国から町のある方角を指す町名が付けられている。

 村も同様で町周辺に八つの村があり、この名前も『イースカレオ南東北部、北東部、東部…』と、逆に分かりにくいのでは無いかと思う名前になっている。


 村は基本的に遠征するときの休憩所のようなもので、町から直接国に行こうとしても最短ルートで三日はかかる。


 私が産み落とされたのは先祖代々酒場兼食堂を父親『アルバータ・ダンスク』が営んでいる『ダンスク亭』で、特に何か問題を抱えていたりしないごく平凡な家だ。


 ただ、平凡と思えないのは、料理勝負をして負けた先代は別の場所に店を構えなければならないらしい。

 料理に関して特に興味も無いため別にどうでもいいが。


 生まれた時、厳密には0歳児のことは余り記憶にない。

 すぐに殺されるんだろうなぁ、と思っていたのに、一向に殺される気配がない。

 産声を上げずに出産されたことで、息が出来ていないのかも知れないと思いっきりお尻を叩かれたときは、拷問で殺されるのかと心の中で震え上がっていた。


 殺され待ちということもあり、いつも眠って死ぬときの苦しさを無くそうとしていたが、この家にはそんなことする気配もなくそのまま平和に過ごしていた。




 這うことが出来るようになってからは兎に角がむしゃらに動き回って力を蓄えていくことにした。赤ん坊の這うスピードで逃げても無駄なのは分かっているが、体力作りは重要だと思う。

 と言うのは実は建前で、追い掛けてくる三つ年上の姉『ミル・ダンスク』から逃げていただけだ。


「まてまてー」

(ひぃぃ)


 満面の笑みで追い掛けてくる。ただそれだけならいいのだが、何故かその手には果物ナイフを装備している。


 両親共に仕事中なため、助けてくれる人はいない。兎に角逃げるしかない日々を送る。





 2歳になったが、姉は相変わらず追いかけ回してくる。私も立てるようになっているので、すぐに追って来られないような狭い場所へ隠れるが…。


「今日はかくれんぼ?さぁどこにいるのかなぁ?」


 そのニヤッとした顔だけ見れば普通の少女だが、相変わらず果物ナイフを装備している。


(…両親よ、何故取り上げないんだ!)


 平均年齢より早めに喋ることが出来たので、両親のいる一階に聞こえるよう声を挙げることも出来るが、「なにもしてないよ?」とすっ惚けた姉を咎めないので、オオカミ少年の如く私の話は信用されない。



 3歳になった頃、姉は町の学校のような所に行っている。ただ、私も(強制的に)連れて行かされる。


 町長が自ら家に招き教えているだけなので、寺子屋の方がイメージとしては良いのか。

 最低限の読み書き計算が出来れば良いだけなので、内容は非常に簡素なものだ。


 私も一緒に勉強するが、中々に覚えられない。前世、というか日本人の時の記憶が邪魔をして、なれない文字を新たに覚えるのはかなり苦痛だ。


 そのかわり、計算はやり方が同じなので、問題無く解ける。数字は見たことない文字なので先に覚えないと解っても不正解なのが辛い。


「ねね、ラナ、この計算解る?」


 隣に座っている姉がヒソヒソと話し掛けてくる。計算が苦手なのか、手元の木板に書かれた答えが全て間違っているのが見える。


「駄目だよ、町長さんに怒られるよ?」

「大丈夫大丈夫、ラナと私は二人で一人前なんだから。何て言うの?運命共同体?」

「じゃあ怒られるのは姉妹揃って怒られるかい?」


 ゆっくりと視線を上げると町長が目を細めて和やかに、ただし目はピクピクしている。


「ミル、君は狩りの授業は大変良い成績だが、座学はからっきしだな」

「ちょ、町長さん待って、私はラナに解説してもらいながら自力で解こうと…」

「じゃあこれ追加で解いてみようか、大丈夫、君達ならやれる」


 一日一枚のA3サイズに問題の書かれた木板を渡されるのだが、十枚近くある木板を姉の机に置いた。


「ラナ、ずるして君が一方的に解かないように」

「はい…」


 姉は目の前に積まれた木板を見て、生気を失った目をしている。ご愁傷様。


 狩りは父親自身が店の料理に使う食材を取りに行くときについて行っているようで、この前は猪のような見た目の大きい獲物を一人で狩ってきたらしい。姉が一番前世の記憶にある小説

で出てくる主人公なのではなかろうか。


 父親は「流石俺の娘」と言って誇らしげに笑っていたが、これが普通なのかと戦慄した。


 私は狩りに出かけてもどうせ殺されると悲観しているので、関係ないと言って参加しなかった。




 五歳になった頃、姉も出来たのだから妹の私でも出来ると、「大丈夫、ミルもその年には狩り出てたんだ」と、意味の分からない理屈を並べて父親に担がれ森の狩り場に連れ出された。


 私が父親と離れないようにくっついて移動していたが、予想通りというか出て来て欲しくなかった。

 姉の狩ってきた猪よりも大きい、大体体長5メートル位のが出てきた。


「ふむ、少し大きいが問題ないな」

「えっ?」

(問題しかないでしょ?!)


 父親は何を思ったのか、私を猪の前に押し出し、「見守っているからな」と声を掛ける。


 猪は鼻息を荒げ、ターゲットを私一人に絞ったようだ。獅子は千尋の谷に突き落とすとは言うが、私は獅子ではないのでやらないで欲しい。


「ラナ、ボサッとするな、来るぞ」


 猪はそのまま私の方へ突っ込んでくる。猪突猛進とあるように一直線に来るから横に躱せば問題ないと思い、横に飛んで躱す…事は出来なかった。


 猪は瞬時に速度を落とし、躱した先に方向転換してきた。


(あ、これ駄目なやつだ)


 結果跳ねられ、背中から落ちて呼吸が出来ない。減速してくれたおかげか、即死ではなかった模様。

 こんなに痛い思いするくらいなら避けなければよかった。


 父親に助けを求めるため首を回すが、元いた場所にはいなかった。


(あぁ、見捨てられたのか。流石にあの巨体はお父さんといえども狩るのは難しいか)


 何とか逃げるしかない、何とか立ち上がって猪の方へ向くと、猪と父親が対峙していた。


「よくも娘を、娘をおおおぉぉ!」


 叫びながら猪に突っ込んでいく父親。


(いやいや、あんたのせいだよ?!)


 父親は大きく跳び上がり、猪の首に持っていた中華包丁のような包丁を一閃する。


 ドスン大きな音を立てながら崩れ落ち、父親は私に顔を向けてニッコリと笑ってみせる。


「もう大丈夫だぞ」

(全然大丈夫じゃない…)

「まさか方向転換すると思わなかったが、それにも対処できないと駄目だぞ?」

「……」

「ん、どした?」

「ば…か…」


 そうして私は限界だったのかその場で倒れ、最初で最後の狩りを終えた。







 話は冒頭へ戻り、私はお客が全員席に着くのを確認して注文を取る。


「ご注文は何になさいますか?」

「とりあえず人数分の酒と何でもいいからつまみ持ってきてくれ」

「かしこまりました」


 そのまま注文票を手に父親のいる厨房へと向かう。とても忙しい時間帯もあってか余裕のないその姿は少し怖いものを感じる。ウェイトレスは雇っても、調理場を一人でこなそうとするのは何故なのか?


「お父さん、八番テーブルにお酒四つとゆで豆四人前お願い」

「ん、分かった。…この料理を十一番テーブルに持って行ってくれ、持てるか?」

「大丈夫」


 私の父親から渡されたお盆を両手に抱え、指定されたテーブルに向かう。

 本来なら私のような幼い子供ではなく、ちゃんと動ける人に任せた方がいいのだが、人手不足の状況に子供も大人も関係ない。


 と言うのは私が無理を言って提案した事であり、私に任せられるのは一人二人のお客相手ばかりだ。本当はこんな事させたくないだろうけど。


 私は指定されたテーブルに目を送ると、お酒が空になった少し大きめのコップが散乱しており、幾つか倒れているコップにはまだ少しお酒が残っていたのか、テーブルから床に滴り落ちている様子が見て取れた。注文したであろう男はテーブルに今にも突っ伏しそうになっているのか、体を支えている両腕が震えている。


「お待たせ致しました、お酒と魚の煮付けです」

「おお、嬢ちゃんが持ってきてくれたのか。ありがとうな」

「…いえ」


 私が料理を置いて去ろうとしたら肩を掴まれた。急な出来事に思いっきりビクついていると男は少し声のトーンを下げて言った。


「おい嬢ちゃん、もっと愛想良くしたらどうだ?それとも何か、俺が気に食わないのか?」

「ひっ…」


 男の顔をよく見てみると、やはりかなり酒が入っていたようで、少し目の焦点が合っていない。口からは異臭とも呼べるほど強烈で、酒だけのものではないだろう、思わず鼻を摘まみたくなるがここでそんなことをしてしまえば更に怒りを買うことになる。


 私は震える体を持っているお盆を強く握りしめて抑え込む。


「ごめんなさい、私感情表現が苦手で、お兄さんの事が気に食わないとかじゃなくて…」

「そうかそうか、なら仕方ないな。…なんて言う訳ないだろ!」


 感情表現が苦手というのは少し語弊がある。感情が表に出ないだけで、声色や内心ではきちんと喜怒哀楽を表現できる。


 これは産まれたときからであって、今までの影響ではない。


 私は男の手の甲で頬を殴られその場に倒れる。

 こうなる可能性も分かっていたが、いざやられると恐怖で体が震え、脚に力が入らなくなる。


「おい、体だけ震わせて尚も無表情とか馬鹿にしてんのか!?」


 男は更に私のお腹めがけて蹴り飛ばし、他のテーブルの足場に背中をぶつけ咳き込む。

 咳き込んだ事で多少は体に力が入るようだが、それでもお腹と背中の痛みで体を起こせないでいる。


「ちょっとラナ大丈夫?!」


 駆けつけてくれたのは姉だ。やや赤みがかった髪をポニーテールにし、店の制服でもある緑色のエプロンの下に薄茶のシャツと、動きにくいからとフレアスカートを斜めにアシンメトリーさせたものを着ている。


「ちょっと!私の妹になんて事すんのよ!」

「あ?知らねぇよ、勝手に転んだだけなんじゃねぇの?言いがかりすんじゃねぇよ」


 反論出来ない姉を見るに、この忙しい時に現場を常に見渡すスタッフはいない。

 そして、男の言っていることが嘘か本当は関係なく、基本店主が口を出さない限り此方からは手は出せないのが決まりである。


 店主である父親も厨房から出て来そうにもないし、他のスタッフも手が出せずおろおろした表情をしたまま固まっている。


 私は何とか姉に大丈夫だからと伝えたくても声が出る気配もない。情けないことだ。


ガタッ!ガタッ!


 あちらこちらから一斉に椅子から立ち上がるお客が見える。その表情は極めて穏やかな微笑みをしているが、目が笑っていない。


「よう兄さん、随分楽しそうなことしてんだな?ちょっと他で一緒に飲み直そうや」

「ああ?んだてめぇら!」

「いいからいいから、良い店知ってんだぜ。凄く気持ちよくなるって評判なんだ、俺等の奢りでいいからよ」

「ほぅ、ガキ相手にするよりは楽しめそうだな」

「そうそう、きっと喜んで貰えるぜ?いいやつも沢山いるしな!」

「そいつぁ楽しみだな」


 男はニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら、誘ってきた男達と一緒に店から出て行く。


「ラナ大丈夫?痛む?」

「だ…いじょぶ、今、片付けるから」


 痛みはまだまだあるが、あの酔っ払いが出て行ってくれたおかげで体の緊張が解け、脚をプルプルさせながらも立ち上がり、テーブルの上を片付ける。

 父さんの作った丸々残った煮魚を見ていると無性に悲しくなってくる。




 こんな事は日常茶飯事で、今回が初めてというわけではない。五歳の時から仕事を手伝うようになって、よく暴行を受ける。


 父親も最初は庇ってくれていたが、今では庇うどころか余り目を合わせてくれない。トラブルメーカーとは誰だって一緒にいたくはないか。


 店の中にいたお客は全てさっきの酔っ払いと出て行ってしまったため、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返り、スタッフが片付ける食器の音しか聞こえない。

 別に私語厳禁というわけではないのだけど、こういう状況では皆も声を出しにくいのだろう。


(皆、本当ごめん)


 口に出さないのはお互いフォローのエンドレスになってしまうので、心の中でそう呟く。


「ミル!ラナ!片付けは他の奴にやらせればいいから上がっていいぞ!」


 厨房から怒鳴るような大きな声で部屋へ戻るよう促される。私は急いで今持っている食器を厨房に持っていき、店の奥の部屋へ引っ込む。



 私は濁った立ち鏡の前に行き、暴行を受けた箇所を見てみる。

 手加減無しに殴られたようで青痣がくっきりと残ってしまっている。


「無表情…か」


 呟きながら立ち鏡の少し綺麗になっている部分で自分の容姿を改めて確認してみる。髪は母親譲りの栗色でセミショートにしており、髪を落とさないようにとおでこを見せるようにバンダナで止めてある。

 顔は殴られた頬が痛そうに少し腫れていて、それでも尚無表情でいる自分を見て少し苛立ちを感じる。


(あの人も同じ感想だったのかな?)


 体型は周辺の子供達を参考にするとやや痩せ気味で、身長も少し低いようだ。


「ラナ、手当てするからこっちにいらっしゃい」


 水に濡らした布で私の体を拭いていく。冷水が傷にしみて痛む。


「今回のやつは酔っていた分手加減無かったねぇ、傷残らなかったらいいけど」

「そだね…」


 どうせ殺されるんだからどうでもいいというのと、心配掛けて体を気遣ってくれる姉に対して曖昧に返事を返す。


「はい、お終い。さっさと食べて今日はもう寝よ」

「ん…」


 フードカバーを開けて料理を口にする。いつ作って持ってきたのか、スープはまだ熱いと感じるくらいには温かかった。


「ホント、何でラナはそんなに絡まれやすいんだろ?」


 ビクッ!


「ラナの無表情は有名なはずなんだけどなぁ。この町に来たばかりなのかな?」

「さ、さぁ…」

「私もラナには余り表に出て欲しくないけど、窮屈だろうし…、うーん…」

(な、何?急にそんなこと言い出して…)


 うんうん唸って考えている姉に私は嫌な汗が出る。


「まぁ、私とラナ二人で一人前だし、私がラナを守るよ」

「お姉ちゃん…」


 うん、流石私の姉だ。


「だから、その…勉強面では私を助けてね?」

「……」

「あ、その間は私のこと内心冷ややかな目で見てるな?」

「ソンナコトナイヨー、オ勉強タスケルヨー」

「言質とった、取ったからね?撤回無しよ?」

「…うん」

「さっすが私の妹!」


 いつも流されてることだけど、まぁいいか。

 姉がいれば私は不幸じゃない、痛い目見ても別に構わない。


「これで明日の宿題もばっちりね」

「明日座学中心のテストだって言ってたよ?」

「……ラナちゃん何とかならない?」

「ならない」

「徹夜しよう、そうしよう、今すぐ宿題持ってくるからそれパパッと終わらせて座学の勉強を朝までやろう」



(……幼い体で徹夜なんて出来るわけ無いでしょう)

 赤ん坊時代から7歳の日常です。


 余り文字数書けないですが、マイペースでやらせて頂きたいです。(゜゜)(。。)

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