趣味中毒者バルタザール
やあ。魔王軍の参謀なんてものを任されてるバルタザールだよ。
ユキオオカミって種族なんだけど遭難してた人界人を助けてからそう呼ばれる様になったらしいね。人界にいる狼って動物と似てるかららしいけど、本物をいつか見てみたいもんだ。
人界といえば、魔王が嫁にもらったリオネッサ。彼女はいい。
人界の知識が入り易くなったし、彼女が突飛な事をしても言っても人界出身だからで多めに見られて周囲と衝突しないし、魔界にはほぼなかった概念『かわいい』で無自覚に周囲を魅了状態にしてるから、そもそも反対する輩が出ない。
マルガもアルバンさんも甘やかしまくってるし、非公式ファンクラブなんてものまでできたし。
俺もいろいろ助かってる。人界のものを見るとインスピレーションが湧くんだ。実験の助手も積極的に務めてくれるし、何より素直で人の言う事きちゃんと聞いてくれるし。ここ、重要だよー。
彼女のおかげで新発見があったりするし、うんうん。幸運の女神って感じかな。
特に、彼女を追いかけて来た幼馴染のゼーノなんか面白い実験体になってくれて、毎日実験のし甲斐があるよ、本当。
エルフィーにも驚かされた。それはもう驚いた、驚いた。彼女に懐いてるし。
蛾か蝶でも出てくるかと思ってたら人型が出てくるし、とてつもない魔力の持ち主だし。
面白いのは命名してもらいたがってたリオネッサにじゃなく魔王に命名されてた所かな。しばらくはリオネッサがあやしても拗ねてたっけ。
魔素濃度の異常はエルフィーの成長具合に関係があるみたいだし、もしかして危機一髪だったのか? ……まさかな。
もしそうだったとしてもエルフィーの名付け親はもうフリッツなんだし、フリッツがいれば問題ないだろ。
それよりも馬なし馬車の名前を考えないと。適当に付けてもいいけど、腹を抱えて大笑いしそうなのがいるからなあ。………面倒だからリオネッサに投げておこう。それなら大笑いするのはゼーノだけだしね。
馬なし馬車はリオネッサが嫁入りしてくる時に乗ってきた馬車を見て思いついたんだ。
魔界の移動手段は自力で行うものだったけど、人界は違う。
自分達が弱い事を自覚して、それを克服する為に知恵と道具を、腕力以外を使ってきた。魔界では絶対に有り得ない事だ。
だからなんだろうな、魔力も力もないくせ、過去の大戦でも絶滅しなかったのは。
繁殖能力も高いし、手先は器用だし、弱いからって侮れない。実験器具も魔界より充実してたし。
自作した物より使い勝手がいいもの見付けた時なんか、もう、ねえ……。いやもう本当、もう少し早く人界に興味を持っていれば、って心底思ったよね。引き籠るのも大概にしとかないと損するって痛いほど思い知ったよ。
実際、実験室に籠ってるだけじゃわからない事や、実感できなかった事、思いつかなかった事なんか山ほどあった訳だし。リオネッサ様様って感じだよ。うんうん。
魔王はいいお嫁さんをもらったよ、本当に。最初は何の間違いかと思ったけど。人界からの刺客か間諜だとばかり。普通、あそこまでの強面に恋して嫁入りするとか考えないから。
お人好しな魔王はともかくアルバンさんまで骨抜きにされてたもんだから、こりゃあ俺が気を付けないと、って構えてたら魔王並みのお人好しで、しかもそこいらにいる蟲より弱いただの人間の娘だった。正直、拍子抜けしたね。ただの娘じゃなかったけどさ。
魔王に恐怖を抱いていたくせ、それを無理矢理ねじ伏せて傍にいるとか、正気を疑ったよ。正気だった訳だけど。
魔界に来てからは案の定、連日魘されたり、叫んだり、気絶しかけたり。見る見るうちにやせ細っていったっけ。
周りが心配してあれこれ世話を焼いても逆効果だったし、余計に一人で抱え込んで。あの頃は悪循環ばっかりだったな。
とうとう倒れた時の事なんて、思い出したくないね。
いくら俺が医者の真似事してるからって、診察しろとかさ。真似だけで医者じゃないし、頑丈でよっぽどの事しなきゃ壊れない魔界人と違って、何しても壊れそうな人界人の治療なんてできる訳ないじゃないか。
せいぜい、彼女がよく口にしていた果物や野菜をジュースにして飲ませるくらいしかできなかったよね。目を覚ましてくれてよかったよ、本当に。あそこまで取り乱した魔王は初めて見たよ。ハア。二度と倒れないで欲しかったんだけどね。
聞き取り調査をしていく内に原因は食文化にあるって判明した訳だけど、そこから人界研究が盛んになっていくんだよなあ。今では魔界風料理に戻りたいと思えないね。
俺達が口にしていたのは料理じゃなくて栄養だけだったんだろう。今までそれで良しとしてきたのが不思議なくらいだ。いや、本当に。
皮が赤くて、中身が赤くて、割れば真っ赤な汁がしたたり落ちるベニーモも怖いと涙ぐんでいたのに美味しいタルトにしちゃったし。けっこう根性あるよね、彼女。
魔界植物を組み合わせて劇薬を開発したり、調味料を作ったりと、リオネッサも魔界に慣れたもんだ。いつの間にか緑竜翁とも顔見知りになってるし。
……考えてみれば魔力の強い奴らを軒並み誑し込んでないか? 魔王然り、アルバンさん然り、マルガ然り。ついでにエルフィーも。いや、でも魔力の弱い奴らもリオネッサに心酔してるしな……。人界人のゼーノはリオネッサを雑に扱ってるから、魔界人限定という事だろうか。
――なんて考察に意味がないことくらいわかっている。皆、一様に彼女の人柄に惹かれているというのは火を見るよりも明らかだ。
先天的能力や生態技能に寄るものならまだ防ぎようもあるんだが、本人も無自覚だしなあ。
人界への旅行も控えているし、魔王の心労は極力減らしておきたいんだが。人界でエルフィー以上に厄介なモノを引き寄せちゃったらどうしようか。
でもまあ、魔界生物以上に厄介なモノはそうそうないだろうし、護衛も増やすし、問題はないだろう。……不安だ。
本人はどこにでもいそうな平々凡々とした人間なのに妙なモノを引き寄せすぎるのがリオネッサだ。警戒しすぎても無駄ということはないだろう。
護衛を付けたのに行方不明になった実績がある訳だしね。ほんっと怖い。エルフィーが傍にいる限り他を寄せ付けないから大丈夫だろうけど。………不安だあ~~~~~~。
俺は留守居番だからいろいろ持たせておこう。人界で問題にならない程度だとこの辺のアレとかソレとかコレとか……。あとは何があったかな。どうせだから新しい物もいくつか作っておくか。
やる気とアイディアが出てきたぞ。これならすぐ作れるし、やってしまおう。
……ん? ノックの音が……。アルバンさん? こんな時間にどうしたんですか? え、夜食を? わざわざありがとうございます。良い匂いですね。
へえ、なるほど。紅茶も新しいブレンドを試してみたんですか。美味しいですね。クロワッサンサンドも美味しいですよ。具は何を……、あれ? 何だか、瞼が、重く………。
「ふうむ。効き目が抜群ですね。人界へ持っていくにはもう少し調整が必要ですか。安眠効果のあるお茶なら人界でも受けそうなんですけどねぇ……」
バルタザールも甘いです。