たまごのようなまゆっぽいもの
「なんだこれ」
「なんでしょうね」
「うーん……」
戻ってきたゼーノ、ホルガ―さん、バルタザールさんがわたしの膝の上にある丸いものを見て首をひねった。
「なんなんでしょうね……」
青みがかっていて、わたしの両手で抱えるとちょうどよいくらいの大きさだ。卵のようにも見えるけれど、触ってみるとふかふかとして繭のようだった。けれど繭のようにもろくはないとすぐにわかった。ゼーノが魔術を使ったからだ。
想像してほしい。両手に持っていた丸いものからとつぜんガキィン! と音がする場面を。
「切れねぇな。ずいぶん丈夫じゃねぇか、コレ」
はらりと前髪が数本落ちた。わたしの。
「いきなりなにやってんの?! 魔術?! 魔術使った?! わたしが持ってんのに?! バカ?! アホ!!!!」
「あァン? ンだゴルァやんのかァ? アァ?」
涙目で抗議してもやはりゼーノにはなんの効果もなかった。
怒りでぶるぶる震えるわたしのかわりにバルタザールさんがゼーノの後頭部へ鋭い一発をお見舞いしてくれた。ありがとうございます!
「あの、コレ持って帰ってもだいじょぶですか? 捨てたほうがいいですか?」
「うーん。見た事がないものだからなんとも」
あごに手をやったバルタザールさんはうんうん唸る。たぶん頭の中の知識を総動員させてるんだと思う。
「バルタザール様でもわからないんですか? てっきりバルタザール様が造ったのかと…」
ホルガ―さんが意外そうにバルタザールさんを見た。口には出さないけれど、ゼーノも同じことを考えていたらしい。
「自分で造ったのは全部覚えてるよ。でもこんなのは造った覚えがないんだよなあ。
素材同士の交配で新種ができる可能性がないわけではないけど、こういう形状になるような素材は用意してないし…いやでも…」
ブツブツと呟きながら思索の海へ漂いに行ってしまったバルタザールさんにわたしたちは顔を見合わせてため息をついた。
「安全をとるなら森に捨ててくべきだけど、それはちょっとやだなぁ…」
中身が狂暴な魔獣の可能性はあるけれど、むしろそっちの可能性のほうが多いんだけど、かわいい小動物の可能性も少しはあるのだ。
魔界なんだから卵みたいな繭っぽいものから犬や猫が出てきても驚かないぞ!
「リオネッサ様、それはさすがに危険すぎるかと…」
「いーんじゃねえの?」
ホルガ―さんの言葉を遮るようにゼーノはどうでもいい、と言わんばかりの顔で手を頭の後ろで組む。
「ゼーノ様、無責任な発言は控えてくださいませんか」
「あー? 勘だよ勘」
護衛として当然のことをていねいな言いかたで注意したホルガ―さんにゼーノはチンピラみたいな返事をした。おばさま、今日はおばさまに手紙を書こうと思います!
「ゼーノはちょっと黙っててよ。あと誰彼かまわずケンカ売るのやめて。ほんとやめて。
ホルガ―さん、たしかにゼーノは無責任ですけど、いちおう理由はあるんです」
「どんな理由ですか?」
怪訝そうにゼーノを見るホルガ―さんに申し訳なくなる。理由といってもたいしたものじゃないんです。
「ゼーノの勘は外れないんです」
賭けごとに使えばことごとく外すが、危険感知で外れたことは一度もない。ゼーノが命をかけた場面で勘を外したことはないのだ。野生動物の生存本能みたいなものだと思う。
小さなころ、ゼーノにつれまわされて遭難した時もそうだった。
魔物に追われたせいで迷ってしまい、どこに村があるのかわからなくなってしまったけれど、ゼーノが選んだ方向に歩き続け、わたしたちを探していた大人たちに保護された。忘れたくても忘れられない思い出のひとつになっている。悪い意味で。
それを簡単にホルガ―さんに説明すると、ゼーノを見る視線がさらに怪訝なものになった。気持ちはすごくよくわかる。
ゼーノを微笑ましい目で見ていられるのはマルガさんくらいだと思う。マルガさんはほんとにすごい。
「ねえ、この卵……繭……? 持って帰ってもだいじょぶ? ふ化したとき、食べられたりしない?」
「あー大丈夫だろ。いざとなったら魔王がいるじゃねえか」
「いいかげんさまをつけてよ……」
ホルガ―さんが微妙な笑顔を浮かべて聞こえなかったフリをしてくれた。ほんとすみません。幼なじみが超無礼で……。
「それにしてもこれ、卵なのかなあ、それとも繭?」
「もうまゆたまごでいいんじゃないかな」
「投げやり!!」
思索の海から戻ってきたらしいバルタザールさんが眉間をもみながら深いため息をついた。
「魔界の書物を全て読んだって、そもそも魔界を調べて記そうという奇特な人間がいないからまだまだ魔界の事はわかっていない事の方が多い。だから研究すればするほど新事実がぽこぽこぽこぽこと……」
「…お疲れさまです」
恨みと疲れがだいぶ溜まっているようだ。刺激しないようにしとこう。
「とりあえずそれは観察することにしよう。リオネッサの言葉とゼーノの勘を信じるなら害はないようだし」
バルタザールさんのお墨付きをもらったので、わたしは卵のような繭っぽいものを持ち帰ることにした。
畑はちゃんと合格をもらいましたよ。
***
「…ということがあったんです」
「なるほど」
ほうほう、と魔王さまが卵? 繭? を観察する。もうまゆたまごでいいや。なんだかおいしそうな響き。
「バルタザールさんの推測では鳥か蝶か蛾が出てくるんじゃないかというお話でした。もちろん、ぜんぜん違うものがでてくる可能性もおおいにあるそうですけど」
「ふうむ……」
魔王さまはまだまゆたまごを観察している。バルタザールさんほどじゃないけれど、魔王さまも調べものが好きですもんね。
まゆたまごはバスケットに入れて持って帰ってきたままなので、ちっちゃく見えるバスケットの回りをうろうろする魔王さまはちょっとかわいらしい。でもちゃんとかっこよすぎで気品あふれまくれなんですけどね! やっぱり魔王さまはかっこいい!
コホン。取り乱しました。
「いったいどんなこが産まれるんでしょうね」
「うむ。元気に産まれてきてくれると良いが」
この会話を思い出して赤面したのは翌日の昼だった。