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魔界にて

「今日はいい天気ですね、魔王さま」

「うむ」


 つい先日迎えた花嫁のリオネッサが笑う。

 雲はないが、空はどんよりとした赤紫色。おそらく魔素が濃いせいだろう。怪鳥や羽蟲、幽霊、鬼火の類が飛び、運がよければ飛竜が見られる。森は暗い寒色がほとんどで、たまにある暖色は肉食植物のものだったりと物騒だ。

 私にとってはいたって普通の光景だが、生まれも育ちも人界のリオネッサにはあまりいい気分ではないだろう、と思っていた。

 しかし、彼女は


「魔界と人界が違っているのは当然のことですから、気にしてませんよ。

 初めて見たときはちょっとびっくりしましたけど」


 と、朗らかに言ってくれた。

 私にはもったいないくらいの良い妻だと思う。

 魔王とはいえ、魔界の中では若造と呼ばれても仕方のない年である私と彼女では百ほど年が離れている。リオネッサの年を聞いたとき、お爺ちゃん呼ばわりされても仕方がないと思っていたくらいだ。

 と、いうか。花嫁探しを始めて百余年。

 目を合わせれば卒倒され、笑いかければ叫び声を上げられ、結果、お見合いをしては断られ続けた。その数は五百回を超える。数えるのもばかばかしくなるほどの数を断られ続け、生涯独身を貫こうかと思った時もあった。

 リオネッサだけは望んで見合いの席を設けてもらったのだが、もちろん怯えられてしまった。あの時の事は思い出すだけで胃が痛くなる。断られるとばかり思っていた。

 それでも、私の隣にいることを選んでくれた彼女には感謝しかない。

 なにせ、いろいろあったのだ。普通の人界出身者ならば断っているに違いない。魔界出身者だとて、好き好んでは私を選びをしないだろう。

 式をあげ、正式な夫婦になった今でも不思議なのだが、彼女はいったい私のどこを好きになってくれたのだろうか。


「魔王さま?」


 どうしたんですか? とリオネッサが首を傾げる。その拍子にふわふわとした髪が揺れてつい頭を撫でてしまった。長い髪も似合っていたが今の短い髪もよく似合っている。


「もう、また子供扱いして……」

「すまない。撫でられるのは嫌いかね?」


 ぷくっと頬を膨らませた彼女は赤くなりながら首を振る。


「きらいじゃないです……」


 しばし髪の感触を楽しんでいると、リオネッサもお返しに私の髪を撫でてくる。

 冬はともかく、夏には熱いだけの私の髪をリオネッサはいたく気に入ってくれて、毎朝ブラッシングしてくれる。おかげで、ごわごわのぼさぼさだったのが今ではつやつやのさらさらだ。


「これくらい長いと三つ編みとかできそうですね。今度してもいいですか?」

「もちろん。休日に限らせてもらうが、いいだろうか」

「はいっ! 約束ですよ!」


 嬉しそうに笑う彼女に私も笑い返す。むろん、歯茎を見せる笑い方をすると怖がらせてしまうかもしれないので、口角を持ち上げるに留める。

 気にしないと言ってくれているのだが、やはりあの時のトラウマはいかんともしがたいのだった。

 太さの違いすぎる小指を絡めて約束をした。少し前までこの爪が彼女を傷つけやしないかとおそるおそる触っていたのだが、氷細工を触ってるんじゃあるまいしと怒られてしまってからは、それなりに触れていると思う。焦れたリオネッサに手を取られる方が多いかもしれないが。

 もう少し夫らしいところを見せたいものだ。

 しかし、私の趣味は園芸や手芸といったものばかりであまり男らしいところがない。魔王といっても世襲で継いだ名ばかりのものだしな。

 いつかリオネッサに胸を張って夫らしいところを見せる機会があることを願おう。


「失礼いたします」

「アルバン」


 執事のアルバンがおやつを携えてきた。リオネッサの顔がぱああ、と明るくなる。まるで花でも飛んでいるかのようだ。


「ありがとうございます、アルパインさん」

「いえいえ。これくらい当然のことですから」


 そう言いつつ、おやつはリオネッサが気に入ったアップルパイだ。着々と好感度を上げにきている。

 私だってリオネッサにおいしいです、とかすごいです、とか言われたい。過去、お菓子作りに熱中しすぎて厨房に入り浸り、仕事の邪魔になりますと怒られてから厨房には出入り禁止になっているのだ。

 大切な妻のためだし、少しくらいなら出入り可能にならないだろうか。そう思ってアルバンを見る。


「………」


 にっこり笑ったアルバンに静かに首を横に振られた。ダメらしい。


「あ、魔王さま。飛竜ですよ」

「オオトビムカデも飛んでいるな。今日は運がいい」

「そうですね」


 どちらも目撃するのは珍しい。十五メートル級の飛竜が五メートルほどのオオトビムカデに襲いかかる。


「あ。食べられた」

「いつもは怪鳥類を食べるはずだが」

「珍しいんですか? あ、落ちた」


 オオトビムカデを捕食したせいで毒にやられたのだろう飛竜が墜落していく。十五メートル級が落ちるといろいろ処理が面倒になる場合が多いが、今回は墜落現場が森でよかった。


「アルバン。処理係はもう向かっていると思うが、確認を頼む」

「御意にございます」


 飛竜がもし生きていたら森を燃やされかねないし、死んでいたとしても濃い魔素のせいで屍鬼化してしまうかもしれない。ドラゴンゾンビは瘴気を振りまいて周囲を腐らせるので要注意だ。

 オオトビムカデが生きていた場合は子供が増えて生態系が狂うかもしれない。食欲旺盛なので飛竜の胃袋を破るくらいはするだろう。うっかりすると街ひとつ壊滅しかねないのがオオトビムカデだ。屍鬼化をしたら増えはしないが、やはり厄介なのに変わりはない。


「むう。今年は魔素が濃いから飛竜もオオトビムカデも餌が足りずに、生息地から離れているのかもしれない」

「たしか、逆に実体のない種族は元気なんですよね」

「うむ。調査結果次第では少しばかり調整が必要になるかも知れないな」

「たいへんですね…」


 しゅんとして元気のなくなってしまったリオネッサの頭を慌てて撫でる。


「大丈夫だ。夕飯前には必ず帰る。この前のように無理はしないと約束しよう」

「……約束ですよ?」


 新婚だったというのに仕事に明け暮れた挙句、過労で倒れた私はその時初めてリオネッサに怒られた。

 温厚な彼女が怒るというだけで私の心臓は止まりそうになったのだが、その上、泣かれてしまった。小さく細い腕でぽかぽかと叩かれた胸がひどく痛かった。

 アルバンを始めとした従者一同にもこってりと絞られた私は猛省した。二度と無理はしないようにしよう、と。

 今度心配をかけたら実家に帰られてしまうので、絶対にこの誓いは破れない。


「指切りげんまん、嘘ついたらまた怒りますからね?」

「それは怖い。絶対に破れないな」


 私の大きな小指と、彼女の小さな小指を絡めて約束した。

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