俺と妹と納豆
日曜日だというのに目覚まし時計がけたたましく鳴り響き、それと同時に鼻を襲う強烈な臭いによって強制的に意識が覚醒する。目を開くとそこには、しっかりと練った後の納豆が箸に乗せられて迫って来ていた。
「ああ、兄さん。起きたのか。納豆、食う?」
中性的な声が箸を操る何者かが俺の腹部の上から声を発するが、質問の返答を待たずに納豆が口へと押し当てられる。そのまま口に含むと、ねばねばした感触と納豆の放つ形容しがたい匂いが口内に広がる。そのまま咀嚼していると何者かが声をかけてくる。
「起きがけに納豆を食うとか流石にないわーないわー」
「それ食わせた奴が言う言葉ではないだろ!?というかどけアホ妹!!」
納豆を食わせた本人からふざけた言葉を投げかけられると流石に反論が出る。手を出さなかったのは我ながら優しい男だと思ってしまう。そんなことを考えているうちに上からどいた妹は、机の上に納豆を置いてそのまま部屋から退散していった。
起きてしまったからには仕方ないので、ベッドから立ち上がって服を着替え始める。箪笥から服を取り、脱ぎ始めると突然扉が開いて妹が乱入してくる。それと同時に奴は
「いやーん、兄さんのえっち」
とても平坦な声と、真顔で言った所で何の点数稼ぎにもならないどころか、そもそもこちらの言うべきであろうことを言って来たのである。どう考えてもおかしい。
「お前、さぁ!お前、なぁ………」
「何か?言いたいことは言わないと、どこぞの投手みたいに10円ハゲになるぞ?」
「それは!!!こっちの!!セリフだ!!!!」
このアホは態々人の癪に障ることばかりを見事に持ってくるのだから、見事だと思う。思うが、こいつおかしいだろ。
「私は言いたいことはしっかりと言うから、10円ハゲにはならんよ、多分?」
「違う!そっちじゃない!その前!!」
「ああ、そういうことか。言って良いぞ?」
折角そう言うのであれば、言ってやろう。大声で。
「いやーん!妹のえっち!」
「………兄さん、言っては悪いが……キモい」
「……すまん」
実際のところ、自分でも気持ち悪かったのでとりあえず謝っておく。そろそろ着替えようと思い、上着を手に取ろうとすると横からすっと妹に奪われる。何だこいつ。
「兄さん。兄さんのことを愛する私が、兄さんのことを着替えさせてあげます」
「いや、いいから。いいからその服を返しなさい?ね?返してくれたらお兄さん怒らないから、ね?」
「ダメだ。黙って私に着替えさせられろ。OK?……返せ!それ返せ!私のだ!!」
これはお前のじゃない、と思いながら、着替えを終える。騒いでいた妹がその場にうずくまって『の』の字を書いていたが、納豆を持って部屋から出る。すると、気を取り直したのか、妹が腕にへばりついてきた。無言でいれば、その細身だが、肉が付くべきところにはそれなりに付いている体型と整った顔立ちなのだからモテる筈なのに、何故かそういう話を聞かないのは、多分だが妹が妹である所以なのだろう。
「兄さん、朝食はどうするんだ?昨日の夜の残りでも大丈夫か?爺さまと婆さまはもう出掛けたから兄さんが作らんと納豆しか無いぞ?」
「いや、お前、ああいう起こし方したなら作っておいたとかそういうのじゃねーの!?」
「私が作るわけ無いだろう?まだ寝惚けているのか?」
そんな他愛もない話をする。たったそれだけなのだが、ほんの少しだけ幸せな気分になれるような気がした。
「ああ、兄さん。昨日の残りの唐揚げにレモンかけておいたぞ」
言い終わると同時に、我慢していた平手が妹の頭部へと直撃した。