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ぼくは食事ができない

作者: 茶瓶

 食文化、の三文字には何の効力もなかった。ナイフはおろか、スプーンですら使い方が箸にも棒にも掛からなかった。僕はそういう意味において食事ができない。いわゆる「勉強ができない」というのと同じやつだ。勉強そのものをすることはできるが、上手く遂行すること、それができなかった。

 そんな僕がどうやってエネルギーを摂取しているかというと、もちろん友達と一緒にご飯に行くなんてもってのほかだし、人目につく場所で食べることすら避けた方が好ましかったから、ある程度の行動範囲が自然と生まれた。人の少ないトイレの個室、雨の日の学舎の屋上の軒下、過去の美貌が忘れ去られた老婆のような教室のすみで、僕は決まって獣と化した。それはまるでサバンナの頂点に君臨するライオンのようだった。目の前に広がる弁当、ハンバーガー、――僕は雑食だから獲物は何でもよい――彼らをもっとも効率よく、そして味覚に与える衝撃を最大限快感に満ちたものにするため、僕の脳みそは他のあらゆる思考を一時休止して食事に専念する。

 あるとき自分の「食事」姿が気になって映像を撮ったことがある。すぐに見返したところ、それは「捕食」という行為に走る禽獣さながらのものだった。ありきたりにはがつがつ、むしゃむしゃ。さらに言うならがしがし、ごりごり。服と頬と手はべたべた、目はぎらぎら。とてもこれでは人と食事を共にできない。


 ある日のこと。集団食中毒でも起きたのかトイレは満席、晴天により屋外には人が溢れ、古びた旧校舎は改築で立ち入り禁止になった。僕は「食事」をする場を無くした。しかし場が無くとも腹は空く。獲物が目の前にあれば何よりも食に関心を根こそぎ持っていかれるのだ。人間としての最後の理性を振り絞り、獣になる場所だけはせめて入念に選んだ。

 比較的新しい校舎の一階の最果てで死んでいるような教室だった。内装は及第点だが、何より窓の向こうのゴミ捨て場の汚臭がいけない。我が大学の汚点、それは不潔なところだった。自分も含め、誰もが、あらゆる場がその要素を内包していた。誰かが気を抜けば、不快が世界を魔界にする。誰かが他界するような気を味わう。他者への誤解が生まれ、後悔に変わり、それが重なり自我が少しずつ崩壊する。そういう悪循環がある。

 そんな大学の最悪な一隅で、「食事」をしようとした正にそのとき、スライド式のドアが開かれ、人が入ってきた。いかにも内向的そうな男だ。きっといつもボッチ飯にありついているに違いない。こっそり同情(同調?)したものの、自分の立場の危うさに気がつき戦慄した。それでも意識が「食事」へと流れていくのを止められない。僕は否応なしに獣へと変身を遂げる。


 気がつくと弁当箱に詰められたオムライスはなくなっていた。頬についた液体に手を触れると、それはケチャップで、机全体に飛散していた。口角にケチャップを垂らした僕が振り返ると、彼はそこでただ苦笑いしていた。

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