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銀紙ビターな異世界黙示録  作者: 峰坂ラグ
第3章
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3章【wound】

「あ・・・・・・」

 木々の間にある獣道を歩きながらショコラティアは小さく声を出した。

「どうした、チョコ?」

「いや、何て言うのかな。カグヤと同じような気配みたいな、何か感じた」

「俺と同じ?この世界には、俺と同じように紛れ込んじまうようなヤツが結構いたりするのか?」

「いや、あなたがイレギュラーなだけ。ギルフォードの転移術の存在に気づいたのはあなただけでしょう?」

「うーん、それもそうか」

 要するにギルフォードの悪戯と言ったところだろう。まったく、やらかしてくれる人だ。まだ会ったこともないのに。

 それにしても、今の話を聞いて、何か大事なことを忘れているような気がしてならない。考え過ぎなのかもしれないけど。

「そんなことより、カグヤ、もう街が見えてる」

「え?」

 歩き続けていた森を踏破し、目の前の坂を見下ろすと、今いる山のふもとにこれまた大きな城と城下町がそこにあった。

「あれが『赤の魔女』と呼ばれる、ディアナの城とその街、『ルヒト』」

「赤い王様かぁ。なんかハートの女王みたいだな」

「なにそれ?」

「逆らう者はみんな処刑!みたいな。こっちの世界で有名なお話に出てくる人物なんだ」

 それを真剣に聞いてきたショコラティアはあごに手を当てて顔を曇らせる。

「どうした、チョコ?」

「『赤』の王は代々、厄災の象徴として恐れられてきたの。『七色の王』の選定はギルフォードの黙示録によって行われる、つまりランダム」

「ってことは、『赤』の王がどの世代でも恐れられてるっていうのは偶然ってことか?」

「そうだとも言える。けど、そんなことが現実に起こっているということは、もしかすると、それこそが『赤』の王に科せられた呪いなのかもしれない」

 彼女が発する『呪い』という言葉にはなぜか独特の重みを感じた。

『赤』といえば血、みたいな中二脳の俺の考えでもここではある程度通用するらしい。

「初めからハードル高いんじゃないか、それ?」

「けれど、ここは早いうちに手を組まないとエルキアのようになられては困る」

 つい一週間ちょっと前に戦った『黄』の王、エルキア。彼はゴディバルト帝国に雇われ傭兵として俺達を襲った、現段階で最悪の敵である。

「それもそうか。ところで、さっきから猫が一言も喋らないのは何でだ?」

 二人の真後ろを尻尾を逆立ててついてくるのはショコラティアの従者のニャットである。

 しかしながらいつもの饒舌過ぎるほどのやかましさは全くと言っていいほどになかった。

「きっと、あそこに行きたくないんだね」

「どういうことだ?」

 ニャットを見てショコラティアは小さく溜息を吐く。

「嫌な気配というか、血の臭いというか、何かを感じ取っちゃうんじゃないかな」

「獣の本能ってことか」

 要するに、これから俺達が向かう街はとんでもなく危険でヤバイところだということか。すっごい帰りたい。

 しかし『七色の王』の協力を仰ぐことこそがこの戦いを終わらせるための近道なのだ。ついでに言えば、このグロテスクファンタジーから抜け出す近道はそれしかない。

 ショコラティアを先頭に三人は『赤』の王、ディアナの城へと歩みを進めた。


 様々な色の建物が立ち並ぶ城下町。『赤』というイメージとは裏腹に街の人々の顔は生き生きとしている。

「これが本当にディアナの街なのか?」

 俺は街を見渡しながらチョコに尋ねてみた。

「前にも言ったけど、『七色の王』の皆がみんな王様ってわけじゃない。ディアナは城にこそ住んではいるけど統治は別の人間が行っている」

「そういうことか」

 俺の中では勝手に残虐非道というイメージがある『赤』の王もその辺の地位や名声というのには興味が無いらしい。

 城下町の中央通りを歩き続け、俺達は城の正門へとたどり着いた。

 とてつもなく大きい、上を見上げればそのまま転んでしまいそうになるくらい。どこかで似たような表現をした気がするがそれは割愛しよう。

 そんなこんなで順調に事は進み、ディアナの城を直前にしてまさかこんな事になるとは思いもしなかった。

「ディアナが、いない・・・?」

 門を守る兵士の話を聞いてショコラティアは驚愕した。

「こんな時に外を出歩かせて・・・危険だとは思わないの?」

 現在の戦況の最前線にいるからこそショコラティアの言葉からは落胆のような感覚を覚える。

「ディアナ様は国政に関わることをしている訳では無いのです。まぁ、あれほど自由な方を私も見たことありませんけど」

 ハハハと笑う兵士を前にショコラティアは唖然としたまま動こうとしない。

「一応お尋ねするニャけど、どこへ行ったか心当たりはないかニャ?」

 見かねたニャットはショコラティアに代わって兵士に尋ねてみる。

「この門を出た時に聞いてみたら、『約束がある。彼はどんな色をしているのでしょう』って不気味に笑いながら行ってしまってな。なんだか薄気味悪い話だ」

 どうやら本当に行き詰まってしまったらしい。

 ニャットも頭を掻きながら静かに唸っている様子。

「とりあえず、今日のところは少し休んで、次の目的地を決めよう。な?」

 仕方なく俺自身が二人の背を叩いてゆっくりとその場をあとにする。

 一人は呆然、一人はむしゃくしゃと、なかなか感じの悪いパーティー設定だ。俺は笑うことしかできません。


「どうだ、落ち着いたか?」

 結局二人がダウンしてしまい一人で安い宿を探し、一人で今後の食料などの調達に行き、一人で荷物を運び、一人で二人を置いてきた宿に戻ってきた。一人って辛いね、こういうとき。

「あぁ、カグヤ。うん、大丈夫」

「どうすればいいニャ・・・・・・この調子でこの後もこんなだったら・・・心が折れるニャ・・・」

 二人とも回復の兆しがそこまでない。

 とりあえず俺はガルロッテ公国の侍女長であるトッポに貰った大陸地図を広げる。

「ガルロッテからこのルヒトまで歩きで二日。一番遠いリーゼスはギリアスとリレイアが行ってくれるから大丈夫。となると次に王様のいる近い街は・・・」

「リシュリューの『シルフィシス』、かな」

 気づけば目の前にショコラティアが来ていた。床を這うように来たことを今の俺はまだ知らない。

「リシュリューって・・・・・・」

「『紫の詩人』の異名を持つアーカーシャブックを武器とする・・・・・・たしか老人」

 その辺適当に覚えてますね、あなた。ここテストに出たらひとたまりもなくてよ?

「ん?ちょっと待て。アーカーシャブックだと?」

 なんだこの血沸き肉踊る久々の間隔は。

「うん、アーカーシャブック。言い方を変えても変えなくてもただの本だよ」

「いや違う・・・・・・アーカーシャとはサンスクリット語で、それを変換すると『アカシックレコード』となる・・・!」

「あかしっく、れこーど?」

「そう!この世に存在するありとあらゆる概念が記録されるという伝説の中の伝説・・・いや、幻の本のことだ!いや、本であるという確証すらないんだが・・・・・・」

 はてな顔のショコラティアを前にして俺は数分語っていたらしい。ついでに覚えはない。

「じゃあ、次の目的地はリシュリューのいるシルフィシスだね」

 ショコラティアは少しずつだが元気になったように見える。さっきまで奥のベッドでごろごろしていたニャットも次の指針が決まって安心したのか、そのまま寝てしまったようだ。

「よし決まりだ。今日のところは飯食って休もうぜ。さすがに疲れた・・・」

「あれ?この食料、いつの間に・・・どうしたの?」

「俺が一人で行ってきたに決まってんだろ!」


 揺れる揺れる。

 もちろん女の子の胸がとかそういう下卑た事じゃない。

 たまたま遠方から来た商人がその帰り道に、シルフィシスの近くを通るとのことだったから、そのついでに荷馬車に乗せてもらっているのだ。

 今回の商売はなかなか繁盛したらしく、荷馬車の中には最低限の食料などしか残っていなかった。

「それにしてもなぁ・・・」

 俺の嘆きにも似た声にショコラティアが反応する。

「どうしたの、カグヤ?」

「いや、この馬車に乗せてもらえるのはありがたいが、護衛任務となるとなぁって。ついに俺も社畜への道を踏み出してしまうのかと思うと心が痛いぜ」

 そう、この荷馬車に乗せてもらう代わりに、俺達はこの荷馬車をモンスターや盗賊などから守るという条件が付いたのだ。

「やっぱり働いていることになるのかなぁ、時給はそのままシルフィシス近くまでの足代ときた」

「これからは増々戦闘が増えていくと思う。だから実戦で剣を磨くことも大事だよ」

「実戦、実戦かぁ・・・・・・」

 ガルロッテ城の修行以来、夜は毎日剣の鍛錬をしているとはいえ、未だに実戦をしたことがないのは正直心もとない。

 もちろん、剣を一度も振るうことなく戦いが終結するならばそれにこしたことはないが。

「ついでに聞くけど、チョコは俺と会う前にも実戦したことあるのか?」

 なんだか気の引ける質問だが、自分がダメな時はという安心感を持ちたかったのかもしれない。

「何度かはある。でも本当に数えるほどしかない」

「模擬戦まで合わせて勝率は?」

「二回だけ引き分けた」

 その言葉の意味って、『それ以外は無敗』ってことですよね。ホントにこの子ったら強すぎます。

「その二回って誰と誰に?」

 面白半分のジョークのような質問を投げてみた。我ながら対人スキルを修得しつつある気がする。

「それは、まぁ・・・ギリアスとカグヤ、君だよ」

「へ?」

 この子からジョークが飛んでくるとは予想の斜め上ってやつだ。真顔で冗談を言うって受けからしたらどんな拷問だよ。

「俺がチョコと引き分けた?」

「うん。ガルロッテでやった修行の締めにやったでしょ?」

「修行・・・・・・あぁ、あれか。でもあれは時間制限で途中までしかやらなかったからじゃないか。実質的にはチョコの勝ちだろ?」

 ショコラティアは長い前髪をいじりながらも、どこかムスッとした表情をしている気がする。

「何かお怒りですか?」

 恐る恐る質問してみるが彼女自身は俺が想像していたより冷静だったようだ。

「いや、引き分けってことは私にとっては負けと同じ。ギリアスにも勝つことはできなかった」

 一体どんな戦いをしたのだろう。『黒の鬼神』バーサス『白の剣聖』とは。

「やっぱり、ギリアスって強いのか?」

「うん。基本にはもちろん忠実だし応用も利く。その上、あのフルプレートアーマーのせいで攻撃がまるで通じない」

 どうやらかなり悔しかったらしい。いつもはボソボソと喋るショコラティアが珍しく饒舌である。

「けどそのレイピアでよくもギリアスみたいなでかいやつに挑めるな」

「ずっと思ってたんだけど、私の持ってる剣はレイピアじゃなくてサーベル。幅は狭いけどちゃんと切れる」

 そう言って剣を俺の喉元に突きつけるのは止めてください、ほんとに切れそう。てか切れる。


 ガタン!


 突如その音と同時に荷馬車が止まる。

 馬のいななく音と、商人の『でたぁぁぁ!』というありがちな台詞とが前方から聞こえてきた。

「チョコ、行こう」

「うん」

「私を忘れるニャ!」

 カグヤとショコラティア、ニャットの三人は荷台から降り、構えをとる。

「おい、盗賊だ!この辺では有名なやつらだ、気をつけてくれよ!」

 商人はびびってその場を動けずにいるが俺の手は全然動く。

 目の前に現れた十人ほどの盗賊団を、その手に持つ剣を見ても、何一つとして動じることはなかった。

 修行の成果ってやつだろうか、剣のグリップを掴む指先の感覚、地面を踏みしめる足、その全てを感じ取ることができる。

 一斉に走りかかってくる人間と亜人、どいつが先陣を切って、その後方のやつとどの程度離れているのか、それすらも。

「カグヤ、生き物を斬るのは初めてだよね?」

 敵とは五十メートル以上の距離にあるがそんな中でショコラティアが話しかけてくる。

「あぁ。でもやるしかないんだろ?」

「・・・・・・うん。けど、殺さないで」

 この土壇場にきてこのお姫様ときたらそんな無理難題を押し付けて。

「峰打ちってことか?」

「そう。どんなに悪い人だからって、その命が尊くないはずはない、と思うから・・・」

 はずがない、と言い切らないあたりがどうにも彼女らしくないと思った。

 いつもならそんな煮え切らない言葉を口に出すこともないのに。

「でもまぁ、やれるだけやってみる!」


 一つ二つと着実に相手の数を減らしていく。

 案外『殺さない』というのは殺すことよりも難しい気がした。

 俺の持つブロードソードは両刃のため普通に峰打ちを決めるというのは難儀なものだった。

 剣の付け根ギリギリの刃のない部分を敵の首筋や腕に打ち込んでいく。一年程度でこれほど人は変わるものなのかと疑問を抱くくらい、俺の剣は真っ直ぐしていた。

「割とすんなり片付いたな・・・」

 考え事をしている内に既に敵は目の前から姿を消していた。もちろん『覚えとけよ!』という古すぎる捨て台詞まで吐いて。

「カグヤ、ニャット、怪我はない?」

 そう言うショコラティアは邪魔そうなマントを付けたままでも無傷なんですが。

「ニャットは平気ですニャ」

「俺も大丈夫かな。ぶつかった衝撃で所々アザになりそうだけど支障ないよ」

 多数の相手を前にしてこれほどの戦果となれば、以前の修行は相当身に付いているらしい。

 ショコラティアとニャットが荷馬車に戻っていくのを見てカグヤも周囲を見ながら歩いて行く。しかし、その時だった。

 遠目に見えた異様な反射に気づき、とっさに体が動いていた。

「危ないッ!」

 ショコラティアとニャットを後ろから突き飛ばし、その禍々しい鉄の光の矛先を彼女らから逸らした。

「まだ残党が隠れてたのか?・・・・・・お前ら、すまん、無事か?」

 勢いよく倒された二人は起き上がり、こちらを見るなり目を大きく見開いていた。

「カ、グヤ・・・・・・?」

 ショコラティアのオドオドとした声に俺も思わず首をかしげる。

「どうした、チョコ?いや、悪かったって。敵の矢みたいのが見えてさ、とっさに突き飛ばしちまったんだよ」

「いや、お前・・・・・・気付いてないのかニャ?」

「え?」

 ニャットは俺を指さす。普通、人を指さす時は大抵顔に向かってのハズだが、その指は俺の腹をさしていた。

 あまりに不思議だったもので目線を下へ下げてみて、俺は絶句した。

「あ?・・・・・・え?・・・・・・なんだ、これ・・・・・・」

 ちょうど左の脇腹に添えた手には赤黒い液体がべっとりとついている。そして、その大元の部分をたどる様にして見るなり、俺はその場に跪いた。

 直径二センチほどの太い一本の矢が、その脇腹から生えるように突き刺さっていたのだから。

「うォアァァァアアァアァア!!」

 その手についていたものは紛れもなく自分の血液であり、気づいた時には今までに感じたことのない激痛にさらされた。

「痛い・・・・・・いだい・・・・・・」

「カグヤ!」

 駆け寄るショコラティアとニャットが見える。

 ボンヤリとした意識でなんだか痛みも感じなくなってきたような、そんな気がする。

「ニャット!周囲に警戒しつつカグヤを荷台にのせる、手伝って!早く!」

「承知しましたニャ!」

 なんだか痛みに波があるようだ。また痛んできた。苦しい、息が上手くできない。なんだよこれ、こんなファンタジー、望んじゃいねぇっての。

 薄れる意識の中、ショコラティアとニャットの声だけが俺の耳に響いていた。

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