2章【killing】
パチパチと音を立てながら燃える城内の備品の数々を横目に俺達は静かに移動を続けていた。
前回までの内容を簡潔的に説明すると、『黄の王』エルキアから逃亡し、魔女と別れ、『黒の王』ギリアスとチョコの妹であるリレイアと合流。そして今に至る。
前を歩くチョコの赤いマントをしっかり掴んで並走するリレイア。なんとも微笑ましい姉妹愛である。その後ろを一般人間俺と黒の王ギリアスが追想するカタチ。
「カグヤ、ショコラティアの事はある程度聞いているのか?」
顔の割に低い声で話しかけてくるのは隣を歩くギリアスだった。
「はい、ざっくりとは」
「そうか。ならば七色の王のについても聞いたのだろう、何も疑問はなかったか?」
「まぁ、少しなら……」
「躊躇うことはない。俺達は現時点で共闘せざるを得ない状況にある、いわば仲間だ。ただ悶々と考えていてはいざ戦闘の時に支障をきたすかもしれない。話してみろ」
なんだか同い年くらいのハズなのに貫禄があるように見えてしまうのは漆黒のフルプレートのせいだろうか。そしてまたしても心が読まれてる気がしてならない。
「それじゃあ一つ。あなたはゴディバルトに仕えた傭兵だったと聞いていますが、なぜ傭兵のあなたとチョコのような皇女で許嫁の誓約がされているんですか?」
率直な疑問だ。一般人で、その上傭兵などという野蛮とも言える人物と何があればそんな仲になるのか。考えてみればおかしいものだ。
普通なら対等、もしくはそれ以上の地位や権力を持つ貴族や王様との間に結ばれるものだ。でもこの場合だとギリアスが王様であることは事実なのだが。
「やはりそこか。なかなか鋭い目をしている」
歩を進めながらも真っ直ぐ俺の目を見て笑いかけてくる。実は見た目以上におっさんだったりして。
「俺の元いた国は、小さいながらも行商の中心都市として栄えていてな。しかし、それとは関係なくそこを統治していた者が余程の実力主義者だったためか、そこでは決め事の際に至るところで決闘が行われる国となった」
「それと許嫁と何の関係が?」
「まぁ聞け。そのせいか、次の統治者を一番強い者にするという達示が来た。無論、俺も戦い、無傷で最後まで残った」
周りの人間達が弱すぎたのか、ギリアスが強すぎたのか、これは間違いなく後者であろう。
「最後まで無敗を誇ったのは俺ともう一人だけ」
「もう一人いたんですね強者が」
「あぁ、しかしそれは弟のカインだった」
「……まさか、兄弟で戦ったんですか?」
ただでさえ危険なゲームに兄弟で挑み、その結末が同じ血を分けたものであると。考えただけでも心が痛い。
「カインは当時、歳を七にして文武両道の天才だった。その上、情のあるやつでな、俺との決闘の前に自分から辞退したんだ。『兄は斬れない』とな」
「それで統治者になったんですか……」
「後から聞いた話で、勝者にはガルロッテ公国の皇女との許嫁の誓約が既に成されていたのだ。ガルロッテ側からすれば、交易の中心を手に入れたも同然だからな、利益はあるのだろう」
「ではなぜ傭兵なんかに?実力を買われてスカウトされた、とかですか?」
その質問をするとギリアスは高々と笑い、俺に返答する。
「どうも俺はその辺の知略に長けてなかったようでな、一年もしない内にカインに地位を譲ったのだ。何せ俺と同じく無傷で勝ち上がってきた唯一の人物だ、民も元いた統治者も承諾した。それからはカインが新たな統治者として就いたのだが、許嫁の誓約はそのまま俺に流れ込んだままになってしまったわけだ」
「優勝の賞品の一つを手に入れたわけですか」
「左様。それからは腕の立つ傭兵として雇われ名を馳せた」
チョコもなんだか不憫というか、これっていわゆる政略結婚だろうから仕方がないと言えばそれでカタがついてしまう。
「そのせいか当時十だった俺と一つ下のショコラティアはよく遊ぶようになってな。勿論カインと、五つだったリレイアも」
あぁ、だから幼女サディストことリレイア姫が随分と心を許しているわけだ。
幼馴染みが皇女様ときたら俺の場合、そんな仲良くできる気がしないが。当時からギリアスは大人びていたのかもしれない。
「ギリアス、カグヤ、そろそろ着くよ」
「ギル君おっそーい!早く早く!」
前を歩く皇女姉妹に急かされ、俺とギリアスはふっと笑いながら後を追いかけた。
チョコに案内されてやって来たのはレッドカーペットの終わりにあった巨大な扉の前。高さはざっと二十メートルくらいだろうか、とにかく大きい。
「ここにクソ猫が来てるのか」
「一応、予定では……」
「それにしても……この扉、どうやって開けるんだ?」
思わず見上げてみるととてつもなくでかい。ちょっとしたアパートよりでかい。俺のボキャブラリーの少なさに落ち込むがそのくらい大きいのだ。
「押せば開くよ?」
ごもっともですリレイア殿下。
「でもこの大きさの扉じゃ大人数でかからないと開かないよね?」
「カグヤ、こっち」
チョコが指さす先には、巨大扉の隅にある小さな扉だった。どうやら目の前の偉大さに周りが見えていなかったらしい。灯台もと暗しってやつですね。
そのまま不思議の国のアリス的な感覚に苛まれながら、その小さなドアへと踏み入っていく。
中はパーティーなどに使われそうな広々とした空間だった。床一面に赤の絨毯が敷き詰められ、豪奢な調度品が数多く見られる。
そしてその部屋の奥、幅の広い階段の上にある玉座のような椅子の前に猫の姿があった。
それを見てチョコは顔をこわばらせて俺に向き直る。
「カグヤ、絶対に失言はしないでね」
「え?……あぁ、そういうことか」
俺も気づいた。猫のいる前にある玉座に誰かが座っていることに。おそらくアレが泣く子も悲鳴をあげる侍女長トッポなのだろう。
「了解だ」
ここは無言を貫くのが一番いいと思うのだが、なにせ『黙示録の担い手』なんて称号があるからにはそうもいかないだろう。うまくやれるか?
平然を装うチョコの動きはどこかぎこちない。対するリレイアはギリアスの後ろに隠れてはいるが歯をガタガタと鳴らしながら全身が震え上がっていた。
そして俺も状況に気がついた、いや気がついてしまった。階段の中腹まで上ったところで見えてきたのはクソ猫ことニャットが背筋を伸ばしながら日本人顔負けの正座をさせられていたからだ。
「お主らも着いたようじゃな、ショコラティア、リレイア」
女性、というより小さい女の子の声が正面から聞こえる。と同時に名を呼ばれた二人の目はこれでもかというくらい開き、ぴんと背筋が伸びる。
「と、トッポ」
「ショコラティア、そんな所にいないでちこう寄れ」
それを聞いて隣を見ると、並走していたはずのショコラティアは少し後ろで階段をのぼりきれずにいた。
「姫様!無事でよかったニャ!」
久々に聞いたニャットの声、しかしそんな安堵もつかの間。
「誰が立っていいと言った、ニャット?」
玉座に座る姿は声の主である少女であった。その少女が指を動かした途端、ニャットは硬直し、少女に向き直り素早く正座する。自分からしたというより無理やりさせられた感じ。
「ニャァァァァァァ!痛い!痛いニャァァ!」
何に痛がってるのかは分からない。しかし自らの足をバンバンと叩きながらニャットは少女に訴える。
「カグヤ、彼女がトッポ。元七色の王の一人にしてガルロッテ公国が誇る最強の侍女長」
「え?」
上から下までストトトーンな体格、身長も百四十あるかないか位の未発達度。こりゃまたすごい濃いの出てきちゃったよ。
「ほう、お主が黙示録の担い手か、待ちわびたぞ。ニャットの仕置きはまだ足りぬが……」
「ニャ!?もう三時間はやってるニャ!」
「阿呆。何もかも素人のこやつに任せて自分は我先にと逃げてきた戯けは誰じゃ?」
ここでいう『こやつ』とは俺のことですよね。ホントによく生きてたな俺。
「まぁよい。それでショコラティアはギリアスと合流できたようじゃな」
「はい。リレイアの件、感謝いたします」
「いかなる理由があろうと、わしはこの国の侍女長じゃからの。それで、お主らはこれからどうしたい?」
全員の総意は決まっているものの行動の指針がない現状でその言葉に誰もが詰まる。
「情けないのぉ、ショコラティア。何年お主を鍛えてきたと思っとるんじゃ」
頭を抱える幼女、もといトッポ。自分の等身を超えているつえをつきながら金髪の髪をかきあげる。
「あいにくわしには力がない。しかし、お主にはあるじゃろう?」
「武をもって意を通すと仰るのですか……」
「それでは圧政だと?」
「民の命を犠牲にすることは誉れではありません」
「民の命か……お主がどう思おうと勝手じゃが、力がなければ全てを失うことになるぞ」
「それでも……私の剣はガルロッテのためにある。トッポ、あなたもそうでしょう?」
さっきまでとは打って変わって強気なショコラティアにトッポは言葉を濁す。
しかししばらくするとトッポは肩を震わせ始め、高らかに笑い出した。
「もう一国の姫か、ショコラティア。年が経つのは早いものじゃ、つい最近まで子供だと思っとったが、老いぼれからすればあっという間じゃった」
「トッポ……」
「ショコラティア、お主らに助言をやろう。手始めに七色の王全員……といえど無理じゃろうが、できる限り集め、再びガルロッテに帰還せよ」
思っていた通り、第一目標は『七色の王』との共同戦線を組むことだった。『白』のショコラティアに『黒』のギリアスは既に協力関係にある。トッポが考え込んだのは『黄』のエルキアの事だろう。きっと彼はまた立ちはだかることとなる、それまでに俺も何かできるようにならなくては。
「しかし急ぐことはないぞ担い手。お主は自分を鍛えねばこの世界では生きられんからの」
「鍛えるって、ドライアーツをですか?」
「それも然り、じゃがお主には……ちと基礎が足りてないんでの」
万年ヒキニートの僕に現実を叩きつけてきたよこの鬼侍女長。でも学校には通ってたから、歩く走るを少しするくらいは全然平気なのだが。
「ここからは別行動になるのかな?」
表情もなく俺に話しかけてくるチョコ。でも何だろう、すごく心配そうな目をしている気がする。侍女長様直々のトレーニングってそんなにヤバイの?
「そうじゃな、ここからは二手に分けるとしようかの」
「二手に?」
「左様。まずはギリアスとリレイア、お主らは先に七色の王捜索に向かえ」
その時動いたのは重々しい鎧を身にまとうギリアスだった。
「お待ちくださいトッポ様!リレイア……殿下を連れていけと仰るのですか?」
「不服か、ギリアス?」
「今の世ではどこへ行けど戦が起こり得るでしょう。そんな中に殿下を連れていくわけには……」
「どこへ行けど戦が起こる、それはここも同じじゃ。それならお主に付いていた方がよほど安全じゃろう?」
「しかし……」
「それに、リレイアはお主に付いて行くことに満更でもなさそうじゃぞ?」
ギリアスが自分の足元を見下ろすと、そこには彼の手をとるリレイアの姿があった。
「私は構わないわ!ギルく……ギリアスは強いもの!」
「殿下…!?」
「決まりのようじゃの」
リレイアの賛同によってギリアスは反論の余地もなく、支度をするようトッポに促されこの場を去る。
後ろ姿を見送るチョコはどこか不安そうな顔をしている。
「ギリアス……リレイアを頼む」
その言葉はなんとも覇気がなく、とても悲しげだ。それに対してギリアスはこちらに振り返ることなく、
「またここで会おう」
と一言。リレイアは手を振りながらももう片方の手はしっかりとギリアスの左手を掴んでいた。
メンバー二人がいなくなり、一段と静寂が痛い大広間。トッポは扉が閉まるのを確認してから話し始める。
「さて、お主、カグヤと言ったか」
「はい、竹井カグヤです」
「歳は」
「今年で十八です」
「ギリアスと同い年か。よろしい」
やっぱり同い年でしたかギリアス。まるで風格が違うのは世界のせいだと思いたい。
「お主のドライアーツは転移の足だったかの」
どこから見られていたのか分からないが俺はただイエスと答えることしかしない。それ以上はチョコに禁じられてるからな。
「カグヤ、この世界はお主の思うほど甘くはないぞ?」
「分かっています。………散々、見てきましたから」
俺の思うファンタジーはこの世界には存在しない、そんなことは分かっている。初めのリザードマンとの戦いで、俺は『詰んだ』などと考えようと必死だったが、その裏、心は悲鳴を上げていた。足は言うことを聞かず、手は爪が掌に食い込むほどの力で握りしめていた。
これは現実だ。生物同士の、現代社会に生きていた俺からすれば醜い戦争だ。一方が勝てば一方は死ぬ。それがルールであり、この世界での不変思想なのだ。
そこにただの高校生、加えてファンタジー世界に憧れただけの一個人が迷い込んだのだ。心のままに動けば精神が崩壊しかねない。俺が楽観的に物事を見るのは心にストッパーをかける自己防衛本能なのかもしれない。
「よろしい。あまり時間もないようでの、実戦あるのみじゃ」
「え?」
「いくぞ、カグヤ」
トッポはそう言うとどこから出したのか一本の剣をこちらに投げつける。
形状は中世ヨーロッパなどで使われたようなブロードソード。刀身は比較的長く、幅はそこまで広くない、ファンタジー系アニメの王道武器でもある。
「これは?」
「見ての通りじゃ。ショコラティアはこっちに来い。さぁ、敵が来るぞ」
促されるままチョコはトッポの座る玉座の隣に立ち、俺の、違うもっと遠くを見据えている。
「後ろ……?」
俺が振り返ると、階段の下に初めて出会ったリザードマン軍団が待ち構えていた。
「カグヤ、ドライアーツはいくら使っても構わん。武器はそれだけ。さぁ、戦え」
「え!?ちょっと!」
トッポの言葉が終わるとともにリザードマンはシャムシールを引き抜き、一斉に階段を駆け上がってくる。
ドドドという地鳴りとこの緊迫感は初めて戦闘を目の当たりにしたあの時と同じだ。
俺はビビりながらもとりあえず剣を鞘から引き抜き、見よう見まねで正面にかまえる。
「トッポ、いきなりこんなやり方で良かったの?」
「なに、ショコラティア、この程度でくたばってるようなら、この世界ではさぞ辛かろう。あやつの為を思ってじゃ」
チョコとトッポの会話が聞こえてくるが、俺を助けるようなことは無い。俺が逃げればチョコに戦わせることになる、それは嫌だ。
「ドライアーツ、顕現せよ!」
俺の一声に反応して足から灰色の翼が出現したと思えば、一瞬にしてその姿を消した。消えたというより見えなくなったという表現の方が正しいのだが。
「行くぞぉぉぉ!」
俺は敵の先陣と刃を交わす。
耳に響く金属音と驚くほどの重量感。その重みは腕を通じて足元へと還元される。
「ぐっ……!」
リザードマンは一度剣を大きく振り上げ、二度目の攻撃のモーションをみせた。その瞬間、
「そこだっ!」
ドライアーツによる瞬間移動で敵リザードマンの後方に転移し、鎧の上から無理やり剣を突き立て刃をねじ込む。
攻撃は効いている。しかし、その一瞬が俺の中の何かを恐怖させた。
鎧を貫通していく切っ先から伝わる肉と骨の感触。ぐちゃりと音を立てるそれは間違いなくリザードマンの中身だったから。
恐怖し引き抜いた剣の先は真っ赤な血にまみれ、その傷からも空気に触れてまもない鮮血が溢れ出した。
「あ………あの……」
うろたえているカグヤの両脇からすかさずリザードマンが襲いかかってくる。しかし、カグヤはそれに気づくこともなく、振り上げられた剣は頭に向かって振り下ろされる。その瞬間だった。
「そこまでじゃ」
トッポが指を振り、リザードマンの姿は消えた。
「安心せい、今のはわらわの幻術じゃ」
「へ……?」
「手が震えておるぞ小童。お主、殺しは初めてのようじゃな」
見下ろすと剣を持つ腕がガタガタと震え、刀身がカタカタと音を立てていた。
「黙示録の担い手よ、お主の立ち向かう勇気は買うが、それではここからの旅路で苦労が絶えんぞ」
トッポの口は笑っているがその目は俺を見定めるようにしっかりとこちらを見据えていた。
「トッポ、いきなりこんなのは厳しい」
チョコはムッとした表情で座り続けるトッポを見下ろす。
「殺生は慣れじゃ。数を積まねば立ち回りも何もあるまいて」
「たぶん、カグヤは剣を持つことも初めてのはず。さっきの太刀筋を見ればわかる」
「しかし、お主の剣術を享受することなど到底できまい。ガルロッテ流とも違うオリジナル剣術じゃ、常人では身を滅ぼす。それにあやつもまだ、お主の剣術の真髄を見ていなかろう」
「エルキアだってまだ本気じゃなかったから」
「どの王も戦いに愉悦を感じているようじゃの、かっかっか」
トッポの妙な笑い声にカグヤは現状を思い出した。
「俺は、どうしたら強くなれますか」
本能的に簡潔的にトッポという最強クラスの人間に俺はすがった。
「お主は何のために強くなりたいのか、述べてみよ」
「俺は……」
何のために、か。その辺の主人公ならばきっと『誰かを守るために』とか言うんだろうな。でも実際、そんな綺麗事はこの異世界では通用しない、それを踏まえて俺は言う。
「自分のために。この黙示録のストーリーの結末を幸せにするために、俺は強くなりたい」
黙示録が自分のものであるという実感はまだない。しかし、このスマホの中のストーリーは確実にこの世界の俺とショコラティアを意味する白の少女の行動と同様に書き進められている。
俺の願いの本質は、つまり……
「世界の支配、か」
「そういうことです。黙示録は書き換えられる。現にエルキアとの戦いの時、チョコ……ショコラティアの死を回避できた」
「黙示録が誤った事実を書き記していないと証明できるか?」
「それはできない。でもそれができたとすれば……!」
「その時は、世界の圧倒的支配者が誕生する瞬間じゃな」
トッポは笑う。また口だけ笑い、その目はぎろりと俺を見定めている。
「よかろう、じゃが時間はそうない。裏技を使うしかなかろう」
「裏技、ですか?」
「左様。成功するかどうかはお主次第じゃ、わらわは道を示すだけじゃ」
「それでも構いません。お願いします」
そして、俺の旅立ちまでの短過ぎて、己と向き合うための修行が始まったのである。