2章【link up】
曇天を感じさせないトンネルの中、俺とチョコは歩を進めていた。
考えてみれば、この世界に来てからまだ半日といったところなのだがイベントがあり過ぎて一週間は経過しているイメージである。
しかしながら、チョコは一切の疲れを見せず凛々しいたたずまいを維持しているようだ。対する俺は、
「カグヤ、疲れてる?」
「まだまだ、行けるぞ……」
だらしないものだ。万年帰宅部の俺には少しばかり辛い環境である。
さっきからぬかるんだ地面に足をとられて壁伝いに歩き続けている。
「にしても城壁下にこんなトンネルがあるなんてな」
「これは緊急用の脱出口、城の中まで続いてる」
俺のいる世界はどこまでもラノベとかアニメで見るファンタジーのはずだが、現実はそんなに甘くない。
東の魔女シュウキを地球に残し、必死の思いで『黄の王』エルキアから逃げてきたのだから。
今でも感じるドライアーツと呼ばれる異能の力。逃げるためだったとはいえ、本当にこれが正解だったのかは今でもわからない。
「そういえばカグヤ、一つ疑問なんだけど」
「どうした?」
「あなたはドライアーツの契約をした、それで今でもこうして生きてる。だけど、なぜあなたのドライアーツは見えないの?」
「え?ドライアーツって普通は見えるのか?」
二人の間で疑問が増幅する。
知ってて隠してるわけじゃなくて本当に知らないんです。そんな茹ですぎたパスタを見るような目で俺を見ないで。
「魔術系統のドライアーツが発動したとするなら、見えない可能性もゼロじゃない。でも、魔法なんて簡単に使えるものじゃないの」
「シュウキやバルバラ姉さんは特別ってことか」
どうやら魔女と呼ばれる二人の力はドライアーツのものらしい。視認できないからそう感じなかったわけだ。
「そう。その上、魔法型のドライアーツは世界に二人しか存在できない」
「ん?二人だけって、七色の王に魔女っていなかったか?」
俺の記憶違いでなければそんな異名を持つ人物がいた気がする。
「あぁ、『赤の魔女』ディアナのこと?」
「そうそう。そのディアナって人は魔法使いじゃないのか?」
「彼女は魔女だけど魔法使いじゃない。彼女のドライアーツ、『アトミックアサルト』がその理由かな」
「なんだそのカッコイイの」
僕にください。
「ドライアーツの多くは一対一の近接戦闘をする武器なんだけど、彼女のそれは一対多数を可能にする遠距離武器なの」
「銃か何かってことか?」
「銃……あぁ、そんな呼ばれ方してたね」
箱入り娘なのだろうか、このお姫様?
というより、剣が主流のこの世界で銃なんてイレギュラーが出てきたらひとたまりもないだろう。
「そんな事よりカグヤのドライアーツの事だ」
原点回帰、さてどう語ろうか。
「俺にもよく分かんねぇんだよな。一瞬、足から羽みたいなのがバッて出て、すぐに消えちまった」
ありのままを話したのだが、やはり難しい顔をされてしまう。
「まぁ、助かったんだから無理に詮索する気はない。それにもう出口」
チョコの言葉を受けて目の前を見ると鉄でできた梯子がうっすらとランプに照らされていた。
「これを登れば……トッポの部屋…」
そう言うチョコの額にはわずかに汗が見える。疲れたというよりは畏怖の念からくる冷や汗だろうか。どんだけ怖いんだよ侍女長。
ニャットから少し話は聞いた気がするが、おそらくすごい御方なのだろう。
「行くよ、カグヤ」
「あ、あぁ」
一足先に梯子に手をかけるチョコを追って俺も歩を進めた。
天井があるわけでなく、小さな空間に出る。
目の前には小さなドアが一つ。きっと暖炉の中とか、ラノベ的にはあるあるな場所にたどり着くのだろう。
何の躊躇いもなくチョコはドアノブに手をかけ、音を立てないようにゆっくりと扉を開いた。
チョコの視界の先を後ろから覗いてみるが、そこには見るも無残に荒らされた石造りの洋室があった。
「ここが、ガルロッテ城か」
「中まで随分やられたみたい。被害状況を確認したいけど、敵がいないとも限らない。カグヤ、私から離れないでね」
「おう」
どうやら思った通り暖炉の中にあったらしいドアから静かに部屋に足を踏み入れ、チョコは辺りを見回す。
「これ、トッポが気に入ってた机と花瓶……どうやら、ここでも戦闘があったみたい」
「その侍女長って人は戦えるのか?」
侍女長、俺的に解釈するとメイド長といったところか、とにかく主の世話係を統率する責任者だと思うのだが。
「トッポは以前、七色の王の一人としてガルロッテ建国に尽くしたほどの強者。現役ではないけど、そう簡単にはやられない」
どうやら鬼強いらしい。会った時には気を付けよう。
悲しげな顔をするチョコは赤いマントを翻して、正面にある入口のドアを開け、廊下の様子を窺う。
「ここから移動するから、しっかり付いてきてね」
「任せとけ」
まさしく腰巾着の俺は、廊下へ飛び出していくチョコの後ろを静かに追いかける。
その廊下は、壁に掲げられていたであろう旗が焼け落ちていたり、割れた窓ガラスの破片が散乱していた。おそらく城中で戦闘が繰り広げられたのだろう。
しばらく長い廊下を進んでいき、俺は少し疑問が浮かんだ。
「おい、チョコ、一体どこに向かってるんだ?」
何の躊躇いもなく、チョコは廊下を駆け抜けていく。先ほどからいくつもの部屋を素通りして行きながら。
「リレイアの………私の、妹の部屋」
「お前、妹いたのか」
俺の言葉に無言で頷きつつ、チョコは素早く移動していく。しかし、その部屋まではそれほどかからなかったらしい。
「あの角を曲がれば……待ってカグヤ、敵がいる」
「まだ終わってなかったのか」
角から部屋の前の様子を窺うと、そこには地球で魔女を襲ったものとは別のリザードマン軍団がはびこっていた。
「なんか、精鋭揃いって感じの身なりだな」
「あれはゴディバルト騎士団長直属の異形種親衛隊。その辺の雇われ傭兵とはわけが違う」
おそらくドライアーツであろう赤の鎧をまとい、片手には盾、もう一方には湾刀シャムシールを掲げている。
地球のがチョコの言う雇われ傭兵なのだとしたら、彼らはきっと戦闘のスペシャリストだらけなのだろう。しかしながら、
「グギャアァァァァ!」
先ほどから聞こえてくるのは、その精鋭リザードマンの叫び声ばかり。どうやらチョコ妹の部屋で戦闘が行われているらしい。
ドン、という大きな音とともに一匹のリザードマンが部屋の外に飛ばされ、その勢いは後ろにいたもう一匹ごと廊下の壁に叩きつけた。
「この感じ……彼か!」
パラパラと石造りの壁から破片が落ちる音を聞いてチョコはおもむろに立ち上がると、右腰に手を当てドライアーツを顕現させる。
「どうしたんだチョコ?」
「私も加勢する。あの中にはおそらくまだリレイアがいる。カグヤはここを動かないで」
「ちょ、え?」
何がなんだかさっぱり状況が理解出来ないカグヤを置いて、チョコは一瞬の内に部屋の前まで駆け抜けて敵を一掃していく。
相変わらずだが、異常なスピードに加えてどこからあのパワーが出ているのか少々疑問である。
五分もしないうちに敵リザードマンは掃討され、辺りには静寂が訪れた。
「これは、もう来ていいって合図……だよな?」
カグヤはゆっくりと廊下に姿を見せ、戦闘後の現場まで近づく。これまたゆっくりと部屋の中を覗こうとしたその時だった。
ガジャンガシャンと重々しい音が近づいてきたかと思えば、それが目の前に姿を現す。
「へ……?」
頭には闘牛、もしくは鬼を彷彿させるかのような巻き角がついた全身重厚な黒のフルプレートアーマーに身を包んだ『それ』が、そこにいた。
目の隙間から見えるハズの目はよく見えず、なんだか獲物を狩るモンスターの如く赤く反射して見える。
「えっと……その」
優に百八十センチはある巨体から見下ろされて、うまく言葉が出ないのは確実にビビってるからです。ほら見て!足が今までにないくらいガタガタいってるよ!こりゃダメだ、俺詰んだわ。二度目の詰みきたわ。
謎の諦めムードのかいも虚しく、中からチョコがひょっこりと出てきた。
「あぁ、カグヤ。もう大丈夫だよ……って、そっか、彼に会うのは初めてだもんね」
「おっと、ショコラティアの知り合いか。これは失礼した」
低い笑いが鎧の中から聞こえてきたと思えば、その頭の部分だけが光を放って消えた。
「ドライアーツ……なのか」
中から出てきたのは俺と大して歳も変わらなそうな青年だった。
「申し訳ない、まだ敵の残党がいたのかと思ってな」
「あぁ、いいえ」
凄く緊張してます私。隠すこともしません。
「この人はカグヤ、黙示録の担い手」
「黙示録の……ついに現れたか」
チョコが俺についての大雑把過ぎる説明をする。
ついにって、俺が来たのは運命的な何か?ベートーベンなのか?ふっ、我ながらしょうもないな。
頭が上手く機能していない俺をまじまじと見ながら、その短い黒髪を掻いて彼は話し出す。
「カグヤ、と言ったか。俺はギリアス・ブラッドフィールド、見ての通りただの剣士さ」
「初めまして、竹井カグヤです」
さっきチョコの説明を大雑把とか思ったけど、俺も人のこと言えるレベルじゃなかったわ。
「カグヤ、彼がギリアス、『黒の王』よ」
「え?………えっ!?」
「なぜ二回驚いたの?」
さらっと言われたけど、これ相当重要な事ですからね?『黒の王』ってアレですよね、『黒の鬼神』とかっていう異名を持つヤバイ人ですよね?
驚きの理由はもう一つ。その若さにして屈強そうな肉体に落ち着き払った精神力、もしかしてかなり年上だったりするのか?
「うわぁぁぁんギルくぅぅぅぅん!」
「何事!?」
思わず反応してしまった俺に反してギリアスは、やれやれといった表情で再び部屋に入っていく。
「リレイア、もう大丈夫だから。ほら、俺も怪我なんてしてないだろう?」
どうやらチョコ妹が部屋の中にいたようだ。
目の前でリザードマンとの戦闘の光景を目の当たりにしたら……俺は失神してるかも。
どれどれと俺とチョコも部屋に入り、チョコ妹の状況を窺う。
「リレイア、大丈夫だった?」
「お姉ちゃん!助けに来てくれたの!?」
「うん、色々手間取ったけど無事でよかった」
姉の元へ駆け寄る妹は、チョコと同じ白銀の長髪を二つ縛りのお下げスタイル。顔もまだ幼げだ。
しかし、俺を見た途端、少女はその場に硬直した。そして見る見るうちに顔を赤らめ、涙でぐしょぐしょの顔を拭い、衣服を手で払い、深々と頭を下げる。
「お初にお目にかかります。私はリレイア・ガルロッテと申します。……あなたは?」
「俺は竹井カグヤ、いわゆる『黙示録の担い手』ってやつかな?」
自分で言うほどの実感なんて何一つありはしない。
「そうですか貴方が」
そういうリレイアはしっかりとした口調ではあるものの、その片手は姉であるチョコのマントをぎゅっと握っている。ある意味微笑ましい絵面だ。
ギリアスとリレイアの高低差があり過ぎるキャラクター性に和んでいると、黒の王ギリアスが話し始める。
「それでショコラティア、これからどうする?」
「そうだね……ギリアス、この一件について何か知っている事はない?」
「この戦争に関して有益と思われる情報はさほど無いな。ゴディバルトが一方的に不可侵の法を犯し、ガルロッテを襲撃した」
「私達と変わらないか………」
再び行き詰る現状にチョコからため息が漏れる。
「何しろ急なものだったからな。俺もたまたまガルロッテにいて、リレイアの護衛をトッポ様に任された」
「トッポと会ったの?」
「あぁ。確か、ショコラティアは逃がしたから残るリレイアを守れと。城下町でな」
「そう……」
今回の目的の一つにその鬼侍女長との合流があったが、どうやら事はそこまで上手くいかないらしい。
「ねぇねぇ」
「え?」
左手にチョコの赤マントを掴みつつ、俺の制服のブレザーを引っ張るのは小柄なリレイアだった。
身長にしても百五十ある位かな?とにかく小さくて微笑ましい。これが本物のロリータってやつか、侮れん。
「どうしたの?」
俺は膝に手をついて目線を合わせてあげる。
「あなたは人間なの?」
どこからどう見ても人外ではないと思う。それともこれが『あなたの顔、化け物みたいアハハッ』って意味だとするとこの子、相当ヤバイ。
「見ての通り人間だよ。ほら、目も耳も普通だろ?」
言うまでもないが俺はオッドアイでもエルフ耳でもないオーソドックスで純粋な人間だ。
「ふぅん。でもギル君と同じくらいの歳に見えるのに、あなたちっちゃいね」
毒舌ロリ現る。こりゃヤバイわ、姉達が真面目な話をしている所でいたいけな少女に罵られてる。だが決してそういう趣味はないから安心して欲しい。ホントだよ?
「なかなか厳しいねリレイア」
「なっ!呼び捨てにしたわね!いいこと?私は皇女なのよ!そこに跪きなさいって……わぁあ!?」
毒舌ロリータリレイアの両脇に手を入れ、ひょいと持ち上げるギリアス。僕の世界だったらまず無い絵だよね。
「リレイア、初対面の御仁に失礼だろ?」
「うぅ……ギル君がそう言うなら」
「お姫様は礼儀正しく、だろ?」
「うん。ごめんなさい」
オトンギリアス。子を躾ける親にしか見えないのだが、それを言うと話がこじれるので割愛。
左腕の特等席に座りご満悦のリレイアを見つつ、チョコは口元に置いていた手を離し次の指示を出す。
「まずはニャットと合流しよう。もしかしたらそこにトッポもいる。積もる話は道中で」
「承知した」
「りょ、了解だ」
「ギル君いこー」
こんな感じで一時の奇妙なフォーマンセルでの行動が始まったのである。