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銀紙ビターな異世界黙示録  作者: 峰坂ラグ
第4章
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4章【past days】

 日本という国で摂氏四十度を超える地帯がどの程度あるのかは知らない。なぜならここは日本ではないから。

 それに加えて辺り一面が砂に覆われた不毛地帯ともなれば、日陰の一つもないし、雲が浮かぶこともない。

 体感温度としては五十度くらいの気分でいる。体感したことないけど。

「なあ業者さんよ、コーラルまであとどれくらいで着くんだ?」

「そうだな、遅くても一日走れば着くさ。あんたら、リシュリュー様の客人なんだろ?気長に待っててくれや」

 馬とラクダを足して割ったような見た目だが、よく見ると六本足の奇妙な生き物二匹が引く荷台に揺られて早半日。

 道中、チョコの言っていたようにサンドストームとかいう巨大砂嵐や、巨大サソリ的なものに襲われはしたが、なんとか五体満足だ。

「カグヤの世界はどんな場所だったの?」

 不意に、対面するように両サイドに設置された座席のちょうど真正面、そこに座るチョコが口を開いた。

「また唐突な質問だな」

「いや、今まではあまり落ち着いて話すことがなかったから」

「とりあえず、この世界ほど無慈悲に溢れたもんじゃなかったよ。教育はどの国、どの地域でも一部を除いて行われていたし、政治っていう話し合いのテーブルで世界中の意思を擦り合わせる。そんな世界さ」

 チョコは背筋を伸ばして、新卒の学生が面接でも受けるかのような姿勢の良さ。それでいて話がしたいのか、体はやや前のめり。

「カグヤは政治をしていたの?」

「姫様、こんな唐変木に国を任せる国民がいるとお思いニャ?」

 さっきまで暑さでバテていた猫もどきが口を挟んできた。後で覚えとけよ。

「俺はただの高校生、学校の学生だ。政治やら世界やらの基礎知識を教わっている立場の人間だし、政治家になるつもりもねぇ」

「じゃあカグヤは何になりたいの?」

 どうにもチョコから単調な質問が繰り返される。

 しかし、その目は暇潰しというよりは純粋な興味からくる目をしていた。

「何になりたいかなんてまるで考えてない。ただいつもみたいに学校で、同士とアニメやラノベについて話し合えたら、そんな平和ボケした世界で生きたい」

「トッポも興味を持っていたけど、『学校』って勉強するだけの所じゃないの?話を聞いていれば、ずっと友人たちと喋っているだけのような……」

 授業中は一応静かにしてるけど、真隣の天乃とヒソヒソ話してるし、簡単に否定できない。

 それでも大概の生徒は真面目に勉強をしていることを伝えると、またもチョコが不思議そうな顔をする。

「じゃあ、そこでカグヤはどんな生活をしていたの?」

「うーん………聞いても面白くねぇよ?」

「どうせ時間はある」

「うーん………」

 チョコに押し切られ、仕方なく腰かけてた座席に座り直し、長いような短いような、曖昧でいて鮮明な話を始めた。



 これは俺、竹井カグヤがまだただの中学生をしていた頃の話だ。

 それは今から約三年前。中学三年という多感な時期のこと。

 周囲では今どき流行りのアイドルとか女優とか、そんな話が飛び交っていた。

 俺はその空気の中で息を吸い込み続け、周りとの壁を作らず、上辺だけの関係を築き続けていた。

 そんな時だ。同じクラスの冴えない男子生徒とその友人が現れたのは。

「おい竹井、お前ってぼっちってやつ?ならこれ、俺が今季イチオシのラノベ読んでみろって!絶対ぇおもしれぇから!」

 前の授業から机に座ったままの俺は誰と仲がいいわけでもなく悪くもなかった。

 そんな中で急に話をかけてきたのが冴えない君の友人だった。

「おいロク!布教活動もそこそこにしとけって。ごめんな、竹井君」

 突っ走る友人を静止させるのが冴えない君の役目らしい。

「いや、俺は俗に言うぼっちで間違いねぇかも。でも読みたい本もあるし、今は何も問題ねぇよ」

 手に持っていた小説を見せると、そっかと言って残念そうにイチオシとやらをさげた。

 この二人、名前はなんだったか。当時も今も曖昧で、はっきり言えば全然覚えていない。

「ってかよコウ、竹井の読んでるやつって」

「あぁ、この前あった小説大賞の大賞受賞作だな。新人処女作大賞とか、どんだけ付加価値つけりゃ気が済むんだろうな」

 この何気なく交わされた彼らの会話に俺の心は震えた。

 小説大賞の受賞作のラノベなんて、アニメなどが放送される深夜帯の一部でしかCM放映されない。

 つまり彼らは自分と同じ趣味を持っている可能性があるということだ。

「君たちは、こういうの好きなのか?」

 俺の言動に彼らは顔を合わせて笑い出し、その笑顔で、

「「ああ!」」

 と眩しい光を俺に見せてきた。

 敵を作りたくない一心で周囲の当たり前を取り込もうとする有象無象が跋扈するこの環境で、どれだけの人間が彼らのように『自身の好き』を惜しげもなく他者に伝えられるのか。

 そして、なんと純粋な笑顔だったのだろう。当時の俺は彼らに憧れた。

 名前も知らない、というより覚えていない彼らに。


 彼らとは別の高校でそれから会っていない。

 俺は生憎、勉強ができたことや、担任のススメもあり、地元では有名な進学校に入学したからだ。

 それからというものの、俺は彼らを真似るようにオタクであり続けた。

 周囲に敬遠されながらも動じることなく、何よりも堂々とした。

 自分は自分の好きなものを好きなままでいたいから。

「竹井ってやつ、いっつもゲームで遊んでるくせにテストは満点で主席とかどうなんだよ」

「俺聞いたことあるぜ、勉強なんてしたことないとか言ってたって噂」

「マジ?てかあいつ、中学でもぼっちだったらしいぜ?」

 案外、学生同士のそんな噂が素早く回るせいで俺はまた独りになった。

 生徒同士でも引くことはしないし、教師にさえ対等以上に口で勝てる。無論、内申点は無視の方向だが。


 とある日の放課後、夕日が差す教室に一人の女子生徒がいた。

 同じクラスの誰か。名前は知らない。

 しかし、その手に持つ携帯ゲーム機を見て、さながら中学時代に戻ったかのような景色を感じたのだ。

 だからその足は彼女を求めたし、その口は同じものを語りたがった。

「やっぱり名作だったかぁ、俺も買えばよかったかなぁ」

「え?」

 そう、それが彼女、天乃織姫との出会いだった。

 きっかけなどどんなものでもいい。ただその間に同じ『好き』があるのなら、他には何もいらないのだから。



「要するにだ、いろんな考えのやつがいて、いろんな生活があるってことさ」

 白々しく他人事のように話し終えるとチョコは不満そうに眉間にシワを寄せる。

「人の思想に合わせて生きなければ仲間外れにされるってこと?」

「そう。それがイジメになったりとか、加害者が自殺したり、なんてこともある」

「カグヤの世界の人は弱いんだね」

 吐息のように何気なく発せられたチョコの発言は無機質で、情というものがまるでなかった。

「どういうことだよ?」

「もちろん自分の思うように生きられない人々がいるのは仕方がない。でも、この世界に生きる者は差別や偏見を日々受け続けているけど、そんな中でも生きるという戦いから逃げはしない。そんなことで命を絶つのはただの傲慢だよ」

 今日のチョコはよく喋る。

 だが、その言葉一つ一つが世界の真理を突きつけるかのようで俺には理解し得なかった。

「差別や偏見というものは決してなくなりはしない。だから命あるものはそれを受け止め、生きる義務がある」

 彼女の言うことは、おそらく正しい。

 強くなることと強くあることは大きな違いだ。

 少なくとも彼女自身はそのどちらも持ち合わせている。もしかすると、この世界に生きる全ての生命が。

「確かにそうかもしれない。昔はそういう人たちが多数を占めていたし、一概に否定はしない。ただ、時代が進むにつれて、そういう生き方ができなくなったんだ」

「………難しい世界だね」

 それきりチョコとの会話は途絶えた。

 ニャットは相変わらず伸びきって体温を下げようと試みているが、ますます干からびる一方だった。


 色々な生物の混ざったキメラ的なゲテモノを次々と一撃のもとに撃破していくチョコと、対照的に馬車でくつろぐ俺とニャット。

 結局のところ、一日が終わる前に余裕を持って到着したコーラルは遠目から見ると、砂漠という海に浮かぶ一つの島のようだった。

「これがコーラルか……」

 地面が隆起してできあがった山に森林が所狭しと根を生やしている。

 砂漠とコーラルの領土の境目は生い茂る雑草を見れば一目瞭然だ。

「ここでセキエイと会えれば、あとは赤の魔女様ただ一人だが、まさか居ないなんてことねぇよな?」

「分からない。でも、セキエイは王様だから多分いる」

 コーラル王セキエイ現る。

 ここまで来ておいてアレだが、『七色の王』の座についている連中で王様っていうのはチョコだけだと思ってた。

「それなら話は早いな。さっさと済ませて打倒ゴディバルトだ」

「そう簡単にいくなら話は早いんニャけど……」

 ニャットの不安ももちろんだが、今はとにかく進むしかない。

 もしかしたら、ギリアスたちは既に青の王と同盟を組んで俺たちのことを待ちわびている可能性だってないわけじゃない。

 ならばなおさら、こちらは急いでガルロッテに帰還する必要がある。


 膨大な自然の中に踏み込んでいき、ふと上を見上げると木々の間には蔦や木でできた橋が架かっている。それもそこら中に。

「木の中だったり、木の上だったり、はたまた普通に地面にだったり、どこを見ても民家だな」

「それもそうニャ。コーラルは周囲を呪いのルグルー砂漠に囲まれた聖域。人が増えても住める場所には限りがあるのニャ」

「人口爆発の結果ってわけか。ここはここで大変な社会問題を抱えてんだな」

 小難しいことを考えつつ、少しの間歩いているとコーラルの住人であろう人々が道を行き交う。

 女性は緑の髪に、すらっとしていて色白美形。男性は緑の髪に高身長にいい体つき、そして色白美形。

「なんか、俺たち浮いてねぇか?」

「いわゆるエルフ族の国ニャから。ほら、見てみるニャ、みんな耳が少し尖ってるニャろ?」

 ニャろってなんだと思いながらも彼らをよく観察してみる。

 確かにこれはエルフ耳というやつだろう。

 しかし、俺のイメージとしてはもっと長くて鋭いような感じだけど。国によってエルフとか妖精とかのイメージは違うって何かで聞いたことあるし、そういう事なのだろうか?

「彼らは高潔な種族だから、他の種を下に見る傾向があるとか……」

 しばらく黙りだったチョコがさらっとエルフ豆知識を入れてくる。

 推測だが、種族間の因縁とか、そういうドロドロしたものがあるに違いない。

「って待てよ?『七色の王』って全員人間族なんだろ?」

 以前そんなことを聞いた気がする。いや聞いた。

 人間族は他種より貧弱だからそのアドバンテージでドライアーツ適性が高くて、七色の王はその恩恵を受ける人間族から選ばれる、的なことを。

「そう。彼は普通の人間」

「じゃあなんで、エルフの森の王様なんてできるんだよ?」

 さっきまでの会話の流れでは、彼が王であることは明らかに矛盾している。

 しかし、その疑問はチョコの言葉によって強引にねじ曲げられた。

「それは、彼が『王』だから」

「………は?」

「詳しいことは彼に会えばわかる。直接言葉を交わせばカグヤにもわかるよ」

 なんだか釈然としない。

 道行くエルフの視線を感じながら山の頂上、コーラルの中心にして神木、ガレスウッドにたどり着いた。


「人間、この先は王の間である。許可なき者は何人たりとも足を踏み入れることを許さん」

 神木の根元にある巨大な門の前。

 そこには武装した屈強そうなエルフ兵二人が待ち構えていた。

「おいニャット、リシュリューから信書とか出してくれてねぇの?」

「私がそんなこと知るはずないニャし」

 チョコの背後に隠れて耳打ちする俺とニャット。なんて情けない。

 そんなチョコは小さく息を吐き、胸を張って赤いマントを翻した。

「私はガルロッテ公国第一皇女にして白の王、ショコラティアである。七色の王として早急に、緑の王、セキエイに伝えるべき話がある。門を開けよ!」

 かつてない怒号にも似たチョコの一声にエルフ兵は顔をこわばらせ、門の中にいた兵士に話を通した。

 しばらくして、扉の向こうのさらに奥から素早く戻ってきた兵士は外の兵士に耳打ちする。

「大変失礼いたしました。どうぞ、お入りください」

 その言葉と同時に、観音開きの巨大な門扉は低い音を立てながらその道を開いた。

「行くよ、二人とも」

 ショコラティアさんマジかっけぇッス。

 締める時は締める。チョコはどこまでも真っ直ぐで、その信念は王というより騎士に近いものを感じた。


 門をくぐり抜けた先に待っていたのはただただ広い空間。

 床には赤の絨毯、壁には金であしらわれた様々なオブジェが飾られている。

 さながらガルロッテ城の広間のようだが、流石に植物の中というだけあって、いたる所から木の幹が顔をのぞかせている。

 そしてその最奥。煌びやかな玉座に君臨する一人の男性がいた。

「セキエイ、邪魔する」

 チョコがいつになく堂々としている。王様ヒエラルキーの頂点なんだっけか、白の王。

 対して玉座の男は足を組み直し、こちらにゆっくりと目を向ける。

「またいつになく唐突ではないか、ショコラティア。さては、やっと我が妻となるべくあの鬼を置いてきたのだな?」

「それは違う。コーラルは孤立国家、故に情報が常に遅れている」

「ほう、これは手厳しいな。だがよい。ちこう寄れ」

 頬杖をついているその男、セキエイは賢者なんて穏便そうな柄じゃない。

 短くカットされた緑の髪に、褐色の肌。目付きは鋭く、その顔つきは常に余裕を醸し出している。

「ショコラティア、ソレは新しい従者か?」

 玉座の前まで来たところでようやくその目に映ることができたらしい。

「彼はカグヤ。黙示録の担い手」

「………ほう」

 目が合うとその深緑の瞳に思わず全身が固まる。

 さながらヘビに睨まれたカエルってやつだ。

「貴様に問おう。『黙示録の担い手』とやら」

「なん、でしょうか?」

「貴様はこの世界をどう見る?」

「………は?」

 想定以上のスケール感でお送りするセキエイの一問一答コーナーは波乱の展開を迎えております。

 もう少し単純な質問が来ると思ってたんだけど、それどころじゃない。

「意図がわからぬか。では言い換えてみせよう。貴様はこの世界、リオアヒルムに足りぬものは何だと考える?」

「それは……教育、ですかね?」

 瞬時に思いついたのがガルロッテ城でのトッポとのやり取りだった。

 思いつきで言ったはいいものの、セキエイは鋭い目付きをそのままに再び口を開いた。

「それがこの世界にどのような影響を与える?」

「俺が今まで見てきた街はどこも、貧民街があったりとか、本の読めないやつとかがいた。教育が根付けばその不平等がなくなる……と、考える」

 セキエイの納得する回答を導き出すことができただろうか。

 そんな考えをしている俺に対して彼は、ふんと鼻息を鳴らす。

「我が問答の真意を理解していないわけではないだろう。だが、貴様のそれもまた間違いではないが、我ならこう答える。この世に足りぬものは『絶対の王』である、とな」

「まさか、そのイスにあなたが座るとでも?」

「無論だ。王とは、有象無象ありとあらゆる民を従え、誰よりも強い野心と器を兼ね備えねばならぬ。そのすべてを手にした時、その民衆によって王は選定されるのだ。故に我はなるべくしてこのコーラルを治める王となった」

 どこまでも傲慢そうな態度であるが、彼が敷く政治は圧政ではない。それはここまでの道中で見たエルフの顔つきを見ればわかることだ。

「少々熱くなりすぎたな。此度の来訪、誠に大儀である。まずは食事でもしながら、貴公らの歩いてきた世界の話にでも興じるとしよう」


 チョコの言っていた通り、彼は真の意味で『王』なのだろう。

 その威厳と威光に惹かれた者が崇拝し、跪くコーラルの長。

 彼をこちら側へ引き込めるのか不安こそ残るが、ブレることのなさそうな風貌を見れば確率は半々と言ったところだろう。

 その後、セキエイと共に囲む食事の席は静かなまま幕を閉じた。

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