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銀紙ビターな異世界黙示録  作者: 峰坂ラグ
第3章
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3章【unrest】

 何気なく歩いていたシルフィシス城の廊下。赤いカーペットが端から壁の突き当たりまでのびている。もちろんその角を曲がっても同じ光景が続くわけだが。

 その廊下を照らす外からの光は薄く、未だにジメジメとした天気が続いていた。

 日本の梅雨のような気候を体で感じながら一室の扉を開くと、中には白銀の髪を結わえた少女と、猫族ケモ耳がいる。

「チョコ、髪縛ったのか」

「この雨で鬱陶しくてね」

 ただでさえ跳ねやすいという彼女の横髪はどうにもその癖が強いらしい。

 対してニャットは、肩にかからない程度の長さで外ハネするそれを指でいじっている様子。

 時折見せる顔を擦る動作を見れば、やっぱり猫なんだなと、周囲に感じさせた。

「それで、安全なルートとやらは見つかったのかニャ?」

「お前らが意気消沈している間に俺がどんな経験してたのか、知る由もないだろうよ」

「そんなもの、元から興味なんてないニャし」

 ふんと鼻を鳴らしてニャットは立ち上がり、チョコ共々、部屋の中央にあるテーブルまで歩み寄った。

 この雨が上がる頃に歩くだろう道はシルフィシスの街から砂漠の中心にある都市、『コーラル』へのものだ。

 都市とはいえ、そこはいわゆる砂漠のオアシス。巨大な砂地に根を張る大森林地帯。水もあれば、飢餓を考えさせもしない食料にも恵まれた環境だとか。

 場所が場所なゆえに外交や、個人の商人が迂闊に近寄れる場所ではない。つまり、足の確保も容易ではないということでもある。

 だが、その点に関してはリシュリューの手を借り、現地で砂漠横断用の馬車を用意してもらっている。

 改めて目的地を目指すにあたり通過するルートだが、極めてシンプル。

 シルフィシスを出立し今まで歩いてきた街道を戻るように進み、途中で分岐する道を曲がる。その先には近づくこともはばかられるゴディバルト帝国があるため、そこを迂回するようにして、エマニスクという街で業者と落ち合う算段だ。

「ゴディバルトか……」

 ある程度説明をするとチョコが片手を顎に添えて考え出す。

 道中、ゴディバルトを避けることはできないし、仮に安全であろう遠くへ迂回するとなると海を渡る必要があるとか。

「海を渡るとなるとデカいバケモノが出るって話だ。……正直、そろそろまともな装備しないと身も心も持たねぇよ。制服でリヴァイアサン討伐とかマジ、シャレになんねぇぞ」

 首元の緩んだネクタイに触れるが意外なことにほころびの一つもなかった。戦いに会う機会が少ないせいだろうか、これほどまでに戦いに遭遇しないのは偶然なのかどうか。

 思い返せばゴディバルトが差し向けてきた敵は、『黄の王』エルキアとその手下、そして先刻のキラーゴブリンだけだ。こちらが大陸中を歩いている中、これだけの機会がありながら攻撃を仕掛けてこない。

 キラーゴブリンの件を考えれば、位置の特定ができていないわけではないだろう。あれはリシュリューに対しての挑発でなく、端からチョコや俺を狙うための罠だ。

 しかし、エルキアは『何でこんなところにアンタがいるんだ』と疑問を呈していた。それを鑑みればゴディバルトの攻撃はキラーゴブリンによる奇襲の一度きりということになる。

「どうしたの、カグヤ?」

「いや、何でもない」

 チョコの一声で思考から現状に落ちる。考え過ぎだろう。

 裏で何者かが糸を引いているのだとすれば、今に限っては好都合と見るべきところだ。

 俺は考えることを止めてルートの詳細なデータを周知した。


「また近いうちに会うことになるだろうが、健勝で」

 城の門を出たところでリシュリューとマアヤ、そして他の眷属たちが俺たちを見送る。

 服装に関してリシュリューからの施しを受けなかったのは彼の勧めだ。『黙示録の担い手として異形の姿であることに意味がある』と。

 つまりは、黙示録の担い手として目立つ格好をしていた方が説明に無駄な時間を費やさないだろうということ。

 この世界で生きるのに高校指定の制服装備とは、我ながらまた随分甘い考えだと感じる。

 それを追求したところくれたものが、何の変哲もない黒のローブだ。

 長さは膝丈ほどまであり、フード付きでほぼ全身を覆うことができる。ゴディバルト帝国近辺に入れば少しも役に立ちそうな便利グッズだと思う。

 よく観察すると胸の部分に白の糸で花の刺繍が施されている。それを気にしつつ彼女を見ると静かに頭を垂れ、旅の安全を祈ってくれていた。



 それはシルフィシスを出る前のこと。マアヤの部屋でキスをしたその時のこと。

「マアヤさんはホントに不思議な人だな」

「ミステリアスはお嫌いかしら?それに『さん』なんて必要ないのよ?」

 談笑を楽しんでいた矢先、マアヤは一息ついて落ち着くと急にその距離を再び詰め、その口は俺の耳元で止まった。

「リシュリュー様には気をつけて。今の彼は何かおかしい」

 そのこそばゆい吐息と共に聞こえた小さな囁きに、自分の顔がこわばったのを感じた。

「ゴディバルトの手かなにかか?」

 彼女の後ろ、というより出入口の扉を見ながら俺はおそるおそる口を開いた。

「まだ分からない。些細なところで疑問があるの。今言えることはそれだけ」

「まさか黙示録を見て行動を開始したとか?」

「いいえ、それは間違ってもしないわ。そもそも黙示録は、担い手………あなたの許諾なしに拝読すれば災いが起こるとされるから」

「災いって、どんな……」

 マアヤはただでさえ近い距離をさらに詰め、俺の胸に寄りかかるように手を当てた。

「読者の死を予兆させる文章が開いたページに書き込まれている、というものよ」

「まさに個人への災いそのものだな」

「何にせよ、今はリシュリュー様をあまり信用しない方がいい。もしかすると…………いいえ、私も探りを入れてみるから」

 その間が気にはなったが、わかったと首を縦に振るとマアヤは二歩、ステップを踏むようにさがり、見たこともないような純粋無垢な笑みを浮かべ、

「話はお終い。何かが起こるその前に、ガルロッテを救って、早く私を連れ出してね、『王子様』」

 恭しくメイドのスカートをつまんでお辞儀した。

 彼女は眷属という立場を捨てたいのだろうか。そういう意味でなくても、リシュリューは黙っていないだろうが。

 俺はただ、おうとだけ言ってその部屋をあとにした。



 シルフィシスを出発してから半日。馬での移動には限度がある。それはどうしようもない、体力的な問題だ。

 同じ生き物として当然のことながら、アニメの見過ぎかもしれない。それらの馬はいついかなる時でも主のために昼夜問わずに走り続けているのだから。

「こんな時だけリアリティー出してくるとか、つくづく優しくない設定だなこの世界」

「何を言ってるニャ。黙って馬の飲み水でも汲んでくるニャ」

 近くの湖に木製のバケツを持ってノロノロと歩く。マアヤのこともあるためか、心が行動を急かしている気がする。

 一刻も早く七色の王に会わなければならない、ただそれだけ。

 こんなことをしている間にもこの大陸という小さな世界ではとんでもない異変が起こっているのかもしれない。俺という黙示録の担い手を中心として。

 思い返せば未だにギルフォードという人物に巡り会っていない。

 この世界に俺を放り込んだ何よりの元凶。とはいえ、その足を踏み入れたのは紛れもない自分自身なのだが。

 湖にバケツをつっこみ引き上げると大きな波紋が水面全体に広がっていった。自分がこの世界にどのような影響を与えているのか、それを諭すかのように。


「戻ったぞー。ったく、もうちょい黙示録アドバンテージあってもいいんじゃねぇのか、この世界は。なんだよ馬の水汲みって、メイドの二人や三人いてくれたっていいじゃねぇかよ」

「何をブツブツ言ってるニャ。さっさとこいつらに水をやるニャ。今のお前はこいつらよりも使えない脳なしニャし」

 散々な言われようだが事実に変わりはない。

 三頭の馬の前に水の入ったバケツを置くと、それはもう気持ちいいくらいにガブガブと飲み干していった。

 無反応な俺が気に食わないのか、まだ雨の湿気が残っているせいかは定かではないがニャットの機嫌はあまりよくない。

 チョコは相変わらず岩場に軽く座って目を閉じ瞑想の真っ最中ときた。

 このパーティー構成には欠陥が多過ぎると思うのは俺だけなんだろうか。

「雨、降るかも」

 ボソッと言うチョコは目を開きゆったりとしたモーションで岩から飛び降りた。

「進むなら今だね」

「はいニャ!」

「そうなのか?」

「そう」

「雨で地面が濡れれば獣人族の耳も鼻も利かない。つまりは馬の足跡や微妙な残り香を気にせずに動けるってことニャ。今が最善のタイミングニャ」

 多数決の上、ニャットから珍しく理論的な発言が飛び出した。

 この世界観がイマイチ分からないというのもあるが、フラグのような気がしてならない。

 周知するまでもないが、個人で警戒することは悪いことではないだろう。

 短い小休憩であったが馬もキリッとした表情をしている気がする。やはり現実世界の馬とはスタミナ的にもスペックが違うのだろうか。


 休憩後の移動中、空から落ちる水滴は数を増し、その大地を濡らした。

 そのおかげでニャットの言う通り地面はぬかるみ、辺りは雨の湿った臭いで覆われた。

 おそらくこれで追手に会うことはまずなくなるだろう。正面衝突の可能性は拭いきれるものではないが、気分としてはまだマシな方だ。

「エマニスクの街まで、あとどれぐらいだ?」

「それよりも先にゴディバルト領内の通過が残ってるニャ。せいぜいお前は敵に見つからないことを祈っていればいいニャ」

 気づけば、そう言う俺たちの右手には海が広がっており、逆を向くと遠く地平線に沿うようにゴディバルト帝国の外壁が見えた。おそらくここも領内なのだろう。いつ敵と鉢合わせてもおかしくない状況に思わず唾を飲み込む。

 全身に降り注ぐ雨はローブが完全に弾いてくれているため寒さの一つも感じることはない。しかし、想い人と物理的な距離が遠ざかっていくのを感じると心は冷える一方だった。

「その刺繍、よくできてるね」

 重たい空気を察してかチョコが珍しく口を開いた。

 それに手をやると細い糸の感触が伝わってくる。

「マアヤが頑張って縫ったんだろうな。裏地はちょいとボロいが、外面だけは上等なのがあいつっぽいよ」

「マアヤって、リシュリューの眷属の?随分変わった子が趣味なんだね、カグヤは」

 皇女で白髪で赤目で私服が白のタートルネックニットに黒のサイハイソックスでスカート履いてないくらいに設定過多なやつに変な子呼ばわりされたくないんだが。

 顔に出たのだろうか、チョコは逃げるように視線を前に戻した。

「もう少しすればゴディバルト領を抜けるニャ………けど、どうやらゴディバルト御一行のお出ましのようニャ」

 ニャットら獣人族の視界は俺たち人間の数倍は利くという。おそらくだが木々の陰にそれを見つけてしまったのだろう。

「こちらから仕掛ける。私が正面から叩くからニャットは回り込んで。カグヤは私の後ろをついてくればいい」

「冗談。俺も新天地に行く前にここいらでレベル上げときたいんでね。お前らのおこぼれで経験値稼がせてもらうさ」

 腰に差したブロードソードを引き抜き、チョコの後ろを走るように馬を操る。

「わかった。いくよ」



 まさに風のような速さで駆け抜けた騎乗戦は、これまた凄まじい早さで幕を閉じた。

 開幕早々にチョコが三体のゴブリンを殺さずに倒すと、ニャットの奇襲にも似た追撃に残った敵も次々と倒れていった。

 俺はというと、戸惑うゴブリンや報告に逃げるゴブリンを後ろからグサグサと。

 あまりの呆気なさに拍子抜けしてしまった。

「何かあってからじゃ遅い。早く移動しよう」

 チョコの提案に異論を挟むことなく、俺たちはそのままゴディバルト領内から脱出。エマニスクの街へと歩を進めたのだった。


「ここがエマニスクかぁ……」

 特にこれといった遮蔽物のない、割と盛んな村というイメージ。

 牛車が村の中をゆっくりと歩いていたり、露店で細々と商売をする若者などエトセトラエトセトラ。

 村人から感じられるまったりムードに思わず時間さえゆっくり進んでいるかのように感じられる。思えば今までこんな平和ボケした場所を俺は知らなかった。

「エマニスクは砂の都コーラルへの最終中継地点ってだけだからニャ。このリオアヒルムで最も平和な村ニャ」

「コーラルへの進軍でもありはしない限り、この村は平和ってわけか」

 ゴディバルト領の真隣だというのにここまでとなると、灯台下暗しというやつだろうか。

 村の先を見渡すと果てしない砂地が見える。

「あれが噂の砂漠か。この村の敷地内まで雑草が生えてるっていうのに、村の外に出た途端になくなるとかどんな気候設定なんだこの世界は」

「ルグルー砂漠ニャ。アレはたしか呪いの一種ニャね」

 また物騒な言葉が飛び出してきたなおい。やっぱそういう呪術的要素とかもあんのか、このクソ異世界。

「太古の竜族が当時、この周囲の土地を好き放題に占領していた領主に腹を立てて不毛地帯に変えた………っていうのが表面上の歴史」

「と、言いますと?」

「この土地、というよりコーラルの事だけど、そこにエルフたちは小さな村を構えていた。その一人に領主が手を出して、拉致監禁。これに激怒したエルフたちは竜族の長にこの話をし、復讐のために領主の持つ全て………その領地を竜族の力で全て焼き払い、二度と人が近寄り住むことのないように草木が育たぬよう呪いをかけた」

 つまり、竜族の呪いによってできたのがコーラルという人里離れた砂漠のオアシスというわけだ。

 元々エルフの村だったその地帯だけが、唯一その厄災の息吹を受けなかったのだろう。

 これからそのコーラルに出立するわけだが、

「その呪いとやらは自然殲滅運動だけで済んで、他には何もないよな?」

 単純に呪いのかかった砂漠に、立ち入った者は生きて帰れない的な設定はないか尋ねた。

 ニャットはわからないようでチョコの方を見やる。

「別に何もないよ。サンドストームとか大きい砂中生物とかそのぐらい」

「さいですか………」

 何でもないってことなくない?命に関わるわ。移動もままならないわ。

「大丈夫。業者はその辺のことを理解してるから、ある程度は避けて通れる。あとは私がなんとかする」

 情ねぇよ男子高校生。女の子に守られっぱなしのヘタレ男子高校生。

 全てを察したようなチョコの視線は『安心して』と言わんばかりの慈悲に満ち溢れているのを俺は見逃さなかった。


 そして、俺たちのルグルー砂漠横断旅行が始まったのである。

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