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銀紙ビターな異世界黙示録  作者: 峰坂ラグ
第3章
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3章【rest】

 空はこの世界に来てから落ち着いて見ることができる貴重なものだ。

 地球と同じように雲ができるし雨も降る。

 そして、今日はあいにくの土砂降り。それに比例するように城に篭る俺たちの空気はあまりよろしいものではなかった。

「なぁ、チョコ、そうイライラするなよ」

 声をかけられたチョコは無言で窓の外を見つめたまま立ち尽くしている。

 イライラという表現は少しおかしい。そもそもチョコが感情を顔に出ことなど、滅多にないレアケースなのだから。

 故に、この時のチョコの顔つきはただ無表情、しかしその目は鋭く、まるで外の雨模様を鬱陶しく思っているような。

 同じく部屋にいるニャットは雨だからか、いつも以上にそわそわしている。さすがはネコ族、本能の赴くままか。

 気まずい部屋の中、俺は一人で地図を広げ、移動ルートを模索する。

 とはいえ、俺自身、どの道が早いとか、ここは安全だとか、いまいちよく分かっていない。

 だから俺は重い空気が立ち込める部屋を出て、人を訪ねるため長い長い廊下を歩いた。


 シルフィシスの街中で起こった、ゴブリンによる事件後、俺達は襲われていた店主のエレナに事情を聞いた。

 どうやら彼女はリシュリューの元眷属で、今ではひっそりと八百屋を経営していたらしい。

 その八百屋業で世話になっているのが、なんともまあ都合のいいことに『緑の賢者』であるセキエイの眷属だとか。野菜ブームなのかどうかはさておき、本当に偶然だろうか。

 もしかするとリシュリューは、この後の展開を予想してエレナを救出、ツテになってもらうつもりだったのではないか。

 しかし、襲われることを予知していたとすると矛盾が生じる。

 一つは、戦力不足だったということ。ショコラティアの参戦がなければ、あの戦いは間違いなく敗北していたハズ。それならば先にショコラティアを護衛として付けておくべきではないだろうか。

 二つ目は、リシュリューの能力、『アーカーシャブック』のことだ。本人によれば、ほんの少し先のことしか予知できないとのこと。

 街のはずれにあるあの小さな店まで、仮に家の屋根を飛び越えてきたとして、早くてもせいぜい二、三十分はかかるハズだ。だとすれば、その能力はかなり先の展開まで読むことができなければおかしい。

 能力の詳細を知らないということもあるが、どこか引っかかる。


 それにしても、シルフィシスの王城は相当大きいらしい。とはいえ、大国ガルロッテの城に比べれば、さほどでもないのかもしれない。

 とりあえず必要最低限の部屋の位置はマアヤや他の眷属達に聞いていたが、実際に足を踏み出してみると、さながら迷宮だ。

 右に行くか左に行くか、そんなことさえも分からない。ただただそれらしい道を選んではそのたびに曲がったり上がったり。

 これは迷子というやつだろうか。それよりも上に上に上がっている時点で、王様の部屋とかにたどり着くのではないかとヒヤヒヤする。


 赤い絨毯の上を歩き続けること二十分。どこからともなく、聞き覚えのある若さの声を耳にし、その方向に向かって俺の足は動いていた。

 その辺の扉よりも一回り大きいその大扉はかすかに開いていて、中の光が外に漏れていた。そこから声が聞こえていたらしい。

 どうやらたまたま歩き続けていたらリシュリューの部屋まで来ることができたようだ。

 中には眷属だろうか、リシュリューの他に二人ほどの影が見える。

 俺は不躾だが、この状況から脱するためにも、その扉をノックした。


「入りたまえ」

 ゆったりとした声は動じることなく、俺に反応を返してきた。

「失礼します、リシュリューさん」

「おぉ、カグヤ君じゃないか。君達は少し外してくれたまえ」

 そうリシュリューが言うと眷属達は無言で頷き、その部屋をあとにした。

 リシュリューの仕事部屋だろうか、図書館を持っているも同然なのに部屋にまで本が所狭しとひしめき合っている。

「どんだけ本が好きなんだよ」

「知識の海を探求することは、私にとって最高の悦にほかならない。科学や常識では考えられないドライアーツという無限大の力が、私の原動力なのかもしれないね」

 なんだか要領を得ないリシュリューの話だが、『紫の詩人』というだけあって、その手の知識は弄ぶ程にあるのだろう。

 キラーゴブリンの件もそうだが、この世界における『ドライアーツ』の研究はかなり難航していると見える。

「それで、君は何をしに来たのかな?」

 そう問う彼の表情は微笑んでいるが、その目は俺の中身を分析するような、どこか難しい色を見え隠れさせる。

「いや、今後の方針について細々と聞きたいことがあったんだけど………そんなことより、気になることがあって」

「ほほう、何かな?」

 少し探りを入れてみるか。どこまでが本当のことなのかを判断できる自信はないが。

「リシュリューさんのドライアーツ、『アーカーシャブック』の能力と、他の二つの能力について改めて聞かせてもらえませんか」

 彼は不思議そうに口を曲げながら片手で顎をさする。

「どうしてそんなことを?」

「今は互いに協力し合う時、そんな中でお互いの能力が科学変化的現象を起こしたらたまんねぇからだよ。手の内を見せ合えば、おのずと連携も取り合えるし、何よりの信頼に繋がるってわけだ」

「なるほど、たしかに一理ある」

 ふむふむと頷くリシュリューは、椅子に腰掛けながら自身のデスクの上に手をかざす。

 彼の手からゆったりと紫色の光が溢れ、それは一冊の分厚い本へと姿を変えた。

「これがアーカーシャブック。未来予知を可能とする我が愛読書の一つだ。そして、私のドライアーツの中心核となるものでもある」

「中心核?」

「そのままの意味で捉えてもらって構わない。他の二つの能力は、これの不足を補うだけのものだからね。一分ほどしか先が見えないこれを数倍に引き延ばしてくれるんだ」

 つまりは、他の二つの能力というのが彼のアーカーシャブックの限界を引き出す、いわばステータスアップ、上限解放能力というわけだ。

「しかし、この力にも欠陥はある。本である以上、読み手が素早く目を通さなければ意味がないからね」

「なるほど。それを読む前に仕掛けられると手も出ないと」

「ハッハッハ、その通りだよ、カグヤ君」

 高笑いをするリシュリュー。彼はおそらく白だろう。

 ここまで能力の詳細を語るということは、こちらから信頼を勝ち取るためのもの、もしくは相当な自信があるということだ。

 後者だとすれば、彼は間違いなく俺たちの強大な敵になるだろう。

 しかしながら、彼の目は嘘をついているそれではないように見える。

 完全に信用できるかと言われれば無理な話だが、ここはこちらの警戒を悟られないよう、穏便に事を進めるべきだろう。

 リシュリューは笑いを止めると、その手に持つ本を消し去り、デスクに両肘を置き、その手を組んでこちらに向き直った。

「次は君の番かな、カグヤ君?」

「あぁ。とは言っても、俺の能力はたったの一つ。瞬間移動ができるこの足だけだ。他の二つはまだ契約もしてない」

「可能性は未知数というわけか。しかし、君にはもう一つ、稀有な力があるだろう?」

 そう問いかける彼の睨みにも似た目は、先ほどまでのそれとは違い、俺のことを見透かそうとしているような目だった。

「黙示録…………それはこの世界ではあまりにも強すぎる脅威だ。その使い方次第では、世界征服などいともたやすいことだろうね」

「これはそんなに便利な道具じゃないですよ。ましてや俺の言うことを聞くようなシロモノでもない。窮地を救ってくれるだけの安全装置だよ」

「それは違うよ、カグヤ君……」

 言葉を遮ったリシュリューは指一つ動かすことなく、その気迫だけで俺に語りかけてくるようだった。

 そして彼はそのまま話を続けた。

「私のドライアーツに似た能力だが、明らかに違う点が二つ。一つは君の覚醒次第で黙示録の法則が変化する可能性がある点。もう一つは、担い手を終焉へと導くため、あらゆる場面においても逆境を覆すことができるという点。いわば君はこの世界で最も強く、至高の存在であるということだ」

「それは買いかぶり過ぎだろ」

「これらは私の偏見による仮説だが、一つ目は可能性の話でも、後者の二つ目は違わぬ事実だよ、カグヤ君」

 彼の話が理解できなかったわけではない、自分自身が信用できなかったのだ。

 可能性、確率論のような曖昧で不透明なものを並べられたところで、それは確定したものではないのだから。

 もしそれが可能だとすれば、リシュリューの言う通り、この世界で至高の存在となり、全てを支配、思うがままに操ることもできるだろう。

 だがやはり現実味が湧かなかったのだ。

「確かに不明確な話だ。まぁ、いざとなれば黙示録自身が応えてくれるさ」

 彼はそう言って話すことを止めた。

 リシュリューの言う可能性は果たしてどちらに傾くのだろうか。

 世界の救世主か、この世の破壊者か。

 いずれにしても俺がやることは変わらない。それだけを胸に誓い、部屋をあとにした。


 その後、本題である今後の経路についてはリシュリューに、『マアヤ君に聴くといい』と言われ、彼女の部屋まで、外に待機していた眷属が連れていってくれた。


 リシュリューの部屋からさほど遠くないところにその扉はあった。

 軽くノックをすると、

「どうぞ」

 と、中から返ってくる透き通ってはっきりとした声は、探していた当人だと間接的に知らせてくれた。

「どうも、マアヤさん」

「あら、カグヤ君じゃない。てっきり、わんこが迷い込んできたのかと思ったわ」

「わんこ?」

「……………」

 赤面するリシュリューの眷属、マアヤは壁面が本棚で囲まれた部屋の中央に設置されたデスクに座っていた。さながら社長室ですよこれ?

 どうやらリシュリューの眷属はかなり待遇がいいらしい。というか眷属自体がそういうものなのかも。

「それで、何の用かしら?」

「あぁ、『緑の王』とやらのところまで行くのに安全かつ迅速なルートを知りたくてな」

「そう。それならいくらでも教えてあげるけど」

 案外さっきの『わんこ』が効いているのか、マアヤはいつもの鋭いボケを挟んでこない。いつものアレはボケなのか素なのかは微妙なところだ。


 しばらくマアヤのデスクの上に地図を広げ、その中から的確なルートを教わった。

 そうは言っても、この戦時下で安全もへったくれもあったものじゃないが、先人の知恵は少なからずアテにするべきだろう。

「それで、カグヤ君は地下の黙示録は読破したの?」

 これまた唐突な『それで』だったが、俺はペンで地図に書き込みをしながら話した。

「いや、正直なところ全然読んでない」

「なぜ?」

「いや、予言書なんて読んだらさ……何て言うか、例えば悪いことがあったとして、普通はそうならないように動くだろ?」

「ええ」

「それで悪いことを一時的に回避できたとしても、それが回り回ってまた自分のところに戻ってくる。そう思えてよ」

 話をまじまじと聴くマアヤは右手を顎に添えるようにして考えるそぶりをみせる。

「つまり、黙示録の内容は『回避不可の未来』であると?」

「そうだ。可能性の段階だが、この手の設定はありがちだからな。とんだネコだよ」

「ネコ?」

 急にはてな顔になるマアヤは実のところ表情がコロコロ変わる系の子なのだろう。その凛々しい見た目と言葉遣いからは想像できないが。

「えっと、『シュレーディンガーの猫』っていう思考実験があって、その猫みたいだなって」

 ややこしい話を自分から振った責任はとるべきだろう。そう思い、俺はマアヤに説明義務を果たした。

 俺の言った『シュレーディンガーの猫』とは、その名の通りシュレーディンガーさんが提唱した猫を使って行う思考実験。

 一つの箱の中に放射性物質、放射性感知器、毒、そして猫を入れる。

 放射性物質が核分裂を起こせば感知器が反応し毒の入れ物を破壊、箱の中に毒が充満し猫が死ぬ。

 対して、核分裂が起こらなければ全てそのまま、猫が死ぬことはない。

 つまり、箱の中には猫が生きている状態と死んでいる状態が重なっていることになる。箱を開けなければ結果がわからない、ということ。

 ここで言う『猫』がニャットだったとしたら、そんなことを考えると、ふっと笑いがこみ上げてきた。

「そう、ニャンコが…………」

「ニャンコ………?」

「……………」

「ニャンコ」

「もう!うるさいわね!ニャンコ可愛いじゃない!」

 好きな子にいじわるしたくなるみたいな感覚よりは、反応のいい小動物に猫じゃらしを執拗に振りまくる気分。つまり楽しい。

 マアヤは口を膨らませながらも淡々と妥当と思われるルートを教えてくれた。

 リシュリューの件に関してはチョコが黙ってないが、眷属もみんながみんな猟奇的なわけではないらしい。

「カグヤ君、何をそんなにジロジロ見ているのかしら?やっぱり発情した?」

「ちっげぇよ!男がみんな性の獣だと思ってんじゃねぇ!」

「あら、違うの?あの時の戦闘から見ても、私は相性バッチリだと思うのだけれど」

 ん?誘われている?誘惑か?グレイなやつか?いきなり過ぎる話の展開に若干、思考がついていかない。

 いや、落ち着け竹井カグヤ。童貞はこういう誘いにコロッと引っかかるから馬鹿にされるんだ。ここは真摯で紳士な対応が求められているぞ。

「俺を落とすのは簡単じゃねぇぜ?」

 なんか恥ずかしいこと言った。この上なく死にてぇ、そんな感情が沸き上がってくる。

 しかし、マアヤは少し驚いたように目を見開いたが、すぐにそれを戻し、不敵な笑みを浮かべる。

「あなた、変わっているわね。でも、そういう人、私は好きよ」

「俺が黙示録の担い手だからって、リシュリューに誘い込むように言われたのか?」

 単純に考えればその可能性は結構高いはずだ。

 黙示録を読むことを俺が許可しなかったから、本人に直接それを聞き出そうという魂胆なのかもしれないと。

「そんな名は受けていないわ。私があなたに惹かれている、ただそれだけの話」

 ステンバーイステンバーイ。落ち着け俺。まだ慌てる時間じゃない。

 彼女の仕事部屋でなく私室なのだろうこの部屋の隅にはベッドが設置されている。マアヤはゆっくりと歩き、そのベッドに腰掛けた。

「カグヤ君、仕える王も眷属も関係ない。私はあなたが気に入っているの」

「別にマアヤさんのことが嫌いってわけじゃない。それが好意かどうかって言われるとわからないって話だ」

 マアヤは、なるほどと窓の外を見る。どこを見ていたのかはわからないが、視線が戻るとそのまま立ち上がり、こちらに近づき目の前十センチくらいまで距離を詰めてきた。

「俺の黙示録にはこんな展開、おそらく書いてねぇだろうな」

「当たり前よ。あなたの物語はあなたが作っていくんだもの。そして………」

 マアヤは言葉を言い切る前に両手を俺の頬に添え、その隙間を埋めた。

 生ぬるくて滑らかな感触が伝わってくる。湿った空気がゆっくりと同調し、二人の間で混じりあった。

 不思議なほどにリアリティーを感じない。頭の処理機能系が故障でも起こしたのだろうか。

 この状況、『雨は僕らを見なかった』とでも形容すべきだろうか。

 いったいどのくらいそのままだったのかすら曖昧だった。

 その距離が少しずつ離れていくと、うっとりした表情のマアヤがいることに気づいた。

「私があなたの物語を完結させるまで支えたい……生涯をかけて、ね」

 マアヤの言葉が耳に入る頃にはその意識はどうにか戻っていた。

 まだ触れていた感触が生々しく残っていて、落ち着けるわけがなかった。それでも口がうまく回る自信がなかったが、彼女と目を合わせた時にそれは安らぎへと変わっていった。

「マアヤさん相手には、どうも口では勝てる気がしないよ」

「ふふっ、たしかにあなたの行く先には死と隣り合わせの困難が押し寄せてくると思う。けれど、私はあなたを信じて、私の王に仕えるとするわ」

「リシュリューは、お気に入りの従者に裏切られるわけか?」

「彼は年寄りだけど、私はまだ十九なんだから」

 クスクスとにこやかに笑う彼女は、イタズラをする子供のような無邪気な笑顔をしてみせる。

「一つ歳上かよ………」

 つられるように俺にも笑みがこぼれていた。こんな風に笑ったのはいつぶりだろうか。

 この世界の不条理に押し潰されてきた感情が息を吹き返したように、俺とマアヤは笑いあっていた。


 この出会いに不安はなかった。しかし、この全てを『あの時、出会わなければ』と後悔しなかった日は、この物語を終えた俺には一日たりともなかった。

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