3章【revelation】
ショコラティアとリシュリューが会議をしている間、ニャットと二人、大図書館での資料探しに没頭していた。
本は比較的好きな方だ。自分の知らない知識がまだまだ埋まっていると思うと胸が高まる。そして、中二と言われても俺は決して屈したりしない。
「カグヤ、この本は黙示録についてなにか書いてありそうな感じニャ」
試しに文字の読み方を教えてみたら思ったより飲み込みが早かった様子。ニャットも心なしか今までできなかったことができるようになって幼い子どものように見える。
ニャットは俺が書いた紙を片手に本のタイトルを片っ端から調べている。そして俺はその中身を読む係。
「黙示録の担い手は世界を構築する聖人ギルフォードによって選定される。その者がリオアヒルムに現れん時、世界の歯車の差し引きが行われる……」
差し引きとは一体なんのことだろうか。
仮に俺が黙示録の担い手として、ギルフォードに選ばれたとしたら、俺が何かするってことだよな。何かってなんだよ。
こんな調子でギルフォードに関する情報はおろか、黙示録の担い手についての情報すらまともに記載している文献は一向に見当たらない。
「カグヤ、聞いてるのかニャ?……カグヤ!」
「おぉう!?」
すんでのところでニャットのチョップをかわす。
「どうした、猫?」
「どうしたもこうしたもないニャ。かれこれ何時間探したと思ってるニャ。姫様の会議が長引いてるのは仕方ないニャが、こっちの体力にも限界ってものはあるニャ」
それもそうかと思い、ニャットにはひとまず休んでもらうことにした。その間、さながらRPGでボス戦になりそうな図書館の中を自分の足で探索することにした。
「にしても広過ぎだろ。リシュリューのじいさん……いや見た目はお兄さんか。あいつこれ全部読破したってのか?」
人が人生で触れられる本というのには限りがある。この世界の基準が高かったとしてもさすがに無理がある。特殊なドライアーツでないとすれば?
「これはダミー?」
改めて図書館の中を見渡してみる。円形に天井まで吹き抜けとなっている構造。天井真下にある本棚を上から眺めたとき、それがわかった。
「隠し図書庫があるってわけか」
無数にある一階部分の本棚の上にはそれぞれ違った色が塗られていた。
赤、青、緑、黄、紫、白、黒。この七色が均等に円形になるように設置されていたのだ。その中心、その本棚には灰色が塗られている。世界の歯車、ちっさい世界だなおい。
ビルの三階くらいにあたる最上部から下まで駆け下り、その中心の本棚の前まで来た。
「ここか……」
「なにか見つかったかニャ?」
俺を見てニャットが歩み寄ってくる。事情を説明するとまた片っ端から本を眺め始めた。
俺は本棚から少し距離をとり考えてみる。
ファンタジーの世界でこの手の王道といえば、本を引いたり押し込んだりして隠し扉が出てくるんだが、そんなに単純なものだろうか。
しかしながら不自然に突出している本はなく、バラバラな大きさの本がでこぼこと並んでいるようにしか見えない。
その時、ふと頭の中をよぎる少し前の記憶。
高校の図書室、その本棚の俺のラノベの隠し場所って。
何も考えずにそのポイントにある本を引いてみる。
ゴゴゴゴゴ………
小さな軋みとともに、その本棚の中央部分が二つに割れ地下へ誘う階段が出現した。
「なんでわかったのニャ!どうして開いたのニャ!」
「いや、俺にもよくわかんねぇんだけど。とりあえず降りてみっか」
暗い階段には何者をも寄せ付けない闇がはびこっている。そう思うくらいに暗い。
俺は壁伝いに歩くがニャットは目を光らせながら慎重に足を進める。さすが猫型人間、夜目がきくらしい。
階段の終わり近くにくるとランタンのような光が見え、なんとか下りきることができた。
「ここは、禁書庫ってとこか?」
どこから繋がっているのかガス灯のような照明器具がいたるところにあり、その部屋の全体像を示していた。
三メートルほどの高さの天井、部屋の中央に設置された一つの七段型の本棚。そして本が棚の左上の隅から順に四列目ほどまでさしてあるだけ。
「禁書庫っていってもそんなに本はないニャね」
ニャットは部屋の隅から隅まで顔を近づけて確かめているが特に変わったものはない様子。
俺もニャットに感化されるように本棚の本に手をかけ、その一冊を手にしてみる。
「黙示録の担い手と七人の王……。たぶんこれか」
いかにもここの本棚には俺達の知らない情報が載っているといわんばかりのたたずまいだ。
その本のページをめくり、初めから順に読んでいく。
「聖人ギルフォードに選定された黙示録の担い手は白の姫とその眷属に出会う。共に魔女の館へと足を踏み入れ、物語を始める……この文って」
おもむろに制服のポケットからスマートフォンを取り出し、例の管理者ページを開き、それと照らし合わせる。
少しずつ俺の行動と比例するように自動執筆されるそのページの内容と本の中身は驚くほど、一言一句、正確無比に酷似していたのだ。
「ここはいわば、黙示録のバックナンバーの保管庫ってとこか……それにしては……」
多すぎる。俺の冒険譚は文字数的に本に換算すればせいぜい十冊くらいのものだろう。しかしここにある本はタイトルはどれも同じで巻数は百を超えている。
「おいカグヤ、こっちにも本があるニャ」
ニャットの声はその本棚の裏。
どうやら背中合わせになるように本棚同士がくっついていたようだ。
「こっちは…………アナザー?」
同じような配列ではあるが、こちら側の本は三冊しかない。おそらく別の誰かが書いたストーリーなのかもしれない。
「ギルフォードの本じゃないよな?」
一冊を手に取り、ページをめくる。
文章体は黙示録と同じ。ラノベ形式というか、表現が色鮮やかで読みやすい。だがローマ字だ。
「何が書いてあるニャ?」
ズイズイと顔を寄せてくるニャット。警戒心が以前と比べたら段違いに改善された様子。
猫独特の獣臭がするのかと思いきやフローラルな感じのアロマ臭がする。これが猫のリラックス療法か。
「内容は………少女と黒の騎士、白の少女の話。白の少女ってチョコのことじゃないのか?黒の騎士っていったら…………ギリアス?」
しばらく考え込んだのはギリアスのイメージが騎士っていうより鬼やら悪魔の類いに分類していたからだ。だって彼、エグい強さしてんだもん。
「とすると、その白の少女はリレイア様のことニャね」
「なるほど。……じゃあ、この主人公的なポジショニングしてる少女ってのは誰だ?また俺みたいなイレギュラーってやつか?」
二人で考えても別段いい解釈が出てくるわけでもなかった。
「仕方ない。こっちは後回しにして、黙示録の方を拝見させていただくとすっか」
また本棚のオモテ面に戻るとその最終巻らしき一冊を引き出し、読み始めてみる。
最終戦争。七色の王は次々に倒れ、残るは白の少女のみ。しかし、少女の奮闘も虚しく『死』という災厄の化身によって、その魂は永遠の呪縛に囚われる。
本の記載はそれで終わっている。本全体の序盤で書き終えてあるためその後のページは白紙でしかない。
「これが俺の冒険の終わりとか、マジふざけんなよ………」
「カグヤ君」
不意に背後から声がし、振り向いてみるとそこには会議をしていたリシュリューとチョコがいた。
どうやら会議も終わって図書館に戻ってきた様子。
「君はここの事を知っていたのかな?」
リシュリューは不思議そうに地下の部屋全体を見回すと俺の方を見てくる。
「知ってるもなにもない、バリバリの初見プレイだっつーの」
「そうか。ここの存在は把握していたんだが、私も見るのは初めてでね」
「さすがは黙示録の担い手だ、とか言いそうな顔してんな」
「もちろん。さすがの一言に尽きるよ、カグヤ君。ぜひとも私にもその本棚の本を拝謁させてもらいたいのだが、どうかね?」
別にここはリシュリューの図書館といっても過言ではないし、むしろ彼が読んでいけない道理などない。しかし、
「全部の中身は見てないけど、たぶん俺以外のやつが見るのはよくないと思う。黙示録のことだし、ここは了承してくれ」
七色の王たちの死にゆく様を未来だと信じたくはない。仮にこれを読んで運命が変わらなかった時の絶望感がただただ怖かった。
「そうか、それは仕方がない。黙示録の担い手のみがその閲覧が許される、実にいい。この世界はまだ多くの謎に包まれその根源にある黙示録、この胸の高まりを抑えることはできない。だから私は本を読み、人を尋ねる。答えがそこにあってもやはり私には必要のない品のようだ」
ハハハと小さく笑う彼は怪しいがその探究心に目を輝かせていた。
今回ばかりはとりあえず助かったってところか。
「それでカグヤ」
リシュリューとの話にきりがついたところで彼の後ろにいたチョコが話しかけてきた。
「どうした?」
「さっきの話し合いの結果をまだ伝えていなかった」
そういえばそうだった。かれこれ数時間もやってたんだし、悩むところも多々あったんだろうな。
「それで、今度はどこに行くんだ?」
「それなんだけど………」
「私から説明しましょう、ショコラティア君」
ずいっと割って入ってきたリシュリュー。顔面偏差値たけぇが中身はおっさんなんだよな。話してる時もなんというか落ち着いてる。
「次に君たちに向かってもらう先は『緑の賢者』であるセキエイ君のところだ」
「やーっぱりそうくるか。案外、ギリアス達は一つ遠くの街に行くだけだからそっちの方が楽だったりしたかな?」
「まぁまぁ、ギリアス君たちの向かう土地にはそれはそれはつよーーーいモンスターで溢れかえってるから、五分五分だと思うよ?」
なにやら相当強いらしい。発音のノビがすごかったからな、さぞや凄いんだろう。
「そう、なのか?まぁ、楽な旅路じゃねぇことは端から理解しているつもりだが」
そう、決してこの世界は甘くない。
今までモンスターや人間を度々相手にはしてきたが、実力に余裕があっても心に余裕なんてものは存在し得なかった。つまり、俺はまだ弱いのだ。
「カグヤ、一晩ここで泊めてもらうことになったから、街にでも出てみるといい」
「そっか。ここに来て初となる異世界生活のはじまりって感じだな。異文化交流も重要なことだし、行ってみるか」
チョコの言葉にそのまま流され、俺は一人でその地下室から出ていった。時だった。
「初めまして、お客様」
「へ?」
目の前にいるのは間違いなく美少女だ。
階段を上った矢先、城の人だろうか長めの紫髪ポニーテール少女に遭遇した。
目は大きいがキリッとしたつり目に、ふわふわとしたドレス。ドM族なら眉唾ものの少女。
「えっと、どちら様でしょうか?」
「私はリシュリュー様の眷属、マアヤと申します」
マアヤと名乗る少女はじっと目を逸らさずに返答する。なんかゾクゾクしてきた。
「俺はカグヤ、よろしくな。ついでにその眷属って何?」
「眷属とは己の主君と志同じくし、主である御方より力を授かる。いわば………奴隷?」
「その例えだと俺の脳内設定ぐちゃぐちゃなんですけど!?」
無茶苦茶な少女に翻弄されているがそこまで警戒されている様子もない。つかみはオッケーってことか?
「なんだ、マアヤ君。そんなにかしこまっちゃって?」
後ろから階段を上ってきたリシュリュー、いや主君様が眷属に話しかける。
「なに?そういうのはいらないのかしら?それとリシュリュー、君付けで呼ぶのはやめて欲しいわ。私は眷属である前に一人のレディーなのだけれど」
「おっと、これは失礼、マアヤ君。以後気をつけるよ」
「さっそく治す気がないわね」
ひとまず、彼女の性格はきっちり真面目ちゃんってわけじゃないらしい。
「そうだ、カグヤ君。よかったら彼女を連れて街に出てくれないかな」
「俺は別に構いませんが」
「なら決まりだ。ちょうどマアヤ君にお使いを頼もうと思っていたところでね」
歳で考えるとリシュリューとマアヤはおじいちゃんと孫……いや、曾孫ってとこか?
マアヤもそれを拒否するわけでもなく、どこから出したのかリシュリューの手から渡された硬貨入りの革袋を受け取った。どう見てもお小遣いだなあれ。
「では、参りましょうか、カグヤ君」
「あんたもその呼び方かよ……」
マアヤの性格はリシュリューに似ている気がする。眷属っていうものがどういうものなのかはよくわからんが、俺たちは城下の街へと出ることとなった。