3章【resurrection】
目が覚めた時、俺はいつか見た真っ白な白銀世界にいた。
どこまで続いているのか分からない、空間だけがそこにあった。
「んー・・・こりゃアレか・・・」
言うまでもないゲームオーバーである。
つまりは先ほど、といっても何分経過したのかすら定かではないが。この空間に来る前の最後の記憶では、矢に脇腹を、それはまた見事なまでに射抜かれて、気づいた時には見たこともない大量の血液、しかも自分自身のものを目の当たりにした。
その結果を考えれば確実にアウトだ。
それにしてもなんだこの既視感は。なんか、ここには前に来た気が、そして誰かがいたような。
「おい、忘れてんじゃねぇよ」
トラウマかなにかと勘違いしてこの記憶を消し去ろうと俺の脳内スペックは働いたのだろうか。
「お前の考えてること、丸聞こえたぞ」
「いや、前にドライアーツの契約に来た時以来だな」
俺に話しかけてくる影はやはり知っている声をしている。
影という表現があっているかも分からないが、ひとまずはそういうことにしておく。
「やっぱり、俺って死んだのか?」
なんやかんやそういうことまで知ってそうなので尋ねてみる。確証はないけど。
「そうだな、死んだっていうか、死にかけっていうか」
「狭間をさまよっているわけね」
「そういうことだ」
さて、どうしたものか。
普通の感じ、というのはおかしいが、日本的にいえば橋がかかってて、それを渡ったら死んじゃう、みたいなイメージなんだけど。
「イメージと違うか?」
「うーん・・・・・・だとしても、ここは天国でも地獄でもねぇよな」
ある意味生き地獄って感じがするこの場に早いとこ別れの挨拶をしたいところだが、そういうわけにもいかないんだろう。
「せっかく来たんだしよ、ドライアーツの契約でもしてく?」
「そんな、ちょっとコンビニ行こうぜ的な軽さでできるわけねぇだろ」
「どうせあと二回もできるんだから、少しは異世界を楽しむことをしたらどうだ?」
「あいにく、こんなファンタジーお断りだぜ。現実はどこでも甘くねぇなぁ」
なんだか話にリアリティがあり過ぎて自分が辛くなってきた。なんだこれ、自虐行為?
「それならよぉ、もう少し頭を使ったらどうだ?お前の今持ってるドライアーツの能力、ちゃんと覚えてるんだろうな?」
「この足か?」
元々はエルキアから逃げるための手段として契約した『足』だが、その効果は瞬間移動のようなものだ。これはトッポの修行中にも何度か使った覚えがある。
「能力ったって、術式なしで使える転移魔法みたいなもんだろ?」
「そう。そして一度行ったところには一瞬で行ける優れものだ」
「それって、ここもカウントされるのか?」
「まぁ、普通ならありえねぇんだが。さすがはイレギュラー、ギルフォードに認められただけはあるな」
ギルフォード、一体何者なのかも定かではないが、おそらく俺にはこの世界で生きる上でかなりのアドバンテージが用意されているらしい。VIP待遇というやつだろうか。
「それじゃあ現実世界に戻ろうと思えば戻れると?」
「Exactlyってやつだぜ」
ジーザス。なんでそんな事も分かってなかったんだ俺は。
初めから分かってたことじゃん、てか頭の回転が悪いだけじゃん。
「自己嫌悪は止めろって、耳が痛くなる」
感覚共有というやつか、さすがは『俺の分身(仮)』だ。
「それじゃあ、また来るわ」
「行きつけの居酒屋から出てくるオッサンみてぇな言い方してんじゃねぇ」
「どっちにしたってそういうことになるだろ?」
俺の言葉に影はモゴモゴと形を変えていたが結局、元の人型に戻った。
「わかったわかった。あばよ、俺」
「おう」
そうして俺は真っ白な地面を踏み付けると魔法陣の光に包まれ、その世界から消失した。
「……ん」
目を覚ますと灰色の布製のような天井が見えた。
仰向けで寝ていた地面にはカーペットのような、これまた灰色の敷物がある。
どうやら安全地帯でチョコ達がテントを張ったらしい。大きくはないけど、馬車の中にいるような揺れがなくて気は静まっていた。
そのテントから顔を出してみると湖のほとりに銀髪を揺らめかせながら剣を振るうチョコと、木の上で丸まって寝ているニャットがいた。
「相手がいないとつまらないだろ?」
俺の言葉を聞いた瞬間、チョコが目を見開かせてこちらに振り向く。
「カグヤ……」
「よぉ、おはよ……って!」
正直に、かつ単刀直入に言おう。チョコの姿は赤マントに鎧でなく、白のタートルネックニットにサイハイソックスという絶対領域の概念を覆す格好をしていた。
あれか、太股が若干見えるギリギリまでニットで隠しておきながら、実は下にホットパンツ履いてるパターンのやつだ。俺は騙されないぞ。
「なんだか随分ラフっていうか、そんな感じだな?」
「あぁ、普段はこうなんだよ。ついでに言えば、いつも着ている鎧もあのサーベルと同じドライアーツ」
「ってことは二つ目のドライアーツがその鎧なわけか」
「いいや、剣と鎧はセット。だからマントの中は普段からこれなの」
なんてこった。
普段から気にもしていなかった、というよりもマントが邪魔で見えなかったんだけど、そんな大胆な格好してたなんて。太股がチラリしているのを俺は見たことがないぞ。
「姫様は何を言っても聞かないニャ」
上から声がしたと思えば、いつの間にか起きていたニャットが飛び降りてストッという音とともに見事に着地してみせた。
「だって、ドレスとか着るのも脱ぐのも大変だし」
「皇族としての言葉じゃないニャ……。せめてスカートでも履いてくださいニャ」
履いてないんですか!?興奮が冷めやらぬどころかヒートアップしちまうだろうが!思春期真っ盛りの男子舐めんじゃねぇぞ!
「それよりもカグヤ、体の方は大丈夫?」
「ん?あぁ」
改めて体を調べてみると脇腹に包帯が巻かれているのがわかる。気を失う前に射抜かれたところだろうか、あまり覚えがない。
「痛みもそんなにないな。チョコが治してくれたのか?」
「いや、商人がたまたま薬を持ってたからそれを借りた」
辺りに商人と馬車の姿がないところを見ると、彼らは予定のポイントまで乗せてくれたということなのだろう。その上、キズ薬まで貰ってしまうとは、カグヤよ、なんて情けない。
「じゃあこのテントは?」
「それも商人の人が」
痛恨のダブルコンボだドン。
これはどこかで会った時にでも菓子折り持ってかないと。
「それじゃあ一休みできたし、そろそろ行こうか。シルフィシスまではもう少しだし」
「わかった。おい猫、テントたたむの手伝えや」
「姫様の下僕が眷属である私に指図するニャ」
グチグチと言ってはいたもののニャットと俺は二人でテントを片付ける。
その間、チョコはどこか遠く、よくは分からないけど遠くを見ていた。
七色の王の一人、『紫の詩人』こと、リシュリューのいるシルフィシスまでの道のりはそう長くなかった。距離にすれば十キロくらいだろうか?山越えに慣れてきたのか、体は好調をキープしている。
道中、まさしくモンスターらしいモンスターが何体か出てきたがリザードマンほど強くもなく、難なく撃退できた。
撃退できた、ということはもちろん討伐のように殺生するわけではなかったということ。これはチョコから固く禁止されている。口約束程度のことだけど、まぁ一応。
「あれがリシュリューの街、シルフィシス」
「なんかこのくだりデジャヴなんだけど、あえてつっこまないぞ」
「口から出てるけど……」
巨大な壁に囲まれたシルフィシスの街は山の上から全体像がうっすらと見える。おそらく街の中央より奥に見えるでかい建物が城なのだろう。
老人と聞いていたが、西の魔女のバルバラ姉さんの前例があるせいかどこか半信半疑でいる。
まいっか。あの人は魔女だったから特殊事例だっただけで全員が全員そう若返ってたまるものか。
「やぁ、以前の会合依頼だね、ショコラティア君と……私の記憶違いでなければニャット君の隣にいる彼、初対面だね」
身長百八十ないくらいの爽やかお兄さんが城内で迎えてくれたことは言うまでもない。リシュリューさん、年齢詐称もお手の物な見た目してます。
「お久しぶりです、リシュリュー。彼はカグヤ。ギルフォードに選定された黙示録の担い手」
「どうも……」
まさかのお兄さん、もといお爺さん登場で上手い言葉を選べずにいる俺。対応ランク低過ぎてどうしようもないな。
シルフィシスの城内、図書室の司書をしているという紫の詩人、リシュリューはこの街の王ではないのだという。まったくどこの王も王様らしいことなんてひとっつもしてやいない。
「ついに現れましたか、黙示録の担い手が」
片手で顎をさすりながらこちらを見てくるリシュリュー。なんだよ、そういうプレイには興味ねぇぞ、俺は。
「リシュリュー、今の世界情勢を見ればわかると思うけど、混乱は続いている」
「もちろんですとも、皇女殿下」
わざとらしいくらいにうやうやとお辞儀をする彼のキャラがまだ微妙にわからないからか、俺は無言で状況を眺める。
「私を信用しろとは言わない。けど、力を貸して欲しい。この争いを止めるには七色の王の力が必要になる」
「なるほど、そういうことですか」
リシュリューも七色の王とはいえ、この状況下。どんな判断を下してもそれは受け入れなければならない現実だ。
「承知いたしました」
あれ?なんか想像していた返答と違う。
「私のような老害にできることであれば、助力させていただきます」
これまたなんの躊躇もなくかしずくリシュリューの顔色は何一つとして変わっていない。これが歳相応の貫禄なのだとすれば、この人、相当な爺さんだ。
「ありがとう、リシュリュー。迷惑をかける」
自らに忠誠を誓うリシュリューを見てチョコは真剣な目で彼と握手した。
「それと、カグヤ君……でよかったかな?」
「俺?」
この流れからいきなり話を振られるとさすがに驚くんだけど。それでも、リシュリューからしたら俺は未知との遭遇って感覚なんだろうな。
「この図書室にはギルフォードが残したとされる書物がいくつかあるんだが、一応目を通しておくといい。私はこれからショコラティア君と今後の方針について話さなければいけないからね」
なるほど、たしかにギルフォードとやらのこの世界設定について何か情報を得られればこれから役に立つかもしれない。
俺は頷き、別室へ移動するチョコとリシュリューを見送った。
「さて、どこから探したものか」
この図書室、もちろん俺の高校にあるようなみみっちい図書室とはわけが違う。
中央に十段ほどの本棚が無数にあり、その周りの壁には円形に設置された本棚が吹き抜けの三階くらいまで続いている。いかにもファンタジー世界の図書館、もとい図書室って感じだ。
「ニャットは字が読めないから、目当ての本探しもできそうにないニャ」
「そういえばそうだった。俺もこの世界の本なんて読んだことなかったからな、まずは解読から始めなきゃならんのか」
おもむろに近くの本棚から一冊の分厚い本を取り出してみる。
本の作りはどの世界でも共通らしい。表紙、背表紙、裏表紙、ともに硬い厚紙だ。
「どれどれ文字はっと……英語?」
どこかで見た、というよりもそれに限りなく近しい文字の形をしている。その通りに読んでみるがうまく行きそうにない。しかし、それ以上にこの解読はあっさり完了した。
「これ、全部ローマ字か」
「ろーまじ?」
ニャットは平仮名的イントネーションで俺の言葉を復唱してきた。
少しばかりは英語の読み方が混じっているものの本の構成のほとんどはローマ字でできていた。
「おい猫、俺が今から簡単な読み方だけ教えてやるから、ちょっとこい」
「ニャ?」