四章『動き出した歯車』
数日後、ソーマとアイリスは村の人間に旅に出ることを話した。誰もが理由や行く場所を尋ねたが、二人は頑なに話そうとしなかった。けれど、一人の少女だけが真実に気付いていた。
「お兄ちゃん……気をつけてね」
ユリア・クロビュール――――ソーマの妹である。彼女はソーマが剣士であることを知っていた。なぜなら、自分自身にも騎士の血が流れているからだ。ソーマよりもずっと前に、彼女は己の能力に気がついていたらしい。
「お願いだから、生きて帰ってきてね?」
「分かってる。必ず……」
この数日間で、ソーマは剣の使い方を覚えた。どうすれば的確に相手を仕留めることが出来るか、などを一からアイリスに教え込まれたのだ。剣士という能力からか、ソーマが一人前に剣を振れるようになるまでにさほど時間はかからなかった。だが、ソーマがいずれ戦うのは自分よりもはるかに力のある相手である。一歩間違えれば、訪れるのは“死”なのだ。
「大丈夫よ、ユリア。ソーマには私がついてる。私が絶対、死なせない」
不安そうなユリアに、アイリスがはっきりと言った。
「アイリスさん……お兄ちゃんを、よろしくお願いします」
ユリアは深々と頭を下げた。彼女はアイリスを尊敬している。だからこそ、彼女を信じているのだ。
「じゃあ、行ってくるね」
ソーマはそう言うとユリアに背を向け、歩き出した。アイリスもそれに続く。二人の姿が見えなくなるまで、ユリアは心配そうに見つめていた――――――
「……ハーデス様、どうやら新しい騎士が貴方様の命を狙っております。名は確か、“ソーマ・クロビュール”」
薄暗い城の中、黒装束に身を包んだ悪魔騎士が玉座に座る“ハーデス”の前で片膝をつきながら話している。
「ソーマ……?嗚呼、やっと彼のお出ましか。ふふっ、とうとう自分の能力に目覚めたみたいだね」
ハーデスと呼ばれた男は、気味の悪い笑みを浮かべて頬杖をついた。その笑顔の冷たさに、悪魔騎士は恐怖に震えた。
「貴方様は、この私が命に代えてもお守り、します」
平然を装いながらそう言ったが、語尾が少し震えてしまった。そんな悪魔騎士を見て、ハーデスは口元を吊り上げた。
「嬉しいことを言ってくれるね、君。まあでも、僕が彼に負けるはずがないだろう?だって彼は――――――」
少しずつ動き出した歯車。止まることを知らないまま、ゆっくりと、確実に音を立てて回っていく。それに気付かないまま、彼らは生きるのだ。
「早く君たちに会いたいよ。ソーマ、アイリス……」
まるで玩具を見つけた子供のように、ハーデスは目を細めて笑った。