一章『悲しみの一ページ』
ヴェスタ村は、西を海、東を山に囲まれた自然溢れる豊かな村である。
比較的天候が安定しており、農作物や家畜といった食料も豊富だったため、村人たちは皆温厚な性格だった。
だから、この村で殺人が行われるとは誰も……誰一人として、想像すらもしていなかっただろう。
少年・ソーマは、いつものように出かけていた。すると、広場に人だかりが出来ているのを発見する。とてつもなく嫌な予感がしたが、ソーマは人混みをかき分け、中央まで近付いてしまった。途端、激しい眩暈を覚えた。
足元には赤黒い染みがあり、それを覆うようにして倒れているモノ……否、“人”。ソーマはその人物に見覚えがあった。
脳が警鐘を鳴らしている。その名を口にしてはいけないと訴えている。口にすれば、この現状を認めてしまうことになる。
けれど。
「ト、ム…………?」
ソーマは消え入るような声で、親友の名を呼んだ。その瞬間、口を手で押さえた。押さえておかないと、胃から込み上げてくるものを堪え切れそうになかったのだ。
なんで、なんで。どうしてトムが。
昨日までは元気だったじゃないか。
笑って、「また明日」って……
ソーマの目からは次々と涙が溢れてくる。歪む視界に太陽の光が反射して、眩しい。目を瞑りたくなった。この現実から、目を逸らしたかった。
けれど、頬に伝う涙の冷たさがそれを拒んだ。ソーマはその場に座り込むように泣き崩れた。
「トム、トム……!!!!あああああああああ!!!!!!」
涙が地面を濡らしていくが、鮮血はそれらを全て飲み込んだ。ソーマは村人たちから必死に慰められたが、それでも泣くことを止めようとはしなかった。
声が枯れ、涙が出なくなり、トムの亡骸がどこかへ運ばれてからも、ソーマは焦点の合わない目でその場所に座っていたのだった。