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メモリーとファインダー

 携帯のカメラ機能がオシャカになった。ちょうどカメラのアプリを起動すると、画面が真っ暗になって応答しない。

 うんともすんとも言わないものだから、機械音痴の私はとうとうお手上げだ。正直な所もう一ヶ月ほど放置している。


 お昼ごはんを食べ過ぎたので腹ごなしがてら散歩をしていると、澄み渡るような晴天を背景に入道雲がもくもくと立ち昇っているところ観た。絶景という他なかった。

 綺麗な風景を見つけると切り取って記録に残したくなるのが人間だ。

 ダメ元で携帯電話のカメラアプリを立ち上げるも、携帯がフリーズするだけだった。

 面倒くさくて壊れたまましばらく放置していたが、いい加減携帯を電子機器に詳しい人に診てもらうなり、修理店に持ち込まなければと考え、項垂れながら取り出した携帯をそのままポケットに仕舞いこんだ。

 もしもしっかりと写真に収めることが出来たならこの場に添付したいほど堂々立派な入道雲だっただけに惜しいことをした。

 文章ではとても表現できないほど荘厳だったのだ。

 梅雨は明けたんだぞ、とひしひし感じる晴天だった。

 私はせめて写真に残せない間でも記憶に残そうと、睨みつけるがごとく入道雲を念入りに脳に焼き付けた。

 密度のある綿飴をいくつも重ねたような雲塊を、私は歩道の真ん中に突っ立ったまましばらく見ていた。

 最近は散々な不幸が重なってどうにも面白く無い日々を過ごしていたが、自分という狭量がどうでも良くなるほどの天晴だった。

 ふと思い返せば、こうした絶景に出会う度に自分はカメラで風景をトリミングしてきた。

 絶景だけではない。ちょっと奮発して入ったレストランの料理や、一目惚れして買ったぬいぐるみ等、少しでも価値があると判断したものは、あれもこれもと撮影していた。

 この携帯はかなり長く使っているので、調べてみたらひょっとしたら千枚を超える量の写真が記録されているかもしれない。

 だがこうやって携帯のメモリーには残せど、今すぐに思い返せるものは何一つとてなく、写真を撮ったという行為自体の覚えはあれど、一体全体何を撮ったかはこれっぽっちも思い出せない。

 いや、ちゃんと時間をかけて思い返せば何か一つくらい思い返せそうなものだが、ぱっと出てくるものはなかった。

 少なくとも過去の自分はそういった珍しい光景に出会ったら、必ず写真に残そうとしていたはずなのに、なんでこんなに記憶が曖昧なのだろう。

 どうせ機種変更したら消えてなくなるアルバムだ。最近の携帯はバックアップが取れると聞くが、機械音痴の自分がそれを会得出来るとは到底思えない。


 やっぱりカメラなんて必要ないのでは?


 まるで酸っぱい葡萄のようだが、心底そんなふうに思った。

写真に残しても見返す頃にはデータが消えてなくなってそうなものだし、そもそもズボラな自分が過去をあれこれ振り返るとも想像し難い。

 どうせ曖昧になってしまうのなら、一縷の望みをかけて携帯のメモリーではなく、不出来な自分の脳みそに焼き付けたほうが、ずっと保存状況がよくなるのでは?

ファインダーを模した画面を通した光景よりも、肉眼で睨みつけた光景のほうが幾分か思い出として残りそうだ。

 だからしばらくは携帯を修理に出さなくても良いように思えてきた。

 本当はただのズボラが顔を出しただけなのだが、なんだがストンと腑に落ちた。

 それにしても今日は暑かった。じめじめとした不快感こそなかったが、ズボラな自分でも、物置から扇風機を引っ張りだしてこざるを得ない猛暑であった。


 思えば今日から七月。暦が六月だと晴れていてもどうにも梅雨っぽいのに、七月になった途端カラッとした雰囲気が空に滲むのはなぜだろうか。

 たった一日しか違わないはずなのに奇妙な話だ。


 ああ、それにしても。

 七月には入道雲がよく似合う。


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