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直接の残酷描写はありませんが、殺すの殺さないのと言ったり言わなかったりするのでご注意を。

 空を見れば昼間と言うのにどんより暗く、辺りの木々は枯れ果てている。

 葉のない枝の伸びる上、飛んでいるのは掃除屋と呼ばれる悪食の鳥。視線を地上に戻して見れば、あるのは四方を囲む陰鬱な森だ。

 ぬかるむ地面に幾つか屍が転がるが、どれも骨しか残っていない。そのわりに散乱した服や装備は新しいから、肉は悪食鳥の腹にでも収まったと言うところか。

 もう正直、帰りたい。

 おかしいとは思ってたんだよ。あの冒険者組合が、まともな仕事を回すわけない。何しろ、登録無料の審査なし、が一番の売りだ。

「おススメです。城に住み付いた不法占拠者を追い出すだけの、簡単なお仕事ですよー」

「え、ほんと? オレにもできる?」

「もちろんです。城の持ち主さんがちょっとお偉い方なんでー、うっかり殺しちゃっても森に死体捨てちゃえばもみ消して下さるとかでー」

「へえ、そりゃあ面倒なくていいっすね」

「ええ本当にー」

 とか言って、仕事の内容説明しながら笑ってやがった担当者を呪ってやりたい。

 どう見ても冒険者の方が森に捨てられてんじゃねえか。クソが。これから先、あいつのエールだけ異常に炭酸抜ければいいのに。

 と、現実逃避しても仕方ない。

 ほんとに帰っちゃおうと思わなくもなかったと言うか思ったが、いざ逃亡しようとしてオレはたまらずその場にうずくまったね。

 振り返ると、通ってきたはずの道がない。

 あったんだよ。森の中には不似合いなくらい、ビシーッとしたのが。これはあれか。脱出させないタイプの魔法か何かか。

 だとしたら、困る。あいにく、オレの出身は魔術師の国ではない。この世で唯一、魔術師を排出するハルディンマゴは徹底した秘密主義だ。他国の出身と言うだけで、魔法に通ずることは不可能と断言されるほど。

 アイテムでもあれば話は違うが、オレの装備は使い慣れた長剣だけだ。当然ながら、魔法の心得もない。自力で迷いの森から抜け出すのはムリだろう。つまり、行くしかない。

 嫌だなあ、と思っていたからかどうか。

 嫌な城だなあ、と。

 森を抜け、城を守る城門を前に最初に思ったのはこれだった。

 そびえ立つ巨大な門扉を見上げると、閉ざされた扉にでっかく隻腕のオーガが描かれている。これはないわ。うん。ないわあ。

 オーガは、人食い鬼と呼ばれもする巨人の魔物だ。それを何で門に描いちゃうよ。城の持ち主、頭おかしいんじゃねえの。

 完全にバカにしつつボケーッと絵を見上げていたが、ふと、「片腕のオーガ」と言うワードに引き出される記憶があった。

 つーかオレ、そもそもこれ知ってるわ。

 まずい。

 とっさに逃げ出そうとした瞬間、背後でパリパリと小さく爆ぜるような音がした。不本意ながら、これも知ってる。魔法で空間を引き裂く音だ。

「ようこそ。歓迎するぞ」

 ふざけた声が聞こえたと思えば、ぐにゃりと歪んだ裂け目から男の腕が飛び出してくる。それは素早くオレの首根っこを捕まえて、強引に歪みの中へと引きずり込んだ。

 抵抗はしなかった。そんなのはムダだと言うことを、実はよく知っていた。

 磨き上げられた石の床。装飾を凝らした柱や壁。高い天井には計算され尽くした光と影で模様が浮かび、幻想的に揺らめいている。

 距離にすれば、門前から城内に入っただけと言うところか。空間を飛び越え、放り出されたのはそんな場所だ。

 壮麗でいて重厚な、城そのものの持つ空気がピリピリと肌を刺すようだ。

 それをオレは、鏡のように磨かれた石の床にだらしなく座り込んで観察している。

 と言うのも、首根っこをつかんだ腕にあっさりと捨てられたからだ。強引に空間を越えさせたくせに、床にべちゃっと。もうちょっと気い使えや。と、思わなくもない。

 べちゃっとなったまま姿を探すと、数歩離れただけの場所に人影がある。

 数は二つで、一方は小柄。まだ子供だ。

 見事に輝く金色の巻き毛と、晴れた空色の瞳が気弱げに揺れる。しかしその両手に抱えるのは、身の丈を超える大振りの魔剣だ。

 どうやらかなりの重さらしい。床に触れた切っ先が、硬い敷石に鋭く深い無数の傷を付けていた。

 それはまあいい。いや、よくはないが。今は、その隣にいる男の方が問題だ。

 男女を問わず目を奪う、美しい顔。そのくせ性格は死ぬほど悪く、この世に大事なものは一つだけ。それ以外は滅べばいいのにとか思ってやがる。

 今は後ろへなで付けた黒髪と、上等の堅苦しい服がまるで良家に仕える家令のようだ。それには歳が十八、九と若過ぎるが、能力的には何も問題ないだろう。

 幼い主人と、ゼロ距離で寄り添う有能な従僕。しかもその従僕は、主人のためなら世界を終わらすことさえ厭わない。

 察した。

 ここへきて、大体の事情を正確に察したと強く自負する。

「よお、ランサ。相変わらずみたいだな」

 そう言ってオレは、旧友である黒髪の男にひらひらと手を振った。


   *


 ランサ・ディヴェルソ。

 眉目秀麗、成績優秀。おまけに、この軍事国家リシェイドが抱えるただ一人の魔術師だ。

 この肩書は明らかに、ハルディンマゴの方針と矛盾する。その辺り、かの国を出自とする先祖がどうのこうのと説明を受けた気がするが、全部忘れた。ごめん。そこまであいつに興味なかった。

 と言うか、この不遇な人生における不運の一つだったと思う。

 王立軍学校に何とかもぐり込んだオレが、あの男と知己を得たと言うことは。

 入校してすぐのころだ。オレは十三歳だった。ついでにランサも十三だった。

 授業項目は、山中における生存術。もちろん戦場では重要なスキルだが、新年度早々の春先だ。生徒たちの交流を兼ねたお遊びに近い。やっと雪が溶け始めた程度の山中は、新入生には中々シビアな環境だったが。

 ここで、ランサがやらかした。

 名付けて、「天才は、一周回って逆にバカ」事件だ。

 いまだ何の役にも立たないこの真理を発見するに至ったのは、山並みに太陽が隠れて間もなくの頃だった。

 田舎育ちの年寄り育ちだったせいか、オレは班の誰より火をおこすのがうまかった。そのため野営地と定めた山中で、火の番を兼ねて一人で留守を任されていた。

 そこへ、ふらりと戻ったのがランサだ。

 ちなみにこの頃のあいつは幼さの残る美少年で、教師だけでなく嫉妬深い同期生からでさえ何をしても許された。だからと言うべきか、危険な仕事は与えられず、その辺で山菜でも探せと班長に命じられていたはずだ。

 太陽はすでに空から消えて、青みがかった薄闇が視界の全てを鈍らせる。

 それでも解った。

 戻ったランサは血に染まり、はねたばかりと言うふうな人の首を携えていると。

 とっさに木に立てかけた長剣を引き寄せたが、それで精一杯だった。

 恐かった。あれは本当に恐かった。

 血まみれの美少年をほとんど呆然と見つめるそばで、ぱちぱちと燃え上がるたき火の音を今も覚えているくらいだ。

 あとから聞くところによると、食料を探す途中で隣国の偵察部隊を発見したらしい。鉢合わせ、ではない。発見だ。

 この頃からすでに仕える主人を神よりも敬愛しまくっていたランサは、自国の領土に隣国の兵士、すなわち国家の危機、つまり我が主の繁栄に陰り。とか言う論法を一瞬で脳内に組み立てて、奇襲をかけた。

 頭おかしいだろ。

 他国の兵士を見付けたら、教師にでも報告してあとは震えて隠れときゃあいいんだよ。どこのバカが、自分から襲うよ。しかも勝つよ。殲滅するよ。優秀過ぎてバカだろクソが。

 のちの話になるが、この件は当事者から離れるほどに軽んじられる傾向にあった。遠いほど、詳しい事情が見えなくなるから。

 そりゃそうだ。まさか軍学校入りたての十三歳が、本職の軍人相手にケンカを売るとは常識があれば思いもしない。ほとんど事故として片付けられ、処分もされなかったはずだ。

 だから一番の被害者は、間違いなくオレだったと断言する。二番目は班長だ。あれは、このあとすぐに学校をやめた。今は実家の漁業を継ぎ、北海で氷を叩き割っていると聞く。

 オレの何が最大の不運だったかと言うと、襲撃直後のランサに会ってしまったことだった。その時点では敵の殲滅には至っておらず、あいつは残党に追われている状態だった。

 そうだよね。巻き込まれたよね。

 ランサを討つのが目的ではあっただろう。だがそろいの行軍服を着たオレを見逃すほどは、相手も甘い顔を見せてはくれなかった。

 この時は本当に散々だった。

 初めて人を殺したし、教師たちの控える本隊となかなか合流できず丸々一晩山中を迷走した。しかも途中、滝に落ちたことでオレが女だとランサにバレてしまった。

 これは在学中、ことあるごとに足を引っ張る痛恨の失態だった。

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