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Present  作者: ミスタ〜forest
8/8

その八

「はふ〜、ようやく終わりました……」

 最後の一件を済ませたナツミは、急いで橇に乗り、無線機を取り出した。

 あの二人の作業が遅れているのは、何の関係も無い人を巻き込んだ所為だ。

 全部、自分の所為だ。

 だから、何としても、自分が最後まで責任をとらなければならない。

 ――あれから、どれくらい終わったでしょうか……?

 少し不安になりつつも、ナツミは無線機の電源を点けた。

「赤松さーん、白鳥さーん、聞こえますかー!?」

 少し経って、

「聞こえるよ」

 赤松の返事が返ってくる。

「あれから、どれくらい配れましたか!?」

「え〜と……」

 暫く向こうは沈黙して、

「……残りはゼロ。終わった」

 信じられない答えが返ってくる。

「えぇ!? どう言う事ですか!?」

 そんな馬鹿な。

 さっきの連絡で、あんなにプレゼントが残っていたのに……。

 どう考えても、これ程のスピードアップは考えられない。

「どう言う事って……そう言う事だ。

詳しい事は、あの広場にもう一度集まってからにしよう」

「えっ、ちょっ……赤松さん!? 赤松さん!?」

 一方的に、連絡が途絶えてしまった。

 ――とにかく、二人と合流しないと。

 そう判断したナツミは、急いで広場へ向かった。



「よう、遅かったな」

「ナツミちゃん、お疲れさま〜♪」

 ナツミが広場に着くと、既に赤松と白鳥が居た。

 ナツミとは対照的に、至って涼しい表情をしている。

 状況が飲み込めないナツミの目に、トナカイと橇が映る。

 ――え?

 あの橇は、明らかに自分の物ではない。

 あんなに大きな橇を貸した覚えは無い。

 そして、貸したトナカイも一匹だ。

 なのに何故、二匹も居るのだろう。

 トナカイの数が多ければ多い程、速度は速くなる。

 荷物の配達が間に合ったのは、この為と考えて間違い無い。

 取り敢えず、最初の疑問は解決出来た。

 だが、それ以上に難解な疑問が、次々と浮かんでくる。

 それらについて考えると、否応無しに辿り着く一つの答え。

「まさか……」

 そして、その答えは当たった。

 赤松と小雪の後ろに居るのは……。

「し……ししし、シルク先輩!?」

 およそ最悪の事態が起きてしまった。

 一般人に見られた挙げ句、手伝って貰っただなんて知られたら、無事に済む訳が無い。

 配達は、他でもない自分の仕事なのだ。

 自分のすべき事を、他人に手伝って貰うなんて、言語道断だ。

 だが、仕方が無かったのだ。

 こうしなければ、とても間に合わなかったのは、紛れもない事実だ。

 ……もちろん、そんな事情が通用する訳が無いが。

「あ、あの……何故にここへ……?」

「無線に出ないから、ちょっと心配になって」

 ナツミの質問に答えると、シルクはナツミにゆっくりと歩み寄る。

 ナツミは数歩後退り、その場にへなへなと座り込んだ。

 移動を止めると、シルクとの距離が、確実に縮まっていく。

 それに比例するかの様に、ナツミの顔から血の気が引いていった。

 そして、シルクがナツミの目の前に立つ。

 ナツミは頭を抱え、その場に縮こまった。

「す、済みませんでした! この二人に見られたのは、全部私のミスです!

この二人に手伝って貰ったのも、私の勝手な判断です!

……でも、仕方無かったんです。他に手が無かったんです。

配達を間に合わせようと思ったら、これ以外には……。

自分を正当化するつもりは無いです! 本当です!」

 必死に謝るナツミの身体は、小さく震えている。

 そんな彼女が受けたのは、叱責でも殴打でもなく、

「お疲れ様、ナツミちゃん」

 優しい労いの言葉だった。

「……はぇ?」

 予想外の出来事に、ナツミは戸惑いを隠せない。

「あ、あの……」

「……? どうしたの?」

 当のシルクは、至って涼しい顔をしていた。

「……その……怒らないんですか?」

 思い切って、ナツミは尋ねてみる。

「どうして?」

「だって……私‥…」

 怖々と尋ねるナツミに、シルクはフッと微笑んだ。

 そして、ナツミの頭にそっと手を置く。

 ナツミはビクッと身体を震わせ、上目遣いでシルクの顔を見る。

 シルクは、温かい笑顔でナツミの頭を撫でた。

「そう言う所が、貴女の直すべき点ね。

一人で全部頑張ろうとして、一人で全部背負い込もうとして……。

熱意は評価するけど、行き過ぎは考え物ね」

「でも、私は新人として、一日も早く先輩の様な」

 反論しようとしたナツミの顔を、シルクは緩く小突いた。

「一人で先走っても、誰も連いて来ないわよ。

頑張るのは結構だけど、自分の技量に見合う範囲で。

貴女は、一人なんかじゃないんだから。

色んな人が支えてくれるから、貴女が在るのよ」

 シルクは、ナツミに諭す様に言った。

 ナツミは黙って話を聞き、小さく頷く。

「……でも、一般人を手伝わせてしまった事は……」

「それなら、気にしなくても良いわ」

 不安げに言うナツミに、対照的な表情でシルクは答える。

「大抵の新人さんは……もちろん私も、最初はそうだったから」

「……え?」

 さらりと衝撃的な事を言われ、ナツミは己の耳を疑った。

 シルクは、相変わらず笑顔に翳りが無い。



「赤松さんと白鳥さん……だったわね?

さっきの質問の答えでもあるから、よく聞いてて」

「は、はい……」

 さっきからずっと見ていた二人も合わせ、シルクの聴衆が三人になる。

「新人が定刻通りに荷物を全て届けるのは、正直言って無理。

どんなに頑張っても、本物の現場は戸惑う事だらけだから。

 まず、ナツミが一人でプレゼントを届けられなかったのは、必然である事を話した。

 一息吐いて、更にシルクは続ける。

「サン・タクロス社が新人に求めるのは、どうにもならない状況をどうにか出来る力。

他の何よりも、子供達にプレゼントを届ける事を優先する心。

そして、会社の構成員である以上、無くてはならない協調性。

それらを身を以て教える為に、一般人に頼らざるを得ない状況に身を置かせるの。

だから、貴女がした事は、何一つ間違っていないの」

 そう言って、シルクはナツミの頭を再び愛撫する。

 その仕草は、先輩から後輩へと言うよりは、姉から妹へと言った感じだった。

「私も、貴女と同じ新人だった頃、同じ様な体験をしたのよ。

どうしてもプレゼントの配達が間に合いそうになくて、困っていた時に、

若い夫婦に声を掛けられて……藁にも縋る思いで、必死に頼み込んだの。

そうしたら、『子供の頃のお礼だ』って、快く承諾してくれたわ。

さっき、会う機会があったんだけど……仲睦まじそうで良かったわ」

 ここでようやく、小雪はさっきの質問の答えを悟った。

 更にシルクは続ける。

「プレゼントを貰った子供達は、夢の有る素敵な大人になって、次代の為に新人達を手伝ってくれるの。

私達は皆に夢を配り、皆は私達を育ててくれる。

こうして、ずっと、ずっと子供達の夢は守られていくのよ。

……さて、もう納得してくれたかしら? 兎に角、三人共お疲れ様」

 シルクが、再び労を労う。

 それと同時に、ナツミの瞳から涙が溢れ、頬を伝い、ポロポロと流れ落ちた。

「あ、あれ……何で……?」

 当の本人が一番驚いているらしく、何度も涙を拭うが、その都度涙が溢れてきた。

 理由は、良く判らない。

 只、シルクの言葉で緊張が解け、全て終わったのだと安心した途端、目頭が熱くなったのは確かだ。

「あらあら。仕様が無いんだから……」

 シルクは微笑んで、ナツミをそっと抱き留める。

 暫くの間、ナツミはシルクの胸の中で、嗚咽を漏らし続けていた。



「さて、仕事も終わったし、そろそろ帰りましょうか。皆が、打ち上げの準備をして待ってるわよ」

「はい!」

 ようやく泣き止んだナツミが、軽快に答える。

 橇に乗り込もうとして、何かを思い出し、橇に積んであった白い袋から、赤松と小雪の服を取り出す。

「二人共、本当にありがとうございました。服を返しておきますね」

 ナツミが頭を下げて服を差し出し、二人はそれを受け取った。

「ところで、この制服は……」

「せめてものお礼です。貰って下さい」

 こうして、二人はサン・タクロス社の制服を貰った。

 サンタルックで街を歩いて帰らなければならない事は、未だ頭に無い。

 ナツミとシルクが会釈して、橇に乗り込もうとした時。

「あ、あの!」

 小雪が突然呼び止めた。

「何?」

 それでも、シルクは嫌な顔一つせずに振り返る。

 小雪は少し間を置いて、

「私‥…子供の頃に、貴女達から何かを貰った覚えがありません。

クリスマスプレゼントは、全部両親が買ってきた物でした。

今更何かを貰おうなんて思っていませんけど、理由だけでも教えて貰えませんか?

……すみません。最後の最後にこんな……」

 最後の疑問を尋ねた。

「そう言えば、俺も貰った覚えが無いな。

家族がアンチキリストだから、当たり前かも知れないけど」

 赤松も、それに便乗する。

 シルクは少し考えて、

「……ちょっと待って。貴方達の名前、確か聞いた覚えが……」

 何かを思い出そうとした。

 暫くの沈黙の後、シルクはポンと手を叩く。

「思い出したわ。社内で耳にした話なんだけど……」

 そう言って、シルクは再び話を始めた。

「日本のある所に、一人の女の子が居たの。

その子は、両親が忙しい所為で、ずっと独りぼっちだったわ。

親の愛情を知らずに育ったから、友達も出来ず、いつまで経っても独りだった。

その娘の唯一の楽しみが漫画だったから、尚更孤立していった……。

そんな女の子のクリスマスの願いは、『自分を受け入れてくれる友達』。

サン・タクロス社も、流石にこれには困ったそうよ」

 恐らく、小雪の事だろう。

 更にシルクは続ける。

「日本のある所に、一人の男の子が居たの。

その子は、家族が宗教に厳しい所為で、クリスマスをまともに楽しんだ事が無かった。

そんな男の子のクリスマスの密かな願いは、『クリスマスを楽しむ事』。

これもまた、サン・タクロス社を困らせたのよ」

 恐らく、赤松の事なのだろう。

「私達は、何年も悩んだわ。どちらも『物』じゃなかったから。

……そして、つい最近、ようやく一つの結論に辿り着いたわ。

この二人を巡り合わせれば、両方の願いを叶える事が出来る、と。

女の子は、趣味の合う男の子に受け入れて貰える。

男の子は、初めての友達に喜ぶ女の子とクリスマスを過ごせる。

これが、私達の出した答えだったの」

「えっ……それってつまり……」

 赤松と小雪が、驚いて顔を見合わせる。

「そう。『二人が出会う切っ掛け』が、サン・タクロス社からのプレゼントなの。

……さて、そろそろ帰らないと、打ち上げに間に合わないわ。いつまでもお幸せにね、二人共」

 そう言うと、シルクとナツミは橇に乗り込んだ。

 赤松と小雪は、驚きで声も出ない。

 二匹のトナカイが、空へと動き出した。

「赤松さーん! 白鳥さーん! 本当にありがとうございました〜!

絶対……絶対、この御恩は忘れませんからね〜!」

 ナツミが、橇から乗り出して、二人に向かって手を振る。

 橇が宙に浮かび、二人からぐんぐん離れていった。

 最後までナツミは手を振り続け、橇から落ちかけ、シルクに救われる。

 どんどん橇は小さくなって、とうとう夜空へと消えていった。



「…………」

「…………」

 二人が去った後も、赤松と小雪は立ち尽くしていた。

 同時にお互いの方を向き、目が合い、思わず顔を逸らす。

 顔が紅潮し、心臓が高鳴っている感覚が感じられる。

 さっきまで普通に遣り取りしていたのが、まるで嘘の様だ。

「……赤松君が……」

 小雪が、沈黙を破る。

「赤松君が……私へのプレゼントなんだね……」

「白鳥さんが……俺のプレゼントなんだな……」

 自分で言って、かなり恥ずかしくなってくる。

 二人同時に横目で見て、目が合って、目を逸らして……それを三回繰り返した。

「ま、まあ……悪い気はしないな」

「結構……嬉しい……かな」

 思った事が、口で湾曲して放たれる。

 そんな自分に、再び恥ずかしくなった。

「……帰るか」

「う、うん」

 ぎこちない遣り取りの後、二人は早朝の街を歩き出す。

 赤松は少し考えて、かなり躊躇して、どうにか覚悟を決めたあと、小雪の手を握った。

 驚いて、小雪は赤松の方を向く。

 何か言おうとしたが、

「何も言うな」

 すぐに赤松に止められた。

 暫く歩いた後、三番目の信号待ちの途中で、小雪が赤松に寄り掛かる。

「し、白鳥さん?」

「……眠い」

「ここで寝たら不味いって。家まで送ってやるから頑張ってくれ」

「……お前の血は……何……い……」

「…………」

 どうやら、夢の世界へと旅立ってしまったらしい。

 赤松は溜め息を吐いて――それでも表情は曇る事無く――

「世話の焼けるプレゼントだな……」

 小雪を起こさないように呟いた。

 雲一つ無い空は、太陽が顔を覗かせる時を待つばかりだ。

どうにかこうにか、季節外れになる前に終わって良かった……。

それが、私が真っ先に思う事ですね。

予想以上に長くなってしまいましたし……。

ラストをこう言う形にする事を決めていたので、わざわざ二人の出会いから書いたり、少々地味なタイトルになってしまった訳で。

でも、クリスマスらしい温かい話になったかな、と自分で思ったりしています。

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