その七
その後も、二人は次々とプレゼントを配っていった。
危ない状況も少なからずあったが、知と勇でどうにか回避した。
深夜の作業なので、何度も睡魔に襲われ、
その度に、白い袋の中に入っていた、目覚まし用のガムを噛んだ。
ある程度場数を踏むと、作業にもある程度慣れてくる。
「最近テレビに出てるメイドカフェは、メイドの何たるかをイマイチ解ってない気がするんだよな」
「あ、解る解る。ちょっとやり過ぎだよね」
「日本特有の女中道的精神を、西洋のロングドレスとエプロンとヘッドドレスで飾ったのが、
日本オリジナルの『メイド』なのに、あそこまでしゃしゃり出るとな……」
次第に二人の間の氷も溶けてきて、橇での移動時間を世間話で潰すようになった。
次の場所へ向かう途中、
「赤松さーん、白鳥さーん、聞こえますかー!?」
白い袋の中から、ナツミの声が聞こえた。
少し驚いて、袋の中から無線機を取り出す。
「聞こえるよ」
「調子はどうですか?」
「ああ。どうにか」
「良かった〜……」
赤松の言葉に、言葉通り安心したナツミの声が聞こえる。
「……で、あといくつ残っていますか?」
「え〜と……」
袋の中のプレゼントを数え、ナツミに伝えると、
「えぇ!? そんなに残っているんですか?!」
予想外のリアクションに、二人は面食らった。
「ちょっとマズいですよ……間に合わないかも知れないですよ……」
声だけでも、ナツミが焦っている事が伺える。
彼女の焦りが、二人にも伝染し、二人は息を呑んだ。
「こっちはもうすぐ終わりますので、なるべく急いで下さい。すぐ援護に向かいます!」
「判った」
連絡を終えると、 二人はすぐに準備に取りかかった。
次の目的地に着くと、二人はすぐに室内に進入する。
同時に、子供と同じ部屋で寝ている親の姿を見付け、二人の心臓が跳ね上がった。
幸い、誰も起きる気配は無さそうだ。
――焦り過ぎたな……。
赤松は、心の中で自分を咎めた。
入る前に室内を確認しておけば、危なげ無く入れた筈だ。
こう言う状況だからこそ、焦ってはいけない。
焦燥は、常々自分自身の敵だ。
無闇に急ぐと、必ずどこかで失敗して、余計時間が掛かってしまう。
焦らない程度に急ぐのが最も良いのだが、その力加減はなかなか難しい。
もっと、冷静にならなければ。
「白鳥さんは、親の様子を見といて」
「判った」
小声で指示を出すと、赤松は子供の枕元へ移動する。
子供が眠っている事を確認すると、赤松はその場にしゃがみ込み、そっとプレゼントを置いた。
作業が無事に終わり、赤松は息を吐く。
赤松の方を見ていた小雪も、ホッと安堵した。
その時、右脚の絶対領域に、何かが伝う感覚を覚える。
小雪は気になって、その辺りを確認した。
豆球で照らされているだけなので、少々判り難いが、直径一センチにも満たない蜘蛛が、
小雪の脚を這い回っているのが確認出来る。
ニーソックスを履いているので、ここまで到達するまで気付かなかったのだろう。
一通りの状況を認識すると、小雪の顔が見る見る青ざめていく。
「きゃあああああああぁぁぁぁっ!!!!!」
小雪の悲鳴が、部屋中に響き渡った。
突然の大声に、赤松の心臓が跳ね上がる。
混乱する頭を抑えながら、状況を確認しようとするが、暗い部屋ではそれもかなわない。
少しして、部屋の電気が点き、夜目が利いていた赤松は目を覆う。
どうにか慣れて見ると、子供の親と思われる、三十代の男女が、二人を見ていた。
蜘蛛を追い払った小雪は、ようやく自らが犯した過ちに気付き、真っ青になる。
子供は、それでも未だ何事も無いかの様に眠っていた。
――終わった……。
赤松が、何もかも諦めたその時。
「そうか。今年は君達が……。いや、驚かせて悪かった」
男性が、特に驚く事も無く、ばつの悪そうな顔で謝った。
予想外の反応に、二人は戸惑う。
「ごめんなさいね。うちは、蜘蛛を見付けても放っておくようにしてるの。
気持ち悪いから殺すなんて理不尽な発想だし……ほら、害虫とか食べてくれるでしょ?」
壁を這う蜘蛛を見て、女性も謝った。
訳が解らず、赤松と小雪は顔を見合わせる。
「大丈夫。うちの息子は、ちょっとやそっとじゃ起きないよ。
毎年済まないね。去年のプレゼント、息子が大変喜んでたって伝えておいてくれ」
「あ、あの……」
赤松が色々と尋ねようとした時。
「ナツミと連絡が取れないと思ったら……こう言う事ね」
窓の方から、柔らかい印象を受ける声が聞こえ、四人はその方を向く。
そこに立っていたのは、二十代前半と思われる女性。
身長は百七十程と思われ、脚はスラリと長く、ウエストは締まっており、出るべき部分は出ている。
透き通った碧眼と、雪の様に真っ白なロングヘアが特徴的だ。
ナツミや小雪と同じ、サン・タクロス社の制服を着ている。
ナツミを『垢抜けていない、元気な少女』とするならば、彼女は『落ち着いた、優しいお姉さん』と言う印象だ。
「もしかして、貴女は……!」
男性と女性が、とても嬉しそうに言う。
「はい。サン・タクロス社社員、識別番号F-0469のシルクです。
……あの時は、本当にありがとうございました」
シルクは自己紹介をして、深々と頭を下げた。
「やっぱり! いや〜、何年ぶりだろう!
息子が生まれる前だから……ずいぶん経つんだな」
彼女がシルクである事が確定して、男性は嬉々として言った。
「そうですね。正直、もう会える事は無いと思っていましたから、再び会えて、とても嬉しいです」
シルクも、笑顔で応対する。
「あ、あの……?」
状況が飲み込めず、赤松はシルクに声を掛けた。
そこでようやく、シルクは本来すべき事を思い出す。
「ゆっくりと話をしたいのですが、生憎、仕事がまだ残っています。
もし会える機会があれば、その時にまた」
「そう……残念だわ」
シルクの言葉に、女性は言葉通り残念そうに言った。
シルクに促され、赤松と小雪は橇に乗る。
「……メリークリスマス」
シルクが口惜しそうに言い、
「メリークリスマス。お仕事頑張れよ」
男性と女性は笑顔で見送った。
橇が、トナカイに引っ張られ、家からぐんぐん離れていく。
赤松達が乗った橇は、明らかにナツミから借りたそれではなかった。
ナツミの橇よりも大きく、空いている荷物入れに、二人が余裕で乗る事が出来る。
シルクは前の席に座っていて、その隣には、残りの荷物を入れた袋が置かれていた。
その橇は、二匹のトナカイに繋がれている。
ナツミのトナカイよりも圧倒的に速く走っており、風圧が身体を押し続けていた。
「……あの」
「何?」
暫く沈黙を守っていた赤松が、シルクに声を掛ける。
「貴女は一体……?」
「そっか。未だ説明してなかったわね。
私はシルク。サン・タクロス社社員。ナツミの先輩よ」
赤松の問いに、シルクは改めて自己紹介した。
「何で、あの夫婦は私達を……?」
小雪の質問に、シルクはクスッと笑い、
「あの二人は……未来の貴方達かも知れないわね」
答えになっていない答えを提示した。
小雪は、頭に『?』の字を浮かべる。
赤松が、先にその意味を悟った。
「もしかして、貴女も……」
「さて……残りのプレゼント、早く届けてしまいましょうか」