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Present  作者: ミスタ〜forest
6/8

その六

 それから少し経って、最初の目的地が見えてくる。

 街から少し離れた、閑静な住宅街。

 一戸建ての二階の窓に、橇が横付けされた。

「何かしらの方法で部屋に進入し、プレゼントを置いて帰るのが、俺達の仕事だ。

ただし、怪我人や破損物は出さない事。……ま、大体イメージ通りだな」

 そう言って、赤松は窓を確認しようとしたが、既に窓は開いていた。

 少し戸惑いながら、赤松は部屋の様子を見る。

 豆球が、ベッドで眠っている子供の顔を照らしていた。

 サンタが来るのを待ったまま寝てしまったらしく、かなり変な寝相だ。

 その枕元には、赤い靴下が置いてある。

 あの中に、プレゼントを入れて欲しいのだろう。

「よくもまあ、こんな季節に窓を……」

「私達を、ずっと待ってたんだね、きっと」

 赤松は心底呆れ、小雪はクスクスと笑った。

「さて……二人入っても足音が大きくなるだけだし、俺が行くか」

 赤松が袋からプレゼントを取り出し、窓の枠に足を置いた時。

「待って!」

 小雪が、突然赤松を呼び止めた。

 赤松の心臓が、一気に跳ね上がる。

「ご、ごめん……」

 赤松が何か言う前に、小雪は小さな声で謝った。

 これ以上怒る訳にもいかず、赤松は溜め息を吐く。

「どうしたんだ?」

「え……えっと……」

 小雪は少し躊躇して、

「一人に……しないで……」

 赤松の耳に囁いた。

 赤松は再び溜め息を吐いて、

「……判った」

 溜め息混じりに了承した。

 赤松が先に窓から入り、小雪の手を引いて中に入れる。

 そろそろと爪先で歩き、枕元の靴下にプレゼントを入れた。

 ホッと一息吐くと、二人は踵を返し、橇に乗り込む。

「メリークリスマス」

 二人は小さく呟いた。

 言われた当の本人は、すやすやと寝息を立てていた。



「ごめん、我儘言って……」

 空を走る橇の上。

 小雪は、さっきの事を謝っていた。

 赤松に言われた通り、ずっと上を向いていて、まるで空に話しかけている様だ。

「ま、外は暗いからな……一人じゃ怖いだろ。

折角二人でやるなら、役割分担するべきだな。

一人がプレゼントを置いて、一人が見張る。これなら良いだろ?」

「うん!」

 赤松の提案に、小雪は迷わず頷いた。



 差ほど掛からずに、次の目的地が見えてくる。

 庭の木やベランダにライトを点けて、ツリーの様にしている一戸建てだ。

 街のイルミネーションと違い、周囲が真っ暗なので、一際輝いて見える。

「わぁ〜、綺麗……」

 小雪は、それをウットリと眺めていた。

 円らな瞳に、色とりどりの煌めきが映る。

「こう言うのって、電気代無駄にしてるよな……」

 赤松が、小雪に聞こえないように呟いた。

 橇が、二階の窓に横付けされる。

 窓は閉まっていて、部屋の中は真っ暗だ。

「やっぱり閉まってるね……」

 小雪が、結露で真っ白になった窓に掌を付ける。

 手を離すと、手形が付いていた。

 少し考えてから、今度は両手を付ける。

 離すと、やはり二つの手形が出来ていた。

 何だか楽しくなってきて、再び窓に手を付ける。

「…………」

「……魔が差したの」

 赤松の視線に、小雪はしぶしぶ手を離した。

「さて、こう言う時は……」

 白い袋から、直径一メートル程の輪を出すと、赤松はそれを窓に張り付ける。

 すると、輪の内側に空洞が出来、部屋の中が見えた。

「これで進入するんだそうだ」

「ねえ、これって……」

 小雪が、何か言いたそうにしている。

 赤松はマニュアルを見て、

「名前は、通り抜け……フ……」

 途中で言葉を詰まらせた。



「ねえ、あれってやっぱり……」

「もう止めよう。議論するだけ無駄だ」

 二人がさっきの事を話し合っている時、急に橇が止まった。

「うわっ!」

「きゃっ!」

 二人は驚いて周囲を確認する。

 トナカイが止まったのが原因の様だ。

 今度は、何故トナカイが止まったのかを確認する。

 双眼鏡で見ると、少し遠くの方に、まだ灯が点いている一軒家が在る。

 その窓から、子供が顔を覗かせていた。

 恐らく、サンタが来るのを、粘り強く待っていたのだろう。

「参ったな……」

 赤松は、言葉通り困った表情を浮かべながら、マニュアルを見る。

「これかな……」

 そして、白い袋から、種の付いたタンポポの様な物を取り出した。

 それに息を吹きかけると、一つの綿毛が風に乗り、問題の家の、問題の部屋に入っていく。

 少し経って、子供が窓から離れ、その部屋の電気が消えた。

「わ、スゴい」

 小雪は、言葉通り驚いてその様子を見ていた。

「何か、泥棒の七つ道具みたいで嫌だな……」



 次の家も、『例の輪』で難無く進入した。

 ベッドでは、人形に囲まれた少女がすやすやと眠っている。

 部屋も、全体的に女の子らしい雰囲気が漂っていた。

 赤松は、枕元を埋めている人形に苦心しつつも、どうにかプレゼントを置く。

「あ、赤松君!」

 突如、小雪が――声を潜めて――赤松を呼ぶ。

「どうした!?」

 その声が切羽詰まっていたので、「まさか」と思いつつ、赤松は小雪の方を向く。

「この漫画の初回限定版……私持ってないのに……」

 小雪は、本棚の前で、少女の本を物色していた。

 相当羨ましいらしく、半泣きの顔が豆球で照らされる。

 赤松の肩から、穴の空いた風船の様に力が抜けていった。

「……それで?」

 それでも、赤松は続きを促す。

「えっと……その……ギブアンド……テイク……」

 小雪の言わんとする事を理解し、己の行動を後悔した。

 流石に堪忍しかねて、赤松は小雪の額を小突いた。

「……ん……う〜ん……」

 その時、少女のものと思われる声が聞こえ、二人は石の様に固まる。

「ふわぁ……」

 少女はゆっくりと状態を起こし、大きく欠伸をした。

 二人は、身動きこそ出来なかったが、脳内では様々な感情が暴れ回っていた。

 頭から血の気が引いていく感覚を覚え、全身から嫌や汗が噴き出す。

「お兄ちゃん……おはよう……ふわあぁ……」

 どうやら半分以上眠っているらしく、寝ぼけ眼を擦りながら、居ない人に挨拶をした。

 赤松は色々と考えた末、他に打つ手が無い事を悟ると、

「こらこら。まだ子供は寝ている時間だぞ」

 様々な感情を内側に抑え、優しい声で少女に話しかけた。

 小雪は色々とツッコみたかったが、それが出来る雰囲気ではない。

「あれ……そうなの……?」

 どうやら、少女は真相に気付いていないらしい。

「ああ。だから、もう少し寝てろ」

 果たして、彼の内側では如何様な感情が巡っているのだろうか。

「は〜い……」

 少女は返事をすると、そのままベッドに横たわった。

 赤松が、丁寧に毛布を掛け直し、髪を梳かす様に頭を撫でた。

「お兄ちゃん……サンタさん……来てくれるかな……」

「来るよ。必ず」

 赤松が答えると、安心したのか、少女はすやすやと寝息を立てていた。

 全ての力を使い果たした赤松は、大きく息を吐く。

 掌や額は、ビッショリと汗をかいていた。

「赤松君……」

 そんな赤松を、小雪は可哀相な者を見る目で見つめている。

「いや、俺は最後の手段として仕方無く……」

「…………」

「そもそも、白鳥さんが人の家の漫画を……」

「…………」

「『お兄ちゃん』なんて呼ばれたら、漢として……」

「…………」

「俺の家、男兄弟だから……憧れてたんだよ……」

 とうとう本音が漏れてしまった。

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