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Present  作者: ミスタ〜forest
5/8

その五

「予備の橇を用意しましたので、二手に分かれましょう。

荷物の配分は3:2です。……もちろん、私が『3』です」

 人気の無い広場に、同じ橇が二台並んでいる。

 そのどちらもがトナカイに繋がっていて、主人の命令をじっと待っていた。

「本物を間近で見るのって、初めてだね……」

 小雪は、トナカイに興味津々の眼差しを向ける。

 ――これが本当に、空を飛ぶのだろうか。

 そんな期待と不安の混じった眼差しだった。

 当のトナカイは、全く意に介さない様だ。

「漫画の参考に……」

 自分の探求心を合理化しつつ、小雪はトナカイに接近し、

赤松やナツミが気付く前に、その身体に触れた。

「ひゃっ!?」

 小雪が声を上げて、赤松とナツミは彼女の方を向く。

「どうしたんだ、白鳥さん?」

「こ……このコ、冷たい……!」

 小雪は真っ青になって、震える声で言った。

 当のトナカイは、やはり身動き一つしない。

 試しに赤松も触れてみるが、

「……冷たい」

 確かに冷たかった。

「あぁ、このコは、トナカイであって、トナカイではないんです」

 だが、主人であるナツミは、涼しい顔で言う。

 ナツミの言葉に、二人は怪訝な表情を浮かべた。

「このコは、トナカイに似せた機械なんですよ」

「えぇ!? でも、これ……」

 小雪は驚愕の声を上げ、信じられないと言った眼差しを、

トナカイ――の様な物体――に向ける。

 素人目には、どこからどう見ても普通のトナカイだ。

 これが機械だなんて、とても信じられない。

 だが、体温は明らかに、哺乳類のそれではなかった。

「無理も無いです。私も、最初はスゴく驚きましたから。

話によると、本物のトナカイを飼育するのは色々と負担が掛かるので、

今では完全に機械化されたそうですよ。

とは言っても、外見や動き方は、本物と殆ど変わりませんけどね」

「何か……夢を壊された気分だな」

 身動きしないトナカイに、赤松が呟く。

 『赤鼻のトナカイ』を筆頭としたクリスマスソングも台無しだ。

 そう思えば、自然とそんな言葉が出てきてしまう。

「仕方無いですよ。

私達の仕事は『夢を見せる事』であって、夢を見る事ではありませんから」

 そんな赤松に、ナツミは微笑みながら言った。

「では、残りの詳しい事は、四次元バッグの中のマニュアルを読んで下さい。

トナカイはオートで目的地まで行ってくれますし、命令すれば聞いてくれます。

何かあったら、無線で私に連絡して下さい。周波数は弄らないで下さいね」

 急いで残りの説明を済ませると、ナツミは橇に乗り込んだ。

 ナツミの号令で、トナカイがゆっくりと動き出す。

「健闘を祈りますです〜!」

 ナツミは、橇から身を乗り出して手を振った。

 トナカイが空中を走り、橇も後を追って浮かび上がる。

 そしてそのまま、冬の夜空へと消えていった。

「いよいよだね……緊張するよ……」

 橇を見送った後、小雪が少し不安げに言う。

 こんな体験は初めてなのだから、当然だろう。

「取り敢えず、やるだけやってみるか。さっさと行こうぜ」

 赤松は橇に乗り込み、小雪を促した。

 橇は、一人で乗るには十分なのだが、

二人で乗るには少々狭く、二人は密着せざるを得ない。

「ちょっと……狭いね……」

 服の保温が良い為か、小雪の頬が少し紅く染まる。

「ま……仕様が無いだろ」

 赤松も、少し落ち着かない様だ。

 そんな二人を乗せて、橇はトナカイに引っ張られていった。



「た……高い……」

 空を行く橇の上から街を見下ろし、小雪は声を震わせた。

 その顔は血の気が無く、真っ青になっている。

「下は、あんまり見ない方が良いな」

 赤松は、やはり今更なアドバイスをした。

 身体の内側から迫り来る様な恐怖に耐えられず、小雪は赤松に抱き付く。

 周囲が目に入らないように、顔を彼の服に埋めた。

「お、おい……」

 赤松は拒もうとしたが、小雪の身体が小さく震えている事に気付く。

「ま……良いか」

「……ありがと」

 赤松の気遣いに、小雪は小さく礼を言う。

 顔が紅潮する感覚を覚えたが、幸い顔は見えない。

「さて、マニュアル読んでおくか……」

 赤松は、後ろの白い袋からマニュアルを取り出し、読み始めた。

 ワープロで書かれた文字と、手書きの文字が入り交じっていて、

持ち主が如何に熱心に勉強していたかが良く解る。

 暫くの間、橇の上は沈黙した。

 赤松は文字で埋められたマニュアルを読み、小雪は赤松に抱き付いたままだった。

「……何なら、今から降りても良いんだぞ?」

 暫くの後、沈黙が赤松の言葉で破られる。

 ずっと抱き付いたままなので、流石に心配になってきたのだ。

 移動の基本が空飛ぶ橇なのに、これでは話にならない。

 怖い思いをし続けるのも、酷な話だろう。

「私が言いだしたから……大丈夫だから……」

 小雪は、小さな声で決意表明をした。

 赤松は溜め息を吐いて、

「下じゃなくて、上を見たらどうだ?

『落ちそう』じゃなくて、『飛んでいる』って思えば良いんじゃないか?」

 諭す様に言った。

「上……」

 赤松に言われるまま、小雪は空を見上げる。

 黒一色に染められた空に、真っ白な月が輝いていた。

 月光が夜を照らす様な、夜闇が月を飲み込む様な、不思議な光景だった。

「ちょっとは……大丈夫になるかも」

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