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Present  作者: ミスタ〜forest
4/8

その四

「さて、まずはその服ですね。そんな厚着してたら、動き難いですから。

私と同じ、サン・タクロス社の制服を着て貰います」

 早速、ナツミは準備を始める。

 何となく新人を教育している気分になり、少しくすぐったい。

 先輩には、本当に色々と教えられた。

 実践的な練習にも付き合って貰ったし、

マニュアルに無い、現場に居るから判る事を、たくさん聞かせてくれた。

 今、ここでは、自分が『先輩』だ。

 実戦経験こそ皆無だが、この日の為に一生懸命勉強した。

 それを、この二人に急いで教えなければ。

「服って言われても……なぁ……」

 赤松は、ナツミの制服を見ながら言った。

 赤い円錐型の帽子は、頭に乗っているだけで、耳が隠れていない。

 手袋はしているが、そもそも服がノースリーブだ。

 服自体は、ふわふわな毛布の様で暖かそうなワンピースだが、

スカートがやや短く、赤いニーソックスとの間の絶対領域は、素肌を完全に露出している。

 一言で言えば、この季節には寒そうな制服だ。

 こんな服装で冬の夜に放り出されたら、堪ったものではない。

「でも、可愛い……漫画で使おうかな……」

 小雪は、すっかり見入っていた。

 自分がこれを着る時の事は、殆ど頭に入っていない様だ。

「心配なさらなくても大丈夫です。

サン・タクロス社の技術により、軽量と防寒の両立を実現した特別製ですから。

無駄な部分を可愛くカットしたデザインと、冷え性対策万全な靴と手袋が、

女性社員にはもちろん、男性社員にも好評なんですよ♪」

 そう言いながら、ナツミは白い袋から二人分の制服を取り出した。

 そして、それを二人に渡す。

「はい、こっちが男性用、こっちが女性用です」

「……で、どこで着替えれば良いんだ?」

 赤松が、率直な質問をぶつけた。

 ここは、冬の屋外だ。着替えるには余りにも寒い。

 それ以前に、男女が同じ場所で着替えるのは不味いだろう。

「あ、そうですよね。すみませんでした」

 ナツミもようやく気付いたらしく、再び袋の中に手を入れた。

 その時、強い寒風が吹き付け、赤松と小雪は目も開けられなくなる。

 次に目を開けた時には、二人の眼前に、電話ボックス程の大きさの簡易更衣室が聳えていた。

「ここで着替えて下さい。一つしか無いので、交代でお願いしますね」

「……どっから出した?」

 当然の疑問を、赤松はナツミに投げかける。

「はぇ? この袋ですけど……」

 当のナツミは、頭に『?』を浮かべた。

「いや、普通に考えておかしいだろ。その袋がこれに入るくらいだぞ」

「何を言うですか! この袋はサン・タクロス社の技術の結晶です!

この袋は四次元バッグと言いまして、四次元空間と」

「やっぱ良い……聞きたくなくなった……」



「じゃ、私は荷物の準備をしておきますね。着替えた服は、この袋に入れておいて下さい」

 ナツミは、荷物を積んでいる橇へと向かった。

 どちらが先に着替えるかで少し迷ったが、

「御目汚しは、先に済ませる方が良いだろ?」

 赤松が先に更衣室に入った。

 それ程掛からずに、更衣室の扉が開く。

「男の制服が個性乏しいのは、どこも一緒だな……」

 自嘲気味に呟きながら、赤松は更衣室から出てきた。

 赤と白の長ズボンに長袖。

 オーソドックスなサンタルックである。

「次は私だね……サイズ大丈夫かな……?」

 小雪が、少しドキドキしながら更衣室に入る。

 ちゃんとドアを閉めた事を確認すると、着替えを足元に置いた。

 まずは、マフラーや手袋、イヤーマフラーを外す。

「白鳥さーん、聞こえるー?」

「えっ!? う、うんっ!」

 ドアの向こうから、突然赤松の声が聞こえ、小雪は動転した声で応えた。

「ごめんごめん。驚かせたか?」

「ううん、気にしないで。……何か用?」

 平静を取り戻すと、小雪は応対しながら厚着を一枚ずつ脱いでいく。

 今日はとても冷えるので、かなり着込んできてしまったのだ。

「今のうちに、何でナツミを手伝おうと思ったのか、聞いておこうと思ってな」

「……子供達の夢を守りたいから。

一緒にクリスマスを過ごす人が居る幸せな子供には、最後まで幸せであって欲しいから。

言ったでしょ? 『帰っても誰も居ない』って。

私の家は、毎年そうだから。今までずっと、そうだったから」

 赤松の問いに、小雪は自嘲気味に答える。

 上着を一通り脱ぎ終えたところで、ひとまずそれらを畳んだ。

 重ねて積み上げ、その上にマフラーや手袋やイヤーマフラーを置く。

「……子供の頃は、皆がスゴく羨ましかった。

親と一緒にケーキ作ったり、友達同士でパーティーしたり……

そんな話を聞くと、皆がスゴく羨ましかった。

そう言うのが、私にとっては『フィクションの世界の話』だったから。

親からプレゼントこそ貰ってたけど……私が欲しかったのは、もっと違う物だった。

……解ってたんだよ? 親が多忙なのは理解してたつもりだし、

漫画オタクのネクラには、到底手が届かない幸せだって事も……ちゃんと……。

そんな私も、今では『子供と大人の間』って呼ばれる世代。

だから……大人になって、子供の気持ちが解らなくなる前に、

子供にとっての『本当の幸せ』を守ってあげたいなぁ……って。

もし、心待ちにしていたプレゼントが、無事に届かなかったら……。

期待や信頼を粉々にされるのが、子供にとって一番不幸な事でしょ?」

 少し沈んだ声で、淡々と小雪は言った。

 やり場の無い虚無感に襲われて、気が付けば、脱いだ服を縋る様に抱きしめていた。

 多分、自分は、これからも独りで生きていくのだろう。

 これまでずっと、そうだったのだから。

 自分には、今更誰かに寄り掛かる勇気など無いのだから。

 だから、せめて、幸せになるべき人には、幸せになって貰いたい。

 自分以外の、なるべく多くの人に、笑っていて欲しい。

 他の全員が笑ってさえいれば、自分一人くらい、大した問題ではない。

「確かにな。子供じゃなくても、そうかも知れない」

 赤松がドア越しに同意し、更に続ける。

「でも……まだ、幸せには手が届くんじゃないのか?

諦めるには、ちょっと早いんじゃないか?

自分の事ネクラとか言ってるけど、俺とは結構普通に話せてるぞ?」

「それは、赤松君が、私の趣味を理解出来る人だから……」

「理解して貰えなかった事は……あるのか?」

「えっ……?」

 赤松の一言が、小雪の胸に響き渡った。

 言われてみれば、自分では何もした事が無い。

 漫画に耽り始めた頃から、少しずつ人を遠ざけて、今に至る。

 遠退いていったのではなく、遠ざけていったのだ。

「多分、オタクって言うのは、自分でも知らないうちに人を遠ざけてしまうんだろうな。

俺もそんな時期があったから、よく解る。

でも、人間として出来ていれば、オタクなんて差ほど関係ないんだよな。

……それでも毛嫌いする奴が居るから、困ってる訳だけど。

オープンになれとまでは言わないけど……独りで生きるには、人生は長いと思うぞ」

「……うん」

 ドアの向こうの赤松に、どうにか聞こえるくらいの声で、小雪は頷いた。

「ま、少なくとも俺は理解出来ているつもりだし……

もう少し『自分』を主張しても、失う物は無いんじゃないか?」

「そうだね……」

 赤松の言葉の一つ一つが、心に染み渡って、温かい気持ちになれる。

 手を引いて走り出してくれる様な、後ろから押してくれる様な、そんな優しさが感じられた。

 ――初めての『友達』が、赤松君で良かった……。

 そんな事を思いながら、ワンピースになっているサンタ服を着て、赤いニーソックスを穿いた。

「さて、まずはナツミの手伝いを、気が変わる前に終わらせないとな。

クリスマスに独り身だった者同士、それなりに頑張ってみるか」

「うん!」

 今度は、ハッキリと聞こえる声だった。

 服を畳み、帽子を被り、手袋を填め、鏡で一通り確認してから、小雪はドアを開ける。

「ど、どうかな?」

「うん。結構良い感じじゃないか?」

「そ、そう?」

 赤松の言葉に、何故か身体の奧が熱くなる感覚を覚えた。

 この服の、防寒効果が効き始めているのだろうか。

 小雪は、その場で一回転し、捲れそうになったスカートを手で押さえる。

「ナツミちゃんは、元々可愛いから似合うけど、私はちょっと……」

「謙遜するなって。自分に自信持たないと、『自分』は主張出来ないぞ」

「……そうだね。ありがと、赤松君」

 赤松の言葉に、小雪は微笑みで応え、赤松も笑顔で返す。

「準備出来ましたかー!?」

 ナツミの声が、橇の方から聞こえた。

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